07b 気候と植物
 
〈酸素を求める植物の根〉
 温度とともに水は,地球上の植物帯を形作る欠かせない基本的な要因です。世界の陸
地の約1/4は乾燥している処か寒冷な処であって,其処は水の点でも温度の点でも植
物の生育には適しません。また,陸地の他の1/4は準乾燥地帯で,疎らにではあるが
少数の植物が生えています。此処は樹木のない広い草原と準砂漠で,極僅かの水分で生
き延びることができる耐干性のイネ科の草や,ヤマヨモギや,その他小さな低木が生え
ています。残りの地球上の1/2の陸地は,十分な降雨があり,太陽の暖かい光にも恵
まれ,よく茂った植物で覆われています。もしこのような土地を完全に自然条件の元に
置いておけば,人類が現れる以前のように大部分が森林で覆われる筈です。
 植物が必要とする温度と水が,たとえ半分しか得られないとしても,植物は森林とな
って地を覆う傾向があります。しかし湖や池沼のように水が多過ぎる処では,普通の木
は育つことができません。但しマングローブ(紅樹林)とヌマスギ(ラクウショウとも,
タクソディウム)の二つは例外で,この2種の木が空気と水のバランスを適当に保つた
めに獲得した適応の方法は非常に興味深いものです。
 マングローブは熱帯ならどの海岸にも見られ,泥の浅瀬で,海の波が周期的に洗って
いるような処に生えています。ところで泥の中には酸素が全くないが,全ての植物の根
は成長と機能を果たすために酸素を必要とします。そこでこんな処に生えているマング
ローブは,根に酸素を供給する方法を発達させなければなりませんでした。
 ヒルギ属という最も普通のマングローブの木は,タコの足のような根を持っており,
それを満潮線より上の幹から出しているので,常に空気を取り入れることができます。
ヤマプシキ属のような他の種類では,根系が広がっており,主根は泥の中を水平に走り,
沢山の上向きの根が泥と水の上に突き出しています。これらの根は海綿状の構造をして
おり,通気孔で満たされているので,これを通じて泥に埋まった根も呼吸することがで
きます。
 ヌマスギはアメリカ南部の湿地帯に極普通に生えている木で,他の植物と比べて少し
違った根系が発達しています。これは"節くれた気根"と呼ばれている特殊なもので,泥
の中を走る主根がせむしのようになっていて,ほぼ一定した間隔で水の上に出ています。
"節くれた気根"には通気孔があり,これを通じて根の他の部分は酸素を吸っています。
また,アシやカヤツリグサなどの湿地に生える植物は,茎を通じて根に空気を与えてい
ます。小さな低木の場合には根系の発達が貧弱なために,遅々としていじけた生長しか
できません。
 
〈商売にならない熱帯のジャングル〉
 世界中の森林のうちで,最も植物の種に富んでいるのは,熱帯のジャングルと雨林で
す。ジャングルでは生存競争が激しく種の数に限りがあると想像されますが,しかし大
抵のジャングルには100〜200種の樹木が,途方もなく広がった,一見何のまとまりもな
い未開の森林を形作っているのです。
 このことは,ある面ではジャングルのために役立っています。つまり,人間の手から
それらの植物を保護しているのです。経済的な価値のある樹木が12〜13種類あったとし
ても,それらは手も付けられない程生い茂った,それ程有用でない野生の森林の中に広
く散らばって生えているので,伐り倒して運び出すには途方もなく費用がかかるのです。
従って,野生のゴムを採るために行われたような事業は例外で,普通ヨーロッパや北ア
メリカ大陸で行われている森林伐採は,アマゾン川流域では決して行われないでしょう。
 今世紀の初めには,南アメリカのジャングルに生える野生のゴムノキは,文字通り世
界でただ一つのゴムの原料でした。人々はアマゾン川の上流に行けば,信じられない程
の富が得られることを知って,ベレムとマナウスの町はブームで沸き立っていました。
ゴムを採集する人々は荒っぽい連中で,あちこちに散らばって生えているゴムノキを求
めて,繰り抜いたカヌーでジャングルの奥深い中心部にまで入って行きました。彼等が
ゴムノキを刻み目を付けて樹液を採る方法は未熟で,しかも徹底的に搾り取ってしまう
ものでした。そして,彼等は木を傷付けてしまうことが多かったので,生産性はがた落
ちとなり,そのため更に数多くの木を見つけようと,より深く原始林に踏み込まなけれ
ばなりませんでした。
 ゴムノキを喰いものにするこのような方法は,何時までも続く訳がありません。一方
ブラジル政府はゴムノキとその種子を輸出することを,できるだけ長くしかも厳重に法
律で禁止しておこうとしました。しかし,やがてゴムノキの種子がマラヤやその他の地
域に密輸され,農園で栽培することに成功しました。その結果,ブラジルの野生ゴム工
業は事実上,事業として成り立たなくなり,アマゾン川流域は酷い経済不振に見舞われ
ました。
 熱帯地方と言っても気候が乾燥している処では,森林はあまり生い茂ることはありま
せん。この地域はよく季節風を伴い,森林は数多くの種と,棘を持った植物から構成さ
れていることが特徴です。例えばインドのチーク樹林では,乾期に間は木々の葉が落ち
てしまうので,その一帯はまるで冬景色の様相となります。またブラジルのセアラ州に
あるトゲ植物からなる森林では,カーテンガと呼ばれる棘のある低木の植物帯から砂漠
の状態までに及ぶ種々の移行型が次々と見られます。其処では年間の雨量が300o,又は
それ以下です。
 
〈恐竜を想わせる巨木の森林〉
 温帯の森林は,熱帯に比べて木の種類が豊富ではなく,精々10種かそれ以下が普通で
す。自然のままの温帯林は,大部分が広葉樹と針葉樹の混生したものです。しかし残念
なことに,温帯林の殆どの部分は,切り開かれた栽培耕地に変えられたり,製材のため
の資源に使われてしまいました。そうした森林は,人の手によって植林が行われたため,
結局単一の種によって構成される森に変えられたのです。既にヨーロッパには自然林が
残っている処は殆どありませんし,アメリカでさえ,アパラチア山脈に見られるような
自然のままの混生林は,段々減ってきています。
 オーストラリアに行くと,全く異なった型の森林が見られます。主な樹種はユーカリ
で,幾らかアカシアも混じっていたが,ただ一つの属がこれ程までに完全に一つの大陸
全体に亘って優勢を示しているというのは,驚くべきことです。オーストラリアではユ
ーカリのいろいろな種が,海岸から山岳地帯の上の方にまで繁茂し,冷涼なタスマニア
から熱帯の北部地方まで覆っています。その中には矮性の低木状のマリーと呼ばれるユ
ーカリの一種や,カリーと言う名の巨木の種やナナカマドがあり,特に東部ビクトリア
の山々に生い茂るナナカマドは美しい堂々たる森林を作っています。
 世界で最も印象的な森林は,カリフォルニアのセコイアの森です。しかし,他の地域
にも幹の直径が十数mもあるような巨樹が聳えている森林が少なくありません。例えば,
ニュージーランドのコパールノキ(アガティス)は主に南半球に産し,僅かに北半球の
熱帯にも見られる常緑の大木です。この木はナンヨウスギ科に属し,木の高さは40m以上
にも達し,葉はナギに似た長円形で対生します。コパールノキから採るコパールは樹脂
の一種で,ワニス塗料の原料として非常に重要なものです。また南チリのフィツロヤも
横綱格の巨木です。その次に大きな木は,レバノンのセイヨウスギや北アメリカのアト
ラス山脈のセイヨウスギであるが,現在は殆ど絶えてしまいきした。
 不思議なことに,これらの巨樹は全てが松柏類に属し,数の上では今や被子植物より
も見劣りのする植物の一綱に過ぎません。植物の世界では既にずっと昔に地球上から絶
滅してしまった恐竜が,丁度巨大な松柏類を想わせる例です。しかし巨木の方は,人間
によってその多くが伐採されつつあるとは言え,未だ地球上から完全に姿を消してはい
ません。
 北半球の寒い地方では,広葉樹や針葉樹の混生林に取って代わって,マツ,トウヒ,
モミが森林を作っています。しかし大抵其処には,幾らかのポプラやカバノキなどの広
葉樹が混じっていて,秋になると針葉樹の黒ずんだ緑と深い空の青さに,鮮やかな紅葉
が映えます。
 更に北へ行くと,木々は次第に短くなり,木の先端や枝が枯れて,形が不格好になり
ます。これは正に北国の荒れ果てた環境の元で,植物が戦っている姿を表していると言
えましょう。北の方へ行けば行く程,このような木も低木材のヤナギに場所を譲り,遂
には荒涼としたツンドラだけが残ります。ツンドラ地帯は,真夏でも地下数pまで万年
氷に覆われている処まで広がり,これより北にはどんな維管束植物も育ちません。
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