新しい幼馴染(2)/山崎智美project


(5)

始業式が終わり、教室に戻って。
『桐島』さんは当然のように留美ちゃんの席の方に向い、そのまま着席。
聞きたい事がたくさんあるけど、聞きづらい気もするし、
多分「私が桐島留美です、9歳です」ばかりだろうし。
周りのみんなもそう思っているみたいで、みんな『桐島』さんの方を見つつも、
黙って席に座っているだけ。
そんな事を考えていると、島崎先生がやってきた。

「それでは、最初に、通知表と宿題帳を提出してください。
通知表の保護者欄はちゃんとお父さんお母さんに書いてもらいましたね?
書いてもらってない人は、書いてもらってから提出してください。
通知表と宿題帳を持って、出席番号順に前にきてください。
忘れた人も一応前に来る事。では出席番号1番の人から」

出席番号は誕生日順なので、4月生まれの私が一番最初。
通知表と宿題帳を手にして席を立ち、先生の前に向かった。
「浜田さん、冬休み中は元気にしてましたか?」
「あ、はい…」
「お正月は親戚と会ったりしましたか?」
「はい、いとこと会いました」
通知表を先生に手渡しました。
「ふむふむふむ。うん。宿題は全部出来たかな?」
「はい…」
宿題帳を提出して、席に戻りました。
後ろの方から、出席番号2番の小島さんの声が聞こえました。
「小島さん、風邪をひいたりしなかったかな?」
「あ、1日だけ、ちょっと熱を出しました」
「あらま、ひどくはならなかった?」
「いえ、1日だけでした」

(6)

提出のための列に、出席番号が2つ前の久保田くんが並んだのを見て、
私も立ち上がる。通知表と宿題帳を持って列の方に向かう。
だって桐島さんがいないんだから、久保田くんの次は私のはず。
多分そのはずなんだけど。

横目で桐島さんの席をちらっと見ると、桐島さんの席に座っていた
知らない人が立ち上がっていた。手にはちゃんと通知表と宿題帳を持っていた。
そしてこちらに向かって、机の間を歩き始めた。
やっぱり私の前にくるつもりなのかな。段々近づいてくる。
私よりもずっと大きい。熊井さんよりも大きく感じる。
さっき列を作っていた時には、熊井さんの方が背が高いのを見ているんだけど、
やっぱり目の前で見ると大きいというのを感じる。そして目の前にきて、
私に小さな声で話しかけてきた。
「あ、あの、通してください、順番に並ばないと…」
ちょっと恐いけど、でも…
「あの、あなた、誰ですか?出席番号で私より前の人は…」
「はい、久保田くん、私、白田さんの順番、です」
私と久保田くんの名前を知っている、しかも出席番号の正しい順番も。
「あの、私の前は、桐島さんなんですけど…」
「はい、私が桐島留美ですから…」
手に持っている通知表は私が持っているのと同じもの、名前のところには
『4年2組 桐島留美』と書いてある。
「あの、もうすぐ順番なんですけど。順番通り並ばないといけないから…」
前を見ると、久保田くんが通知表を先生に渡そうと持ち直していた。
ここで言い合いしてても仕方ないから、私の横を通して、私の前に立たせる。
桐島さんの順番の所に、知らない人が立った。
背中を間近で見ると、思った以上に大きかった。
桐島さんはこんな大きくなかったのに。
でもこの人は『私が桐島留美』って言ってる。

久保田くんが先生に通知表を渡している。
「お正月はどう過ごした?」
「親戚の家に行きました」
「で、次は、桐島さんね。お正月はどうでした?」
「お母さんと一緒に家で過ごしました」
「いつもお忙しいお母さんと一緒に過ごせてよかったわね」
「はい」
「どれどれ、お母さんはなんて書いてるかな……うんうんうん、うん。
宿題帳はここに置いてね。ちゃんと全部やった?」
「はい」
「よろしい。……そうだ、桐島さん、掃除が終わった後に、
職員室に来てちょうだい」
「はい」
「では次は、白田さん。元気に過ごせましたか?」
目の前の知らない人は、通知表を渡し終えて、先生の前から離れた。
先生、何も言わなかった。普通に通知表を受け取ってた。
2週間前には桐島さんが私の目の前でちゃんと通知表を受け取っていたのに。
もしかして2週間前に受け取っていたのはこの人……そんなはずないのに。
たった2週間前の自分の記憶なのに。
「白田さん?どうでしたか?」
「あ、はい。何もなかったです、元気でした」
「それは良かったです」
先生は、今度は私の通知表を受け取り、開いて中を見ていた。
「ふんふんふん、ふん。あ、宿題帳はここに」
「はい」
「なるほど、はい、じゃあ3学期も元気に過ごしましょう」
「はい」
先生の前を離れて席の方へ向かう。知らない人は当然のように
桐島さんの席に座っていた。もしかして本当にこの人が桐島さん……
そんなはずないのに。

(7)

「はい、それじゃ、掃除をしてから下校してください」
「起立、礼」
ざわざわざわざわ。

はあ、終わったー。
こういう時に私は真っ先に留美ちゃんの席に……行くはずなんだけど。
ちらっと横を見て。留美ちゃんの席に座っているのは、やっぱりあの大きな人。
どうしよう。あの人は『桐島留美』を名乗ってるし、
どうやら留美ちゃんの代わりらしいし、
今まで通りなら、あの席まで行かないといけないわけだけど。
どうしよう。と悩んでたら。
『桐島』さんが立ち上がって、私の方に近づいてきました。
逃げるわけにもいかないし、仕方なく顔を上げました。

「あ、あの、り、りさ、さん」
「はい……なんでしょうか…」
「あの、今日の午後に、私の家に来てもらえないでしょうか。
あの、出来れば、祥子さんと一緒に」
「え、あの、あなたの家というのはどこでしょうか。私知らないんですけど…」
「えっと、私の家には来た事がある、はず、です」
「え、そんなことはないはず…」
「あの、去年の11月の中頃と、夏休みと、去年の私の誕生日と…」
「えっと、それは……ああああ、留美ちゃんの家のことですね」
「はい、私の家です。別に引っ越してはいないです」
「えーと、留美ちゃんの家にあなたが今住んでると」
「はい、私が留美ですから、私が住んでます」
「えーとだから、なんと言ったら……ああもう」
「あの、私のお母さんも、今日は家にいるという事だから、
お母さんともちょっと話してもらいたいかな、って思ってます」
「あなたのお母さんというのは……だれですか?」
「私のお母さんです」
「それじゃ分からないんですけど」
「あの、私の誕生日の時に会った、ことがある、はずです」
「えっとつまり、それは………お母さんは変ってないって事ですね?」
「えと、ええ、変ってません」
「いや、今の言い方は変。去年の留美ちゃんのお母さんと……いや違う。
えーと、つまり、だから……あ、会社の社長をやってるお母さんですよね?」
「はい、そうです」
「それなら私も会って話がしたいです」
「あの、それじゃあ、来てくれるんですね」
「えっと、じゃあ、いつ……一緒に帰る、とかになるのかな…」
「あの、私は先生に呼ばれてて、どのくらいかかるか分からないので、
待ってもらうのもどうかと思うので、2時か3時くらいに来てもらえれば」
「あ、はい、じゃあ、そういうことで」
「ありがとうございます。それでは、あの、掃除の班のところに行ってきます」

「ねえ、今、何を話してたの?」
祥子ちゃんが話しかけてきました。
「留美ちゃんの家に来て、って話だった」
「……行くの?」
「うん」
「ふーん……あの人の家に?」
「ん?あ、いや、だから、つまり。前の留美ちゃんの家と同じだって」
「そうなんだ。でも、今はあの人が住んでたりするんじゃないの?」
「そうみたいだけど、留美ちゃんのお母さんもいるみたい」
「ふーん……どの留美ちゃんのお母さん?」
「えーと、つまり、前の留美ちゃんのお母さんと同じみたい」
「去年の留美ちゃんのお誕生日の時に会ったお母さんの事?」
「そうみたい。だから大丈夫なんじゃないかな。留美ちゃんのお母さんに色々聞いてみたいし」
「そうか、それなら私も行こうかな」
「そこ邪魔〜、掃除するんだから〜」
教室掃除の人達に言われてしまったので、私達も掃除に行く事にしました。

(8)

教室がある建物と職員室がある建物の間の渡り廊下。
私はここの掃除当番。私と、福井くんと、戸田くんと、桐島さん、のはず。
はずなんだけど。桐島さんの席に座っていたのは別の人だった。
でもあの人が「私が桐島留美です」って言っていたらしくて。
だとすると、ここに来るのは。あ、来た。

私と同じ制服を着てるけど、4年生と比べるとすごく大きく見える人が、
渡り廊下にやってきた。この廊下を通る5年生や6年生と比べても大きく見える。
なんだかちょっと変な感じ。
やっぱりここの掃除をするのかな。しばらくここから様子を見ていよう。
あの人は今日初めて4年2組の教室に来たんだから、何も分からないはず。
だから何も出来ないはず。多分そのはず。

……あ、掃除用具入れからほうきを取り出した。ほうきを2本持って、
私の方に歩いてきた。
「小島さん、あの、これ、使います、よね?」

「あ、あ、ありがとう……きりしま、さん?」
間近で見ると、やっぱり大人のように見える。なんか変。
でもこれが桐島さん、という事になってるみたい。
だってさっき島崎先生は、他の同級生と同じように
普通に通知表を受け取っていたし。

『桐島さん』という事になっている人は、私にほうきを渡した後、
私の目の前で掃除を始めた。
私も、『桐島さん』とちょっと距離を置いてから、掃除を始めた。
横目でちらりと『桐島さん』を見る。やっぱりなんか変。

福井くんと戸田くんが遅れてやってきた。二人も掃除用具を持ち、
私達から離れた所で掃除を始めた。二人とも遠くからこちらを見て、
時々小声で何か話をしている。
私とこの人と、一緒に掃除をしているように見られてるのかな。
一応同じ班の中に男子二人女子二人なんだから、女子二人で一組と
思われても当然なのかな。当然じゃないような気もするけど、
当然と思われても当然かな。桐島さんと私なら一緒に何かするのも当然だと
思うけど、この『桐島さん』と一緒というのは違うような気がする。
今の所は別々にほうきで掃いてるだけだから、何も一緒にやってないんだけど…

「あの、ちりとりを、取ってきます」
『桐島さん』はそう言って掃除用具入れの方に歩いていった。
という事はやっぱり。
『桐島さん』がちりとりを持って戻ってきた。
男子二人がこちらを見ている。
掃除しないで逃げ出すわけにもいかない。
掃除するだけだもの。別にそれ以外何もしないし。
でも、男子二人にじろじろ見られてると、なんだか変な気分。
『同じ班の中なんだから、どっちか代わってちょうだい』といいたいけど、
遠くで男子二人くっついちゃってるから今更そんな事いえないし。
『桐島さん』は、自分が集めたゴミと私が集めたゴミをまとめてしまっている。
そしてちりとりを持って受けとめる姿勢になった。
「あ、あの、小島さん、おねがいします」

男子二人がこちらを見ている。他の人も見ているような気がする。
それがすごく気になる。
でも掃除するだけだし。というか掃除しなきゃいけないし。
仕方なく、ほうきでゴミをはいて、ちりとりに入れる。
ふと気になって話しかける。
「あの、きりしま、さん?は、どこに住んでるんですか?」
「えっと、確か小島さんは、私の家に来たことがあると思うんですけど…」
「え、そんな、そんなわけ、だって今日初めて…」
「あの、私の誕生日の時に。えっと、去年じゃなくて、その前、だったかな」
「おととし?誰の誕生日?あなたの?」
「はい、私の誕生日の時に。1月18日に」
「えっと、きりしま、さん?あ、桐島さんの誕生日?桐島さんの家に?」
「はい、私の家に」
「それはあなたの家じゃなくて桐島さんの家…」
「だから私の家です。あの家です」
「えっと、あ、とりあえず、あの家なのね、分かったような分からないような」
「あの、ゴミを捨ててきます」
「あ、はい」

「何話してたんだよー、仲良さそうに。知ってたのかよ」
男子二人がこちらにやってきた。
「知らないわよ、別に大した事は話してないわよ。
それより、何遠くから見てたの、あなたたちも来てよ。
同じクラスの同じ班なのに」
「だって女子二人だしー」
「それはそうだけど、でも…」
「同じ班の女子二人なんだから仲良くしててくれよ、おれ知らないから」
「女子かどうか分からないじゃない、あなたたちもどうにかしてよ」
「だって今日初めて見たやつだし」
「私だってそうよ。私一人に押し付けないでよ」
「だってさっきだって仲良さそうにしてたじゃん」
「だから違うんだって。本当にもう」
「でもどこから来たんだろう?どこに住んでるのかな」
「聞いてみたけど、桐島さんのあの家に住んでるみたい。
よく分からないけど、多分そういう事だと思う」
「おれんちのそばじゃん。地区別の行事はおれが一緒になるじゃん」
「じゃああなたが仲良くしてよ。私知らないから」
「おまえだってあの家に遊びに行った事あるだろ、おまえの方が知ってるだろ」
「あるけど、桐島さんに会いに行っただけ、あの人の事なんて知らない」
「そもそも桐島さんはどうしたんだよ、桐島さんの席にあいつ座ってたし」
「私だって知らないわよ。あなた、家近いんだから聞いて来てよ」
「それこそ桐島と仲良かったおまえが行けよ」
「今いるかどうか分からないのに、そんなの」
「あ、あの、ゴミ捨てて来ました。終わりましょうか」
『桐島さん』が戻ってきてた。
「あ、あああ、そうですね、ええ、はい」

(9)

職員室前の廊下の掃除が終わって、掃除道具を片付ける。
「ねえねえ白田さん。桐島さんの席に座ってた知らない人、あれ誰なの?」
「私だって知らない」
「さっき何か話してたでしょ?通知表を出す前に」
「『あなた誰ですか』って聞いただけ」
「それで、なんて答えたの?あの人」
「『私が桐島留美です』。それだけ」
「えー、そんなの嘘に決まってるじゃない、見れば分かるもの」
「でも『桐島留美』って名前が入った通知表持ってたし、
それを先生に出してたし、先生は特に何も言わずに受け取ってたし」
「確かに先生は普通に通知表を受け取ってたよね」
「じゃあ、あの人が本当に桐島さんなの?」
「そんなはずあるわけないじゃない。いくらなんでも…」

そんな話をしていた私達の横を、その『桐島さん』が通って、職員室の中に入っていった。

「あの人、職員室に入っていったよ…」
「そういえば、さっき『掃除の後に職員室に来なさい』って言われてた」
「なんだろう、先生に叱られるとか」
「でも全然知らない人が、あんな堂々と職員室に入っていくのも、ちょっと変よ」
「先生達、何も言わないのかな」
「どうなんだろう」
「何か言うために呼んだんだと思うけど、なんだろう」
「ちょっとのぞいてみようか」
「いいのかな」
「いいよいいよ、見てみよう」

話をしていた女子3人、職員室のドアからこっそり中をのぞいてみた。

「……島崎先生と話してる」
「……何話してるのか、全然聞こえないよ」
「……あんまり顔出すと気付かれるんじゃない?」
「……校長先生なんて、目の前なのに、何にも言わないでお茶飲んでる」
「……他の先生達も、何も言わないで通り過ぎてる」
「……なんとも思わないのかな」
「……ほらほら、あの先生より全然大きいよ」
「……んーでも、やっぱり先生の方が大人に見えるかなー」
「……そりゃあ、先生の方が大人なんだろうけど、ちょっと…」
「……6年生にはもっと大きな人がいるんだし」
「……そりゃそうだけどー」
「…………あ、戸田先生、楽しそうに話しかけてる。なんでだろう?」
「……肩叩いたりして」
「……隣のクラスの担任の先生も、知らない人が混じってても気付かないのかな」
「……それとも知ってるのかな」
「……もうさ、先生に聞いてみようか?」
「……始業式前に先生にちょっと聞いたけど、『桐島の顔を忘れたの?』なんて言われちゃった」
「……えー?」
「……また同じ事言われそうだし」
「あなたたち、何してるの?どの先生に用事かな?」
2年生の担任の先生が後ろに立っていた。
「あ、いえ、掃除が終わってー、もうやる事はないかなってちょっと考えてたんです」
「それじゃこのゴミ箱の中のを、捨ててきといて」
「は、はーい」

(10)

学校からの帰り道、祥子ちゃんと一緒に歩きながら。
「何時頃に行く?留美ちゃんの家」
「お昼食べた後、2時過ぎくらいに行こうか」
「じゃあ、私が理沙ちゃんちに2時くらいに行くね」
「うん」
「……あの家に行くんだよね?」
「うん、留美ちゃんの家」
「元の留美ちゃんの家だよね」
「えーと、元々留美ちゃんだった方の留美ちゃんの家」
自分で言ってて、訳が分からなくなってきました。
「うん。留美ちゃんに会えるかな?」
「えっと、元の留美ちゃんの事?」
「うん、元の留美ちゃん、会えるかな」
「どうだろう。今も住んでるのかな。会社に勤めていると言ってたから、
あの家に住んでても、2時過ぎは会社かもしれないし」
「そうだよねぇ。会えないかな。お母さんの方だけでも会えればいいかな」

(11)

学校からの帰り道。同じ方向に家がある男子三人で歩いていた。
おれたちの50メートルくらい前を、桐島の席に座っていた知らない奴が歩いていた。

「あいつ誰だろう。いきなり桐島の席に座っててさ」
「でもさ、ちゃんと桐島の名札付けてたぞ」
「通知表もちゃんと持ってたぞ」
「どこから来たんだろう。おまえ知らないか?」
「そんなの知らないよ」
「でもこっちの方に帰って行くし。家はこっちの方なのかな」
「桐島さんの家に住んでるって言ってたらしいから、こっちの方に帰るんだろ」
「えと、つまり、桐島の席に座って、桐島の名札付けて、桐島の家に帰る、
って事か?」
「おれが直接聞いた訳じゃないからよく知らないけど、そうらしい」
「じゃあもしかして、あれって見た目が変っただけで桐島本人だったりして」
「えー、いきなりあんな顔になるか?顔を怪我したとか、やけどしたとか、
そういうのとは違うぞ。全然違う顔だぞ」
「背は……あのくらいだったかもしれないけど、体格が全然違うというか」
「本人に聞いてみればいいじゃん、そこにいるんだからさ」
「じゃあおまえが聞いて来いよ」
「おまえが聞けよ」
「いやおまえが……あ」
桐島の席に座ってた知らない奴が道を曲がった。
「ちょっと後を付いて行ってみようか」
「本当に桐島の家に帰るのかどうか、確かめてみようよ」
「おれは家がこっちだから、別に構わないけど、おまえらは…」
「もうちょっとさ、隠れながら後をつけようよ」
「おれは自分の家の方向に歩くだけだから、隠れる必要はないんだが」
「おまえはそうでも、おれたちは」
「おまえたちの方がよっぽど怪しいって。こんな広い道で」
「そりゃまあそうだが」
そこに、自転車に乗ったお米屋さんが、前の方からやってきた。
「よお、留美ちゃん、こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
「おー、たーぼー、元気かー」
「あ、え、こんちわー」
お米屋さんは、あっという間に通り過ぎていった。
「……あの人だれ?」
「あっちの角にあるお米屋さん」
「お米屋さんは知ってるのか、あいつを」
「というか『留美ちゃん』って呼んでたぞ」
「おまえと同じくらいに知ってるみたいだったぞ」
「お、おれは小さな頃からあのお米屋さん知ってるぞ、いつも配達に来るし…」
「そのおまえと同じくらいによく知ってそうだな、あいつを」
「実はこの辺の人みんなが、あいつを知ってるんじゃないか?」
「おれは知らないぞ、今日初めて見たぞ」
「おまえが知らないだけで」
「そんなことはいくらなんでも。他の学年の奴で名前知らない奴はいるけど、
顔は知ってるし。前から住んでて、おれが知らないなんて、そんなこと…」
「おまえのお父さんかお母さんも知らないのか?」
「どうだろう……聞いてみる」
桐島の席に座ってた知らない奴が、また道を曲がった。
「こっちか、おまえの家に近いじゃないか」
「……あ、あの家に入るのか?」
「あれは誰の家だ?」
「結構でかい家だぞ」
「あれが桐島さんちだが……桐島さんのお母さん、会社の社長だし…」
「そういう話は聞いた事あるけど、その家に入ろうとしてるのか、あいつ」
桐島の席に座ってた知らない奴は、何度か扉を引いたが、開かなかった。
「扉が開かないようだが……あ、鍵を取り出してるのか?」
カバンに手を突っ込んで、何かを取り出して、扉を開けて、中に入った。
「本当に桐島さんちに入った…」
「もしかして本当に見た目が変っただけなのかな、あんな男みたいな顔に」
「そんな……でも桐島の席に当たり前みたいに座ってたし、先生も何も言わないし」
「どうなんだろう…」

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