06 生長の謎
 
                生長の謎
 
                   参考:タイムライフブックス社発行「植物」
                         (解説者:米人フリッツ・ウェント)
 
〈環境とタイミング〉
 全ての生物は休まず生長を続けます。これは基本的な性質の一つです。ここでいう生
長とは,結晶が大きくなるときのように,溶液に溶けている分子が段々に寄り集まって
大きくなることを指すのではありません。動植物にみられる本当の生長は,非常に違っ
た変化を言います。そこでは,全く新しい分子が作られます。そして,それらは遺伝子
が命ずるところに従って特別な方法で並べられ,それぞれ特定の生物を作り上げます。
真の生長にあってはその様式は分子の構造では決まりません。反対に,セルロース分子
のように同じ分子であっても,イネの葉からギンカエデまで,全く違ったいろいろの形
に配列されるのです。
 植物の生長はゆっくりしています。そのため,行きずりの人には草木や花の生育は目
に見えず,植物は全く静的で不変にものと思われがちです。しかしこれは,我々が比較
的速い運動に見慣れているためにそう映るだけなのです。植物が日々どのように生長し
て行くかを確かめるためには,特別の装置が必要となります。言うまでもなく,植物は
自分の力では移動することはできません。風の力で泳ぎ廻っている藻類を別にすれば,
普通植物は決まった地点に根を下ろすからです。このような制限はあるものの,彼等は
ある方法によって動くことができます。生長している植物の茎を微速度映画で視れば,
その茎が絶えず前後に波打って揺れているのを見ることができます。老いた植物の場合
にも,非常にはっきりした運動を毎日繰り返しています。即ち日中になると水平に葉を
広げ,夜になればそれを垂直に垂れたり,折り畳んだりしています。
 また植物の形も決して静的でなく,生長につれて変化します。季節によって変わるだ
けでなく,種子や芽生えから果実へ,また芽から花へと変化するのです。完全な植物は,
我々にいろいろ違った生長の時期をみせてくれます。ドングリは,カシと同じく立派な
材木です。冬になると丸裸になってしまう木も,植物学的にいうならば一年中葉を一杯
着ける種類や,秋に紅葉して美しく装うものと全く同じ"木"であり,それらは全て同じ
種類の時期的な変化に過ぎません。
 植物にとって大切なのは,時期そのものだけではありません。もう一つ大切なことは,
時期を合わせることです。つまり,植物が置かれた環境にタイミングを合わせることで
す。ワシントンのポトマック河畔に植えられている日本のサクラは,同じ頃一斉に花を
開きます。同じようにある町のブナの木は,矢張り同じ日に全部が芽を吹きます。我々
は,見慣れているため注意しないが,この現象を一歩深く考えてみると,大きな奇跡に
ように想像できないでしょうか。町の通りに生えた木は,横町の仲間が何をしているか
を見ることはできません。そればかりでなく,彼等は種類は同じでも,あるものは家と
家との間の風の当たらない処に,また公園の池の辺ホトリというように,みんな環境の違う
処に住んでいます。日の恵まれた処,冷たい風に吹き晒しの処,条件は違うのに,全部
全く同じ時期に芽吹くのです。
 それよりも,1本の木に着いている沢山の葉芽が一つ残らず同じ日に大きくなり始め
るのには驚かされます。下の枝は,上の方の枝とは可成り違った生活環境にあり,北側
と南側,内側と外側でも条件は可成り違うのに,芽吹く日が一致しているのです。一掴
みの種子を播いても,その全部の種子が同時に発芽することはありません。1週間以上
も発芽がずれるのは珍しくありません。それなら,芽吹くのにも多少の早い遅いがあり
そうなものだが,そうではないのです。
 木の芽吹きの時期が正確に一致していることは,それぞれが別々の機構の支配下にあ
ることを示しています。ワシントンのサクラが全部同時に芽吹くことから,何か外部か
らの合図又は影響が働いていろことが分かります。しかし,サクラはブナよりおよそ1
ケ月も早く芽吹くことや,芽吹く時期が年によって1週間前後違うことなどから考える
と,外部からの合図は大変複雑で,木の種類によっても違っているものと想像されます。
ある場合,それは木が冬の間に受ける寒さの程度に結び付いており,また春の温度にも
関係があるようです。
 
〈植物の生長を司るもの〉
 1本の木の芽が全部同じ日に同じことをするように命令する第二の信号は,内的なも
のです。この信号は,ある種の調整役を果たしています。その働きは,両手10本の指と
両足を使いこなす特技にも似ています。この場合,手足の調整は神経中枢,即ち脳の働
きによっています。しかし,植物には神経も無ければ,末端の刺激を伝える構造もあり
ません。そのため,一斉に芽吹くことが一層興味をそそる問題になってきます。
 この時期を合致させる機構を詳しく理解するには,まず植物がどのように生長するか
を調べなければなりません。植物の生長は,受精した卵細胞が繰り返し分裂して,未分
化の細胞の塊を作ることから出発します。やがて細胞の塊は極小さい茎の芽,つまり幼
芽を1,2枚の芽生の葉と,幼根を持つ胚に分化します。大抵の種子では胚そのものは
非常に小さく,その大きさは1oにも満たない。そして,種子の殆どは大きな食物の貯
蔵器官に発達した芽生の葉,つまり子葉に占められてしまいます。ラッカセイから殻と
外皮を去れば,この構造がよく分かります。1粒の半分がそれぞれ1枚の子葉であり,
2枚の子葉は丁度二枚貝の殻のようにぴったり合わさり,その一端が蝶番チョウツガイで留め
られています。この蝶番の処で,子葉が胚にくっ付いています。子葉の間の小さい点が
胚です。胚は綺麗に出来上がっており,直ぐにも子葉に貯えられている食物を利用でき
ます。そして,発芽が始まると直ぐ,立派なラッカセイ植物へ生長して行きます。
 発芽の第一期は,水分を取り込み,種子全体が膨れ上がるときです。この時期に一つ
一つの細胞は十分水分を吸収し,その細胞成分が働き出します。このような状態になる
と,胚は本当の生長を開始できます。それから1週間ばかり吸水が続くが,これは無茶
苦茶な膨張によるものではなく,若い茎や根が急速に伸びるためです。この茎と根は,
上と下へ向かってすくすくと伸びて行くが,殆ど太りません。初めは極小さかった胚も,
この時期になると最初の10〜100倍になります。このように急激に生長できるのは,子葉
に貯蔵されていた食物から糖が作られ,それが茎や根に沢山供給されるからです。こう
して養分を十分貰った細胞は,多量の水分を取り込み,そのため膨圧が増大します。こ
うして生長は永久的になります。細胞膜が縦にだけ伸長できるようになっているのは,
植物は人間の赤ん坊のように,あらゆる面で自由に大きくなることはできません。ただ
縦に伸びるだけです。
 しかし,子葉の細胞膜は厚くできているので,それ程伸長できません。そのため,細
胞は多量の糖により,膨圧が大層高いにも拘わらず伸長しません。この細胞のできるこ
とと言えば,食物を胚へ供給することだけです。このように,伸長力の違う子葉と胚の
細胞の働き合いによって,ラッカセイは特定の時期に,独自のやり方で生長を始めるよ
うになります。
[次へ進んで下さい]