「誘拐」27/佐藤さん宅、広間
父親は棺桶の前に座って、ぼーっとしていた。
静かだ。仮通夜だから、親戚が数人来てくれただけで、人も少ない。
そうは言ってもあまりにも静かだ。室内をいつも騒々しくしてくれるはずの洋子が、
もう口を聞いてくれないのだから。首を絞められて顔色が変わってはいるものの、
確かに洋子はここにいるのに。
犯人に着せられたらしい服は、最近の洋子があまり着たがらないような子供っぽい服だ。
だがそれが、幼い頃の洋子を思い起こさせる。何年前だったか、三浦海岸に行った時に、
こんな服を着せたなぁ。小さな蟹のハサミを見て怖がっていたっけ。
妻が戻ってきた。棺桶のふたを開けて、冷たくなった腕になにやらはめていた。
そうだ、最近はあれがお気に入りらしくて、いつもあれを腕にはめてたなぁ。
いつもの洋子…なんだか「こんな服、いやっ」と叫び出しそうな気がする。
でもやっぱり、静かだ。
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