02 魅惑の植物世界
 
              魅惑の植物世界
 
                   参考:タイムライフブックス社発行「植物」
                         (解説者:米人フリッツ・ウェント)
 
〈植物と人類の出合い〉
 植物学のように,幾千年もの間,その真相があまり明らかにされなかった学問も珍し
いと言われています。それ程植物学は自然科学の歴史の中でも,極めて特殊な位置に置
かれてきたのです。
 われわれの祖先である石器時代の人類は,植物についてどれだけのことを知っていた
のでしょうか。そのことは現在でも分かっていません。しかし現在,原始的な生活を営
む未開発地域の暮らし振りを見ますと,大昔の我々の祖先も,植物について可成りの知
識があったと推測することはできます。これは,極めて当然にことでした。何故なら,
植物は他の植物を含めた全ての生物の食物連鎖の基礎となって,今日まで生存してきた
からです。食物連鎖とは,生物Aを生物Bが捕食し,そのBをCが,更にCをDが捕食
するといった生物界の連鎖的な因果関係を言います。植物は,その根源なのです。また,
植物は人類にとって単に食物としてだけでなく,衣類,住居,武器,道具,染料,医薬
品など数々の重要な目的に利用されてきました。例えば南米アマゾンの奥地に住む原始
部族も,数多くの植物の名や特性を知っています。彼等が植物学を究めている筈はない
し,特殊な"知識"として体系化している訳でもありません。にも拘わらず,彼等が植物
に詳しいのは,植物が無くては生存できない程必要不可欠なものであるからです。
 文化が進むにつれて,植物と直接触れ合う機会が次第に少なくなっています。これは
不幸なことで,当然,植物学への関心も低くなってしまいます。その反面,人々は無意
識のうちに植物についての知識を驚く程多く持つようになってきました。
 約1万年前,中東(アジアの西隣り)に住んでいた新石器時代の人類は,あるイネ科
植物が収穫できるのを発見しました。そして,次の季節により豊かな実りを得るために,
それらの植物の種子を蒔いたのです。これこそ,植物と人類の新しい出合いでした。
 その後,穀物の発見が農業を発展させ,農業技術の発達が数々の農作物をもたらすよ
うになりました。以来,人類はいろいろな植物をあちこちで少量ずつ栽培することから,
限られた植物の中から,より収穫の多いものを選択して栽培するようになっていきまし
た。そのため,非常に長い間野外で数々の植物と親しんできた知識も,次第にその範囲
が狭まり,忘れられがちになってきたことも事実です。
 
〈道端の植物学〉
 18世紀初頭までは植物学と言えば,植物の目録を作ったり,命名したりすることでし
かありませんでした。当時,ラテン語で書かれた教科書に,"植物学とは,われわれが最
も楽しく,しかも早く,できるだけ多くの植物に命名することができる科学の分野をい
う"と定義しています。
 しかし,このような植物学は最早古典的なもので,前世紀を境に,植物学の研究方法
は飛躍的な発展を遂げました。今や植物学は生化学から地理学に亘る広範囲な科学を含
み,歴史学,社会学,経済学とも深い繋がりを持ち,生命の起源や進化の過程を解明す
る手がかりさえ与えてくれるようになりました。
 このように現代の植物学は,大変興味のある学問です。それにも拘わらず殆どの人が
植物学といえば退屈で古典的な学問だと誤解しています。
 例えば,全ての顕花植物は実を結ぶために受粉しなければなりません。ある植物は自
分自身の花で受粉します。昆虫や鳥や蝙蝠コウモリの助けを借りて受粉するものもあります。
また,風の力によって受粉するものもあります。昆虫などで受粉する虫媒花が,美しく
派手で香りの良い花を咲かせるのは,虫や鳥を惹き付けるためです。イネ科のように風
の力で受粉する風媒花は,花粉が風によく飛ぶようにできていればよく,虫媒花のよう
に派手な花は必要ないのです。
 
〈誰でもできる植物同定法〉
 バラ科植物はアミグダリンという化学物質を含んでいます。アミグダリンは,糖を含
んだ配糖体という複雑な化学物質です。植物の配糖体の中では,糖が青酸とかベンズア
ルデヒドとかその他の化学物質と化学的に結合しています。糖それ自体は揮発性ではな
いので,配糖体が完全な形で残っている限り香りはありません。野生のサクラの葉がそ
のままだと匂わないにはそのためです。
 そこで葉を擦り潰すと,その中のある酵素が活性化されて触媒の働きをし,アミグダ
リン分子が分解されて,青酸とベンズアルデヒドに遊離されます。こうして化学的に遊
離されたベンズアルデヒドが,その特有の苦いアーモンドの匂いを発するのです。この
ように,植物の葉1枚からその属する科を同定できるばかりでなく,植物化学の初歩を
も学ぶことができるのです。
 植物には味覚で同定できるものもあります。例えばアブラナ科の殆どの植物は苗のと
きから既にカラシのような味がします。セリ科の植物はどちらかといえば特徴のある高
い香りを伴った味で同定することができます。これに似た特徴のあるものに,カミンや
アニス,セロリー,アメリカボウフウなどがあります。キノコ類には有毒なものがある
ので注意して下さい。危険な植物は酷く苦いので,まず咬む前に注意して切り端を舐め,
直ぐに吐き出して下さい。
 以上のように植物に接するのに,全ての感覚を用いたり,既に持っている知識を応用
すれば,野外や林で見かける植物の約半数についてはその属や科を識別できます。この
方法は植物を同定する最も基本的な原理で,単純ですが最も手っ取り早い方法です。
 従って野外で知らない植物て出くわしたときは,自分が既に持っている植物の知識と
照らし合わせて,"それをよく視る。それをよく嗅ぐ。そりを押し潰してみる。そして,
それを味わう"です。
 
〈リンネの分類方式〉
 視覚,嗅覚,味覚のような感覚に頼る植物同定法は,16世紀に至るまで植物学の基礎
として世界各地で認められていました。特に,薬草を採集する方法として重要視されて
きました。
 ところが16世紀以降は,植物学は次第に新しい研究方法を採用し始めました。植物学
は,大学の医学部などでも書物によって教えられるようになり,葉の形とか色,花など
文字や絵で説明できる方法に変わりました。そして,ラテン語リンネウスで知られる世
界的に有名な植物学者カール・フォン・リンネが,植物を同定する簡単で有用な方法を
思いつきました。
 リンネに拠りますと,同じ種類の植物では花の雄蘂の数は常に同じであるとしていま
す。例えばヒガンバナ科の植物はどんな花でも雄蘂が6本であり,ヒルガオ科に属する
ものでは雄蘂が5本,アヤメ科では3本です。
 リンネの分類方式は的確でしたが,これは"自然に即した"方式ではありませんでした。
なぜなら,同じ数の雄蘂を持っている植物が必ずしも系統的に密接な関連を持っている
とは限らず,逆に密接な系統関係にある植物が同じ数の雄蘂を持っているとは限らない
からです。
 例えばハッカはサルビアと近縁の植物で,強い香り,対生の葉,四角な茎,2唇の花
弁といった特徴があります。そしてサルビアも同じような特徴を持っています。ところ
がハッカの雄蘂は4本で,サルビアの雄蘂は2本です。そこで,より自然に即した正確
な分類方式が求められました。それは,植物をその系統と発生・進化の相違によって分
類することです。この方式が発展して,現在でも一般に用いられている分類法になった
のです。
 植物は,数億年前にこの地球上に繁栄した原始的な植物に源を発し,それらが次第に
複雑に進化したと考えられます。この考えに基づいて行われているのが,現在の植物分
類法です。
[次へ進んで下さい]