25a 不老長樹マニュアル〈幹の異常〉
 
〈木材腐朽病の治療法〉
 △樹木の外科手術とその準備
 ・外科手術の沿革
 1640年頃の文献からみえはじめ,傷口に粘土や,熱いモルタルを詰めたりしていたよ
うですが,1791年のForsythの著書によりますと,空洞の内部を清浄にしたのち牛の糞,
石灰,木炭,砂などを混ぜて填充したとしています。わが国では戦前から行われてきた
ようです。
 ・外科手術に対する判断
 台風の被害を受けた山腹のケヤキの例では,年に1m強の腐朽速度で枯れが進行して
いました。手術の判断はなかなかつきにくいですが,手術はできるときにできるだけ早
く決断して実行すべきであると考えられます。
 ・外科手術の計画
 計画はできるだけ綿密にし,チェック項目を整理し,写真撮影も必要です。
 ・・調査項目:樹種・樹齢・経歴・言い伝え・天然記念物など法的規制の有無・樹勢
   の状況(10段階に分ける)・樹冠の状況(葉量,先枯,芽の形成,芽吹き)・葉
   の病虫害・枝枯れ・枝枯れ病・穿孔虫・枝の折損その他の損傷・幹の変色・幹の
   損傷・空洞の有無・根の状況・周辺土壌(踏み固め,水はけ,水停滞)・周辺の
   立地林相,建造物など
   過去の管理方法・近年の状況・異常に気付いた時期とそのときの状況・その後と
   った処置など
 ・・現状の認識(診断):樹勢を弱らせている原因・その原因を取り去る方法。病害,
   虫害腐朽菌の種類とその関与の程度・枝,幹その他損傷部の確認・腐朽部分と健
   全部分の確認(図解)・異常な部分その他の写真撮影など
 ・・外科手術の計画と準備
   大枝,小枝の切除箇所と薬剤の塗布
   幹,大枝の腐朽部切除方法・薬剤の塗布・填充方法
   開孔部の蓋,屋根の取り付け・支柱の検討など
   樹勢回復薬剤,施肥,客土,その他など
   必要工具,材料,人手,予算,施工時期など
 △腐朽部の除去
 ・空洞にならない程度の腐れ
 枯れ枝を含めて幹の病患部を削り取ります。まずノミや鉄棒などで柔らかくなった腐
朽部を掻き出し,腐朽部を削り取ります。開孔部はやや大きめに,また腐朽部を完全に
取るためには,健全部を含めて削り,薬剤塗布の場合は平滑に削ります。
 開孔部の整形は,@雨水などの水はけをよくする,Aカルスの巻き込みをよくするな
どに注意して下さい。
 ・空洞になった腐れ
 空洞になりますと,腐朽が心材部まで広がっていたり,心材部が露出しています。@
空洞部への開孔部を切開し,A空洞内面を削り取り,B削り屑を電気掃除機できれいに
吸い取るか,逆に吹き飛ばします,C底面が地表より低いときは,地表より若干高く,
排水がよいように傾斜をつけてコンクリート填充します。
 △薬剤塗布
 腐朽菌が空洞内に万一残っていたり,今後侵入するおそれがありますので,薬剤塗布
は必要です。
 材部は既に死んだ細胞ですが,樹皮下の形成層は生きていますので,細胞をも殺して
しまわない薬剤を使用して下さい。
 ・チオファネートメチル(商品名 トップジンM)
 ペースト状のものと,水和剤があります。形成層をも含めね丁寧に塗って下さい。必
要により筆や刷毛,噴霧機などを使い分けします。
 ・ペンキ・コールタールその他
 ペンキ・ワニス・シェラック・接蝋などは防水剤で,形成層が乾かないようにするた
めに使用します。
 コールタール・クレオソートなどは防腐効果がありますが,クレオソートはイチョウ,
ユリノキ,サクラ類,ウメ,モモなどには形成層をへの薬害が起きます。
 消毒剤としてはその他硫酸銅溶液・ボルドー液・節水硫黄合剤・昇汞コウ水などが使用
されたことがあります。
 △填充材による薬剤塗布後の処置
 早い段階での処置では空洞填充しなくてもいいですが,治療をするものは多くの場合
極めて腐朽が進み,空洞も複雑化し,老木故に生活力も衰えているので,填充が行われ
ます。
 ・コンクリートによる填充
 モルタルとして使用するときはセメント1:砂2〜3,空洞が大きいときや地際部で
はセメント1:砂2:砂利3〜6の割合とします。
 収まりが悪いときは,材に釘を打ったり,木片を使ったりします。
 開孔部の仕上げにおいては,カルスの盛り上がりの関係から,樹皮下の形成層よりも
外側に高くしないようにします。
 ・アスファルト填充
 出来上がりも柔らかく,弾力性があるので樹に馴染みやすいですが,物理的強度に期
待できず,耐久性もやや劣り,亀裂ができてそこから湿気を呼ぶことがあります。
 ・ウレタンフォームなどの合成樹脂による填充法
 空洞の最奥下部や形の複雑なところから吹き付けていき,順次開孔部まで埋めていき
ます。ウレタンは簡単に指で削れたり,紫外線や熱で劣化しますので,パテ塗装をして
下さい。また着色もしておきましょう。
 ・木片填充
 樹木の幹の縦の方向に長い木片で埋める方法と,横断面の木片で埋める方法がありま
す。木片を交互に釘で固定して填充し,木片と削り面,及び木片相互の隙間には,アス
ファルトを流して目地埋めをします。開孔部は形成層の高さに揃えて削り,表面はモル
タルやペンキで仕上げます。
 ・その他の填充法
 鋸屑又はパルプと乾いたマグネシアを混合し,これに塩化マグネシウムと水を加えて
固結するマグネシウム・コンクリート法がありますが,マグネシウムが害作用を及ぼす
らしいです。
 ゴム状の物質や植物油,木炭と赤土など各種の試みがされています。
 △空洞の補強
 幹の空洞が大きく,巨樹を維持するのに不安定な場合には,コンクリートなどの填充
物を詰める前に鉄骨を入れます。縦に,又は縦横に組み合わせたり,外側からボルトで
締め付けたりします。この場合のボルトには防腐剤を塗っておきましょう。
 △空蓋法(開孔式)
 空洞の切削面と填充物との間隙に湿気をよんだり,腐朽菌が再繁殖するおそれががあ
るときは,削り取った空洞はそのままにして,開孔部にステンレスの蓋をします。死ん
でいる部分はすべて削り取って,トップジンM水和剤を丁寧に塗布しておきます。
 落雷などで縦に裂けて空洞ができた場合で,幹の揺れによる歪みが大きく,雨水の溜
まる心配がないときは,底部にコンクリートを詰めて排水をよくし,開孔したままにし
ておきます。
 △腐朽部からの不定根の扱い
 スギやケヤキ,サクラなどで,腐朽による空洞内に新たに根を発生し,その根が地面
に達しますと,地上部は幹となって根から吸収した栄養を,その上の枝葉に送り始めま
す。このような場合には,新しい幹周辺の腐朽物を取り除いてカルスを助長し,排水処
理をして,トップジンMなどで消毒します。
 △外科手術の時期
 夏よりも冬の方が樹木の活動,樹液の流動が少なく,また空中の雑菌も少ないので,
殺菌の効果が大きいです。遅くとも梅雨期までには作業を終えて下さい。
 △手術後の手入れと開孔部の蓋
 コンクリートと開孔部に隙間があったり,亀裂があったり,水がしみだしたり,昆虫
が穿孔していないかなどを注意して観察して下さい。
 蓋材は,トタンは錆やすく,ステンレスは丈夫ですがその光沢が自然にとけ込めませ
んが,銅板は加工しやすく,樹の色に馴染みやすいので無難でしょう。
 開孔の樹皮部と材部の境目は,トップジンMで消毒し,板の上にうまくカルスが形成
させるようにします。
 △枝裂けの防止
 枝裂けのおそれがあるときは,まず枝を切り詰めるか,次のような補強をします。
 @幹と裂けそうな枝に鈎を取り付けて,鎖を繋いで止めます。Aボルトを通して締め
付けます。B樹皮を痛めないように緩衝物を挟んで,両方にワイヤーをかけて結びます。
Cステンレス板帯などを巻き付けて補強します。
 
              参考 「樹木医ハンドブック」安盛博著(株)牧野出版

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