07a 気候と植物
 
〈花が絶えない庭づくり〉
 植物を区分する上で,最も重要な気候要因は霜ではないかと,多くの人々が考え勝ち
です。例えば熱帯植物は霜で枯死してしまい,温帯植物は霜に当たっても生き延びれま
す。しかし実際の植物は,霜より温度に対して,ずっときめ細かく調節を行っているの
です。アフリカスミレはそのよい例の一つです。このスミレは,暖かくして置かないと
よく生育しません。温度が18℃より下がると有害で,10℃になると枯死してしまいます。
 アフリカスミレとは逆に,ヒナギクやその他の春の花は,屋内に置く観賞用植物とし
て育てることは無理です。これらの花々は,暖か過ぎるとかえって枯死します。そこで
庭を年中花で飾っておくためには,必要とする気象条件がそれぞれ異なった花をうまく
組み合わせることです。ヒャクニチソウやペチュニアのように高温にしておく必要のあ
る植物は真夏に生育させ,一方ストックやパンジーのように涼しい温度を必要とする植
物は春に育てることです。
 観賞用植物としてはバラが最も理想的でしょう。と言うのは,暖かさも涼しさも耐性
があるので,冬以外は一年中何時でも育ち,花を咲かせます。アラスカからアマゾンに
至るまで,世界中何処の庭でもバラの花を見ることができるが,このように温度に対し
て広い耐性を持った植物は他には殆どありません。
 
〈なくてはならない冬の寒さ〉
 熱帯は一年中植物に適した温度がある訳ですから,植物を育てるには理想的に地域だ
と考える人が多い。ところが,殆どの温帯性の落葉樹や低木は,温帯の冷涼な地域では
よく成長するが,熱帯ではそれ程よく成長しないのです。同じことが,スイセン,チュ
ーリップ,ヒヤシンスなどの春咲きの球根植物にも言えます。これらの植物は,熱帯だ
と最初のシーズンだけはうまく育つようにみえるが,葉や花が散ってしまうと一種の冬
眠に入り,それきり再び目醒めることは殆どありません。
 もしナシやモモの木を冬の間暖かい室温にずっと保っておくと,実がなりません。こ
のことは,温帯植物にとって寒さが如何に大きな影響力を持っているかをはっきり示し
ています。種類によって程度の差はあるにせよ,温帯植物は明らかに寒さを必要として
います。これは熱帯植物が十分な暖かさを必要とするのと同じことです。
 落葉樹や球根類は秋に葉を落とした後休眠に入るが,再び成長を始めるには,必ずそ
の前にある程度の寒さに遭わなければなりません。これらの植物は寒さに十分晒されて
初めて,冬の終わりを知るのです。もし,この事実が理屈に合わないと思えるとしたら,
逆に春の暖かさだけが植物達を再び目醒めさせるただ一つの要因であると仮定した場合
を想像してみましょう。冬の真っ最中に,偶然季節外れの暖かい月があったとすると,
植物の芽は全て未熟のまま開き始め,そして再び寒さが戻ってきたときは,霜に遭って
永久に枯れてしまうでしょう。寒さに晒されることを必要とする植物の仕組みは,この
ように害を避けるための驚くべき保護機構であって,それは同時にその地方の冬の気候
に見事に調整されているのです。事実,冬の寒さに慣らされたアメリカ東部のモモのあ
る品種は,フロリダやカリフォルニアでは生育できないし,一方カリフォルニアの品種
は,アメリカ東北部に持ち込むと枯れてしまいます。その理由は,この品種が休眠を過
ぎる前に,思いがけない一寸した暖かさに遭うと,その眠りを破られてしまうからです。
 温度調節系が,特に明らかに働いている例は春咲きの球根類です。温度の高い夏の間
に新しく作られるチューリップやヒヤシンスの球根は,その中に次の春に咲く花や芽の
形を既に形作っています。球根を掘り起こして,それを丁寧に割ってみると,球根の中
に秘められた花や葉をはっきりと見ることができます。しかし,こうして新しく作られ
た花や葉が球根の中から外に出てくるためには,冬の非常に低い温度に何度か晒されな
ければならないのです。再び花を咲かせる前に,我々が球根を家や地下室の涼しい処に
仕舞い込んで置く理由はここにあります。
 同じように,春早く花が咲く木や低木の大部分は秋のうちに,またある種のものでは
夏に,春開く花や芽を形作り,それらを球根の中に柔らかく包み込んでいます。しかし
実際は芽を出したり花を咲かせるための引き金となるのは,二つの信号,つまり冬の寒
さと春の初めの暖かさなのです。この自然の神秘としか言いようのない現象を司る化学
的な仕組みが,一体どのようなものから成り立っているのかは,未だ分かっていません。
恐らくある抑制的に働く要因が存在していて,これが寒さによって段々打ち破られて行
くのでしょうが,それを裏付ける発見は未だなされていません。
 
〈麓は熱帯,頂上は寒帯〉
 世界中の植物の分布は,大抵温度の差異によって説明することができます。山に登っ
てみますと,このことが一層はっきりします。海抜4900mに達するペルーのアンデス山脈
や,ニューギニアの山に登れば,熱帯から亜熱帯,温帯,亜寒帯,寒帯までの温度の推
移を実際に経験することができ増す。これは丁度,赤道から北極圏に至るまでの8700q
を旅行することに相当します。山の近くの海岸には熱帯性の景観が開けており,山を登
り始めてからカシの林を通って山の中腹を過ぎ,更に高く登ると針葉樹林に出会います。
そして最後には,万年雪の積もる何百メートルか下の方で,ツンドラ特有の風景にぶつ
かるのです。
 山の景色が最後にがらりと変わるのは,もうそれより高くなると木が生えていない高
木限界です。高木限界と言うのは,環境条件の地域的変化のために,高木の成長が不可
能となる限界の線を言いますが,普通はその前に森林の限界線が現れます。日本の中部
地方では,2500から2600m付近にあり,南斜面は北斜面に比べて,この限界が高い処にあ
ります。また,ぽつんと孤立した山は,そうでない山より限界が低く,緯度が高くなる
のつれて限界の線は低くなり,北海道では800〜1300m付近まで下がっています。
 高木限界は,結局高さによって生ずるものではなく,単に寒さによって決まってきま
す。従って,熱帯では高木限界は4000〜4300mの高さになります。例えば,カリフォルニ
アのシエラネバタ山脈や北部ロッキー山脈では3700m位の処に高木限界があるのに対し
て,アルプスでは1850m,ニューハンプシャー州のホワイトマウンテンでは1500m,南ア
ラスカでは海抜僅か300〜900mの処にあります。
 高木限界を越えた処には,耐寒性の草やコケ,矮小ワイショウな低木の生えるツンドラ状の
植物相が,限られた地帯だけに見られます。次に現れる極寒の温度に晒された地帯では,
氷点よりやや高い温度になる露出した岩の上にだけ,辛うじて植物の中で最も耐寒性の
強い地衣類が生えていることがあります。
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