「誘拐」05/夜の街外れ

高架と工場の間の道をとぼとぼ歩いていく。
暗い街灯に照らされて道があるのは分かるけど、ずっと工場の壁が続いていて、 曲がり角も隣の建物も見えない。高架の反対側は金網にそって木が植えてあって、 その先は真っ暗で何もないように見える。あっちに比べればまだコンクリートの壁の方がマシ。 高架の上は大型トラックが走る音がするのに、下は全然車は通らない。なんだか寂しくなってくる。
しばらくすると、前に何かあるのが見えた。階段だった。山があった。 高架道路はトンネルの中に入り、工場の壁は山の斜面まできっちり作られていた。 右にも左にも道はない。今の道を戻るか、階段を登るしかない。 今の道はもう30分くらい歩いて何も無い事を知っている。階段を登りはじめた。
つい数時間前にあの2人組にはかされた新品の靴、 かかとが高くて歩きにくい上に靴ずれまで起こして足が痛くなってきた。 もう皮がむけているかもしれない。 でも街灯もない真っ暗の階段の途中で立ち止まる訳にもいかず、ゆっくりと階段を登っていった。
階段を登りきって後ろを振り返ると、高架道路の明るい照明、 その下に小さくともる街灯と工場内の照明、その向こうにずっと広がる街の明かり。 なんとかあそこまで行きたい。でもどうやったら行けるんだろう? あそこまで行ける道が全然分からない。 僕の周りにあるのは街灯ひとつだけの人も車も犬さえ通らない真っ暗な道とまばらに木が生える空き地だけ。 見ていても悲しくなるだけだから、先に進んでいく。
5分ほど歩いたら、意外にも4車線の大きな道が現れた。 だけど車は一台も通らないから、逆に寒々とした雰囲気。 道路の横も、だだっぴろい敷地にぽつんぽつんと大きな建物が建っているだけ。 人の気配はない。足が痛い上におなかもすいてきた。もう歩きたくない。 これ以上歩いても人がいそうな所に付きそうもない。朝になったら人が来そうな所に座っていよう。 あと何時間したら朝になるのか分からないけど。
そう思って、もう少し、もう少し、と歩いていると、バス停があった。 暗くてよく読めないけど、割と本数がありそう。このバスを待って乗れば、それなりの所にいける。 …と言っても、お財布を服ごと捨てられたから1円も持ってないしバスカードもない。 でも降りてくる人がいるはず。暗い中、バス停名を確かめると「華徳学園小学校前」。
周りを見回してみると、向かい側に校門らしきものがあった。 車が通らない道を渡って校門の前に立つと、校門は閉まっていたけど、 横の小さな扉はカギがかかっていなかった。校舎の方まで歩いていったけど、建物はまっくら。 でも建物の扉のそばに当然のように水道があった。すぐに水を飲んだ。 小学校があるという事は近くに住宅地があるような気もするけど、もう歩きたくない。
その扉のそばに座り込んだ。座り込んであぐらをかこうとしたけど、 スカートをはいているので何か変な感じ。仕方ないから体育座りにした。 今まで歩いていたから感じなかったけど、じっとしていると寒いくらい。 カーディガンを着ていても寒くなってきたので、風が当たらないように建物の隅に移動した。
寒くて真っ暗で、おなかがすいて、足が痛くて、泣きたくなってきた。 体育座りで膝に回した手の先で、スカートの裾や靴下のフリル、 カーディガンの袖や大きな襟の先をいじりながら、 ここで泣いちゃったら本当に小学生の女の子みたいだ、なんて思った。 もしかしたら僕はこのまま、本当に小学生の女の子になってしまうのかもしれない、 そう思って余計に泣きたくなってきた。
しばらくしたら雨音が聞こえてきた。だからこんなに寒かったんだ。 雨のせいでさらに寒くなってきた。ますます悲しくなってきた。


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