「誘拐」06/小学校

「あら、こんなところで何してるの?」
突然声がしたので顔を上げると、若い女性が傘をさしてこちらを向いて座っていた。 眠っていて気付かなかったのだろうか。
「あ、あう、ずずっ」
急なことで声が出ない。寒いせいか、鼻水も出る。 もしかしたら泣いてるのかもしれない、ようやく人が来てくれたから。
「あら、泣く事ないじゃない。こんな所じゃ濡れてしまうから、中に入りましょ。」
そういって女性は立ち上がった。こっちも立ち上がろうとするが、 眠っていたせいか、寒さのせいか、うまく体が動かない。 ようやく立ち上がって下を向くと、少ししわがついたスカート。 そのしわを手で伸ばし、お尻をはたいた。
「ほら、行くわよ」
女性に手を取られて傘に一緒に入り、向かいの大きな入口の方に歩き出した。 普通に考えれば、24歳の男性とこの女性が手をつないで一緒の傘の中って、 やっぱりあいあい傘なんだよな。
「こんなところで道に迷ったの?会社や学校はたくさんあるけど、真夜中は誰もいない所なのよ。 女の子ひとりぼっちで真夜中にこんなところ、恐かったでしょ?」
恐いとは思わなかったけど、寂しかったからうなずいた。 やっぱりこんな服を着てたら、小学生の女の子にしか見えないんだ。 お姉さんに女の子が手を引かれて歩いているようにしか見えないんだ。 やっぱり僕は幼い少女なんだろうか?なんだかおしとやかに歩かないといけないような気がする。 別にそんなことする必要なんてないのに。
その女性は大きな入口のカギを開けて中に入った。 その後をついていくと、今度は「職員室」の札がかかった部屋のドアを開けて、僕を手招きした。 何時間かぶりに靴を脱いで、近くにあった「来客用スリッパ」と書かれたスリッパをはいた。 靴下の後ろには赤いシミがついていた。職員室に入り、その女性が用意してくれた椅子に座った。 スカートだから足を開いて座るのも変だし、足を閉じて、膝の上に手を置いてみたりする。
「こういう時って、やっぱり警察に電話した方がいいのかしら?」
僕はめいいっぱいうなずいた。この女性でさえ、 僕が24歳の男子大学生だなんて信用してくれないだろうから、もう警察くらいしか頼りにならない。
女性は電話を取り、ポポピと三回だけ音をたてた。
「…迷子の女の子がいたのでどのようにしたらよいかと…華徳学園小学校の中です、 校舎の隅に座ってました…えーと、あなたのお名前は?」
これが一番困る質問だ。いったいどっちで答えるべきなんだろう…
「えっと、横浜市北区の、佐藤、です」
「横浜市、北区の、佐藤……はい?あなた誘拐されたの?」
めいいっぱいうなずいた。
「はい、うなずいてます。はい。はい。分かりました」
女性は受話器を置いてこちらを向いた。
「誘拐されて、ここまで逃げてたの?」
うなずいた。
「そうなの、大変だったわね。怖い思いをしたのね、でももう大丈夫よ」
僕の頭をなでて、優しく抱きかかえてくれた。鼻水が出そうですすり上げたが、 それでなんだか自分が泣いてるような気分になってきて、涙が出てきた。 自分が、小学校の職員室で先生に慰められている少女のように思えてきた。
「でも、一晩もこんな無人の街にいたのよね。おなかすいてない? それよりトイレとか行きたくない?そうね、まずトイレかしらね。こっちよ」
手を引かれて職員室を出て、すぐにトイレがあった……が反対の方へ向かう。
「職員・来客用よりもこっちの方がいいわね」
その向こうに「2−1」という札が見える廊下の脇にあるトイレに連れて来られた。 ちょっと見回すが、男子トイレ、女子トイレという表示が見えない。
「何探してるのかな?…ここは女子小だから、何も書いてなくても女子トイレよ。 さ、早く済ませてきなさい」
と背中を叩かれた。仕方なくスリッパをはき替えてピンク色のトイレの奥に入っていく。 もちろん個室しかない。適当に開けて中に入る。立ってやる事を考えて、 スカートをまくり上げてみたが、どうにもやりにくい。 仕方なくパンツを下ろして座るが、スカートをどうしたらいいのかよく分からない。 おなかと膝の間に挟んでみた。なんだか出にくそうな体勢だが、たまっていたせいか、 すぐに出始めた。ただ、変な方向に飛んでしまいそうになって、あそこを手で押さえるはめになった。 大の方も済ませて、服装を整えた。自分のあそこを見た後だから、 自分が女の子の服を着て女子小学校のトイレの中にいるという事が急に恥ずかしく思えてきて、 外に出たくなくなってしまった。こんなところで何をやってるんだろう。 でも外にはあの女性が待っているし、もう少しすれば警察も来る。出ない訳にもいかない。
外に出ると
「さ、ちゃんと手を洗いなさいね」
「…あのー、ハンカチが…」
出てくる前の気持ちが残ってて、声を出すのも恥ずかしい。 多分同じ年くらいの女性の前で、こんな服着て女子トイレで何をやってるんだろう。
「あら、もってないの?じゃあこれ使いなさい」
と花柄のハンカチを取り出して渡してくれた。 手洗い用の水道の前に立つと、そこには大きな鏡があった。 少し大き目のピンクのカーディガン、フリルの白い襟、その上に僕の顔。 後ろにはあの女性が立って、笑顔で僕の方を眺めている。
「さっ、戻りましょう」
女性の後をついていって職員室に戻って少しすると、外から声がした。
「千葉県警のものでーす」
「おまわりさんが来られたわ。さっ、行きましょう」
女性に手を引かれて外に出ると、制服姿の警察官が3人いた。
「あなたが横浜市北区の佐藤洋子ちゃんね」
と婦人警察官が聞いてきた。警察官相手にここでうなずきたくはなかったが、仕方なくうなずいた。
「ご協力ありがとうございます」
「さっ、おうちに帰りましょうね」
…おうちってどこだろう?婦人警察官に肩を抱かれて、パトカーの方に歩き出した。


[次(07)へ]
[NSL-indexに戻る]