04 八幡平の植物
参考:鹿角市発行「鹿角市史」
八幡平は秋田・岩手県境に位置する標高1,614mのアスピーテ型火山で、岩手山・駒カ岳・
乳頭山ニュウトウザンに連なる那須火山系の火山群の一つである。アスピーテ(楯状タテジョウ火
山)とは火山の形態の一つで、流動性の大きい溶岩が火口から静かに流出した場合に出
来る傾斜の緩やかな火山帯で、爆発による砕屑物サイセツブツはごく少ない。
八幡平には至る処に火山活動に伴う特有の現象が見られると共に、豊富な動植物の自
然に恵まれていて、全山が原生的自然に覆われている。昭和31年、このような貴重な自
然と優れた景観が認められ、八幡平から焼山ヤケヤマ・駒カ岳・乳頭山・大深岳オオブカダケ・岩手
山までを含む広大な地域が国立公園に指定された。
この八幡平の北側の一部区域は鹿角市に属しており、区域内には後生掛ゴショウガケ温泉・
ふけの湯・焼山ヤケヤマなどのほか、多くの池沼や湿原などの豊富な原自然が含まれている。
〈明瞭な垂直分布の景観〉
八幡平では、麓から山頂まで辿タドることによって、そこに明瞭な垂直分布の姿を見る
ことが出来る。鹿角市側の登山口トロコ温泉付近から、道路沿いにその推移を辿って見
ると、まず標高600m付近の山麓部一帯は、ミズナラ・ウダイカンバ・リョウブなどの二次
林である。かつて八幡平はこうした山麓部までブナの原生林で覆われていたが、伐採さ
れて現在はこのように二次林となっている。標高700~800m付近から、大沼オオヌマに近い
900m付近になると漸くブナの巨木が目立つようになり、見事なブナの純林地帯に入る。
ブナ林の中にはチシマザサを始め、エゾユズリハ・ヒメモチ・ツルシキミ・オオカメノキ
・オオバクロモジ・ヒメアオキなどの裏日本要素の植物が多く、林床にはシノブカグマ・ヤ
マソテツ・ユキザサ・マイヅルソウ・ゴゼンタチバナ・ツマトリソウ・コミヤマカタバミなど
が生育している。また七月頃の薄暗い樹陰の中では、銀白色の異様に姿をした寄生植物
ギンリョウソウをよく見かけ、また極めて稀には淡紅色の美しい色をしたショウキラン
の姿も見かけられる。
ブナの原生林は大沼付近で最も発達した極相林となり、更に後生掛温泉、ふけの湯へ
と1000m前後まで続くが、大沼付近からは、亜高山帯の針葉樹アオモリトドマツの混生が
見られるようになる。この付近ではミズナラの巨樹が散生的に見られるが、本来ブナ帯
の下部に発達するミズナラが、1000mに近い高所に見られることは珍しく、この辺りがミ
ズナラの生育限界であろうと考えられる。
後生掛温泉付近からふけの湯付近にかけてはブナ帯の上限に当たるが、それと共に山
麓帯上部から亜高山帯の植生へ移って行く推移地帯でもあるところから、ブナ林の中に
アオモリトドマツやダケカンバの混生が見られ、標高を増して行くに従い目立って多く
なって行く。その推移して行く景観は大深オオブカ展望台からもよく監察出来る。
また、ふけの湯付近の急崖や噴気現象の見られる谷間タニアイ周辺、後生掛温泉の荒原周
辺には、真っ直ぐに伸びたキタゴヨウが見られるが、この付近がキタゴヨウの分布上の
上限と考えられる。
標高1100mのふけの湯付近から更に上部へ進むと、やがてブナは姿を消してアオモリト
ドマツやダケカンバがそれにとって代わる。そして1300~1400m付近では、全くアオモリ
トドマツの純林の広がる亜高山針葉樹林帯へと移り変わる。更に田代沼近くの1400~
1500m付近では緩斜面に続くアオモリトドマツの樹海を見ることが出来る。
アオモリトドマツの生育分布は北限が八甲田山(青森県)、西限は白山(石川県)と
されているが、秋田県では群落の成立しているのは八幡平から乳頭山にかけての一帯と
森吉山などに限られ、鳥海山など日本海側の高山には見られない。これはアオモリトド
マツは一般に冬の厳しい季節風や雪圧に弱く、極端な多雪地帯には生育しないと云う気
象条件に因るものと考えられている。
八幡平から乳頭山へかけてのアオモリトドマツの大群落は、その面積、密度共に最も
発達した地域と云われるので、わが国における貴重な自然の一つと云える。アオモリト
ドマツの樹林も高度を増して頂上へ近付くに従って樹高が低くなり、樹形が偏形したり、
樹冠の枯れた姿が見られるようになるが、これは冬の厳しい偏西風や雪圧の影響に因る
ものである。
アオモリトドマツの林内では林床が暗く、寒冷な気候のため樹脂を含んだ落葉の分解
が緩やかで、徐々に分解して強酸性を呈し、コケ・地衣類・シダ類の生育が多い。草本植
物は、ミツバオウレン・ゴゼンタチバナ・ツバメオモトなどその種類は少なく、樹高が低
く疎らな処では、チシマザサが広がり、ウラジロナナカマド・ハクサンシャクナゲ・コヨ
ウラクツツジ・オオバスノキ・ミネザクラ・ミネヤナギなどが混生する。
ハイマツは本州では高山帯に見られる低木であるが、本県の場合は1400m付近から出現
する。八幡平では1500mの田代沼付近から頂上にかけて見られるが、その群落は小団叢を
なして、樹高の低くなったアオモリトドマツやチシマザサの中に点在する。従って、八
幡平のハイマツの植生は本質的な高山のハイマツ帯が成立しているとは云えない。
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