06b 生長の謎
 
〈植物が上下に伸びるのは何故か〉
 このように,見たところ極簡単な植物の生長の陰には,実は相互に作用し合う要因が
絡み合った微妙な仕組みが働いています。殆どの植物は,間違いなく土に根を下ろし,
茎は光や空気を求めて上へ伸びるが,では植物は何故真っ直ぐ上と下へ伸びるのでしょ
うか。
 この問題に対しては,"では,植物は他にどのように伸びられると言うのか。横に伸び
るとでも言うのか"という苦し紛れの答えもありました。これに対し,学者は当然次のよ
うに答えます。"如何にも,横に伸びては何故いけないと言うのか"。ましてや,種子が
地面に落ちたとき,真っ直ぐ上を向いていたか,逆さまになっていたかを知ることはで
きないのです。種子は地面に落ちたままの姿勢で埋められてしまいます。それなのに,
どうしてどの方向に根を伸ばし,どの方向にその小さい幼芽を伸ばせばよいかを決める
ことができるでしょうか。
 植物の胚にとって大切なのは,生きることです。そのため,水分や栄養分を求め,根
を地中に伸ばす必要があり,また光や空気を捜して若い茎を土の外へ伸ばさねばなりま
せん。では,これをどのように成し遂げているかというと,その答えは"重力"です。植
物の根や茎は,重力に対して大層敏感です。我々が,生長している植物をどのように植
えても,2,3時間後に間違いなく根は真っ直ぐ下を,茎は真っ直ぐ上を向きます。こ
の現象は屈地性と呼ばれます。これは文字どおり,地面に向かって曲がることを意味し
ます。この屈地性が重力に対する反応であることは,いろいろの実験で証明できます。
 まず第一に,種子を播き,真っ暗な処で発芽させますと,根は下に伸び,茎は上を向
いています。この植物を抜き取り,今度は逆さに植え替えると,極短時間に根や茎は元
通りになります。これは光がなくても起こる現象で,光は関係していないことが分かり
ます。従って,重力についてだけ考えればよいのです。
 次に,水平軸の周りをゆっくり回転するテーブルに,この植物を固定しますと,違っ
た結果になります。この場合,植物に働く力は一方向からだけでなく,力はあるときに
は上の方に,あるときは下の方に働きます。そのため,植物は一定の方向へ生長するの
に必要な,絶え間ない刺激を受けることができません。結局,このような回転台に置か
れた植物は自分自身を調節することができず,置かれたときの向きのまま根や茎を伸ば
して行きます。
 このことを更にはっきり証明するために,回転台をもっと速く回すと,遠心力が働い
て植物を台の中心から遠ざけようとします。こうして置くと,やがて植物は遠心力に反
応して根を外側に,茎を中心に向けて伸ばすようになります。しかし植物がどんどん生
長し始め,芽が土を破って外に顔を出すと,光がその後の生長にとって大切な要因とな
ります。多くの植物の茎は光に惹かれます。この性質を利用し,植物を横に生長させる
ことができます。それには,横の一方向からだけ光が入ってくるようにした温室に植物
を置けばよい。光に対するこのような反応を,屈光性と言います。これもまた,いろい
ろな植物やその部分にみられる興味深い反応です。
 例えばある種の植物の根は光に反応し,それから遠ざかるように伸びて行くが,他の
多くの植物にはそのような影響はみられません。また,ある種の植物の葉は,光に対し
非常にはっきりした反応を示し,それを最大限に受けようとして,光線に直角になるよ
うに葉の向きを変えます。またある種の花は太陽に真っ直ぐ向くように顔を持ち上げる
ので,太陽が進むにつれて,空中で弧を描きながら太陽を追います。アオイの葉も同じ
ことをします。途中に木の枝や何かが突き出ていて太陽を遮ると,葉の向きは其処で止
まります。
 しかし再び太陽が顔を出すと,直ぐその方向へ向き直ります。太陽が地平線に沈んで
しまうと,アオイの葉は全部ぐるりと向きを変え,それから十数時間後の日の出を迎え
るため東を向きます。彼等は恰も頭脳を持っていて,勿論そんな筈は無い訳ですが,そ
れが,どちらから太陽が顔を出すかを教えているように見えます。恐らくは,植物によ
くある,24時間周期のリズムのほんの一例でしょう。
 植物のいろいろの部分,特に根の生長は屈地性や屈光性のほか,水や養分の存在にも
影響されます。水や鉱物質やその両方に富んだ地層があると,植物の根はその層へ群が
るように伸びて行きます。
 では,植物は光や重力に反応するとき,どのようにその向きを変えるのでしょうか。
多くの場合,この運動は茎の生長を不均一なものにします。即ち茎の一方が反対側より
早く伸び,茎を曲げます。今ではオーキシンが生長の一番大切な要素であることが分か
っており,重力や光がオーキシンに影響を及ぼしていることは明らかです。オーキシン
そのものは重力や光では変化しないが,それが茎や根の先端で生産され,其処から移動
するとき,非常に強い影響を受けます。例えば,植物が真っ直ぐ伸びていないと,重力
は大部分のオーキシンを茎の下側に集め,其処を流れるようにします。こうして下側の
生長が刺激され,茎は再び真っ直ぐになります。また,光はオーキシンを遠ざけます。
そのため,うっかり向きを間違えて置いた窓際の植物や,倒木のため光を遮られた森林
の下では,光源から遠ざけられた側の茎がオーキシンを沢山受け取ります。そして細胞
の生長はその側の方が活発になり,茎は再び光に向かって生長するようになります。こ
のような事実から,植物の屈光性はオーキシンで説明できます。しかし,何故光がオー
キシンを押しやるかは,まだ科学者にも分かっていません。
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