1999年7月上旬の日記

日記を書くのがつらくなって、7月9日を最後にしばらくリアルタイムでの更新を放棄しました。7月6日以降の記憶がおぼろげで、何があったのかよく思い出せないのです。ただ、思い出そうとすると心臓の鼓動がばくばくと速くなってひどく汗をかくので、思い出さない方がよいのかもしれません。(1999年9月1日記)

7月1日(木) パソコン雑誌のことと、静菜ちゃん選対本部のこと。
[日記]午前中で仕事が終わり、昼食を済ませてから都内へ戻る。例によって新宿西口のヴェローチェで長*さん(銀河の彼氏)と待ち合わせ。初台の東京オペラシティータワーにあるレクソール・ショウケース・ジャパンのショールームで商品の仕入れに付き合う。その後、西口の高層ビルの谷間をソフトクリームを舐めながらぶらぶらし、長*さんの事務所へ戻る。いつも利用している居酒屋『嵯峨野』に商品を納品しに行くという長*さんと長*さんのお母様に、銀河も求められて同行する。ついでに『嵯峨野』で夕食もいただく。やるべきことがたまっているので8時半には帰宅。
今日は『Mac Fan』『MacPeople』(ともに月2回発行)の発売日だったので、お昼に購入し都内へ帰る電車の中で読みふけった。iMacを予約した3月末以来、手当たり次第にパソコン雑誌を買いまくった。主にマック関連の雑誌とインターネット雑誌なんだけど、月に30冊近くも買った(だから読み切れていない)。でも3か月も経つと、今の自分に必要なものとそうでもないものとの区別がついてきた。というわけで、買う雑誌をしぼることにした。当面、定期的に買うのは『週刊アスキー』(お昼の空き時間をもてあます水曜日対策として)、『Mac Fan』、『MacPeople』、『Mac Fan Internet』くらいかな。『MAC LIFE』『MAC POWER』は銀河には難しすぎるし、『日経MAC』はつまらない。インターネット雑誌(『日経netn@vi』とか『インターネットアスキー』とか)はどれも似たような内容で、飽きてしまった。立ち読みで十分。パソコン総合誌みたいなのはWindowsが主対象だから銀河の役には立たない(Office2000の特集を組まれてもなあ)。でもね、紙媒体の雑誌以上に興味深いのは、オンラインで配信されるメールマガジン。銀河は今、iMacWire(毎日発行、初心者にやさしい、無料!)とMacWire Express(1日2回発行、ちょっと難しい、有料)を購読してるんだけど、情報は早いし(当たり前か)関連サイトにどんどん飛んでいけるし、重宝してる。紙媒体の雑誌って、将来的にはやっぱりなくなる運命なのかなあ。
ところでこのサイトのトップページでも展開中の「今年で最後の静菜ちゃんに『くいーん』のフォトコンの大賞を!」運動。とうとう選対本部の掲示板までできてしまった(選対本部長はゆうりん、銀河は東京支部長)。フォトコン史上前代未聞だよね。もちろん静菜ちゃんの決意とお人柄と美貌のなせるわざなんだけど、かたいことは抜きにして、ちょっと変わった新しい「お遊び」って感覚で参加してもらえたらいいな。銀河は静菜ちゃんに対しても今年のフォトコンに対しても銀河なりの「思い入れ」があるんだけど(今は言えない)、楽しく「選挙運動」をしたいと思っています。ところで去年の大賞受賞者が誰だったか、みなさんご存じですか。
[回想記]アマチュア女装交際誌『くいーん』は年に1回、全日本女装写真コンテスト(通称フォトコン)という催しを誌上で行います。読者投票によって応募者(200人前後)から各賞を選ぶという趣向で、今年が16回目でした。5月の下旬だったか6月の上旬だったかに静菜ちゃんからメールを頂きました。この春にSRS(用語についてを参照)を済ませたという報告でした。手術前後の状況をリアルにつづった手記(現在静菜ちゃんのホームページで公開されているものとほぼ同内容)も添付されていました。この時点で静菜ちゃんはSRSのことを身近なごく数人にしか打ち明けていないとのことでしたので、そのなかのひとりに加えていただいたことを光栄に思いました。おそらくSRSを希望している銀河に対するお心遣いだったのだと思います。さらにそのメールには、夜のお店(Eccentric Bar MAGNeT)でプロとして働いているしSRSも済ませたが、アマチュア女装出身の者として『くいーん』には思い入れがあるので、人生の区切りをつけるため今回のフォトコンではどうしても大賞が欲しいという趣旨のことも書かれていました。その気持ちは十分に理解できました。そしてなにより、SRSのことを最初に打ち明ける何人かのひとりに選んでいただけたことをありがたく思い、銀河は静菜ちゃんを全面的に応援することに決めました。考えてみれば、静菜ちゃんとはフォトコンに初エントリーしたのが同じ年(一昨年)で、一昨年、昨年と常に賞を競い合ってきたライバルでした。無論『くいーん』に対しては絶縁宣言をした身ですから、『くいーん』の主催するフォトコンに干渉するのにはためらいも感じました。しかしながら、昨年銀河が大賞をいただいたときに静菜ちゃんに向かって言った「来年は静菜ちゃんに大賞を取ってほしい」というひとことが、大賞が欲しいという気持ちの引き金になったという話を聞くに及び、ためらいは振り切って静菜ちゃんを応援しようという意志が固まったのでした。『くいーん』と訣別したはずの銀河がWeb上で公然と静菜ちゃんを応援したことについては批判も受けましたし、その批判はもっともだと思います。非難されてぺしゃんこにもなりました。でも、大勢のお友だちに支持されて静菜ちゃんが大賞を受賞することができた今となってみれば、たぶん応援してよかったんだろうなと思っています。(1999年9月1日記)

7月2日(金) 今日はたくさん歩いて、気分がいい。
[日記]今日も仕事は午前中だけ(いつもこう書いてるから、楽な仕事してるって思われてるよね、きっと)。いつもの金曜日同様、お昼を同僚の女性とともにする(銀河のことをヴィジュアル系だと勘違いしてる一部の人たちは、この女性と銀河がいつもつるんでいるので、付き合ってると思っているらしい)。久しぶりに「つばめグリル」。牛舌の赤ワイン煮が美味。いったん自宅に戻り睡眠不足を補う。
5時過ぎに新宿へ。地下鉄の新宿駅で長*さんと待ち合わせて、中野坂上へ向かう。人生の半分以上を東京で過ごしているというのに、新宿から荻窪方面行きの地下鉄に乗るのは、実は2回目。去年の11月にアマチュア女装誌『くいーん』の表紙撮影のモデルとして、方南町にあった神蔵美子さん(当時『くいーん』の表紙撮影を担当されていた写真家。有名人の女装写真を撮ったマガジンハウス刊『たまゆら』が話題になった)のスタジオに伺って以来だ。その時のことを少しだけなつかしく思い出す。で、中野坂上って町にはビックリした。下町のようなイメージを抱いていたのだけど、高層ビルがいくつも立ち並んでいる。確かに地図で見ると、西新宿の延長みたいな場所だけどね。ところで今日ここに来たのは、ハーモニーホールってところでレクソールの新製品の説明会があるから。アメリカ人のトップディストリビューターの講演を聴き(せっかくだから、リスニングと同時通訳の練習代わりにした。長*さんのためにメモもとってあげた。会社がつけた通訳はずいぶん訳し落としをしてたなあ)、新製品のプレゼンテーションに臨む。6時15分に始まった説明会は9時前に終わり、長*さんのアップラインの人たちも交えて、近くのファミレス「ジョナサン」で食事。銀河の知っている「ジョナサン」はどこもみな、なかなか注文を聞きにこなかったり、注文したものを持ってくるのに異常に時間がかかったりする。店内の様子から判断して、無理な人員削減が原因と見た。店員の女の子たち(70人程度のキャパはある店内とレジをたった3人でケアしている)も妙にいらだっている。やっぱりファミレスは「ロイヤルホスト」がいちばんだ。
西新宿の長*さんの事務所まで散歩を兼ねて歩いて帰る。15分で到着。東京って、ふだん公共交通機関を利用しているとつい、いろんな町がそれぞれ独立した点としてバラバラに存在しているかのように錯覚してしまう。でもたまに、こうやって歩いてみると、今まで点と点だったものが線で結びつき、面として広がっていく。思ってもいなかったものが発見でき、新鮮な驚きを感じることができる。だから歩くのは大好きだ。長*さんの事務所でアイスクリームを食べ、大久保方面のサウナへ行く長*さんと一緒に帰宅の途につく。今日は歩き癖がついたせいか、長*さんをサウナに送り届けたら、そのまま自宅まで歩いてしまった。長*さんの事務所から銀河の自宅までゆっくり歩いて30分。途中、風紀は悪いが、適度な距離の散歩コースだ。
[回想記]歩くのは大好きです。で、ちょっと疲れたらバスに乗る。そんな定番の散歩コースがいくつかあります。昔からのお気に入りは新宿から六本木のコースです。残暑が去ったら、散歩の季節ですね。(1999年9月1日記)

7月3日(土) 洋美さんとは音楽の趣味が一致するの。
[日記]午前中は都内某所の校舎で授業。いったん自宅に戻り睡眠不足を補う。今日の長*さんは民商(民主商工会)の会合や仕事関係の人たちとの打ち合わせで忙しいので、銀河も夜になってから出かけることにした。
8時過ぎに新宿へ。マイシティー(東口の駅ビル)の中の喫茶店でお友だちの洋美さん(Web上ではさすけさん。
ネイティヴの女性でハシケンのホームページの主宰者)と待ち合わせをしたのだが、当初の約束よりもだいぶ遅れてしまった。洋美さんに今日買ったCDを見せてもらったのがきっかけで音楽の話題で盛り上がり、盛り上がりついでに南口のタワーレコードへ。ついでだったはずなのに、ここでCDを手に取りながらさらに盛り上がってしまった。というのも音楽の趣味がほとんど重なっていたため(一部が重なるということはよくあるのだけれども)。どれだけ幅広い範囲で趣味が一致したのかを示すために、話題に出たミュージシャンの名前を列挙してみよう。9階のワールドミュージックのコーナーでは、ジョセフ・スペンス(バハマ)、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(キューバ)、フェラ・クティ(ナイジェリア)、サニー・アデ(ナイジェリア)、オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス(アラブ)、レイ・カーネ&イローディア・カーネ(ハワイ)、ディック・リー(シンガポール)など、ブルースのコーナーでは、ボ・ディドリーなど、8階の洋物ロックのコーナーでは、アレックス・チルトン、キンクス、カート・コバーンなど、7階の日本物のコーナーでは、ソウル・フラワー・ユニオン渋さ知らズ仲井戸麗市あがた森魚遠藤賢司町田町蔵(町田康)、デスマーチ艦隊(これは誰も知らんでしょう)、ムーンライダーズ、KYON&ブラック・ボトム・ブラス・バンドなど。で、あんまり盛り上がったもので、閉店の11時近くまでいてお腹が減ってしまった。お食事は新宿通り沿いの紀伊国屋のちょっと先にあるビルの3、4階にある「青龍門」(台湾料理のお店)で。ここはいつも新宿通りの歩道にお客さんの行列ができているので気になっていたのだが、入ったのは今回が初めて。うーん。香港の九龍島にあった阿片窟を模した店内ということなのだが、バブル期によくあった造りだなあ(空間プロデューサーなんてのが流行ったころ)。料理は値段の割には(2人で飲んで食べて5000円ちょっと)おいしかった。
12時ごろ、帰宅する洋美さんと別れ、長*さんの待つ「ジュネ」へ。待たせてしまったので長*さんがすねてないか心配だったんだけど、大丈夫だった。ここでは店に置いてあったファービーで遊びながら(超カワイイ。欲しいけど今はどこでも売り切れみたい)、いつも通り長*さんと抱き合った状態で眠ったり起きたりしていた。朝5時過ぎに店を出て、長*さんの事務所へ。午前中は2人で寝てました。
正午過ぎにヴェローチェでお昼代わりのケーキを食べ、長*さんと別れる。帰宅前に丸井地下のヴァージン・メガストアに寄ってCDを買ったのだが、レジでクレジットカードを出すと店員が奥に引っ込んでどこかに電話をかけ始める。「しまった。キャッシュにするんだった」と思うが後の祭り。最近はカードで買い物をしようとすると、よくこうなってしまう。結局、住所、氏名、電話番号、勤務先、勤務先の電話番号を所定の用紙に記入するはめになった。いちいちこれでは不便だ。カードの名義を女性名に変えなくてはならないのだろうか。変えることはできるのだろうか。とにかくこのままではカードを使うのがおっくうだ。
結局帰宅したのは、午後2時だった。
[回想記]音楽の趣味に関しては、銀河はほぼオールマイティーなので(ただしクラシックを除く)、相手がどんな音楽の話題を持ち出してきても大概は話を合わせることができます(ジャーマンプログレだろうがサルサだろうがヒップホップだろうがおニャン子だろうが)。でもこちらが好き勝手にしゃべる音楽の話題に全部ついてきてくれる人には初めて出会いました(正確に言うとうちの弟を除いて)。洋美さんの方も銀河のことを同じように思ってくださったようです。とにかくモロッコのグワナというトランス音楽の話をしても、パキスタンのカッワーリーというイスラム音楽の話をしても、国本武春の浪曲の話をしても全部通じるのには感激しました。ところで、女装者の集まる遊び場に銀河が顔を出すのは、長*さんをピックアップするために「ジュネ」(女装スナック)に立ち寄ったこの日が最後になりました。(1999年9月1日記)

7月4日(日) 痴漢にあったこと。
[日記]午後2時に帰宅した後、しばらく休憩する。5時過ぎに美容院へ。重いので気になっていた前髪をすいてもらい、アイロンをかけてもらう。本屋を覗き夕食をとって帰る途中に寄った近所のコンビニで恐い思いをした。痴漢にあってしまったのだ。30歳くらいの男がすれ違いざま、胸を撫で股間に手を伸ばしてきた。一瞬何が起こったのかわからず呆然としたが、次の瞬間身体中が震えだし涙がぼろぼろこぼれてきた。襲われるんじゃないかと恐くなり、自宅までついてこられないようにあちこちをやみくもに走りまわって、玄関に駆け込んだ。ノーメイク、ノーブラで、Tシャツにジーンズだったから、銀河も油断していたのは確かだ。後で考えてみれば、エッチ雑誌も何冊か並べてあるコンビニのブックシェルフの前でパソコン雑誌を立ち読みしていたとき、件の男はこちらをチラチラ見ていたのだ。どう思われていたのかを想像するだけで悔しくてたまらない。二度と同じ間違いはしない。
10時過ぎに仕事が終わった長*さんから電話があったので、銀河の自宅近くの「ロイヤルホスト」まで出てきてもらった。長*さんは夕食をとり、銀河はお茶を飲んだ。長*さんの顔を見てやっと心が落ち着いた。30分くらいしか一緒にいられなかったけれど、長*さん、どうもありがとう。
[回想記]いま思い出しただけでも、体が震えてきます。(1999年9月1日記)

7月5日(月) アクセスポイントを変えただけで、快適に。
[日記]夜の現役高校生の授業は今日が1学期の最終日だったので、質問や記念撮影で忙しかった。学期の最終日って生徒たちが「先生、一緒に写真とってください」とか「サインしてください」とか言ってくるんだよね。で、いざ写真撮影になると、ついつい「銀河」ポーズ(首を傾げてウットリした顔して、片手を胸のところに持ってくるあのポーズさ)になっちゃう(苦笑)。そんなこんなで新宿に出たのは9時ごろ。西口のアイランドシティーにある「三国一」(手打ちうどんのお店)で長友さんと夕食。その後ヴェローチェでお茶を飲み、10時半には帰宅する。
家に戻ると生徒から何通かメールが届いている。銀河の場合、生徒にメールアドレス(職場でもらったやつ)を公開していて、質問などはEメールでも受けつけている。今日の質問はちょっとややこしかったので返事を書くのに時間がかかり、この日記の更新にとりかかるのが遅れてしまった。
ところで、銀河が加入しているプロバイダーはBIGLOBEなんだけど、テレホの時間帯には全然つながらなくなるので困っていた(テレホじゃない時間帯でも話し中になることが多くて、3、4回トライしないとつながらなかったりする)。ずっと他のプロバイダーへの乗り換えを考えていたのだけど、2週間ほど前に、3か月ぶりにBIGLOBEのホームページを覗いてみると(つまり加入したときに一回見たきりだったということなんだけど)、接続状況とかいうページがあるのに気づいた。なんのページだろうと思いちょっと見てみると、各アクセスポイントのつながりやすさが青や黄色や赤に色分けされて、曜日ごと時間帯ごとにグラフになっていたのだ。で、銀河が利用しているアクセスポイントは真っ赤なの。しかもそのグラフの下には「このアクセスポイントはつながりにくいので他の番号をご利用ください」なんてことが書いてある。たしかに同じ東京03の番号でも、他のアクセスポイントは真っ青だったり、青に時々黄色が混じっている程度だ。ビックリして真っ青なアクセスポイントに変更してみる。なんだよ、すぐつながるじゃん。うーん。いままで困っていたのはなんだったんだ。我ながらうかつだった。それ以来今日まで、話し中になったことは一度もない。プロバイダーのホームページも時々は覗いてみるもんだ。それが今回得た教訓だった。7月からは今まで50時間5000円(超過分は1分10円)だった料金が、150時間3000円に改定されたし、もう乗り換えは考えなくてもよさそう。でもさ、最初からその料金にしておいてくれよって感じ。この3か月、毎月100時間ぐらい利用してたから、3万5000円ずつとられてたんだよ、まったく。
[回想記]女装会館「エリザベス」に通っていた頃は「エリザベス」のスタジオで写真を撮っていただくのが好きで、毎回のように24枚撮りのフィルム1本分の写真撮影をしていました(現像代を含めて1回6500円だったと思います)。そのときに身についたのが「銀河」ポーズです(苦笑)。インターネットへの接続に関しては現時点では快適です。料金も7月分は150時間3000円の枠に収まっています。乗り換えの必要もありませんが、仕事関係のホームページを開設する必要上、もうひとつ別のプロバイダーと契約する予定でいます。(1999年9月1日記)

7月6日(火) とある人に3か月ぶりに電話をした。
[日記]今日は書くことはありません。昼過ぎにとある人に3か月ぶりに電話をして、長時間話し込んだ。そのことだけを報告しておきます。
[回想記]ノーコメント。(1999年9月1日記)

7月7日(水) 七夕ですね。
[日記]一日中仕事でした。ぼうっとしていたせいか、夜の現役高校生の授業で必要なテキストやプリント類を忘れてしまい、午前中の授業が終わったあと、往復2時間半をかけて自宅に取りにもどりました。
今日は七夕ですが、銀河の故郷の九州では七夕は8月なんです。ですから、どうも7月7日というのはピンとこなかったりします。以前に仕事で週1回通っていた仙台の有名な七夕祭りも、たしか8月でした。ちょうど夏期講習でその時期に出講ということになると、なんだかウキウキしたものでした。
ところで、
ジニー紫さんから七夕メールをいただきました。美しい俳句と素敵な画像。手垢のついた常套句で申し訳ないのですが「心が洗われる」思いがしました。ありがとうございます。
[回想記]ジニー紫さんにはいつも季節のグリーティングメールをいただいています。どうもありがとうございます。(1999年9月1日記)。

7月8日(木) 授業中の失言。
[日記]今日もぼうっとしていて、朝の出勤時に乗換駅(池袋)で降りるのを忘れてしまいました。6駅先(日暮里)でやっと気づき、あわてて引き返しましたが、みごとに遅刻してしまいました。さて授業中、取り扱っていた長文読解の内容にからめて、国による貨幣価値の違いについて説明していたとき、ついうっかり「日本では性転換手術の費用って110万円くらいかかるんだけど、タイでは60万円程度で済むのよね」などと口走ってしまいました。生徒たちは「先生が自分でそれを言っちゃあ、まずいんじゃないの」とでもいうような当惑した顔つきでした。頭に血が上ってしまい、その後の授業(30分ほど)は支離滅裂になってしまいました。これも、ぼうっとしていたせいかもしれません。
[回想記]「昔はタイだともっと安かったのに」などと言わなかっただけましだったのでしょうね。ところで、他のことに関しては結構厚かましくて無神経な生徒たちからも、ジェンダー(用語についてを参照)やセクシュアリティー(用語についてを参照)に関する質問だけは一度もされたことがありません。生徒たちは生徒たちなりに気を遣ってくれているのでしょう。(1999年9月1日記)

7月9日(金) 心が死んだ日。
[日記]なかったことにしてしまいたい一日。心が死んだ日。でも、一生忘れることはないだろう。日記が書けない。睡眠薬が切れそう。明日、病院へ行こう。
[回想記]ノーコメント。(1999年9月1日記)

7月10日(土) よく覚えていない。
[日記]午前中は病院。午後から授業。長*さんに会ったことは覚えている。でも、あとはなにをやったんだろう。よく覚えていない。
[回想記]本当に思い出せないんです。でも、いま生きていますから。(1999年9月1日記)


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