09a 植物を支配する
 
〈農業技術の発展〉
 収穫のために種子を播くのは,作物栽培の上では極初歩的な段階に過ぎません。植物
の繁殖を助けるためには,農業技術に工夫を加える必要がありました。種子を播くと容
易く発芽し,生育環境の条件の元に十分な量の食糧と,その他有用な産物を生み出す新
しい品種を作り出さなければなりません。これは緊急な問題でした。というのは,人類
は植物栽培によって定着することができ,食物の供給の増加によって人口も増えたが,
その結果土から得られる産物に益々依存するようになったからです。
 最も原始的な農業とは,種子を小さな開墾地に播き,雑草がまた地面を覆う前に,芽
を出した植物を生長させることです。この型の農業は,スマトラやボルネオの原住民が
比較的最近までゴムノキを植えるときに行っていました。次の段階は,より広く,綺麗
に開墾された処を作ることで,草原が鍬などで耕されるようになります。ペルーでは,
木の杭のような道具を使って,未だにこのような方法を採っています。次は芽を出した
植物を野生植物の侵害から守る畑の除草において,次いで数種の異なった植物を互いに
助け合わすため,一緒に栽培する方法が採られたと推測されます。例えば,トウモロコ
シの茎が,マメ類の支柱として役立つといった場合です。更には鋤スキを使ってより広い
面積の栽培を可能にするため,動物の力を利用するようになりました。
 潅漑は,紀元前の時代に既に完成をみた考案の一つです。今日でもインディアンは,
春の洪水によって水浸しにされた川床の上にトウモロコシを播いているが,これは潅漑
の考えが如何にして生まれたかを示すものと言えます。キリスト教以前の時代にパレス
チナの商人や農民であったナバタ人は,これを更に進めて洪水を調節し,水を谷間の平
地一面に広げるために簡単なダムを建設しました。このやり方は,種子を播く前に十分
な水を土に与える現代の方法に繋がるものです。
 そして今日になって,人類が定着し都市が発達すると,全く新しい農業問題が生じて
きました。それは土の消耗です。エジプトのような恵まれた土地では,毎年の洪水で集
約的栽培を行うために消耗した土地に新しい養分が補給されるが,チグリスやユーフラ
テス川流域の平野のような処では,過剰な潅漑が土地に泥を沈着させ,潅漑用水の塩化
を導く結果となったのです。土が疲れ果ててしまうと,其処に栄えていた文明も共に滅
びてしまいます。また,水の供給が豊富な地域でも施肥が必要になり,それでも人口の
自然増加を支えるには不十分となりました。こうして様々な民族は,食糧や産物を求め
て,境界を越え,海さえも渡って各地へ広がって行き始めるのです。
 大規模な栽培に伴って,土地の浸食,雑草,害虫,病害の管理,土の保護,土地の生
産力の維持といった問題も新たに生じてきました。浸食は,強い風や多過ぎる雨に対し
て無防備な土地に起こる最も重大な問題の一つです。耕作地の80%を占めている栽培植
物の,約40%は一年生であり,毎年種子を裸地に播かなければなりません。従って,秋,
冬,春にこの耕地を保護する問題は非常に重要です。表土の流出は浸食がもたらす有害
な効果のほんの一部で,浸食は土から養分を洗い落とす原因にもなります。これは特に,
雨量の多い熱帯の国々にとっては重大問題です。農民は原始的な耕作を続けるためには,
規則的に新しい地域を開拓せざるを得なくなり,土地は浸食されるに任され,原始林は
どんどん破壊されて行くことになるからです。
 農業の登場は,雑草についても新しい概念をもたらしました。元々雑草とは,人間が
欲しない処に生える不必要な植物です。何処にそれが生え,人間とどのような関係を持
つかによって,如何なる植物も雑草に成り得るのです。例えば,花壇の中のトマトは雑
草であり,ヒャクニチソウはトマト畑においては雑草です。現在多くの雑草が人間によ
って持ち運ばれ,世界中に分布しています。帆船,汽船,鉄道,飛行機が発達する以前
は,植物の広がり方は遅く,範囲も限られていました。だが今日では,カナダの穀物の
出荷によってアメリカ大陸の雑草がイギリスにもたらされ,ここ100年の間にガリンソガ
(キク科の一種)のようなアメリカの雑草がヨーロッパに,またロシアアザミなど多く
のヨーロッパの雑草がアメリカに侵入してきました。もしこれらの侵入が阻止されなか
ったならば,農作物の生産量に重大な影響を及ぼすことになります。
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