オレンジ・バケーション

星野梨香 作

 白い砂浜、どこまでも青く広がる海と空。一大リゾート地として知られるこの海岸沿いには高級ホテルやレジャー施設が立ち並んでいた。

「ん〜、やっぱり南の島は良いわねー。」

 深呼吸してブルーは空を仰いだ。

「一泳ぎしてこようぜ。」

 バルコニーに出ているブルーに部屋の中からレッドが声をかける。

「そうね、行きましょうか!」

 レッドとブルーが連れ立って出てゆく。部屋の中にはグリーンとイエローが残った。

「グリーンさんは泳がないんですか?」

「バカップルには付き合ってられん。」

 グリーンが“バカップル”呼ばわりしているのはレッドとブルーのことである。

 そもそも何故四人がこうしてリゾート地に来ているのかというと、イエローがデパートの福引で「特賞・オレンジ諸島リゾートツアー三泊四日四名様ご招待券」を当ててしまったためである。これをブルーが聞きつけて男二人(正確にはイエローも含む)を引っ張ってきたというわけだ。まぁ、前述の通り、現地にやって来たらやって来たでレッドもすっかりバカンスモードに切り替わっているわけではあるが。

 日が傾きかけた頃になってレッドとブルーが帰ってくる。

「何よあんた達ずっと部屋にいたの?」

 グリーンはアームチェアに腰掛けて本を読み、イエローはベッドで昼寝をしていた。

「グリーン、イエローに変なことしなかったでしょうね。」

「殺すぞ。」

「あらら、怖〜い。シャワーでも浴びてくるわ。」

 そそくさとブルーが部屋から出て行く。

「お前も趣味が悪い。一体ブルーのどこが良いんだ。いいように使われるだけだぞ」

 呆れたように言うグリーンに、レッドは苦笑いした。

「良いんだよ、それでも。俺はさ、ブルーが何かあったときに安心して休めるような場所になりたいんだ。あいつも今までいろいろと苦労してきただろう。これからも大変なことは山ほどあるだろうしな。あいつが一人でもがくようなことにならないように、いつでも傍にいたいんだ。」

 そう語るレッドの顔は今まで見たことがないような優しさを帯びていた。少年の顔の下で徐々に形作られている大人の表情を覗かせている。

「呆れて物も言えんな。そんな暇があったらもっと自分を鍛えることだな。ふぬけたお前とはバトルする気も起きん。」

「人のこと言えるかよ。」

 そう言いつつも、レッドの表情は不愉快そうではなかった。

 

「ねぇ、花火大会があるんですって!見に行かない?」

「そりゃいいや。行こうぜ。」

 どうやらグリーンは“バカップル”な二人の同類に見られるのが嫌なようで散々渋っていたが、

「ボク、打ち上げ花火見るの初めてです!ね、グリーンさんも行きましょう!」

とイエローにせがまれて、しぶしぶ一緒に行くことにした。

 花火大会は人、また人の波で、観光客だけではなく地元の住人たちも数多く集まっていた。

「あら、いい男。」

「おいおい、すぐ隣に世界一いい男がいるじゃん。」

「よく言うわよ。」

 レッドとブルーのやり取りにグリーンはげっそりした。これだから一緒にくるのは嫌だったのだ。

「お二人はお付き合いしてるんですか?」

「やーね、友達よ、ただの友達。」

 ブルーにとってレッドは今のところキープ君みたいなものである。

「飲み物買ってくるわね。」

 そういってブルーがレッドを連れて歩いて行く。二人が戻ってこないうちに花火が打ち上げられ始めた。

「うわぁ〜。」

 オレンジ諸島の夜空を無数の花火が彩る。瞳を輝かせて空を見上げるイエローはいつにも増して幼く見えた。

 花火の開始と共に更に人は増え、その人波にイエローはほとんど埋もれてしまった。はぐれてしまわないようしっかりとグリーンにしがみついてはいるが、花火はほとんど見えなくなってしまった。

「いたいた、おーい、グリーン!!」

 レッドとブルーが戻ってくる。

「穴場を見つけたんだ。ついてこいよ。」

 砂浜を離れてグリーンたちはやや足場の悪い岩場にやってきた。いつもなら殺風景極まりない景観に今は海岸で打ち上げられている花火が夜空を飾っていた。足場の悪さから、今は彼らの他に人影はない。

 再び花火が見えるようになり、イエローは心行くまで夜空に咲く花火を満喫した。

 

「あら、眠っちゃったのね。」

 花火大会終了後、人波が引くまで少し待とうと星を眺めているうちにイエローはすっかり眠り込んでしまった。初めてのことばかりではしゃぎすぎた疲れが出たのだろう。グリーンに寄りかかって安らかな寝息を立てている。

「どうする?起こす?」

「無駄だ、熟睡してる。背負ってくしかないだろう。」

 イエローを背負ってグリーンはホテルへと歩いて行く。その姿にレッドとブルーはそっと目配せした。

「どうなるかしらね、あの二人。」

「今のところはグリーンのやつ、まだ“お兄ちゃん”だな。」

 二人ともグリーンがどれほどイエローを大切に思っているか知っている。グリーンを良く知る人間から見ればバレバレなんである。

 グリーンもそれには気付いている。だが、それほどあからさまに行動に出てしまっているというのに、イエローはまったく気付いていない様子だ。グリーンは何とも複雑な思いだった。

 イエローの頭の中はポケモンだけで一杯になっているのだろう。恋を知るにはイエローの心はまだ幼いのかもしれない。当分の間は“いいお兄ちゃん”でいるしかないようだ。

 

 四日目の朝がやってきた。今日はカントーへ帰る日だ。帰り支度を整えた四人は午前中のうちにチェックアウトし、午後まで街をふらついて土産を買ってから港へ向かった。

「俺たちはもうしばらくオレンジ諸島に残るよ。珍しいポケモンを沢山捕まえて帰るぜ。」

 そう言ってレッドはブルーと共にオレンジ諸島の他の島へ向かう船にさっさと乗り込んでしまった。

「相変わらずな奴だ。」

 デッキで二人を見送って手を振っているイエローにレッドとブルーは手を振り返した。

「そうそう、レッド、最初の日のあれ、私、聞いてたわよ。」

「何が?」

「あんたがグリーンに言ってた台詞よ。言っておくけど、あんたには安心するより心配させられっぱなしよ。そんなんじゃ、当分は好きになれそうもないわね。」

「はいはい。」

 再びレッドは苦笑いする。

「でも、当分は、だろ?」

 ブルーはツンと横を向いてしまう。それでもレッドはブルーを愛しく思っているのだろう。微笑んでブルーを見つめていた。

 

 レッドたちの船が港を出て行くまで見送り、イエローは自分たちが乗る船の方を向いた。

あー!!

 イエローの叫び声に何事かとグリーンが振り向く。二人の視線の先には、今しも港を出ようかとするカントー行きの船の姿があった。

「船が・・」

 この島からはカントー行きの船は一日に二便しか出ない。午前中に一便、午後にもう一便だ。今グリーンたちが見送っているのは後者の方である。つまり、今日はもうカントーへの船は出ない。

「仕方ない。これで帰るか。」

 グリーンがモンスターボールからゴルダックを出す。少々距離があるが頑張ってもらうしかない。イエローを抱き上げてグリーンはゴルダックに飛び乗った。

 グリーンに抱かれながら海を渡るイエローの胸が微かに高鳴っている。その動悸をイエローは苦しいとは思わなかった。むしろ心地よく感じる。それが何故なのか、イエローは分からなかったが。


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