「誘拐」02/とあるマンションの一室

「ほーら、テレビでも言ってるよ。あなたが連れ去られたって事を」
「いや、だから違うんですって」
僕は何がなんでも納得してもらおうと努力した。
「用が済んだらおうちに帰してあげるから、それまでここでじっとしててね」
「だから…」
「で、どうする?」
二人は僕を無視して相談を始めた。
「あれだけ派手にやったから警察にはもう知れちゃってるなぁ」
「とりあえず金の用意でもさせとく?」
「そうだね」
カセットレコーダーを取り出して僕の前に置いた。
「さあ洋子ちゃん、お父さんお母さんに助けてってお願いするのよ」
「いやだから…」
「なんて言えばいいかわからないかな?」
「そうねぇ、『洋子です。とても恐いです。お父さんお母さんすぐに助けてください。 1億円用意してください』ってのでどう?」
「だから違うんですって…」
「洋子ちゃんがおてんばで強情なのは知ってるけど、私達だって負けてないわよ」
「たとえばね…」
ライターを付けて僕の顔の前に近づけた。熱気が顔に近づき、じゅっという音がした。恐くなってきて、目がにじんできた。
「あら、きれいな髪の毛が燃えちゃった。でも、次にやる時には可愛いお顔がヤケドしちゃうかもね」
「目が潤んできて可愛いわね」
「さ、早くやっちゃいましょ」
僕の髪をつかんでレコーダーの前につきつけた。この二人につかまれて、本当に恐くて仕方なかった。 しょうがなく、言いなりになった。
「よ、ようこ、です。とても、とてもこわいです。お、おとうさんおかあさん、たすけて。 い、いちおくえん、よういして、く、ください」
「はい、よく出来たわ。あとでお菓子あげるね」

片方が脅迫電話でもかけにいったのか、出かけてしまった。 でももう一人が僕を見張っている。テレビを見ているけど、時々恐い目つきでこっちを見る。 でもこの人一人だけなら、僕が24歳の男子大学生だって納得してもらえるかもしれない。
「あのー」
「なんだよ、うるせえーな」
「さっきから言ってるように、洋子って名前じゃなくて」
「しつこいんだよ、もうとっくにお前のうちに電話かけて、 今ごろお前のお父さんが1億円用意しているところなんだよ。 それがこっちの手に入れば、すぐに帰してやるよ。それまで黙って座ってりゃいいんだ。 下手に騒ぐとすっ裸にして川に放り込むからね。 なんなら、今からこのバッグの中に詰め込んでやろうか?」
突然押し入れを開けて、大きめのボストンバッグを取り出した。
「ほうら、あんたならこの中に入るよ。ほーら、ほーら」
「い、いや…」
体の上からかぶせられ手足を押し込められて、目の前にカバンの黒い内面が迫り、 チャックの音が耳のすぐそばで聞こえる。自分の体を揺り動かすことさえもう出来ない。 外から乱暴に揺り動かされる。
「恐いだろう。黙っているんなら外に出してやってもいいよ」
「は……はい」
「よーし、最初からいい子にしてればいいんだ」
チャックを開けた彼女は笑っていたが、さっきにらみつけられていた時より恐く感じる。

しばらくすると、出かけていた方が帰ってきた。
「思ってたより警察がうようよしてたよ。まずいから移ろう」
「でも、これも連れて行かなきゃなんないよ。どうする?」
「おじょうちゃん、これに着替えてね」
服が入っているような感触の紙袋を渡された。
「今着ている服は全部脱いで、これに着替えてね」
急に言われて戸惑っていると、
「…さすがに女同士でも知らないお姉さんの前では恥ずかしいかな?じゃあこのトイレで着替えてね」
とトイレの中に押し込まれた。 袋の中を開けると、猫の絵が書かれたパンツと小さなリボン付きのスリップ、 フリル付きのブラウスと靴下、それに赤い吊りスカートが入っていた。
「ブラジャーは買ってないけど、まだいらないでしょ?急いでいるから早く着替えてね。 早くしないと私達が下着まで着せ替えしちゃうからね」
この人達は本当にやってしまいかねないので、言う通りにすることにした。 今着ているジーパンとブリーフ、Tシャツとタンクトップ、靴下をすぐに脱いで裸になり、 まず猫の絵のパンツをはいた。ブリーフと違って前が柔らかい1枚の布で、ちょっと無防備な感じ。 次にスリップを袋から出し、長くて着にくいのを苦労しながら着る。 そしてフリル付きのブラウスを袋から出して、しばらく躊躇する。
「早くしろよー」
この声を聞いて慌てて袖を通す。合わせが逆のボタンをはめて、大きな襟を整える。 感触がサラサラなのがなんとなく気持ち悪い。次にフリル付きの短い靴下を急いではいたものの、 自分の足にこんなフリルがついてるのが気持ち悪いくらい。そしてスカートをはく。
「もう着終わった?」
「は、はい」
そういうといきなりドアが開いた。恐い誘拐犯の前だと恥ずかしいとかそんな感覚は全くない。
「脱いだのとビニール袋とかは紙袋に押し込んで、早く出てきなさい」
脱いだ服を紙袋に押し込む。そのために体を動かすと、ブラウスやスリップ、スカートの感触、 露出した足の感覚、そして柔らかい女の子用パンツの中で重たいあそこが垂れ下がって揺れるのを感じる。 後ろを向いてやっていると、いきなりスカートをめくられた。
「あっ」
「うん、ちゃんと買ってきたのをはいてるわね。よしよし」
「はい、紙袋に全部入れました」
「ほーら、おてんば少女もこういう服を着れば可愛いじゃないのー」
鏡の前に連れて来られた。 僕の髪型ではいかにも『おてんば少女が可愛い服を着せられました』って感じだった。
「必要なものは持ったわね。一番必要なのはこの子だけど。それじゃ行くわよ」
ツルツルのかかとが高い革靴を僕の前に置いた。 これをはけ、という事らしい。仕方なくはくと、手を引っ張られて外に連れ出された。

外は真っ暗だった。かかとの高い靴のせいで歩きにくい。 マンションの隣の部屋は灯りがついている。ここで大声を出せば助けに来てくれるだろうか。 でもフリルのブラウスと赤いスカートという恥ずかしい恰好で知らない人に助けてもらわないといけない。 それに、もし誰も出てきてくれなかったら、また恐い目に会うかもしれない。
1階まで降りると、さっきとは違う車に乗せられた。今度も裏道をくねくねと曲がって走る。 どこがどこなのかさっぱり分からない。
「意外と寒いわねー」
「そう?私のカーディガンが後ろにあるから使えば?」
「私のはある。それはこの子に着せよう」
暗くて何色か分からない、薄いカーディガンを着せられた。
「襟は外に出しましょうね。そうそう、このマスクつけてね。寒くてちょうどいいわ」
しばらくして、ふと思い出した事を聞いてみた。
「あのー、さっき着ていた服、どうしたんですか?」
「あー、あれなら捨てたわ。明日ちょうどゴミ収集の日だったし」
「えぇー?あ、あれには…」
「あれ、お気に入りだったの?でもしょうがないの。 あんなTシャツどこにでもあるからまた買えるわよ」
「そうじゃなくて、ズボンのポケットに財布が…」
「いくら入ってたの?」
「…二千円ほど」
「そのくらいだったら今更戻って取ってくる訳にはいかないわ。一億円がかかってるんですものね。」
二千円よりも、学生証と保険証が入っていることの方が大事なのだ。 あれを捨てられてしまうと、僕が24歳の男子大学生だという証拠が何もない。 この二人は僕を洋子ちゃんだと思い続けるだろうし、 誰か助けてもらってもこんな恰好の僕を24歳の男子大学生だとは信じてもらえない。 親か大学の友人が来てくれるまで僕は女子小学生として扱われるのか。 もっと早く気づいてこの二人に見せておけばよかった。


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