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「お気に入りの場所」

 そこは、少年のお気に入りの場所だった。

 その泉は、トキワの森にほんの少し入ったところにあった。 町からほど近いところだったが、少しくぼ地になっていたことと、ちょうど生い茂った木立に隠されていたために、ほとんど人の目にふれることはなかった。ふとしたことからその泉を見つけた彼は、そこを自分の秘密の場所と決めたのだった。

 その小さな泉には、一年中、透きとおった水がこんこんと底の砂を揺らしながら湧き出していた。 昔は水源として使われたこともあったらしく、壊れかけた水口の石組みが残っていたが、それも今はすっかり草木に覆われていた。

 春には、水晶のような泡をつけた緑色の水草が、白い小さな花を咲かせ、夏には、ガラスと宝石でできたヘアピンのような糸蜻蛉(いととんぼ)たちが、深い緑の葉陰を映す水面を踊るようにつつきながら、波紋を描き出していた。

 泉の岸に釣り糸をたれながら、静かに腰を下ろして、どこまでも続く緑の木陰と、かすかな小鳥の声と、こずえに吹くそよ風が葉をそよがせる音に包まれていると、彼はいつも、自分が森の一部になったように感じるのだった。

 釣り糸をたれる、といっても、特になにかを釣り上げようというわけではなかった。 そこには少年の友達が住んでいたのだ。

 糸の先についたボールを、ぽんと水面に投げると、その波を感じて、水の底からゆったりと大きなコイキングが浮かび上がってきた。 彼が1かけのパンを投げると、コイキングはかっぷりと飲み込み、そのまま悠然と泳ぎつづけた。

 ほんの1かけ、コイキングにとっては1口にも足りない量だが、たくさんの餌をほうりこめば、水は濁ってしまうだろうし、コイキングは餌がほしくてやってきているわけではない。 彼もそれは知っている。 いわば、それは、敬意を表するための儀式のようなものだった。

 この泉にはもう1ぴき、小さなミニリュウが棲んでいた。 近くの道を他人が通る気配がすると、敏感に気づいて泉の中に逃げ込んでしまうのだったが、彼がいつもの場所に腰をおろしてしばらくすると、どこからともなく現れて、なめらかな身体をすりつけるのだった。

 彼は、時間のあるときにはここに来て、ポケモンたちと楽しいひとときを過ごすのを常としていた。 いつも一緒にいたいとは思ってはいたが、年のわりには大人びているとはいえ、彼はまだ、ポケモンを堂々と連れて歩ける年齢にはもう少々あったから、うっかり外に連れ出して、他人にゲットされる危険はおかしたくはなかったのだ。

 ある日のことだった。 いつものように泉のほとりに腰を下ろしてポケモンたちが来るのを待っていると、ふと、草ずれの音とともに、視界の端になにか黄色いものが動いた。

「あいつかな?」

 彼には心あたりがあった。 何日か前に、うっかり置き忘れた昼食の残りに味をしめたらしく、1匹のピカチュウが、ここしばらく、まわりをうろちょろしていたのだ。

 餌付けするのは簡単だっただろうが、彼はピカチュウをゲットするつもりはなかったし、もし人間の食べ物に味をしめてしまえば、好奇心の強いピカチュウのことだ。 森を出て、人間の住処を荒らして餌をあさるようになりかねない。 そして、そんなことになってしまえば、ひどい目にあうのは、そのポケモン自身なのだ。

 彼は、数年前に食料を荒らして捕らえられた、年老いたラッタのことを思い出した。誰か、ちゃんとしたトレーナーがひきとるというなら、助けられたかもしれなかったが、彼はまだその時は幼く、・・・結局、そのラッタがどうなったかは、どの大人も教えてくれなかった。

 まあ、それに何より、お昼ごはんが減るのはありがたくない。 ここは1つ、脅かしてやるにかぎる。 彼は、その音がすぐ後ろまで近づくのをじっと待ち、ふりむきざまにどなりつけた。

「こら!いたずらでんきねずみ!!」

 ところが、彼の後ろにちょこんと立っていたのは・・・・

 黄色いオーバーオールの、よちよち歩きの子供だった。

 その子はびっくりしてしりもちをつき、そのままわんわんと泣き出してしまった。

「な、なんで、こんな小さい子がこんなところにいるんだ?!」

 彼はあわててその子をあやそうとしたが、その子はますます泣きじゃくるばかりだった。手を変え品を変えあやしてはみたものの、どうしても泣きやませることができずに、彼が頭をかかえていると、・・・ふと、泣き声がやんだ。

 その子が、黒目がちの瞳を見張って見つめていたのは・・

(コイコイ、コイコイコイコイコイ;;;) ・・・浅瀬でピチピチはねているコイキングと、草むらからそうっと這い出してきたミニリュウだった。

 いつのまにか、ポケモンたちは2人のすぐそばまで近寄ってきていたのだ。 コイキングもともかくだが、いつもなら、知らない人間が来たら、すぐに隠れてしまうミニリュウが・・・と、彼は驚いたが、子どもは大喜びで、きゃっきゃっと笑い声をあげながら遊びだした。

30分後。
 しばらくご機嫌で2匹といっしょに遊んでいたその子は、遊びつかれたのか、すやすやと眠ってしまっていた。

「やれやれ。お前たちのおかげで、助かったよ。ありがとう。」
 コイキングは、また、池の深みでゆったりとした回遊を始め、ミニリュウは、枕にされていた尻尾を、そうっとはずして、草むらにもぐりこんだ。

 それにしても、なんだか自分の秘密の場所がとられてしまったようで、なにやら面白くないが・・、まぁ、こんな小さい子相手に、そんなことを考えるのも大人げない話だ、と考えていた彼は、遠くのほうで、だれかが呼んでいるような声を聞きつけた。

「・・・・! ・・・・イエロー!」

 若い女の人の声のようだ。 きっと、この子の母親が捜しているのに違いない。 秘密の場所まで来られては大変、と、彼はあわてて、ぐっすり眠ったその子を抱き上げると、声の方めざして急いで歩きだした。

 子どもをだっこしたままでは、藪のなかを抜けるいつもの近道を使うわけにもいかず、大まわりをして道まで出てみると、ちょうど、つば広の白い帽子に薄緑のワンピースの、若い女の人が、心配げに名前を呼びながら角を曲がって来るところだった。

 細く柔らかそうな金髪と、黒目がちの瞳は、この子にそっくりで、母親に間違いなさそうだ。心配げに曇った顔が、少年にだっこされた子どもが目に入った瞬間、まるで雲間から日が射したように明るく輝く。

「 ・・・あなたが見つけてくれたのね! ありがとう!」

「ママ!」目をさました子どもをそっと地面に降ろしてやると、子どもは転がるように駆けていって、小走りに駆けて来た母親に抱き着いた。

「ああ、よかった・・・! どこにでもトコトコいっちゃうんだから。また、どこかのポケモンについて行っちゃったのね。心配したのよ、ほんとにもう!」

 口で怒りながらも、やさしく抱きしめる様子を見て、立ちすくむ少年の胸のどこかがかすかにちくり、と痛んだ。

「あのね、おタカナがね、コイコイって。  みみりゅーちゃんも、いたの。」
「?  ああ、お兄ちゃんのポケモンに、遊んでもらったのね。 ・・・じゃ、お兄ちゃんにお礼をいおうね。・・・・あら?」

 彼女が見たのは、いっさんに走り去ってゆく少年の後ろ姿だった。

「照れ屋さんな子ねえ??
 ・・・うちのイエローを連れてきてくれて、ありがとうー!」
「おにいちゃん、ばいばいー!」

 手を振る母子を背に、少年が逃げるように走り帰ったのは、かすかな胸の苦しさからではなく、・・・・

「あー、・・・しまった! やられたぁ!!」

 ・・・昼食のバスケットを無防備に置いてきてしまったことに気がついたからだった。

 バスケットの掛け金ははずされ、中身はきれいに持ち去られていた。ラッタやコラッタなら、自慢の前歯で豪快にかじり開けるだろうから、たぶん、例のピカチュウのしわざだろう。ピカチュウは知能が高く、前足も器用だ。この程度の掛け金をはずすのは、朝飯前だったろう。 持ち主がいなくなったのをいいことに、ごちそうにありついたにちがいない。

「やれやれ・・・」

 今日は出直すとするか、と、彼は苦笑しながらバスケットをひろいあげると、「また来る!」とポケモンたちに一声かけて、家路についた。

 また明日来ればいい。 秘密の場所もポケモン達も、いつでも待っていてくれるさ。

 

・・・・そこはずっと、少年のお気に入りの場所だった。

 ある日突然、大規模な土木工事が始まり、木々は切り倒され、泉があった場所は無残にえぐりとられて、ぬかるみの中に息も絶え絶えに横たわるミニリュウ達をかきいだいて、彼−ワタルが、復讐を誓った、そのときまで・・・。

 

 「お気に入りの場所」 [ワタル編] 完


---あとがき---

 最後までお読みいただいて、ありがとうございました。

 この物語は、「イエローとワタルって、同じくトキワ出身なら、どこかで出会ったこともあるんじゃないだろうか?」と思ったことから生まれたものです。 最初に浮かんだのは「絵」だったのですが、物語のほうが先に出来あがってしまいました。

 ちなみに、4〜7巻の8年前という設定です。 ワタル様17歳説をとっておりますので(笑)、この物語の中では、ワタル様9歳、イエローちゃん3歳となっております。(〜〜) ただ、どうもやりきれない、悲しい終わり方になってしまったので、本当は、この後に、イエローの物語を加えて、2編いっしょに発表する予定でした。 ところが、なかなかイエロー編が書けずにいるうちに、ポケスペ打ち切りの報に接し、急遽、1編のみで発表させていただいたものです。

 それでは、続きまして、「続・お気に入りの場所」をごらんください。


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