「誘拐」28/佐藤さん宅、広間

朝9時、洋子の一番仲良しだった島田里香ちゃんが、母親と弔問に訪れた。
「このような事件で大切な娘さんを亡くされて、本当にお悔やみ申し上げます」
「洋子は何度もそちらのお宅に遊びに行ったそうで、大変お世話になりました」
母親同士が話している間、里香ちゃんは棺桶の方をじっと見ていた。
「洋子ちゃん…」
「それじゃあ、洋子ちゃんにお別れを言いましょうね」
棺桶のそばに寄って、中をのぞいた。
「洋子ちゃん…」
腕で眼をこすり、鼻をぐしゅぐしゅし始めた。
「もういい?」
母親に言われた後の数分間、里香ちゃんは何か言おうと口をもごもごさせてはいたが、 結局何も言わずに立ち上った。
「もういいわね?それでは明日葬儀にお伺いいたします。」
洋子の母親にあいさつをして、里香ちゃんの肩を押して部屋から出た。

通夜は、夜遅い時間ということもあり、洋子の友人は来ていない。弔問客は近所の大人と父親の仕事の知人が多く、取材に訪れたマスコミの関係者も多い。両親はこれらの人たちとの応対で息つく暇もない。


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