≪序 章≫

昨日のニュースステーション、琢磨君は本当に自然な感じで、さらに知名度と「男」を上げ
たな!って感じでしたね。おかげで、この掲示板も回転数が上がる一方で、ちょっと見ない
ともうページが変わってる有様。
F1関係の掲示板で、オフシーズンにこれだけ盛り上がってる所(公式BBS)って、
ここぐらいじゃないかと思います。
さて、私なんかが書かなくても十分盛り上がってるのは承知の上で、またまたちょ
っと難しい?話を書いてみたいと思います。
長い話になりますし、ウザったいと思う方は、読み飛ばして下さいね。
もちろん、「お前、ウザイよ!」ってご意見でも構いませんが、その時はどうかお
手やわらかに。今回は、私がF1のどういう所に惹かれて20年も見続けているの
か、という事について書いてみます。
F1では、特に今シーズンのような展開だと必ず「チームの格差があり過ぎて、全
然面白くない」とか「良いマシンに乗ってる奴が勝つのは、当たり前じゃん」とか
「悪いマシンで格闘している琢磨がかわいそう」とか、あげくの果てには「マシン
をワンメイクにして、完全なイコールコンディションでドライバーの戦いを見たい」
という意見まで出てきます。これって、ちょっと大げさに言えば、おそらく世界中
のF1ファンの中で、何十年にも渡って語られてきた「典型的な話題」のような気
がします。ちなみに、私個人の意見を先に暴露すると、基本的に上の4つの意見全
てに「反対」なんです。
これを読んで、何でそんなこと言えるんだ、と思った方のみ続きを読んで下さい。

F1というのは、ある意味ヨーロッパの階級社会の縮図と言ってもいいほど、大昔
から歴然とした「チーム格差」というものが存在します。
今の日本の社会というのは、ある意味その対極にあると言ってもいいほど、(少な
くとも見かけ上は)平等な社会であると思います。
最近では、あまりにもその平等思想?が蔓延して、例えば「子供の運動会のかけっ
こで、順位をつけるのはケシカラン!」という話まで出てきたりしてます。
しかし、本当に「平等」であることは、そんなに良いことばかりなのでしょうか?

人間というのは基本的に、逆境をバネにする、あるいはコンプレックスをエネルギ
ーに変える、という特技を備えている生き物だと思っています。そして、世の中で
成功している人の多くが、この部分に秀でたものを持っている、というのが私の
持論です。誤解を恐れずに言えば、不平等な(不利な)環境の中でこそ、本当に力
を持っている人間が輝く、と思っている訳です。そして、こういった逆境こそが、
素晴らしいドラマを生む根源であるとも思っています。
「あんなボロマシンで、あれほど速いなんて!」というのは、もう立派なドラマで
すよね?これが、上の一つ目の答えです。

次に、F1というレースの捉え方ですが、良く言われる「全員同じマシンに乗れば、
誰が速いか良く分かる」という考え、心情的には理解できるとしても、私は「ある
日ある時あるセッションや、あるレースだけでそれをやってみたとして、それが分
かって面白い?」「その瞬間での結果で、ドライバーの実力全てを判断できる?」
というところで、到底納得できない話になってしまう訳です。
瞬間ではなく、1年間通じてではって?それは全く無理な話なんです。
F1のように非常に高い技術レベルの中で、予算から監督、エンジニアやクルーの
仕事ぶり、果てはマシンの信頼性に至るまで、格差を生まないというのは全く不可
能な話なんですよ。それは、チームが少なくとも300人以上のスタッフから成る
ことを考えれば、そもそもその仕事振りの均一化なんて、いかに馬鹿げたことか分
かりますよね。さらにこれは、F1が「チームスポーツ」であることを全く無視し
た発想であることも、理解してもらえると思います。
見かけ上はマシンの優劣として現れますが、本来、チーム格差というのは、実は
300人以上にもなるスタッフの総合力の差なのです。
彼らは、自分のチームがより大きなアドバンテージを持つことに、モチベーション
を感じて懸命に仕事をしているのですから、もしこんなことになったら、デザイナ
ーもエンジニアもメカニックも、間違いなくやる気無くしますよ。
そんなことしてまで、F1をドライバーの「個人スポーツ」にしたいですか?
チームスタッフとの協力関係を何よりも大切にする琢磨君なら、
それこそ大反対しそうですよね?これが、理由の二つ目です。

そして、今の話とも繋がるのですが、私はF1というものを1シーズン毎の戦いと
してではなく、何年間にも渡る戦いとして捉えています。
言葉が悪いかもしれませんが、階級社会の中での出世ゲームと言えば良いでしょう
か。
確かに、走って速い奴が勝ちという単純なゲームではあるのですが、実はその
「速さ」というのは、上に書いたチーム力を含めたあらゆる要素から成り立ってい
る訳です。ですから、速く走るにはあらゆる「環境」をより良いものにしていく必
要があります。そして、より良い環境を手に入れる唯一最大の手段が、自分の実力
を認めてもらうということなのです。
この実力というもの、表面的には予選やレースの結果で評価されるのですが、それ
はドライバーの色々な面での能力の総体なのです。それは、
マシンコントロール能力でもあり、
チームスタッフとのコミュニケーション能力でもあり、
人を惹きつける力でもあり、
政治力でもあり、
集中力でもあり、
マシンを理解する技術的な知識でもあり・・・。

片山右京選手が現役時代に、「F1の一番の魅力は、ドライバーの総合力を試され
る場所であることで、速く走る能力からチームスタッフ全員の力を自分に向けるよ
うな吸引力まで、とにかく自分が持っているあらゆる能力を総動員して戦う必要が
あることです」というようなことを言ってましたが、これは正に私が感じているこ
とでもありました。これが、三つ目の理由です。

他にも色々理由はあるのですが、話が長くなり過ぎたので、今回はこの辺で止めと
きます。
例によって、皆さんのご意見、期待してます。

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