無人島



 島人はみな、親切でやさしく、慈悲にあふれていた。伏せるダルガをおだやかな微笑とともに見舞い、やさしい言葉をかけ、かわるがわる力づけるように手を握っていった。島には芳香があふれて鳥獣たちの立てるさわめきさえもが優しさにみち、幸福がじゅうたんのように、どこまでもどこまでもしきつめられているようだった。
 船を難破させた悪夢のような嵐がすぎたのは、もう五日も前だという。気をうしなったままのダルガが浜で見つけられたのは三日ほど前の早朝。それ以前に十数人ものひとびとが(不幸なことに、そのうちのいくつかは死体となって流れついたのだとはいえ)見つけられ、手あつい看護をうけて多くの者がすでにかがやくばかりの健康をとり戻しつつあるという。
 それをわがことのようによろこびながら語らう島人たちを、ダルガは心から信頼した。
 そう。信頼。そんな言葉をくったくなくうかべることができたのは、いったいいつ以来のことなのだろう。
 その言葉にふさわしい顔は、ダルガにとってそれまでひとつだけだった。
 アルビノの右眼をもった、禿頭の老人。名前は占爺パラン。かれの導師であり、道連れであり、家族そのものだった。ひょうきんに笑い、いつも重くしずみがちなダルガの心をひきたて、そしてだいじなときにはいつも有用な予言を下した。それは占術による予言だったが、まだ十代もなかばにいたらぬ少年であるダルガにとってそれは、人生の師の語る、示唆と友愛にみちた助言にほかならなかった。
 その占爺パランも、やはり四日ほど前に浜に打ちあげられているのを救われて、ほかの小屋で治療をうけているという。回復はおそいが、確実によくなる、と島人はだれもがうけあった。
 力にみちた島人たちのその保証にダルガもまた心からの信頼をよせてうなずきかえした。なにもかもを信頼にあずけて伏せっているのは、ダルガにとって必ずしも居心地のいい状態とはいえなかったが、さりとてそのあまずっぱさがいやだったわけでも決してない。すくなくとも、記憶にはそのあまずっぱさを見出すことは少年にはできなかった。
 郊外の寒村で生まれた。生まれ落ちたときから、飢餓はかたときもそばをはなれぬ伴侶であった。父はいなかった。貧相な疲労の神をつねに背に負った母が、ダルガを筆頭とする三人の子どもたちを食べさせていた。満足に食えることなど皆無だった。飢えて死にかけたことも一度や二度ではない。
 村は慢性的に飢え、痩せ枯れたひとびとは馬車馬のように昼も夜もはたらきつづけたがそれがむくいられることは絶えてなかった。
 そして飢饉が襲う。うわさでは、とも食いさえおこなわれたのだという。そういう意味でなら、ダルガは運がよかったかもしれない。飢えに狂った親に殺されもせず、食われることもなく、飢饉がまだ軽いうちに口べらしとして売られたのだから。
 母がダルガの幸せを祈って売ったのかどうかはわからない。だが、自分がいれば弟と妹もいずれ近いうちに飢えて死ぬだろうことはダルガにも想像できた。だから売られていくときには、泣かなかった。いくどもふりかえり、号泣する母を遠くながめやりながらダルガは泣かなかった。
 都市へ流れつき、最低階層のどぶ泥の底で家畜よりもひどいあつかいを受けた。ながい時間をそのどぶ泥の底ですごしたが、思い出せることはあまりない。呪詛も憎悪も最初からすりきれていた。絶望という言葉すら知らなかった。限界まで肉体を酷使し、もうろうとした疲労がいつもそばによりそって離れなかった。
 天分を見出されたのは九つの歳。足にふれたとおもしろ半分に打ちすえる無頼の傭兵の刀をうばい、切っ先をふりおろして初めてひとを両断した。とおりがかった剣聖が、達人の太刀筋であると断定し、なぶり殺しにされるかわりにダルガは街の豪商のもとへとひきとられ、剣聖の指導のもとで剣を学んだ。
 そこで生まれてはじめて、たらふく食うことができた。剣の修業はきびしかったが、苦にはならなかった。だが、剣聖も、豪商も、ダルガの理解者とはなりえなかった。一人前に剣がふるえるようになったとき、一帯に戦はなかった。かりだされたのは奴隷戦士同士が命をかけてしのぎをけずりあう、血も涙もない闘技場にほかならなかった。
 死にたくなければ勝つ。それだけがダルガに課せられた使命だった。ダルガは勝ちつづけ、他者を屠りつづけ、その代償にかろうじて抱いていただけの、ほんのちいさな生命のかがやきのかけらさえくもらせていった。
 それが消えてなくなる前に、脱走した。逃亡奴隷がつかまれば死あるのみだったが、死を賭してもおしい命ではなかった。
 そこで出会い、ダルガのいく道を示唆し、そしてその道先案内人としてある神秘的な存在に指名されたのが、占爺パランだった。老人は口では愚痴をいいつつも、こころよくダルガの先導役をひきうけ、以来、旅の途をともにしてきた。十数年の短いダルガの人生のなかで、はじめて信頼にたる道連れができたのだった。
 そのパランも、すでに意識はとり戻して快方にむかっているという。
 ひさしぶりに――否、もしかしたら生まれて初めて、ダルガはやすらぎのふところに深く抱かれて安寧を満喫していた。島には、それがみちみちていた。まさに楽土であった。
 そしてティグル・イリンの第二の宝玉が徐々にみちていく。
 ダルガが意識をとり戻してから五日めの昼さがり。なぜか島人たちはしずんでいた。なかにはさめざめと涙を流す者もいた。どうしたのか、とダルガは問うたが、看護役の若い娘もまた蒼ざめたおもてを隠すようにして不自然な微笑みをうかべるだけ。
「なにか心配ごとでもあるのですか?」
 ダルガが重ねてそういうと、美しい娘はかなしげに笑っていったのである。
「今宵は、祭りの夜なのです」
 と。
 むろん、意味もわからず眉宇をよせるダルガのそれ以上の質問を封じるかのように、娘はかなしげな微笑みをおきざりにしてその場を去った。小屋に伏せっているのはダルガひとり。難破して一命をとりとめたほかの者たちはそのほとんどがすでに立って歩き食い笑うだけの体力を回復しているときいているから、どこかべつの小屋に伏せる傷病人の世話でいそがしい、というわけでもあるまい。だからといって、語りたがらないものをむりに語らせる気にもならなかった。
 やがて陽が暮れる。
 たそがれのふりそそぐ孤島に、いつになくいくつものたいまつがぽつぽつと灯されていき、それは列をなして島のなかほどにある山の中腹めざして移動を開始した。
 ダルガは南国植物を編みあげた寝台から身をおこす。まだすこしふらつくが、力は確実に戻っていた。かたわらに愛用の剣があるのを見つけ、腰にまわし、小屋をでて外をうかがう。
「日没とともに祭りがはじまります」
 ふいに背後からそう呼びかけられ、びくりとして少年はふりむいた。
 看護役の娘がそこに立っていた。かなしげな微笑をうかべて。
「立って歩けますか? でしたら、あなたもぜひ参加なすってください。この祭りは、あなたがたのためにひらかれるのですから」
 そういって娘は、あわく微笑む。
 その微笑にまぶしげに目をすがめながらダルガは、夢見心地でうなずいた。
「いきます」
 娘はそれをうけてうっすらと笑い、ふいにひとつの杯をさしだした。
 あわい桃色の液体が、その杯にはみたされていた。
「祭りの招かれびとたちは、これを服むのがしきたりです。ほかのかたがたもすでにこれを服んで、聖域へとおいでになるところです」
 どうぞ、とダルガの鼻先へよせる。
 馥郁たる芳香がダルガの鼻腔を刺激した。
 思わず手にとり、口によせる。
 それを――なぜ服む気にならなかったのかはわからない。
 だが、なにかがダルガの手をとどめさせた。直感だったのかもしれない。奇跡のようにはたらいた直感であった。島には幸福がみちあふれていた。危険のにおいはどこにもなかった。それでもダルガは、無意識にそれをかぎつけた。
 あるいはそれは、ダルガという少年の背負った不幸そのものの顕現であったのかもしれない。信頼の底には、つねに疑惑というどすぐろい影が巣くっていた。
 
 いくつもの気配が山へとむかって移動していくのに気づいて、占爺パランは声もなく眠りからさめた。
 見える左眼で小屋の入口のすきまから外をうかがう。山の中腹へむけていくつものたいまつが粛々と行進していくのを、遠く目にした。
「妙だの」
 つぶやき、パランは目をとじた。
 片目だけ。
 見えぬはずのアルビノの右眼を見ひらく。たそがれの闇の底でその眼は、あやしげな光を放ったかもしれない。視覚をうばわれたアルビノの眼球は、その代償にときとして神世をのぞく。それがパランの占術のみなもとであり、すべてでもあった。
「やはり陽気がつよすぎる。一片の陰気すらここにはない。妙だの」
 つぶやきの意味は神秘学に属する。世界には陰陽二極が遍在する。陰陽を正負、といいかえてもいい。異説はあるが、基本的には人を筆頭とする生あるものに益するものを陽または正といい、害あるものを陰あるいは負と呼ぶ。通常、このふたつはバランスをとりあいながらあらゆるところに遍在するが、場所によっては陽の気のつよいところ、逆に陰の気のつよいところがそれぞれいくつも存在する。前者は神域、聖域と呼ばれてひとびとの信仰の対象ともなり、後者はいうまでもなく忌むべき場としておそれられ、畏怖され遠ざけられる。
 だが、この島ほど陽気にみちている場所は、パランにしてもまるで出会った例がなかった。陽気は人に利するが、すぎれば人の器におさまりきらぬ。結果は陰気にあてられたものとおなじ。ひとはそれに耐え得ることはない。
 それなのに、この島はまさに楽土そのものの形態を保っている。なぜ?
 疑問にはこたえは得られず、底しれぬ疑惑だけが胸奥をうろついてやまない。
「ふむ」
 と眉根をよせてパランはアルビノの眼をこらす。
 そこへ、ダルガがおとずれた。
「おお、小僧め。しぶとく生きのびておったか」
 うれしげに声をあげる占爺に、少年もよろこびを口端にはずかしげにうかべながら軽くこぶしで老人の肩をたたく。
「じいさん、あんたこそしぶといじゃないか。ふつうあんたくらいの老いぼれなら、とっくにあの世にいっちまってるぜ」
 ふん、と老人は笑いながら鼻をならす。
「どこかの未熟者の行く末を見ないうちには、気がかりでおちおち冥土にも旅立てぬということさ。とっとと楽になりたいのだがな。世話のやける小僧めが、なかなかそうはさせてくれん」
 けっと少年は笑いながら吐きすて――そして真顔になった。
「じいさん。これから祭りがあるらしい」
「ほう、祭りが?」
「それがどうも妙なんだ。おれたち難破船の生き残り組も、出て歩ける程度に回復した者は祭りに招かれているんだが――なにがどう、とはいえないんだが、どうもようすがおかしい」
 いって、いつも陽気な島人が今日にかぎってさめざめと泣きはらすようすを口にした。 ふうむ、とうなりつつ占爺は神世にみたび視線をとばすが、気がかりばかりでさだかな予言はとどかない。
 ただひとつだけ、わかったことがあった。
「ダルガよ」真顔で老人はいう。「おまえのいくさきざきで神威あふるる数々の苦難が待ちうけているのは、いつもいうておるようにおまえの宿命だ。それを切りひらいて、進みつづける以外におまえのいく道はない。おそれず、ただ歩きつづけよ。めざすものは、そのさきにある」
 なぞめいた老人の言葉に、ダルガはこれもいつもどおりにいぶかしげな顔をして無言でききいるばかりだったが、やがてにやりと口端ゆがめて「わかった」といった。
「祭りにでるよ。この島はすばらしい島だ。きっとあまりにすばらしすぎるから、祭りの夜くらいはかなしもうというのがここの風習なのかもしれない。だったら、おれもともにかなしんでくるよ。帰ってきたら、話はする」
「うむ」と老人は笑いながらうなずいた。「待っておるぞ」
 ああ、と言葉をおきざりにしてダルガは占爺の小屋をあとにした。おもてにでて、待たせました、案内してくださいと何者かに告げる声が遠ざかる。
 その気配が遠のくにつれ、老人の顔から笑みが消えてかわりに、底しれないかなしみがあふれかえった。
「あわれなり。あわれなり、ダルガよ。おまえの歩む道に安楽はない。幸福にたどりつけたと思うても、それはさらなる地獄へとつづくきざはしの、ただのおどり場にすぎぬのだ。ああ、それでもダルガよ、おまえは進みつづけるよりほかに道はないのだ。それこそがおまえの宿命であるがゆえに」
 つぶやきはかすれて闇に吸われて消え、その言葉は少年にはとどかなかった。

 つづれ折りの、ゆるやかだがながいのぼり坂はくろぐろとそびえる山のなか、まるで底なしの暗黒のかなたにまでつづいているかのように果てしがなかった。
 先行していたいくつものたいまつも今は視界から消え、ダルガはただ粛々とすすむ娘の先導にしたがって言葉すくなに足を運ぶばかりだった。
 今宵の祭りはどのような祭りなのですか――そういくどかたずねてみたが、娘はふりかえりもせずかなしげな声で「まろうどを歓待する祭りです」としかこたえない。
 釈然としないものを抱いたまま、ダルガは歩きつづけた。
 山に入る前、占爺の小屋をおとずれる前とあとに一度ずつ、あの桃色の液体をたたえた杯をすすめられたが、なぜかどうしても服む気にはなれずにことわってしまっている。そのことで、気をわるくされているのかもしれない。だが、それにわびの言葉をそえる時期を逸したまま、ふたりは祭りの場にたどりついていた。
 そこには広場があった。
 あの慈悲深い笑みをいつもたたえていた島人たちが、たいまつを片手に輪になって集うていた。
 どの顔もひどく若かった。見まわしても、四十以上と思われる老いた顔はどこにもない。そして、子どもの姿もひとつもなかった。いちばん若くて十代なかば、歳のいっている者でも、三十代後半に見える顔はひとつとしてない。
 入れかわり立ちかわりダルガの小屋をおとずれたすべての顔もまた、その範疇からはずれないことをダルガはふと思い出す。なぜなのだろう、と疑惑はこのとき初めて兆していた。遅きに失したかもしれない。
 島人たちはみな、泣いていた。さめざめと、声もなく、おだやかに、滂沱と涙を流しつづけていた。
 そしてたいまつの円陣にかこまれた広場の中央にある薄闇にダルガは眼をこらし――
 そこに地獄を見た。
 難破した船で見知ったいくつもの顔がそこにあった。見ひらいた眼に苦痛をたたえ、血の涙を流しながら。
 石の巨大な台に横たえられたひとびとは、腹を割かれ、臓物をはみださせていた。流れる血潮は石の台にきざまれた複雑な紋様めいたみぞを走り、台下のたまりにつぎつぎにそそぎつつある。
 血臭が、熟れすぎた果実のように濃密に四囲にみちみちていた。腹の底から吐きけがこみあがる。
「これはなんだ」
 ぼうぜんと、ダルガはつぶやく。
「祭りです」と娘がこたえた。さめざめと涙を流しながら。「この島は楽土です。ひとはたえず幸福をかみしめ、死すらもここからは遠ざけられています。かわらぬ平穏な日々をわたくしたちは満喫し、永遠の倦怠のなかでやすらいでいます。だから、その平穏を永遠に保ちつづけるために、わたくしたちは人の血を欲しているのです。楽土を保つには、まろうどの生け贄が必要だから。すなわち、あなたがた流れついたひとびとの、きもと生き血と苦痛とが」
 淡々と語られる言葉を、信じられぬ思いでダルガは耳にした。
 そしてふるえる声できいた。
「ならば……あの嵐も……おれたちがこの島に漂着したのも……」
「すべてわたくしたちのしたことです。わたくしたちは、あなたがたの運命を悼みます。いしずえとなるあなたがたの尊き運命を」
「おまえらは鬼だ」
 にぶく渦まいていた怒りがわきあがるのにまかせて、ダルガは剣をぬき、滂沱と涙を流す島人たちに向きなおった。
 が、死の刃をふるうよりさきに、変調が肉体をおとずれた。
 ひそんでいた刺すような頭痛が牙をむき、四肢からは力がぬけてダルガはへなへなとその場に崩おれた。
 ひざをつき、よだれをたらしながらぼうぜんと眼をむくダルガに、娘が、そして島人たちが、泣きながら近づいてきた。
「あなたは神酒を服むのを拒みました。ですがだいじょうぶです。神酒はその芳香だけでもひとを酔わせます。ああ、かわいそうに。これよりさきは、あなたにはもう平安はありません。命の水の最後の一滴がしぼりとられるまで、苦痛があなたを抱きしめてはなさないでしょう。生への執着と苦痛とが、あなたの命の水のなかに濃密にしぼりだされなければ、この島の平安を保ちつづけることはできないからです」
 宣言とともに、涙にみちたいくつもの手がダルガのもとへのばされた。
 ダルガはくちびるの端をゆがませる。
 凶暴に。
「芳香で、ひとは酔う、か」歯をむきだしにした獰猛な笑顔で、ダルガはしぼりだすようにそういった。「ならば、おまえらの負けだな。ここはもう楽土ではない。おれの内側にひそむ神が、このけがれた楽土を灼きはらうからだ」
 いって、ダルガは立ちあがった。
 噴きつけるような熱気が、その全身からあふれだしていた。
「ああ、そんな」
 ふらりとよろめきながら娘がつぶやく。
 あざけるように、ダルガの両の眼が燃えた。
 おぼろな、神の炎に。
 おお、と叫びあげ、暴虐な神をその背に宿らせた依り代の少年は剣を手にして地を蹴りつけた。
 旅立ちの日に、湖の底にしずむ神秘なる存在に告げられた言葉――少年の内には神が棲む。太古に討たれ、封じられた炎の神ヴァルディス。それがダルガの魂の底にその扉をうがち、復活のときを待ってその炎をたぎらせている。それは少年の身をおびやかす神秘なる危機に立ちあらわれ、暴虐の炎をふるうだろう、と。そしていつか、その炎は少年自身をも灼きつくす日がおとずれるかもしれぬ、と。
 怒れる神の暴走に、楽土の住民になすすべはなかった。
 夜が明けるころ、最後の生命の水をしぼり終えた楽土は、凶猛なる古き神の炎に蹂躙されて、無惨な廃虚と化していた。

 剣をふるい殺戮の嵐をふかせたのはダルガだが、気がついたときにはおのれの所業にぼうぜんとした。
 広場が阿鼻叫喚の地獄図と化したのはとうぜんのことだろうが――
 もうろうとした足どりでふらふらと山をあとにしたダルガは道中、信じられぬ光景を目にすることになる。
 あれほどみちあふれていたうっそうとした緑の森は、白骨にも似たぶざまな残骸をさらす枯れはてた荒野と化していた。
 けたたましく生命の謳歌をあふれさせていた無数の鳥獣の姿もどこにも見えず、ただ黒く無惨な地肌をさらけだしている地表に、汚物をこびりつかせた屍と化して点々ところがるばかりだった。
 あれほどゆたかに島全体に実っていた果実も作物も、すべてが枯れはてた残骸と化し、そこに生命の兆候はいっさい見られることはなかった。
 海岸に立ち、ぼうぜんと島の惨状をながめやるダルガの背後に、やがて占爺パランが静かに歩みよって言葉をかけた。
「この島は、もともとこういう場所だったのさ。そこへなにが陽気を呼びよせたのかは、いまとなってはわからんがな。この島は、もともとこういう場所だったのだよ」
 いって、つけ加えるように、ちいさな声でつぶやいた。
「そうとでも思わなければ……」
 そのつぶやきがきこえたのかきこえないのか、ダルガはただ茫漠と、魂のぬけがらのように立ちつくすばかりだった。

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