≪F1界の構造(最終回)≫

ここを読んでおられる琢磨ファンの皆さん、中でも琢磨をきっかけにF1を見始めたという
方々に、彼を取り巻くF1という世界のことを少しでも知って欲しくて、比較的話題に乏しい
オフシーズンの企画としてこのシリーズを書き始めたのは、まだ鈴鹿の余韻が残る昨年11月
のことでした。

あの頃はまだ、琢磨の去就が色々取り沙汰されていたのですが、長いと思われたシーズンオフ
もあっと言う間に過ぎ去り、来週はいよいよF1開幕。ということで、シリーズ最終回となる
今回は、テストドライバーとしてある意味「我慢の年」を迎えようとしている琢磨へのエール
を込めて、「F1に生き残るということ」について書いてみます。

昨年末に、琢磨のBAR入りと共に今年彼がレースを走らない事が決まり、がっかりされた方
も多かったと思います。かくいう私も、がっかりしてないと言えば嘘になりますが、極めて
冷静に受け止めることが出来ました。それはもちろん、様々な情報からこうなることを予想し
ていたということもありますが、それよりもむしろ、F1というのは元来そういうものだ、と
いう認識があったからだと思っています。

プロスポーツ選手というのは、その選手生命が人生に比べて極めて短く、いわゆる普通の人々
の生活や人生設計と比較すると、その道を選択した時点でかなりのリスクを背負っていると言
えます。多くのプロスポーツ選手にとって、引退後の生活は決して保障されたものではないし、
何よりその選手生命にさえ一定期間の保障があるわけではないのです。その意味では、いちい
ち先のリスクを考えて躊躇しているようでは、スタート地点に立つ資格すらないというのが真
実でしょう。

さらに、いくつかの”危険を伴うスポーツ”では、選手生命はおろか本人の命でさえ、時に大
きなリスクにさらされる運命にあります。私の知っている限りでは、2輪4輪を問わず高速系
モータースポーツ全般やアルペンスキーの高速系種目、あるいは格闘技の中にも該当するもの
があるかもしれません。これらのスポーツは、今の日本社会を支配している「出来るだけリス
クの小さな、安定した人生こそが最良の選択」という考え方からすれば、完全に”対象外”の
世界なのだと思います。だからこそ、決して損得勘定が入り込む余地もないこのような過酷な
世界に、人生の全てを賭けて挑むアスリート達を、私は手放しで尊敬してしまうのです。

そして、自分の命を大きなリスクにさらす必要があるモータースポーツの中でも、F1という
のは基本的に「来年のことさえ全く保障されない」世界であるという点で、他のカテゴリーと
は全く比較にならない厳しさがあるのです。そして、この尋常ではない厳しい”掟”こそが、
F1ドライバーのレベルを世界最高水準に保っている大きな秘密なのだと、個人的には思って
います。

F1の世界では、例えどれだけ実力を評価された選手であろうとも、チームメイトとの相対的
な比較等で成績不振との評価が2年も続けば、翌年は格下チームへの移籍を余儀なくされるか、
運が悪ければシートすら失うというのが、半ば「常識」です。いや、シーズン中に突然解雇さ
れることさえ、実際にあり得る話なのです。そしてこれはミハエルでも基本的には同じことで、
バリチェロにこれからの2年間の成績で負け続ければ(あり得ないことでしょうが)、彼は間
違いなく引退に追い込まれます。いえ、彼の誇りを2年間も傷つけ続けることは彼自身が許さ
ないでしょうから、おそらく1年で十分でしょうね。

当然、他のドライバーはミハエル以上に厳しい立場に置かれている訳で、彼等は自分の力を常
に証明して行かない限り、例え所属チームと複数年契約があったとしても、来年のシートなど
全く保障されていないに等しいのです。だから、F1は入ってくることが極めて難しい上に、
生き残り続けることはもっと難しい世界だと言えます。

ここで、F1の世界に生き残ることがいかに困難かを示す一例として、ちょうど今から5年前、
98年の開幕戦(メルボルン)でのスターティンググリッドを元に、彼等が今どうなっている
のかを見てみましょう。

◆1 M.ハッキネン(マクラーレン)→引退
○2 D.クルサード(マクラーレン )→現役(マクラーレン)
○3 M.シューマッハ(フェラーリ)→現役(フェラーリ)
△4 J.ビルヌーブ(ウィリアムズ)→現役(BAR)
◆5 J.ハーバート(ザウバー)→引退 
△6 H-H.フレンツェン(ウィリアムズ)→現役(ザウバー)
△7 G.フィジケラ(ベネトン=現ルノー)→現役(ジョーダン)
◆8 E.アーバイン(フェラーリ)→引退
◎9 R.シューマッハ(ジョーダン)→現役(ウィリアムズ)
◆10 D.ヒル(ジョーダン)→引退
△11 A.ブルツ(ベネトン=現ルノー)→テストD(マクラーレン)
◆12 J.アレジ(ザウバー)→引退
◆13 高木虎之介(ティレル=現BAR)→現役(アメリカIRL)
◎14 R.バリチェッロ(スチュワート=現ジャガー)→現役(フェラーリ)
◎15 J.トゥルーリ(プロスト=消滅)→現役(ルノー)
◆16 M.サロ(アロウズ=消滅)→引退
◆17 E.トゥエロ(ミナルディ)→不明
◆18 J.マグネッセン(スチュワート=現ジャガー)→不明
◆19 R.ロセ(ティレル=現BAR)→不明
◆20 P.ディニス(アロウズ=消滅)→引退
◎21 O.パニス(プロスト=消滅)→現役(トヨタ)
◆22 中野信治(ミナルディ)→現役(アメリカ?)

◎:格上チームに移籍=4人
○:現状維持=2人
△:格下チームに移籍、又はテストドライバー=4人
◆:引退、又は他のカテゴリーへ転向=12人

上を見れば、5年前にF1に乗っていた22人の内、半数以上の12人が何らかの理由で、既
にF1界から去っていることが分かります。もちろん、ミカ・ハッキネンのように本人が望ん
で引退していったケースも稀にはありますが、ほとんどの場合は本人にF1を続ける意思があ
るにも関わらず、シートを失ってF1から離れているのです。逆に言うと、それだけ淘汰の厳
しい世界だからこそ、F1ドライバーのクォリティは必然的に極めて高いレベルに保たれてい
るのです。

そして、5年で半数以上のドライバーが入れ替わるF1の世界で、琢磨の生き残りを賭けた2
年目の戦いが始まります。彼は他のテストドライバーとは異なる「リザーブドライバー」待遇
であり、レギュラードライバーに何かがあれば即レースに出場する立場にいますが、だからと
いって、彼に来年のシートが約束されていると考えるのは早計でしょう。

もちろん、チームとの契約がどうなっているかは知りようもありませんが、F1において契約
というものがいかに空手形であるかは、昨年からのジョーダンとの流れをご存知の皆さんは、
良く理解できるのではないでしょうか。そして、だからこそ他の全てのドライバーと同じよう
に、琢磨も生き残りを賭けて、自身の実力を証明し続けなくてはならないのです。

「夢に続く道は、いつも山のように高い階段で、振り向くとそこは断崖絶壁。
           前へ進むしかないんです。自分を信じて、走り続ける。」

これは、私が感動した琢磨の言葉ですが、彼は今もまさにその厳しい場所に立っています。前
には容易に進める道など一切なく、後ろが断崖絶壁なのも間違いありません。でも、彼なら
やってくれるでしょう。何と言っても、彼はずっと「その場所」で戦ってきたのですから。そ
して、そんな彼を信じて、私はこれからもずっと応援していきたいと思っていますし、もし5
年後にもF1で活躍している彼を応援できるとすれば、それは本当に幸せなことですよね。

最終回は予想通り?、シリーズ最長の長文になってしまいましたが、これまでご愛読いただい
た皆さんに、一言お礼を申し上げます。どうもありがとうございました。シーズンに入っても、
また私なりに感じたことなどを折りに触れて書きたいと思っていますので、今後ともよろしく
お願いします。

その14に戻る

「KEN-G図書館」に戻る