09b 植物を支配する
 
〈革命をもたらした科学的研究〉
 近代になって農業に革命を引き起こした新しい要因の中で,最も重要なのは科学的研
究です。機械の発達によって,100年程前には耕作するに当たって10人の人間と20頭のウ
マを必要とした土地が,今では1人の農民で耕せるようになりました。しかし人間の能
力と将来の繁栄に対する意義から言えば,このことでさえ,植物学者や農業科学者が果
たした仕事に比べれば小さいのです。あらゆる時代を通じて,植物栽培は試行錯誤によ
って発展した知識の上の問題であり,父から息子に伝えられて行く性質のものでした。
だが今では,科学的研究によって自然を探求し,実験を通じて自然そのものから解答を
得ることができるようになりました。科学的研究は,人間によって益々混雑した地球上
に,人間が生きて行くために必要な具体的な発展をもたらしたのです。
 最初の,そして最も重要な研究上の発見は,集約的栽培によって土中から養分の"役立
つ資本"が取り除かれるということでした。この原理は今では簡単なことのように考えら
れるが,およそ1世紀前にこれが認められたことは,農業発達史上における画期的な出
来事でした。この考え方に基づいて,1840年にリービツヒは"最少率"の公式を導き出し
ました。この公式によれば,作物の収量は土の中の基本的な無機養分のどれか一つの最
少量によって規定されます。これは施肥に関する近代的概念の全面的な基礎になってい
ます。
 約1世紀前のもう一つの偉大な進歩は,植物の病気が人間の病気と同じように,侵入
した病原体によって起こるという発見でした。これによって植物の病気を妨げるように
なったが,農民は病気に罹った植物を一つ一つ手当する訳には行きません。仕事が大き
過ぎるし,それに植物は循環系を持たないので,動物の場合と違って治療用の薬剤を適
用するのがずっと難しいことです。
 ではあるが,病気の予防となると,これは全く実際的な問題です。殺菌剤を散布した
り,化学薬品を使ったりして病原菌の生活環を短くすることはできるし,また安定した
収穫と増産の実現もそれ程難しいことではありません。ジャガイモのベト病は今日でも
脅威であるとは言え,ペストが既に文明社会では流行することがないように,かつてア
イルランドに降り懸かったような災難が,最新の農業国に襲いかかるとは考えられませ
ん。
 我々はまた科学的研究によって,遺伝と遺伝子についての法則を知りました。これに
よって,条件の悪い気候や病気に対して抵抗力を持ち,収穫の多い新しい品種の植物を,
広範囲に目的に合わせて育成することが可能になりました。化学薬品の使用で植物の体
内の染色体が倍加され,雑種形成の面でも大きな新しい可能性が開かれました。雑種性
トウモロコシの育成で,トウモロコシの収量は25%以上も増加しました。また植物の育
種家は,高エネルギーの放射線や,化学処理による人為的突然変異の誘発など,新しい
品種を作る武器も手に入れました。
 栽培植物の祖先の発見,また近縁関係を分類学的に探求して得た成果も,病気の予防
や収量の増加に貢献しました。例えばイスラエル産の野生のイネ科の一種は,コムギの
サビ病に対して優れた抵抗性を持っているが,これが栽培コムギに近縁であることが分
かったため,その抵抗性を栽培植物に導入することが可能になりました。
 無機養分と微量元素の研究は,最近50年間に非常な成果を修めました。植物はこの微
量元素の極少量がないと正常に生長できません。オレンジや他の果樹の斑葉病が,土の
中の亜鉛の欠乏に因ることは明らかになりました。またハナヤサイの生長点の傷害が,
ホウ素が十分にないことに原因していることも分かりました。これらの発見から,他の
植物の微量元素欠乏症も迅速に診断する方法が導き出されました。キレート鉄と他の金
属化合物を使って,作物の葉緑素欠乏による黄化の治療もできるようになりました。
 科学者は,生育しつつある植物が日の長さに反応する光周期性を研究して植物の生長
を調節し,それに影響を与える方法を考え出したが,これは50年前には考えもつかなか
ったことでした。また40年前には知られていなかった植物ホルモンの発見は,挿木の発
根や種子なし果実の開発など,多くを改良する道を開きました。植物ホルモンの散布に
よってリンゴの未熟果実の落果を防ぎ,必要に応じてパイナップルの開発を促し,逆に
サトウキビの開花を防ぐこともできます。二十数年前に開発された有機雑草剤は,化学
的に植物ホルモンに関係の深い物質ですが,化学構造が少し違うので植物には有害とな
っています。この除草剤の登場で,雑草駆除に全く新しい選択的な方法が開けました。
 その他,未だ初期の段階にあるものに,空気調節を施した研究室を使って植物に対す
る気候要因の影響を調べる研究があります。
 科学的研究は,今や一般に認められているように,殆どどのような問題でも解くこと
のできる近道であり,人間の尺度で測るならば生長がじれったい程遅い植物に対しては,
特別な価値を持っています。現在,植物の研究は世界中の研究室で行われていますが,
100年前には事態は全く違っていました。初期の植物学に関する知識の多くは,ヨーロッ
パの大学からもたらされました。そこでは植物学の教授達が,教育の傍ら植物学の基礎
的な研究もしていました。アメリカでは,1862年に初めて農業研究のために政府資金が
支出され,科学者達は農作物の研究に専念できるようになりました。
 世界各国もこの例に倣い,現在では農業試験場は殆どの国において農業発達の基本的
な力となっています。未開発地域では,試験場は国家の発展を促進する最も輝かしい希
望の一つです。サトウキビ,ゴム,パイナップル,タバコ,コーヒーなどの多くの大規
模な栽培業者は,それぞれ自らの試験場や私設の研究部門を持っています。しかし,農
作物研究の殆どは,政府の後援する研究機関で行われています。また,大学や私立の研
究所も引き続いて研究を分担しており,植物の基礎的な知識の向上に貢献しています。
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