新しい幼馴染(1)/山崎智美project

(1)

今日は3学期の始業式。教室に着くと、祥子ちゃんはもう来ていました。
「祥子ちゃん、明けましておめでとう」
「明けましておめでとう。理沙ちゃん、年賀状ありがとうねー」
「祥子ちゃんもありがとう。きれいだったよー」
「そうかな?理沙ちゃんのも面白かったよ」
「へへへ」
そんな会話をしばらくしていたら、祥子ちゃんの後ろの席から、椅子を引く音がしました。
今来たんだ、と思ってその席の方に目を向けたら。

全然知らない人が椅子座ってました。私達よりもずっと大きな人が座ってました。
私達と同じ、小学校の女子の制服を着ていましたが、小学生にはちょっと見えませんでした。
もっとずっと大人に見えました。私の中1のお姉ちゃんよりも大人に見えました。
お正月に会った高校生のいとこよりも大人に見えました。
背は、クラスで一番大きな祥子ちゃんと多分同じくらいですが、でももっと大きく見えました。
太っているとかじゃなくて、いかついって感じで、腕も太そうだし、首も太そうだし、
祥子ちゃんなんかよりも、もっとずっと大人に見えました。
女子の制服を着ているので女の人だと最初は思いましたが、でも髪は短めで、
島崎先生とかお母さんとか知ってる大人の女の人ともちょっと違う感じもしました。
大人の女の人ならもっと胸が大きいはず、でもそうは見えないし。
という事は、男の人なのかな…

「ん?どうしたの?来たんでしょ?る…」
祥子ちゃんも後ろを向いた瞬間に黙ってしまいました。
私の周りにいた同級生達も気付いたようで、みんなしばらく黙ってしまいました。
どうしようか困ってしまいましたが、ここは留美ちゃんの席、
留美ちゃんと一番仲がいい私が何か言わないと、と思い、勇気を振り絞って声を出しました。

「あの、あなた、だ…えと、ど…どちら様でしょうか」
「あの、その、えっと…桐島、留美、です」
「…え?その席は確かに留美ちゃんの席ですけど…」
「あの、今日から留美ちゃんの代わり…じゃなくて、留美ちゃん、じゃなくて、
今日からぼ…私が、桐島留美として…じゃなくて…私が、桐島留美、です」
「あの、小学4年生の桐島留美ちゃんですよ?」
「はい、西新倉小学校4年2組、桐島留美、1月18日生まれ、9歳、もうすぐ10歳です」
誕生日は確かに留美ちゃんの誕生日です。なんだか訳が分からなくなってきました。
「ねえ、島崎先生を呼んでこようよ…」
祥子ちゃんが小さな声でそう言いました。私もそうした方がいいかな、と思った時。
「あ、あの……浜田、理沙さん、ですよね?」
「え、はい、そうですけど…」
「こちらが、熊井祥子さん、ですよね?」
「はい…どうして私の…」
「留美ちゃんから…いや違う、元桐島留美だった方から、お二人が留美ちゃんと仲良しだと、
あ、いや、私桐島留美と仲良しだとお話を聞いて、まずお二人に色々話して、
お二人に色々助けてもらいなさいと言われました。はい。そういう事です」
まだ訳が分かりません。
「留美ちゃんと仲良しなのは、そうですけど……あ、あなたじゃなくて留美ちゃんです」
「でも今日から、私が桐島留美なんです…」
「あの、じゃあ、去年の終業式までこの席に座っていた留美ちゃんは、どうしたんですか?」
「その方は、留美ちゃんのお母さんが経営する会社…違う、私のお母さんが経営する会社、
今は毎日そちらの方に通勤しています。留美ちゃんをどうしても企画2課常勤の課長にしたかったそうで、
でも留美ちゃんが小学4年生のままでは会社に勤められないので、私と交代して、
留美ちゃんが工藤良雄という名前になって、代わりに私が桐島留美をやる事になりました。
……今のであってたかな?」
「つまり、留美ちゃんは会社に勤めて、留美ちゃんの代わりにあなたが小学校に出席して」
「あの、会社に勤めているのは工藤良雄で、私がこの小学校の4年2組の桐島留美で」
「もうそれ以上言わないでください、また訳が分からなくなるので」
「えっと、つまり、留美ちゃんはもう小学校に来ないの?」
祥子ちゃんが寂しそうな声で言いました。
「あ、はい、そう……あ、いや、私が」
「あーもー言い直さなくていいから」
「あ、そうだ、あの、元桐島留美だった、今は工藤良雄さんから、お二人にお手紙があります」
下の方に「桐島ケミカル」と印刷された封筒を2つ差し出してきました。
それぞれに、私と祥子ちゃんの名前が書かれている。これは確かに留美ちゃんの字だ。
受け取って中を取り出す。

『とても急な事でごめんなさい。私はもう小学校に通えなくなりました。
クラスのみんなと同じ年でもなくなりました。もう私は小学4年生の桐島留美ではないので、
会うことは出来るかもしれないけど、もう一緒に遊ぶ事は出来ません。
今まで仲良くしてくれてありがとう。
理沙ちゃんの目の前にいる新しい桐島留美が、新しい私です。
そう思って、新しい桐島留美と今までと同じように仲良くしてください。
去年まで桐島留美だった工藤良雄より』

「そっか、もう来ないんだ留美ちゃん…」
「あ、あの、今日から私が桐島留美なので…去年までの桐島留美ちゃんとは
違うかもしれませんけど、去年までの桐島留美ちゃんと出来るだけ同じになるように
努力しますから、去年までと同じように仲良くしてください。
去年までの留美ちゃんを良く知っているお二人に助けてもらって、
ちゃんと桐島留美になれるように…見た目が全然違いますけど、頑張ります」
「じゃあ今日から毎日あなたがこの席に座るんだ…」
「はい、よろしくお願いします」

そこに島崎先生がやってきた。
「はーい、みんな早く席についてくださーい」
「起立、気をつけ、礼」
「おはようございます」
「はーい、あけましておめでとうございます。今日は欠席はないわね…」
島崎先生は教室をぐるっと見回した。留美ちゃんの席の方をしばらく見ていたけど、
何も言わなかった。
「それでは始業式を行いますので、廊下に出て列を作ってください」
教室の中のみんなが立ち上がって廊下へと向い始めました。
桐島留美ちゃん…を名乗っている人も、みんなと同じように立ち上がって廊下へ。
4年2組三十何人の中に混じっている姿を見ると、やっぱり大人くらいに
大きく見えます。元の留美ちゃんがこの人と交代して会社勤めしているって
言うから、やっぱりそのくらいの歳の人かな。
なんだったっけ、留美ちゃんの新しい名前は。確か男みたいな名前だった。
という事は、やっぱりあの人は男の人なのかな。だのに女子の制服を着てる。
留美ちゃんの代わりなんだから女子の制服を着てるんだろうけど、やっぱりどこか変。
クラスのみんなも変に思ってるんだと思う、ジロジロとあの人を見ています。

廊下に出て、大体背の順番に並びました。
一番後ろの方を見ると、留美ちゃんを名乗っている男の人が女子の列に並んでます。
その後ろに祥子ちゃん。意外にも、ぱっと見て分かるくらいに祥子ちゃんの方が
背が高いようです。それでも、やっぱりあの人の方が先生くらいに大きく見えます。
太っているわけじゃないけど全体的に大きく見えます。
祥子ちゃんと同じ制服を着ているのに、同じには見えません。変な感じです。

「ねえねえ、あの人、だれ?」
「さっき話してたでしょ?」
近くにいた小島さんと白田さんが話しかけてきました。
「良く分からないんだけど…自分が桐島留美だ、って言ってる。ずっと」
「え?なに?どういう事?確かに留美ちゃんの席に座ってたけど」
「留美ちゃんの代わりに桐島留美になって、今日から毎日小学校に通うんだって」
「なによそれ。じゃあ留美ちゃんはどうするのよ」
「元の留美ちゃんは会社勤めだから小学校には来れない、だから交代するんだって」
「じゃあ明日も明後日もあの人が代わりに来るの?」
「多分そういう事だと思う」
「えー」
「あの人、何歳なの?すっごく大人に見えるんだけど」
「それは聞いてない。多分、何度聞いても留美ちゃんの誕生日を答えると思うし」
「なんで?」
「『私が桐島留美です』、そればっかりだから」
「なによそれ、気持ち悪い…」
「女子の制服着てるけど、女の人……に見えない、んだけど、私には…」
「私もそう思う。多分そう。留美ちゃんが交代して会社員の男の人になった、みたいな話してたから」
「あの人、男の人なの?本当?」
「確かめた訳じゃないよ。だって本人に聞いても、多分『私が桐島留美です』しか言わないと思うから」
「桐島留美ちゃんなら確かに女子だけど…だから制服も列も女子…」
「つまり今までずっと留美ちゃんがいた所に、入れ替わりであの人がくるの?授業も体育も水泳も委員会も社会科見学も」
「だと思う」
「えーそんなー」

(2)

その時、最前列付近では。
「せんせーせんせーせんせーせんせー」
「もう少し静かに話しなさい。なんですか?」
「女子の列の後ろにいる人はだれですか?知らない人なんですけど」
「私もあの人、知りませーん」
「えーと、女子の一番後ろは…熊井祥子さんでしょ。冬休みで同級生を忘れちゃったの?」
「いや、祥子ちゃんじゃなくて。えーと、その前にいる人、知らない人なんですけど」
「その前は………………桐島留美さんでしょ。同級生の名前を忘れたらダメでしょ」
「いや、あの、せんせい、だから、さっき留美ちゃんの席に座ってた知らない大きな人の事なんですけど」
「桐島さんの席には桐島さんが座ってましたよ。2週間で顔を忘れちゃったの?」
「え、いや、あの、留美ちゃんはあんな大きくはないです…」
「留美ちゃんは割と大きかったでしょ?熊井さんほどじゃないですけど」
「いやあのその、あんな顔じゃなかったと…」
「同級生の顔を忘れちゃうなんてひどいなー」
「いや、だからその……あの人、本当に女子なんですか?女子の制服着てるけど…」
「んー?桐島さんが女子に見えないって言ってるの?本人が聞いたら怒るよ。泣くかな?」
「いや、だからその……あれって誰なんですか?」
「何を言ってるの、桐島さんの事がそんなに珍しいの?」
「…あれって留美ちゃんなんですか?」
「そんなひどい事いっちゃいけないでしょ。ほら、きちんと列を作りなさい」

(3)

そして最後尾では。
ぱっと見て背の高さの順番が分かったので、みんな黙って並ぶ。
女子の最後尾の熊井さんの前に『桐島留美』さんがすっと入る。
女子が全員並び終わって列が出来て、その中に『桐島留美』さんが入っている。
その前にいる女子が、『桐島』さんとの間に微妙な間を取りながら、
自分達より一回り大きな体で自分達と同じ制服を着ている『桐島』さんを見て、
小声で話している。
男子もじろじろ見ながら黙っていたが、一人が我慢出来なくなって喋り出した。
「なあ、おまえ誰だよ」
「そうです、あなた、誰ですか。勝手に教室に入って、桐島さんの席に勝手に座って」
「あ、あの、私、桐島留美です。自分のクラスの、自分の席に座っただけです」
「そんな訳ないだろー。どこのだれだよ。言えよ」
「桐島はそこまでブサイクじゃないぞ」
「それに、女子の制服着てるけど、本当に女子なんですか?」
「だから私は桐島留美です、もちろん女子です…」
「あ、こいつ、ちゃんと名札つけてるぞ。うちの小学校の名札だ」
「見せろよ」
「そ、そんなに引っ張らないで」
「えーと、4年2組、桐島留美……これ、島崎先生が書いた字じゃん、ほら。おれの島の字と一緒」
「島崎先生が書いて、1学期の最初にくれた名札だよな」
「どうしてあなたがこれを付けてるんですか?桐島さんのでしょ?」
「だから、これは私の名札です…私の名前が書いてある、私の名札です…」
「この人が本当に桐島さんなわけ?そんなわけないでしょ?ね?熊井さん」
「私わかんないよ…」
「わかんないって、あなた、桐島さんといつも一緒だったでしょ」
「だって島崎先生もなんにも言わないし、本当にもう留美ちゃん来ないみたいだし」
「あ、あの、私が留美です、これからも毎日…」
「一体なんなんだよ」
「あ、前の人が行っちゃった。講堂行かなきゃ」

(4)

始業式の間、『桐島留美』さんはやっぱり目立ってました。
4年生の中にいれば当然目立ちます。
隣のクラスのみんなも、チラチラ見ては何やら話してました。
5年生と比べたら……身長はもっと大きな人がいるから、
5年生6年生の中にいれば目立たないかもしれないけど、
やっぱり何かちょっと違う。やっぱり大人に見える。
児童の列の後ろをいろんな先生が歩いているから、
先生と比べてみてみるけど、よく分からない。
小学校の制服を着ている『桐島』さんと先生と比べても、分からない。

そういえば先生達は、『桐島』さんを見ても何も言わない。
『桐島』さんに気付いて見ているのは確かだけど、何も言わない。
先生達は、留美ちゃんとこの人の交代を認めているって事なのかな…。

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