07 気候と植物
 
               気候と植物
 
                   参考:タイムライフブックス社発行「植物」
                         (解説者:米人フリッツ・ウェント)
 
〈植物の個性を育てる条件〉
 生命のあるものは全てそうであるように,植物にはそれぞれ個性があります。それは
植物の遺伝的な構成によって決定され,環境によって形作られ,植物が育つ生育条件の
元で伸ばされて行くものです。植物を栽培する人々は,自ずと植物の個性が分かってい
るので,丁度動物好きの人達がネコやイヌに注ぐのと同じような純粋な愛情を,チュー
リップやバラやアフリカスミレに対して抱いていることがよくあります。彼等は,最良
の品種を得るために絶えず努力を惜しまず,球根や種子は言うまでもなく,取り木から
完全に花が咲き実を結ぶまで,植物を我が子にように慈しみ育てるのです。
 植物栽培の名人と呼ばれる人々は例外なく,植物に対して"親心"とも言うべき愛情を
持っています。そして,彼等は植物が最もよく生育するために必要なものは,適当な土
壌であり,適度の潅水であり,最も適した温度と光であることを十分に理解しているの
です。これらの環境要因の全てが,植物固有の遺伝的性質と作用し合って,植物の成長
を大きく左右することになります。
 植物の中には,いわゆる"感覚"を持っていると考えられるものさえあります。その最
も際立った例は,日溜まりの湿地や草地や開墾地に生える熱帯産の"オジギソウ"と呼ば
れる植物です。オジギソウは,何かに触れられたり荒っぽく取り扱われたりすると,葉
が損なわれるのを恐れるかのように閉じてしまいます。これは多分草を喰む動物から身
を守るための保護機構だと考えられます。この現象は,小葉が葉柄に付いている部分の
細胞内で,膨圧が突然変化することによって生ずるのですが,急に萎れた葉を見れば,
それを食べに来た動物は,美味しくない葉だと思うに違いありません。人間の言葉で表
せばショックと名付けられるオジギソウの反応は,実に目覚ましいものです。例えば燃
えているマッチ棒を葉の先端に近付けると,その葉が直ちに閉じるだけでなく,葉柄に
沿って付いている他の全ての小葉が,急速に次々と閉じて行きます。それから次第に主
な葉柄の接合点が反応を起こし,最後には刺激が茎の上下に緩やかに伝わって,オジギ
ソウの植物体全体が萎れてしまいます。この働きはまるで動物の神経系を刺激が伝わっ
て行くのを,恐ろしくゆっくりした高速度写真で視ているように起こるのです。
 しかしながら,植物は神経を持っている訳ではないので,勿論傷みを感じたり,どん
な感情も抱くことがないことは明らかです。植物は,光,重力,温度,湿度,化学物質,
そして周りの動植物に,直接反応するのです。植物は光を求め,風に逆らって立ち,必
要に応じて真っ直ぐになったり,曲がったり,重力の支配を受けて根と茎を方向付け,
土の中の養分や水を捜し出します。このようにして植物は,取り巻いている環境に自ず
から調和しているのです。運命が定めた処に根を下ろし,其処で雨,風,冬の寒さ,夏
の暑さにじっと耐え忍ばなければなりません。従って植物は,動物とは比較にならない
程大きな度合いで,生育する処の特殊な諸条件に適応する必要があるのです。
 
〈大地の恵み〉
 植物を取り巻く環境の中で,土は非常に重要な要素です。土の中に含まれる無機成分,
有機成分,或いは微生物や動物の構成は,信じられない程複雑なものです。また,ミミ
ズ,ジネズミ,ジムシ,ネマトーダ(線虫)など,数多くの動物が土の中に潜り込んで
生活しているし,雨や腐った草や木,そして動物達が絶えず様々なものを土の上に新た
に累積して行きます。
 このような複雑な成分を含んでいるために,全く同じ土というものは決して有り得な
いが,しかし一般に良い表土とされている土には,共通して数々の良い性質が備わって
います。例えば,良い土は多量の水をその中に保つことができ,土の重さの20〜40%,
ときにはそれ以上の水を含むことができます。また良い土は養分を貯えていて,植物の
根の必要に応じて,その養分を供給するのです。窒素,リン,マグネシウム,カリウム
は,よく肥えた土に多量に貯えられています。同時に鉄,亜鉛,銅,マンガン,モリブ
デン,ホウ素などのいわゆる微量要素も僅かずつ含まれ,それらは植物が正常に生育す
るために必要とされる微量養分として役立つのです。
 自然に生えている植物は,根を下ろした処の土が供給してくれる水と養分に適応する
のが普通です。勿論良い土であれば,集約的に栽培された農作物を十分生育させること
ができます。しかし,我々が農耕地を使って極端な増産をしようとするときには,土に
対する要求が大きくなり過ぎて,自然のままに供給される水と養分の量だけではとても
足りなくなります。そこで潅漑や肥料を施すことによって,水と養分を増やすことが行
われます。このようにして,土は人間の手によって効果的に管理することができるし,
植物や栽培する人の要求に合うように,変えることもできるのです。
 
〈生産高を上下させる夜の温度〉
 植物が立派に育つために,一番重要な環境の中の要素は,土よりも寧ろ気候です。と
ころで気候とは,一体実際には何を意味するのかを考えてみると,この言葉が如何に不
完全であるかが分かります。気候とは,具体的な形のあるものではなく,抽象的な意味
を持っています。つまり,気候はある処の平均の気象なのです。とは言っても,気象は
誰もが身に滲みて分かっており,常に変化しやすいものです。気象学者は,ある地域の
気象の記録を調べ,その土地では,夏は平均雨量が500oで湿潤であり,冬は乾燥してい
ると推量できるかも知れません。しかしある特定の日又は月の雨量が,実際どれ程ある
かを言い当てることはできないのです。
 気温は,これもまた予測し難く,酷く変化しやすいものです。毎日,昼間には温度が
上昇し,夜になれば可成り低下します。この状態は非常に複雑なものなので,気象学者
はこれを一日の平均気温,又は最高,最低気温として表しています。しかし,植物は,
"平均気温"に反応するものではないのです。植物にはそれ自身の温度を制御する力はな
いので,そのときどきの周囲の温度に反応しています。実際の例を挙げれば,トマトは
夜間温度が約18℃のときにのみ果実を着けるが,平均気温が18℃であっても,普通は実
がなりません。その訳は,トマトの結実のためには昼と夜の温度の差が重要な要素なの
であって,その要素さえあれば平均気温が21℃でも24℃でも26℃でも実を結びます。
 植物が好む気象条件を知るためには,どのような方法を執ったらよいでしょうか。勿
論植物をそれぞれ異なった処に植えてみれば,それらが示す生育反応ははっきりと分か
ります。しかし,この方法はあまり役には立ちません。天候が2年目も同じであること
は決してないし,ある年には他の年の2倍から4倍もよく生育することがあるからです。
例えば,1955年にはアメリカのニュージャージー州の夏は異常に暑かった。そしてトマ
トの生産高は40アール当たり平均2.9tに過ぎませんでした。その前年にはこの年の2倍
の生産高があったのです。ただしカリフォルニア州は夏の天候が比較的安定している数
少ない州の一つであり,従ってこの州のトマトの収穫は割合に安定しています。
 しかしカリフォルニア州のトマトの生育状態からも,一体気候のどの面が高い生産高
をもたらすのに最も貢献しているかということは,正しくは分かりません。正確な答え
を得るためには,温度,湿度,光,風など,全ての気象条件をコントロールできるよう
な研究室の中で栽培してみなければなりません。著者は,完全にコントロールされた気
候を作り出して,その中でトマトを育ててみたら,涼しい夏,暑い夏,或いは春でも思
い通りの気候条件を作ることができました。この実験から,トマトの成長には温度,そ
れも夜間の温度だけが最も決定的な要因になっていることを確かめました。夜間の温度
が24℃以上,或いは15.5℃以下になった場合は,トマトは全然実を着けませんでした。
夜の温度が極狭い範囲内に限定されたときに初めて,トマトの生産が高くなりました。
1995年アメリカ東部に訪れたような暑い夏には,トマトの生産量は確かに減少する筈で
したのです。
 ジャガイモの生産もまた,夜間の条件によって決定的な影響を受けます。つまり,温
度が11.5℃でないと,商業的に価値のあるジャガイモが沢山実らないのです。従ってト
マトの場合と引き比べてみれば明らかにように,商売としてトマトとジャガイモを同時
に栽培することは難事業です。夜の温度がトマトの結実に丁度適しているときは,ジャ
ガイモを実らせるためには温度が高過ぎて不適当です。この逆の場合も同じように不都
合が生じます。アメリカでは夏が比較的涼しいメーン州,アイダホ州やアイルランドで
素晴らしいジャガイモが生産され,カリフォルニアがトマトの主要生産地となっている
理由はここにあると言えましょう。
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