バインド ハーツ

  1

「おお、ラブレターじゃねえか」
 おおげさにいうと、バーズの肩がぴくりとふるえた。ふつうなら気づかない程度のごく軽い変化だが、おれは見のがさない。
 こいつでも動揺することがあるのかと思うと、にわかにうれしくなってきた。
「いまでも愛してる、だあ? 熱烈じゃねえか、ええ?」
 かさにかかって攻撃をしかける。だがバーズはほとんど表情もかえず、無言のままだ。
 ディスプレイには実際、その一行がぽつりと表示されているだけだ。あとは名前らしき“サッシャ”という言葉が最後にそえられているばかり。そっけなさもきわまっているが、それだけに熱い想いがこめられているようにも見える。
「んー? なんだ、てめえ。ぶすっとしたツラしてやがるくせに、こんなところに女がいやがったのか。それともなんだ? 実はいくさきざきに女をキープしてやがるとか?」
 肘でかるくこづく。ごつい巨体は微動だにしない。あいかわらず岩のようなやつだ。かわいげのねえ。
「恋人なんだろ? うりうり。白状しやがれ」
 追いうちをかける。するとバーズは無表情のまま、うなずいた。
「そうだった」
「だったぁ? なんじゃそれァ」
 意味がわからず、からかい口調のままもういちどこづくと、
「この、サッシャというのがおれの知っている娘のことなら」
「なんでえ、この。とぼけやがって。心あたりのある名前なんだろうが。だったらまちがいねえだろ」
 すると、バーズは短く、「いや……」と口にしたきりだまりこむ。もともと無口なやつだが、妙に歯切れがわるい。
「どういうことなんだよ」
 ようやく態度が妙なのに気づき、おれは真顔になる。
「サッシャは、死んだはずだ。三年前だ」
 無表情にバーズはいった。
「あ? そんなわけねえだろ」
 おれはいったが、バーズはこむずかしい顔をしてだまりこむばかり。もっとも、この男はふだんからこむずかしい顔をしてだまりこんでいる男ではあるがね。
「どういうこった? だれかがおまえをからかってんのか? 悪質な冗談だなあ」
 もういちどディスプレイをのぞきこむ。署のメールボックスに臨時に割り当てられた個人用アドレスの情報の下に、“いまでも愛しています”――それだけ書かれ、サッシャ、と署名。そのほかの情報はなにもない。
「差し出し人の名前もアドレスもねえな。ま、どっか経由して臭跡をごまかしてるんだとしても、経由さきのアドレスくらいはわかるだろ。詳細情報だしてみろよ」
「もうやってみた」
「ふうん。で?」
「これがそうだ」
 はあん? とまぬけなリアクションをしてしまう。
「なんだこれ。メールじゃなかったのか」
 と早合点しかけたが、
「いや、メールボックスに入っていた」
 答えに、アタマがぐにゃりと音をたててゆがむ。
「おいおい、んなわけねえだろう。仮にも警察署のボックスだぜ。最後まで追跡するのはできないにしても、発信地まで不明ってこたねえはずだろ?」
 いいつつ、のぞきこむが確かに妙だ。受信者の情報はでているのに、発信先が完全にブランクになっている。不明の文字さえでていないのだ。
「どういうこった? ハッカーのしわざか? 今回の件になんか関係あるのかな」
「わからん」ぶっきらぼうにバーズ。「だが、サッシャのことを連中が知っているとは思えん。また、仮に知っていたとしても、こんなことをして何かの効果があるとも考えられない」
「わからんぞ。おまえの動揺を狙ってんだとしたら、けっこういい手かもな。くそまじめな刑事の鉄面皮ゆがめさせるにゃ、少々の手じゃなまぬるい。で、死んだはずのむかしの女から手紙をださせる。……ちっとは、こたえないか?」
 いいながら、むりがあるかなと自分で思った。
 相棒はこたえず、ディスプレイを見つめるだけ。
「ま、なんにせよこの文面じゃどうこうしようってわけにもいくまいよ。とりあえず臭跡をたどるセンだな。分析課のマニエーゼに頼んどいてやるよ」
 バーズはなおもしばらくのあいだ無言。ためらっているらしい。これもめずらしい反応だ。
「たのむ」
 が、やがて短くいうと、ファイルを閉じる。
 おれはふわあとでかい声をあげながら背のびをした。刑事部屋につめるこわもてどもが、苦々しげに顔をゆがめて舌打ちをする。
 それにはかまわず、
「で、今夜の約束の時間、19時だったよな」
「ああ」
「お上品に食事してる時間はなし、か。マニエーゼと食事にでもいきたかったんだが、むりかな」
「だろうな。遅れるなよ」
 無表情に釘をさす相棒に「へえへ」とてきとうにこたえながらおれは刑事部屋をあとにした。つきさすような視線はなくとも、あふれかえる敵意は誤解しようもない。まあ、ただでさえ外部からきて自分らの縄張りのなかで好き勝手に動きまわるおれたちの存在なんざうっとおしいだけだろうに、そのうちのひとりが署内でも評判の美女とよろしくやっているのだから、呪い殺したい気分になるのもむりはない。
 むさ苦しい刑事課をとっととあとにして、おれは分析課に足をむけた。
「おじゃまするぜ」
 いいながら、四つにしきられたなかのいちばん手前のブースにずかずかと入りこむ。苦笑しながらふりかえるマニエーゼの美貌がおれを迎えた。
「ほんと、あんたってずうずうしいっていうか、無神経よね」
 とのセリフは、刑事課だけでなくここでもおれたちがきらわれ者だからだ。
 星際警察機構特別捜査員。通称は永久刑事。
 国家の枠をこえた犯罪者をとりしまるために設けられた、これも国家の枠からはみだした存在だ。究極の実力主義で選抜されるために、真の意味でのエリート中のエリートで構成される。とうぜん、鼻っぱしらは、高い。
 どこへいっても、警察機構内部の人間てのはただでさえ縄張り意識が異常につよい。そこに自分たちのことを二段も三段も下に見ているようなやつらがわがもの顔にのりこんでくりゃ、いい気分にゃなれねえのもたしかだろう。地元のやつらとうまいことやれる器用な永久刑事もいることはいるが、おれたちはどちらかというとその対極だ。この星でも事情はかわらなかった。
 相棒のバーズなど、一種の典型だ。無口のこわもて。コミュニケーションをとろうとしないから、不気味がられることこの上ない。
 その点おれは、相手が女性である場合にかぎって、積極的に仲良くなろうとつとめるから、どうにかバランスがとれているようなものなのだ。でなければどこへいっても、署内じゃ情報のかけらも得ることはできないだろう。
「分析してほしい情報があるんだ。相棒のところに妙なメールが届いててよ」
「食事一回。“ラシュガート”でフルコースなんていいわね」
 ああ、とおれは天をあおいだ。永久刑事の給料は安い。それはもう、異常に安い。星際規模であちこち飛びまわってるから派手に見えるが、実質的にはたぶんふつうの地方警察の末端あたりの人間のほうがよほどまともな給料をもらっているだろう。
「おれの借金が消える日は、いったいいつくるんだろうなあ」
「あら。美女とのすてきなひとときと借金とを、天秤にかけるの?」
「まさか」
 笑っておれは、詳細をマニエーゼに告げる。それから地下の食堂にかけこみ、あいもかわらずむっつりと飯を食っているバーズを見つけて同席した。
 色気の欠けた食事をせわしなく終え、夜のちまたに歩をふみだす。目的地はショーパブ。豪勢にブースの予約、ときたが、もちろんおれたちの金ではないし遊びですらない。
 紫雲晶(シュンジァ)系統の衣服に身をつつんだポーターに案内されて、赤と金で派手にいろどられた豪奢な装飾の一室に足をふみいれると、妙なドジョウ髭をはやしたつり目の男が、おおげさなしぐさで小太りのからだを立ちあがらせて迎えた。
「お待ちしておりましたよ、永久刑事のおふたかた。あなたがたのような名士をお迎えすることができて、無上の光栄です。今夜はゆっくりと酒食をお楽しみください」
 どっかと遠慮なく腰をおろすと、言葉どおりの山海の珍味が山と運ばれてきた。むろん、手はつけない。べつに供与を拒否するわけじゃない。毒を入れられる恐れがあったのだ。でなけりゃ、署内食堂なんてしけたところでガソリンつめこむ要もねえ。ちくしょう。
 見おろすかたちのステージ上で派手な踊りが展開されるのを横目に、おれはテーブルに身をのりだす。
「リー太人。わるいが、飯は食ってきちまったんだ。それに時間もねえ。ガリハに関する耳よりな情報を教えてくれるってんだろ? さっさと用件をすましちまおうぜ」
 いって、にやりと笑ってみせる。
 相手も福々しく笑い返した。シュンジァ・タウン暗黒街の一画を凶悪な手段で掌握する、ルーティどもの親玉とはとても思えない太人ぶりだ。
「永久刑事さんは、せっかちでいらっしゃる。それではこちらも手っとりばやくいきましょう。かわりに、何を?」
 にっこりと微笑んだ。けっ。
「なにが欲しいんだよ」
「そうですな」笑いながらリーはいった。「ラシュモール署の署長さんとは、以前はうまくやっていたのですが、最近敵対組織と仲良くなさっているようなんで。いくつかネタはあるんで、いざというときに武器がまるでないというわけでもないんですが、できれば何かこう、決定的なものをつかんでおきたいと思っていたところなんですよ」
「おいおい。おれたちゃ永久刑事、外様だぜ? ここの地元警察のお偉いさんの弱みなんざ、手に入れられるわきゃねえだろう。そこらのチンピラのほうがまだ事情に通じてるだろうぜ。意地のわるい要求をしてくれるなよな」
 いや、これは失敬、とリーは太鼓腹をふるわせながら愉快そうに笑った。くそったれが。
「それでは、そうですな……。実は、最近マールファあたりから流れてくる商品の動きに変化がでてるんですが。いや、あそこらはわれわれの手の届かない区域だったんで静観しているだけなんですけれどもね。ただ、もしかしたらあちらの組織の内部でなにか異変でもあったんじゃないか、という気もしましてねえ。だとすれば、多少はわれわれもおこぼれに預かれるんじゃないかと思ってるんですが、そのあたり、どうなんでしょうねえ」
 舌なめずりしそうな顔で、身をのりだしてくる。本性をあらわしやがって。
 マールファの組織はたしかにいま、複雑なことになっている。こいつらにはこいつらの情報網があるから、ある意味じゃおれたちよりよっぽどくわしいことをつかんでいるはずだが、それでも永久警察にだって独自のネットワークが発達している。やつらの知ることは不可能なネタの三つや四つなら心あたりがないでもなかった。悪事の片棒をかつぐのは業腹だが、毒蛇同士をかみあわせるんだといいきかせて情報を二、三、だしてやる。なに、そのうちこいつらも尻尾つかんでぎゅうぎゅういわせてやるぜ。
「こんなところで充分だろ。ガリハはどこにいるんだ」
 うんざりと問いかけると、なおもねちねちとリーの野郎は出し惜しみしたあげく、
「イルシアンあたりに廃工場がひろがってるのをごぞんじですかね」
 ときた。
「廃工場? ずいぶんとしけたところに潜んでやがるんだな。やつの稼いだ金と業績からして、もうちっと豪華なところにいると思ってたんだがよ」
「ガリハは、わたしは直接会ったことはもちろんないんですがね。ありがちですが、極端な浪費家なんだそうで。手もちの金などたかが知れてるんでしょうなあ。それにドジふんでふんづかまりそうな暗殺者を親切にかくまう篤志家は、そうそういやしません」
 ひっひっひっと、心底楽しげに笑う。他人の不幸に歓喜する手合いなのだろう。
 いいかげんうんざりだ。バーズと視線をかわし、席を立とうとした。
 立てなかった。
 リーが、そのつりあがった細い目をいっぱいに見ひらいて――おれたちの背後を見つめたからだった。
 銃をぬきながら、おれたちは同時に向き直る。
 硬直した。
 ひきがねをしぼるのも忘れて、おれはあんぐりと大口ひらく。さぞかしバカ面をさらしたことだろう。おどろくべきことに、バーズまでもが目を見ひらいていた。ながいつきあいだが、こいつのこんな顔はめったに見られるもんじゃない。
 男が、そこにいた。
 正確には、男の残骸だ。
 ふた抱えもありそうな巨大な皿に、きれいに腑分けされて料理の手を加えられた人間の肉体が盛られていたのだ。
 異様なのは――いや、皿に盛られた死体というのもむろん、充分異様ではあるのだが、さらに輪をかけて異様なのはふたつ。
 皿を支える給仕の姿がない。もちろん、反重力を発揮するバール・システムなりを使用して皿を宙にうかせる、という手も考えられないことはない。だが、目の前にうかんでいるのはどう見てもただの皿だ。複雑な機械装置を必要とするバール・イフェクトの発生源などどこにも見あたらないし、だいいちこんなバカげたことに高価なシステムを装備させる理由もない。
 だが、もうひとつの異様さに比べれば、それすらもささいなことに思えた。
 皿の真ん中に、極彩色のソースをかけられて鎮座している男の首が――ぎろりと目をむいたのだ。
 にらみつけるさきに――リーがいた。

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