06a 生長の謎
 
〈一方だけに伸びる訳〉
 ではどうして植物の細胞は,決められた一方向にだけ伸長するのでしょうか。電子顕
微鏡がこの問いに答えてくれます。細胞膜の主要な構成要素であるセルロースは,分子
の端と端がしっかり結び付いた糖分子の長い鎖です。これは,殆ど伸びません。電子顕
微鏡で視ると,このセルロース分子が集まって小さな束になり,細い糸にように細胞膜
の中を走っています。弾力性があって,どの方向にも伸びられるペクチンの中に,この
セルロースの糸が埋まっています。しかし縦方向にだけ伸長する細胞では,セルロース
の束,つまり繊維は,丁度真空掃除機の中を走っている鋼ハガネの螺旋ラセンのように,細胞
膜の中を斜めに走っています。掃除機のホースが縦には伸びるが,横に太くならないよ
うに,細胞膜のセルロースの繊維は細胞膜が横に太くなるのを押さえ,縦に伸びるよう
にしています。
 主としてこのような伸長によって,小さな細胞から芽生ができます。しかし,それ以
上植物が生長するためには新しい細胞が必要であり,そのため幼植物では,既にできて
いる細胞が伸長を続ける一方で,細胞分裂が主として茎や根の先端で休み無く起こりま
す。
 茎の一番大切なところは,極先端のところにあります。これは小さな分裂細胞からで
きており,絶え間なく分裂し,次々と茎の部分を作ります。殆どの場合,この生長は決
まった方向にだけ起こります。しかしときには別の方向に枝分かれして,葉や花の原基
を作ります。茎の先端部の細胞分裂は規則正しく起こり,新しい葉は同じ間隔で作られ
ます。そのため枝が出来上がると,葉の配列は規則的な模様のように見えます。同じよ
うな規則性は,花の部分が作られるときにも見られます。
 茎の先端で作られる細胞の多くは,ゆっくり伸長し始めます。速度は次第に速くなり
2,3日後に最高に達します。そして再び遅くなり,やがて完全に停止します。茎の成
長速度は植物の種類によって大変異なるが,個々の細胞の成長速度が違うためではあり
ません。何故なら,多くの植物の細胞は一日で大体2倍の大きさに生長するからです。
それは先端の実際に伸長する部分の長さで決まります。ゆっくり生長する植物の伸長帯
は6o位ですが,タケノコのように大層速く伸びるものでは60p近くもあります。この
60pにも及ぶ部分で起こる細胞分裂と細胞の伸長が結び付いて,タケノコは1日に30p
も新しい茎を作るのです。木が30m伸びるには数十年もかかるところを,タケノコは2,
3ケ月で同じ位の高さまで伸びます。この違いは,同時に伸長する細胞の数が遥かに多
いためです。また,多くの木の枝は毎年約1ケ月間だけ伸びるのに対し,タケノコは休
みなく生長します。この偉大な仕事に必要とされる驚く程大量のエネルギーは,タケの
巨大な地下茎に貯えられており,葉を一杯付けた地上部から光合成で作られる糖が絶え
ず補給されています。
 33年〜66年に一度の割で,タケは自殺をします。大きな竹薮のタケが葉芽になるべき
部分に花芽を付け,一斉に開花するのです。その原因は未だ十分に分かってはいません。
太陽の黒点に関係があるという説もありますが,想像に過ぎません。開花の際に,タケ
に貯蔵されていた食物が消費され,再び補充はされません。従ってタケは死んでしまい
ます。熱帯地方ではタケは小屋やその他建築物の重要な材料なので,大きな打撃となり
ます。この現象の興味深い点は,タケは何処にあっても全部同じ年に開花することです。
ジャワから移植されたジャマイカのタケは,ジャワの兄弟と同じ年に開花します。
 熱帯のスッポンダケは,生長の速いものの典型です。これは熱帯の森林の腐葉土の中
で,卵形の塊"悪魔の卵"を作ります。この悪魔の卵の中には,キノコが完全に折り畳ま
れて入っています。キノコの生長は,普通は午前7時頃に始まります。まず悪魔の卵の
殻が割れ,のっぺりしたキノコの傘が顔を出します。それは黒く,悪臭を放つじめじめ
した胞子の塊で覆われています。それから1時間のうちに,茎が真っ直ぐ伸び,傘を卵
から10〜13p持ち上げます。そして最後に,折り畳まれていた美しいレース状の白いベ
ールが,胞子を付けた傘の下に垂れてきます。これは2,3分で完了するが,ベールの
動きは極めて速く,カメラで写そうとしてもブレてしまいます。
 生長している植物を見守っていると,直ぐにその生長が厳しく規制されているのに気
付きます。分かり易く言えば,大木はチャンスに恵まれて大きく育つのではなく,明ら
かにある種の生長の制御機構によるものです。この制御が極めて厳しいものであること
は,次のことで分かります。例えば,茎が真っ直ぐ伸びるには,その茎の細胞が皆同じ
割合で伸びなければなりません。もしそうでなくて,一方の細胞が反対の細胞より早く
伸びるようなことがあると,茎は曲がってしまいます。どんな植物でも,生長している
各部の間には高度の調和が要求されます。このような調和の意義に最初に気付いた化学
者の一人がチャールズ・ダーウィンです。彼は若い植物の茎の働きがその先端の生長点
に支配されていること,更にその生長点がある種の方法で指令を茎の方へ送ることを実
験的に証明しました。ダーウィンはまた,根の先端が幼根の反応を支配していることも
明らかにしました。こうして二つの制御中枢のそれぞれが,いわゆるその"支配下"にあ
る部分の動きを規制していることを知りました。ダーウィンは,この制御機構が全く同
じではないにしても,極下等な動物の脳の制御機構に対比できると結論しました。
 
〈生長を刺激する物質〉
茎の生長を内的に支配している実際の機構は,約40年前に発見されました。これは最初
イネ科の植物で見つかりましたが,その後,同じ機構が他の多くの植物の茎にも通用す
ることが分かりました。イネ科の植物の芽生は,比較的に簡単な構造をしています。丈
夫な中空の円筒,つまり子葉鞘ショウが中に柔らかい葉を包み込み,土を突き破って出てき
ます。この円筒が地面に顔を出すと,その生長は止まってしまいます。しかし,円筒は
その後も若い葉が荒い砂や土壌の粒子を潜り抜けて出てくるときに,傷付かないように
保護します。
 子葉鞘の先端を切り落とすと,茎の生長は次第に遅くなり,2,3時間後には完全に
止まります。これは後々まで尾を引く害が,茎に与えられたためではなく,単に子葉鞘
の先端が切り落とされたためです。切り取った先端を元に戻すと,茎は再び生長を始め
ます。ゼラチンや寒天の薄い層を,この先端と切り口の間に挟むと生長が起こります。
しかし銀紙のような非透過性の物質で隔てると,生長は起こりません。このことから,
生長は先端から茎の方へ拡散して行く何物かに支配されていることが分かります。これ
をはっきり証明するには,切り取った先端をゼラチンか寒天の薄い切片に1時間以上載
せて置き,その後でこの切片を切り取った子葉鞘に載せてみればよい。すると,先端が
付いているときと同じように生長が始まります。このことは,先端が植物の他の部分へ
何を供給しているにせよ,それが寒天を通して受け渡されることを証明します。
 この生長物質を同定するのは,長く飽き飽きするような仕事でした。まず最初に試み
られたことは,この物質を子葉鞘の先端から直に抽出することでした。しかし,たった
1gの物質を得るのに10人の少女が毎週70時間働いて70年を要することが分かりました。
この試みは諦めなければなりませんでした。だが結局,他の方法で生長物質を植物と動
物の両方から純粋に結晶として取り出すことができ,何れもインドール酢酸であること
が分かりました。この物質は別名をオーキシンと呼び,他にもこれに似た幾つかの物質
も同じように生長を刺激することが明らかになりました。インドール酢酸の1滴を100万
倍の水に薄めても,子葉鞘で目に見える程大きな生長が起こります。これから計算する
と,たった30gのオーキシンで引き起こされる理論的な生長量を継ぎ足して行くと,地球
を1周する程の長さになります。同じ30gの糖は理論的には30mに相当する芽生の生長を
起こさせるが,これはオーキシンのたった1/10万分に過ぎません。このことから,オ
ーキシンは糖のように茎の建築材料に使われるのではなく,ホルモン,即ち植物体のあ
る部分,この場合は子葉鞘の先端で極少量作られて茎の伸長部に運ばれ,其処で効果を
発揮する物質であることが分かります。
 こうして,オーキシンが同定されたため,それがどのように働くかも研究できるよう
になりました。オーキシンは,茎の生長点で生産され,茎の細胞を通って下部へ移動し
ます。そして,行く先々で生長を刺激します。しかし,生長するにつれて茎は長くなる
ので,オーキシンを生産する生長点は段々遠く離れてゆき,オーキシンの供給も次第に
減ってきます。やがて生長点は茎の下部の細胞から非常に離れてしまい,そのため生長
は全く止まってしまいます。
 極最近になって,ジベレリンと総称される新しい型の植物生長素に多大の興味が集ま
ってきました。オーキシンの場合と同じように,これらは化学的によく似た一群の物質
であり,茎の生長を引き起こします。しかし,オーキシンと違って,多くの植物の茎を
過度に伸長させ,逆にジベレリンが欠如すると矮性ワイセイの植物になってしまいます。事
実エンドウやトウモロコシやインゲンマメや,その他の園芸植物の矮性品種は,大抵ジ
ベレリンを欠いています。例えば,普通は120p程しか大きくならない矮性のトウモロコ
シに,繰り返しジベレリンを与えると,正常なトウモロコシに育ちます。不思議なこと
に,正常なトウモロコシにジベレリンを与えても,それ以上大きくはならず,また逆に
矮性品種に人為的にオーキシンを与えても,丈は正常に戻りません。
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