05 植物体内を流れる水
 
             植物体内を流れる水
 
                   参考:タイムライフブックス社発行「植物」
                         (解説者:米人フリッツ・ウェント)
 
〈植物と水〉
 地上の大部分は大木の聳える森や,低い樹木の林,或いは緑の絨毯に覆われた野原や,
季節毎に変化に富んだ花が目を楽しませてくれます。こうした植物の姿を眺めるとき,
我々は直ぐに植物と"水"の密接な間柄を知り,水の無い処に植物はありません。真の砂
漠は永遠に不毛です。
 水は,植物の生命にとって数多くの必要な物質の中のほんの一つに過ぎませんが,し
かし最も基本的な大切なものです。生命が最初に水の中で育まれたように,水は生物が
生まれ生長するために欠くことができません。細胞内の化学反応は,水を媒介として行
われ,あらゆる物質は水によって生物体の内部へ運ばれます。水が無ければ,植物の体
内では何事も起こり得ないのです。
 種子はこのことをはっきり証明します。どんな種子も,完全に乾いて水分が無くなる
と,生命が絶えてしまいます。つまり化学反応も起こらず,生きている兆候が何一つ無
くなるのです。ところが,水を与えると生命は再び蘇ってきます。このような不活性の
とき,種子は氷点より遥かに低い温度にも,また,但し水の外であるときは水の沸騰点
に近い高温にも耐えることができます。またときには,数百年から数千年もの長い歳月
を生きていることもできます。そのような年代を経た種子でも,水を与えると忽ち呼吸
を開始し,活発に生活を開始します。水の分子が種皮を通って内部に入ると,生命のい
ろいろな営みが始まります。種皮の体内の水分含有量が全体の8%に達すると種子は息
を吹き返しますが,それ以下では不活性です。
 水分が12%になると,種子は発芽し生育を開始します。しかしそれ以下の分量では,
呼吸作用はするが,つまり一応"目醒め"はするが,正しい意味での生活は未だできませ
ん。もしも12%以上の水分を貰えないと,種子は貯蔵している食物を段々と消費し,結
局は発芽する力を失って死んでしまいます。空気中には生長を支えるのには不十分だが,
弱い呼吸を続けるのには十分なだけの水分が含まれています。大気の乾燥した地域での
方が,種子は長生きできます。だが,砂漠にある古代エジプト王の墓の中に置かれた種
子は,少量の水分が内部にあったため,4000年前の種子は,我々の期待に反して発芽し
ませんでした。
 一番古く,確かに生きていた種子は日本のハスでした。学者が泥沼の底からこの種子
を掘り出し新鮮な真水を与えたところ,生き返って生長しました。現在真空の中に置か
れた種子が,どれ程長生きするかを試す研究が行われています。しかし残念なことに,
この実験は最終的な結果をみるためには,これから1000年も待たなければなりません。
10を経過したところでは,50種類ものいろいろな種子が,少しも生存力の衰えをみせて
いません。しかし幾つかの種子は,真空中に置かれても,生存力を失うようです。
 
〈陸生動物の場合との違い〉
 大昔から,非常に沢山の動植物が陸上に棲むようになりました。しかし陸に上がって
も,彼等は水無しでは生きられません。人間を含めて全ての動植物は生まれてから死ぬ
まで,絶えず水を必要とします。
 陸生動物は,水を血液の形にして体内に持っています。その皮膚は可成りうまく水を
逃さないようにできており,そのため水を体内に閉じこめておけます。しかし,呼吸や,
汗や,その他の分泌により失われた水分を補給するために水を飲まなければなりません。
このことは,動物が水を摂取する取り入れ口が必要なこと,更にまた,十分な量の水を
取り込むためには,水が流れいているか,口で飲める程沢山あることの必要性を物語っ
ています。そのため,動物が棲むことのできる環境は限られてきます。例えば,体の大
きな陸生動物は,地表水のない乾燥地帯に棲むことはできません。
 これに反して,植物は全く違った方法で水分を補給するので,このような制限を殆ど
受けません。第一に植物は,水分を土壌から極少量ずつ集めることができる上,動物に
比べて水の蓄積力が遥かに大きい。甚だしく乾燥した地帯でも,一度根が伸びて目に見
えない水源に達すると,その源が涸れない限り,其処で繁茂することができます。しか
し,万一水源が涸れると,やがて植物は滅びるしかありません。動物と違って植物は,
自分自身の体を動かして水を求めて余所に移って行くことができないからです。
 また植物は,いろいろな理由から,動物のように水を通しにくい皮膚を持っていませ
ん。植物は,光合成のため葉の中へ炭酸ガスを取り込む必要があります。一つの気体が
入ってくると,他の気体が代わりに外へ出て行かなければなりません。その結果,当然
植物は葉から水蒸気を失います。このことは,植物の給水の体系を考えるとき,重要な
意味を持ってきます。普通の植物が一定期間に単位重量当たり失う水の量は,哺乳動物
の約100倍です。そのため,もし植物が哺乳動物のように,血液の循環によって細胞が必
要とする水分を補給するとなると,血液は想像もつかないような猛烈なスピードで駆け
巡り,水分を補給しなければなりません。
 
〈貪欲に水を吸う〉
 植物は,水の問題を複雑なポンプ仕掛けによって解決しています。このポンプ仕掛け
は土から水分を吸収する根に始まり,植物体の各部へ水を運ぶパイプに接続し,外気へ
水分が発散して行く葉の表面で終わります。しかし,実際には可成り面倒な問題を抱え
ています。第一に,根はどのような働きによって水を集めるのでしょうか。
 それは"浸透"と呼ぶ現象によるのです。つまり液体として,細胞の表面から吸収して
いるのです。幼い植物の根は無数の小さい毛で被われており,これが土壌のどんな小さ
な割れ目にも入り込んで行きます。そして,其処で出会う極少量の水分も,その細胞の
中に取り込んでしまいます。しかし死んだ細胞は,このような働きを持たないことは,
極簡単な実験で分かります。
 例えばヤナギの枝を地面に挿すと,直ぐ発根し,その根から必要な水分を吸収し始め
ます。ところが死んだ枝をその直ぐ近くに挿しても,少しも水分を吸収しません。今か
らおよそ150年前にフランスの物理学者ルネ・ヨアヒム・アンリ・デュトロシェは,植物
が水分を吸収する機構を詳しく研究しました。実験にはブタの膀胱を用いました。それ
は,最も細胞膜に近い有機質の半透明の膜でできていました。彼は漏斗ジョウゴの広がっ
た口をこの膀胱で被い,その中に食塩水を入れました。そして膜面を下向けに,水を満
たした容器に浸けました。すると間もなく,漏斗の中の食塩水が増え始めました。
 明らかに膜面を通って水が入ったのです。これは細胞膜が実際に選択的に働くこと,
つまり水の分子を中に通すが,それと同時に塩や糖の分子が外に出るのを妨げているこ
とをはっきり示しています。また食塩が水を引き付けていることも分かります。食塩水
が濃ければ濃い程,沢山の水が吸い込まれ,漏斗の中には可成り高い圧力が生じました。
コーヒー茶碗1杯の水に茶匙1杯の食塩を入れたものに相当する6%の食塩水は,50気
圧に相当する圧力を生みました。1気圧は,1平方p当たり1sの圧力と同じですので,
この圧力は蒸気機関車の内部の高圧に匹敵する程大きなものです。
 このデュトロシェの浸透計と呼ばれる器具と同じものが,植物を始め全ての生物の細
胞には備わっています。液胞の水分に溶けているアントシアニンやタンニンや糖のよう
な物質が,浸透現象によって半透明を通して水分を細胞内に呼び込み,植物が失った水
分を補給するのです。水を吸収するにつれて細胞内の圧力は高くなります。そして,フ
ットボールの内袋を膨らますときと同じように,浸透圧を打ち消そうとする細胞膜の力
と吊り合うようになると,もうそれ以上細胞は水分を吸収しません。こうして細胞膜も,
ある限界以上は伸びなくて済むのです。
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