05b 植物体内を流れる水
 
〈凝集の原理とは〉
 以上のうちで,一番重要なのは,気孔の開いている葉が植物体を通して水を吸い上げ
るとき,根と葉の間に湿度の違いを利用する働きです。ポンプで吸い上げられる水の量
には限界があります。その限界は,重さにすると1p平方当たり約1s,高さにして約
10mです。ところがセコイアの大木は,その10倍も高くまで水を吸い上げています。この
謎が19世紀の植物学者を悩ませました。そこでドイツの植物学者であるエドワルド・ス
トラスブルガーは,長さ約12mのフジの木を大鍋で煮て蔓を延ばし,その先端を高さ12m
の自家の屋根に縛り付けました。ところがフジの葉は萎れませんでした。このことは,
フジの葉が幹の生きた細胞の力を借りないでも,物理学的には不可能と考えられる高さ
まで水を吸い上げることができることを示しています。また,ストラスブルガーは別の
実験で,木部の細胞を強い毒物で全部殺してしまっても,木は12m以上も水を吸い上げる
ことができ,少しも萎れる様子をみせないことを確認しました。これが"凝集"の原理の
発見に繋がります。
 凝集の原理とは,一口に言えば水の分子が一緒に堅くくっ付いており,互いに引き離
れまいと抵抗する現象です。注意深くコップに水を注いで行くと,縁から可成り盛り上
がるまで満たすことができます。これも,凝集のためです。細い管では凝集は非常に大
きな力になります。植物の細胞内に閉じ込められた糸のような細い水の柱が引きちぎら
れ,真空の部分が生ずるためには,1平方pあたり100s以上の力が必要です。この力の
お陰で,葉はポンプに入ってきた水に対して100気圧,換言すれば1平方p当たり100s
以上の吸引力を発揮することができます。それで地上110mを超すカリフォルニアの大木
セコイアや,同じく90mもあるオーストラリアのユーカリ属の木の先端までも水は上って
行けるのです。
 
〈植物は塩類も食べる〉
 土中の水分は大部分雨水からきたものであるから,それは理論上は蒸留水のような真
水でなければなりません。しかし,植物にとっては幸運なことに,実際はそうではあり
ません。植物が生きて行くには水分のほか,鉱物質,つまり岩石や土壌が分解するとき
に出てくる塩類が必要です。分解は絶えず繰り返されるが,高温である程その進行は速
い。雨が十分降ると,分解によってできた塩類の大部分は川や海へ洗い流されてしまい,
鉱物質の平衡が適当に保たれます。しかし砂漠地帯では雨が少ないため,流出する量よ
り生産される量が多く,その結果,塩類は沢山溜まって,土壌は植物細胞よりも多量の
塩類を含むようになります。このような状態ですと浸透の方向は逆になり,水分は塩分
の高い土地に生えている植物から土壌へ吸い取られてしまいます。こうして植物は脱水
され,やがて死ななければなりません。事実,高塩分の土壌では植物は発芽しません。
砂漠地帯に1本の草木も見られない"アルカリ性の平地"ができてしまいます。グレート
ソルトレーク砂漠やパレスチナの死海周辺がその良い例です。
 海も塩分の濃度は高い。従って,高塩分に特に適応しているマングローブ樹を除けば,
殆どの陸上植物は海水の中で育つことができません。ココヤシのように,海岸に生えて
いる植物の殆どは,実際は淡水で生きているのです。ココヤシの木が海岸に生えている
のは,その種子,つまりヤシの実が遠くから海流に運ばれてくるためであり,ココヤシ
の木は,海岸にありながら矢張り塩水では暮らせません。そこで根は淡水を求めて伸び,
淡水の在処まで届いています。淡水は塩分を含まないため海水より軽く,表層に浮いて
います。
 熱帯の海岸の砂地に雨が降ると,雨水は砂に滲み込んで行き,近くの塩水を追い払っ
てしまいます。海岸付近で短いパイプを地中へ打ち込むと淡水が得られ,同じ処の深い
井戸からは塩水しか出ないのはそのためです。オランダのゾイデル海の塩分の高い土地
が,埋め立てられてから2,3年も経つと,サトウダイコンやオオムギを作れるように
なるのも,同じ原理によります。海水が排泄されてから最初の2,3年の間に降雨によ
って毎年70〜80pの淡水が溜まり,これが海水を追い払ってくれます。そして直ぐ,サ
トウダイコンやオオムギが育ち,実るに十分な程厚い淡水の層ができます。しかし,も
しもこれらの作物が70〜80pより深い処の水まで吸い上げると,当然塩水が吸い上げら
れて,最早その土地では耕作できなくなります。
 
〈雨を待つ種子〉
 植物が水分を捜すことのできる深さや,いろいろの補給条件に対する適応性は,砂漠
やステップ地帯の植物を見るとよく分かります。この植物達は,明らかに水分の不足し
た処で生活しているが,それでもなお,その多くはよく茂っています。我々は,この状
態を植物の耐干性のためと想像していますが,実際は乾燥を避けているだけなのです。
それらは,耐干性を発達させる代わりに,いろいろのやり方で乾燥を防いでいるのです。
例えば,砂漠に生える一年生植物の種子は例外なく,沢山雨が降って砂漠の土壌が十分
水分を吸収し,彼等が育って花を咲かせ,実を結ぶことができるようになるまで,発芽
しないでじっと待っています。このため,丁度良い時期,つまり10月か11月に沢山雨が
降ったときだけ発芽し,やがて砂漠に珍しい花を咲かせます。
 また砂漠には地下にまで根を伸ばす深根性の植物で,地下水植物と呼ばれるものがあ
ります。これらは根を地下の水源まで伸ばします。そして,涸れることのない水源を発
見するのです。人間は昔,この植物の後をつけて水源を捜し,井戸を掘ることを考えつ
きました。マメ科の低木ケベヤはこのような水の在処を示す植物の一つであり,地表か
ら10m以内に涸れることのない水源の存在する処に限って生育します。カリフォルニアの
砂漠の井戸の多くは,このケベヤの生えている処に掘られたものです。ハコヤナギも同
じように,潅漑に十分な水が地下の水流となって3,4m下を流れていることを教えてく
れます。同じくカリフォルニアのウチワヤシも地表近くに水がきている処だけに生えま
す。
 一方,膨れ上がった茎と厚い葉を持つ多肉植物は,巧みに水分を自分の組織の中に貯
えています。例えば,マツバギクは厚い肉のような葉に,砂漠のサボテンは樽のような
幹や膨れた枝に水分を貯蔵しています。これらの植物は,非常に厚いクチクラで幹や葉
を被っており,蒸散のため水分を失うことは殆どありません。たまたま砂漠に雨が来る
と,彼等はぎりぎり一杯体内に水分を吸い込み,詰め込みます。さして,その後にやっ
てくる長い乾燥期に耐えます。年に1回,水を詰め込むだけで,1年以上も生きられる
タルサボテンも幾種類かあります。
 その他の砂漠植物も,乾燥した環境に適応するため根を十分に広げ,少量の水でも一
滴残らず探し出して吸収します。ハマビシはその一種で,根は実に深い処まで広がって
います。しかし雨のない期間が長引くと,他の植物と同じように旱魃に苦しまなければ
なりません。しかし,アメリカコビトスギのように,土壌水分に全く頼らないで生きて
いる植物もあります。これは砂漠の空気中の水分が飽和状態に近くなる夜間,空中の水
蒸気から十分に水分を吸収します。サハラ砂漠のフウチョウボク(カッパリス・スピノ
ザ)も同じような力を持っており,世界一乾燥しきった土地で,瑞々しい緑色を見せて
います。これらの植物は何れも砂漠の酷い条件の元で,しかも根に対する水源としては
極めて状態のよくない露出した岩に取り付いて生きているのです。
 被子植物には25万に上る種があるが,現在分かっている限りではこの中の2種だけが,
水を必要としないで生きています。それ以外の全ての植物は絶え間なく,或いは継続的
に水を必要とします。光合成の大切な過程を円滑に進めるためにも,また生長を続ける
のに必要な養分を土壌から吸収するためにも,水は必要欠くべからざるものです。では,
その養分とは何か,それを植物はどのように採り入れ利用するか,植物を人工的に,よ
り大きく育て,よりよい収穫を得るにはどうすればよいかなどについては,次章で述べ
ます。

[次へ進む] [バック]