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出会い
〜a worst contact?〜 (S-ver.)

この物語はフィクションです(笑)

リプレイ「やじピカ道中記」および「紅碧進行報告」に登場する、キャラクターおよびポケモンをモデルとしておりますが、ゲームのストーリー、および進行状況にそのまま準拠するものではありません)


 カントーのはるか南に位置するホウエン地方は、高温多湿な気候により、一年中草木の生い茂る緑豊かな土地として知られる。

 そのあふれる深い緑、むせ返るような草いきれの中を、丈の高い草むらや茂った藪をかきわけながら歩く、黒と紅の服の人影があった。

 背にはワンショルダーのリュック、長袖のトレーニングウェアの上下に丈夫そうなブーツと指なしの革手袋。その人影は、活動的な服装や、鋭い表情、隙のない身のこなしからは、少年のようにも見えた。しかし、少年にしては線の細い、整った顔立ちや、ゆったりした服に半ば覆い隠されたつつましやかな胸のあたりをよく見れば、少女であることがわかる。

 年は13、4歳くらいだろうか。色白の肌に薄い茶色の瞳、ふわりとした髪は、ホウエンでもいささか珍しい、銀・・というより、細いガラス糸のようにきらめく白銀色だ。黒に紅色のアクセントの入った長めの上着と、それに合わせたヘアバンドは、深い森の陰の中には溶け込んでしまうかもしれないが、陽の当たるところでは、白銀の髪とあいまって、遠くからでも目立つだろう。

 彼女の名前はミオ。1年前にジョウトから来た彼女は、めきめきと力を伸ばし、いまや四天王に挑戦するのは時間の問題と言われるポケモントレーナーだ。それを、ジムリーダーである父親譲りの才能、と評する者も多いが、彼女自身はそんな評価を聞くことを好まない。

 その日ミオは、再戦申し込みのあったトレーナーとのバトルの後、手持ちポケモンの調整のため、117番道路付近で、野生のポケモンを相手にずっとトレーニングをしながら、キンセツ方面に向かっていた。

 やがて密集した藪が途切れ、少し開けた場所に出た。けもの道とそれほど変わらないようなものではあるが、どうやらときどき人の通るらしい踏み分け道が続いている。

「ふぅ……」

 ミオは、今まで、いつでもポケモンを繰り出せるよう、油断なく腰のウエストポーチ兼用のボールホルダーに置かれていた手をあげ、汗ばんだ髪をかきあげた。ゆったりした造りの服だし、通気性の良い素材なので、見た目ほどは暑苦しくはないとはいえ、さすがにこんな暑い日に一日じゅう歩き回ると、結構疲れるものだ。

 もう、このあたりまで来ると、野生のポケモンは出てこないだろう。今日のトレーニングは、そろそろ終わりにしよう。そう決めて、草むらの中の道をキンセツシティへ戻る途中のことだった。

 

 もうすぐ町の近く、というところで、いきなり後ろから「待て!! 逃がさないぞ!」と、鋭い声が飛んだ。

 驚いて振り向くと、彼女と同じくらいの年頃の赤い服と帽子の少年が、藪の中から飛び出してきた。少年は、体中にくっついた木の葉や枝をあわてて叩き落すと、ミオに向かって指をつきつけ、叫んだ。
「やい! ここで会ったが百年目、とっととお前らのたくらみを白状しやがれ!」

 何がなんだかわからず、ミオがあっけにとられている間に、少年はマッスグマを繰り出してきた。
「行け!オスカル!」

 売られたバトルは応ずるのがトレーナーの鉄則だ。

 ……そして、何をどう勘違いしているのか知らないが、こういうわけの分からない言いがかりを付けてくるような失礼な連中は、徹底的にやっつけてやるに限る。ミオは少々むっとしながらボールを投げた。
「行け!プルガサリ!」

 ボールがはじけ、鉄でできた巨大な岩山のようなボスゴドラが現れたのを見て、少年は多少ぎょっとしたようだったが、臆せずマッスグマに指示を出した。
「オスカル!『なみのり』だ!」

 ジグザグマやマッスグマを物拾いや移動用に連れ歩いている者はよくあり、『なみのり』を覚えさせている者も多い。少々厳しいが、予想の範囲だ。下手に()けるよりは、正面から突っ込んだほうが被害が少ない、と判断したミオは、連続して指示を出した。
「プル! そのまま突っ込め! 『ずつき』!」

 マッスグマが巻き起こした激しい波がボスゴドラにぶちあたり、激しい水しぶきをあげる。しかしボスゴドラは、そのままの勢いで波の壁を突き抜け、マッスグマに突進した。
 よもや、そのまま突っこんで来るとは思わなかったのだろう。波を突きぬけ、突然現われたボスゴドラにうろたえ、一瞬回避の遅れたマッスグマに、ボスゴドラの全重量を乗せた頭突きがまともにぶつかり、マッスグマはたまらず吹き飛んだ。
 数メートル跳ね飛ばされたマッスグマは、ふらふらと立ち上がろうとしたが、どうやら急所に当たったらしく、もはや戦う力はないようだ。

「オスカル……!!」
少年の顔色が変わり、急いでマッスグマをボールに戻し、次のボールを投げる。
「行ってくれ!スキマー!」
 ボールから現れたのは、……オオスバメだ! オオスバメは、紺青の翼を閃かせ、すばやく身を翻して上空に翔け上がり、旋回しつつ攻撃のチャンスをうかがっている。

 ミオは、ボスゴドラの様子を確認した。特殊防御も低く、水に弱いボスゴドラとはいえ、所詮は水ポケモンではないマッスグマの攻撃、一撃ではまだ倒れるほどのダメージは負っていない。もう1度「なみのり」が来れば危なかったろうが、幸運なことに先ほどの「ずつき」が急所に当たってくれたおかげで、マッスグマは倒すことができた。
 そして、ボスゴドラに効果的な技のほとんどないはずのオオスバメを出してきたところを見ると、どうやら、相手には、ボスゴドラに相性のいいポケモンはいないようだ。……そのまま行ける!

 スピードでは絶対的にかなわないにしろ、オオスバメの技は、ほとんどが直接攻撃だ。上空には手が届かないが、相手が突っ込んで来る一瞬、その時が勝負だ!

 地上と空でにらみあう二体に指示を出したのは、少年が先だった。
「スキマー! ヒット&アウェイだ! 『つばめがえし』!」
 オオスバメは翼をひねってくるり、と宙返りしたかと思うと、すさまじい加速の急降下で突っ込んできた。

「プル! ひきつけろ!」
 ミオはタイミングをはかり、オオスバメが突っ込んでくる寸前、指示を出した。
「『でんげきは』!」
 オオスバメが「つばめがえし」を放つのとほぼ同時に、ボスゴドラの角から電撃がほとばしり、オオスバメが大きくよろめく。

「何ぃっ!!」
 こんな技を隠していたとは……!! 少年は歯噛みした。
 しかし、大きく体勢を崩したものの、まだオオスバメは落とされてはいない! 
「スキマー!間合いを取れ!『そらをとぶ』だ!……」
「続けて『アイアンテール』!」
 間髪を入れずにミオの指示が飛び、体勢をくずしたオオスバメは、ボスゴドラの太い尻尾にぶちあたり、地面に叩き落された!

「くっ……! 戻れ!スキマー!」
 地面に落ち、弱々しく翼をばたつかせるオオスバメを、少年は急いでボールに戻した。

 ミオは、『でんげきは』をたまたま覚えさせたままだったことに感謝した。
 ……実は、覚えさせてはみたものの、ボスゴドラの低い特殊攻撃力では、4倍ダメージのはずのギャラドスさえ1発で倒すことができず、がっかりしていたところだったのだが。一撃で落とせなくても、相性のいい攻撃で間近に来た相手の体勢をくずして足を止め、接近戦に持ち込むという作戦は、『がむしゃら』でも使ってこられると面倒だったろうが、予想以上にうまくいった。

 少年の手持ちには、まだ1つモンスターボールが残っていたはずだ。ミオは、念のためプルガサリの様子を見たが、今の攻撃では、やはりほとんどダメージを受けていない。
 ……大丈夫、トレーニングで疲れている他の子たちを出さなくとも、この子だけでも勝てる!

「さあ! 次のポケモンは?!」

「くっそぉ……!」
 どうしたことか少年は、ボールに手をかけながらも、悔しげな顔でじりじりと後じさりするばかりだ。

 ミオは少しいぶかしく思った。相性が悪いポケモンでも、一か八か出してみるなり、もしもどう見ても勝ち目がないのなら、無駄にポケモンを傷つけるだけのバトルをするよりも、降参するのが普通ではないか。

 ミオが声をかけようとした瞬間、少年は悔しげにギリッ、と歯噛みをしたかと思うと、そのまま背を向けて、全速力で逃げ出した!!

「……何!?」 ミオは驚き、とたんに怒りが湧き上がった。

 バトルが終われば互いに握手、というのは「明るいバトル推進協会」の宣伝文句かもしれないが、普通のトレーナーならば当然の礼儀だし、お互いのバトルの反省や、情報交換等だけでなく、バトルの後には、互いの勝敗をポケモン図鑑内のデータカード(いわゆる『トレーナーカード』)に記録したり、賞金(ポケマネー、と呼ばれるトレーナー専用の電子通貨だ)の移動を行うためのやりとりをする必要がある。
 多少の賞金など欲しいわけではないが、わけのわからないことを言ってバトルを仕掛けてきた上に、自分の負けを認めるのを嫌って逃げ出すような卑怯者など、許すわけにはいかない。

「プル!」 ボスゴドラに声をかけ、ミオはまっすぐに少年を指差した。「あいつを捕まえろ!!」

 逃げながら振り向いた少年の顔色が、とたんに青ざめる。

 ボスゴドラは、必死で逃げる少年をどすどすと追いかけて行き、ミオは悠然とその後を追った。のろいように見えても、さすがに体が大きな分歩幅が違うし、少年が懸命にかき分ける藪も、ほとんど障害にはならない。ついに追いつかれそうになった少年は、あわてて最後の1つのボールを投げた。

「……え?」 ミオは、思わず目を疑った。

 そのボールから出てきたのは、かわいらしい小さなピカチュウだった。
 ポケモンを見かけのみで判断する愚を冒すわけではないが、電気技がボスゴドラに比較的効果があるといっても、レベルの差は歴然としており、おそらくまず相手にすらなるまい。かえって、怪我をさせないよう、手加減するのが大変なくらいだ。

 もちろん、手加減しろ、などとは言う必要もない。
そこそこの相手ならばともかく、格段にレベルの低い相手のときには、ちゃんと手加減することを、ミオのポケモンたちはしっかり心得ている。……というより、まともなトレーナーのポケモンならば、それは当然心得ているべきものだ。

 なんとか主人を守ろうとするのか、足元をちょこちょこと走り回って邪魔をするピカチュウを踏まないように気をつけながら、ボスゴドラは少年にのしのしと迫って行く。追い詰められた少年は、せっぱつまった調子で指示を出した。
「ピチュカ! 『フラフラダンス』!!」

「何?!」
 ミオは驚愕した。『フラフラダンス』はパッチールなどが使う技のはず。まさかピカチュウが?!

 小さなピカチュウが、ひょこひょこと耳や尻尾を振って奇妙なダンスを始めたかと思うと、ボスゴドラは凄まじい咆哮を上げ、角や尾を無茶苦茶に振り回し始めた。混乱させる効果をもろに受けたようだ。

(……馬鹿!!) ミオは心の中で少年をののしった。

 相手を混乱させることには、攻撃を受ける機会が減るほかに、見さかいがなくなった相手が、回りの木や岩に突進して自分でダメージを受けて勝手に自滅してくれたり、というメリットがある。……通常なら。

 しかし同時に、自制が聞かなくなり、手加減など関係無しで暴れまくることにもなるのだ。
ボスゴドラの防御力は高い。多少自分がダメージを受けたにしても、自滅することはないだろう。それに対して、もしもあんな低レベルで、しかも極端に体格差のある相手が、一度でも手加減無しの攻撃を受けてしまったら……!
 この場合には、混乱は諸刃の剣なのだ。

 しかたがない。一度ボールに戻せば、少しは頭が冷えて落ち着くはずだ。ミオは、ボスゴドラのボールを手に取った。

「戻れ! プルガサリ!  ……プル? プルっ!!」

  ……聞こえないのか!?!

 ボスゴドラは完璧に混乱してしまって、凄まじい声を上げながら暴れ回っている。ミオの声も、耳に入っていないようだ。

 一般的には勘違いされることも多いが、誘導光、いわゆる”戻しビーム”には、強制的にポケモンをボールに入れる機能があるわけではない。単に、レーザーで空気分子を瞬間的にプラズマ状態にし、エネルギーが流れやすい状態を作ることによって、エネルギーと化したポケモンがボールに戻りやすくしているだけのものであって、基本的にはトレーナーの命令に従って戻っているのだ。
 レーザーといっても、生物になるべく影響しない波長を使っているので、至近距離で目にでも直撃しないかぎりは特に害はない。自分の手に当ててみても、単にほの暖かく感じるだけだが、ポケモンにはそれでも十分な合図となり、たとえ混乱状態でも、大体は誘導光が当たれば反射的にボールに戻ってくるものだ。

 しかしボスゴドラは、装甲が厚い分感覚が鈍い。普段ならトレーナーの命令を聞き分けてボールに戻るところだが、混乱技の中でも屈指の威力を誇る『フラフラダンス』で、完璧に混乱してしまった今の状態では、命令にも誘導光にも、まったく気がついていないのだろう。

(まずい! ……なんとか止めなくては!) ミオは、ピカチュウとボスゴドラに急いで駆け寄った。

 ボスゴドラが無茶苦茶にくりだす頭突きを、少年はなんとか跳びすさって避けたが、小さなピカチュウは、おびえてしまったのか、地面に貼りついたように立ちすくんで動けない。
 そこに、スピードはないが、その分凄まじい重みのこもった尻尾の一撃が襲う。

(いけない! あの子に当たったら……)

「ピチュカぁーっ!!!」
ボスゴドラに阻まれ近づけない少年の、悲鳴のような叫びがあがった瞬間、

 ――間に合わない!!

ミオは暴れるボスゴドラの間近に飛び込んでいた。
小さなピカチュウをとっさに抱え上げてかばうように胸に抱き、気合を込めて呼びかける。

「プル! ……プルガサリ! ()めろ!!」

 その瞬間、ボスゴドラの視界がかろうじてミオを捉えた……が、勢いのついた尾はそのまま止まらずにミオをなぎ払い、彼女は数メートル吹っ飛ばされて、背中から地面に叩きつけられた。

 瞬時の出来事に呆然としていた少年は、倒れたミオの腕の中からぴょっこりと顔を出し、一目散に駆け寄り飛びついてきた小さなピカチュウを抱きとめて、我に返った。

 ……あんな攻撃をまともに食らったら、自動車にはねられた位の衝撃を受けるはずだ。
 ピカチュウの無事を確認した安心もつかのま、少年は真っ青になり、正気に戻ったボスゴドラと一緒に、倒れたままのミオに駆け寄った。

 

「……う……」
 意識を取り戻したミオが目を開けると、ボスゴドラが心配げにのぞきこんでいた。

「プル。……大丈夫だよ。」 ゆっくりと手を上げ、すまなげにすり寄せてくる鼻先をなでてやる。

 どうやら、叩きつけられた衝撃で、一瞬気を失っていたようだ。
 片腕をついて、そっと上体を起こす。ぶつけたあちこちが痛いが、大きなケガはなさそうだ。

 顔をしかめながらもなんとか体を起こしたミオに向かって、少年はうろたえながら声をかけた。
「き、君……大丈夫か?!」

  少年とピカチュウの姿が眼に入った瞬間、安堵と同時に猛烈な怒りが湧き上がり、ミオは少年をにらみつけ、憤りを叩きつけた。
「馬鹿!何をしてる!! もう少しで、その子は大けがをするところだった……!! だいたい……!」

 とたんに少年はピカチュウを抱いたままへたへたと座り込み、そのまま深く頭を下げた。

「ごめん……。君はあいつらの仲間なんかじゃなかった。君は、危険をかえりみずにオレのピチュカを助けてくれた。それなのに、あんな連中と間違えたりして……。本当に、……本当に、ごめんよ……」

 沈痛な声には、後悔の念がにじんでいる。

 あまりにも素直に謝られて、怒りの矛先の持って行きどころがなくなったミオは、ぷいと視線をそらして言った。

「たとえ混乱してたって、プルは自分のトレーナーを本気で攻撃なんかしない!
 ……確かに、まともに食らってたら骨の2,3本じゃ済まないところだけど、あれでも止めたんだ。けど、この子は動作が遅いから……」

「ごめん。……オレの勘違いのせいで、君にもし、大けがでもさせてたら……! ……本当にごめん!」

 泣き出さんばかりに少年に謝られて、かえって居心地が悪くなってきたミオは、少年に尋ねた。

「それはもういいから……! それより、いったいどういうこと? その、『あんな連中』って一体何?」

 ミオの問いに、少年はやっと顔を上げ、語りだした。
「『マグマ団』っていうのを知ってるか?」

 ミオは少年の話を聞いて思い出した。
そういえば、アクア団が隕石を狙ってきた時に、敵対して動いていた組織がいた。その場では、一応敵の敵は味方、という形になったとは言え、どうもいけすかない連中だと思ったものだが、少年の話では、目的の違いこそあれ、どうも似たようなろくでもないことをしている連中らしい。

 少年は、話をしている間に思い出して腹が立ってきたらしく、腕を振り回しながら語った。
「……大体さ、『陸を増やすんだ!』とか言って、えんとつ山を大噴火させよう、なんて考えてる連中なんだぜ? 信じらんないよ!」

 ミオは聞いてあきれた。『海を増やす』というアクア団の目的も理解しかねるが、マグマ団という連中のやる事も相当乱暴だ。おまけに、リーダーや幹部はともかく、下っ端の連中は、ほとんどお題目など関係なし、暴れられればいいというゴロツキばかり、という質の悪さも似たようなもののようだ。

 そして彼は、その連中が、またもや何か怪しげな動きをしているのを見つけ、追いかけてきたのだという。

「ちょうど、シダケのポケセンに寄って、回復とか、メンバー交換しようとしてたところに、あの連中が通りがかってさ。残りのメンバーの回復を待ってたら、逃がしちまうかもしれない、と思って、こいつらだけ連れて飛び出して来ちゃったんだ。ところが、先回りをしようとして、途中で見失っちゃってさ。あわてて探してたら、ちょうど遠くに黒と赤の服が眼に入ったもんだから、てっきりあいつらの一人だと思って……」
 少年は、頭をかきながら、呑気な表情でたははは……と笑った。

 ミオは頭が痛くなった。この少年のおっちょこちょいの度合いも相当なものだが、よりにもよってあんな連中の一員と間違えられるとは、不愉快にもほどがある。
 ……とはいえ、それでさっきからの少年の妙なふるまいにも納得がいった。相手をアクア(マグマ)団だと思い込んでいたのでは、確かにミオでもああいう行動をとるだろう。

 そして、とミオは思った。知らなかったとはいえ、こちらもまた、少年にひどく恐ろしい思いをさせたことになる。あんな連中に負けた上、追い回されたあげくに捕らえられるなど、……それは、悪夢以外の何物でもない。

「そうか……。追い掛け回したりして、悪いことしたね。……ごめん。」

「いやぁ、大体オレが最初に勘違いをしたのが悪いんだし。本当にごめん。」

 互いの誤解が解け、少し打ち解けた2人は、地面に腰を下ろしたまま、先ほどのバトルの話をはじめた。

「それにしても、実質たった2匹っていうのは、ちょっと無謀だったんじゃない? ……それは確かに、あの連中ときたらてんで弱いけど。」

「いや、マグマ団のやつら、ドンメルとか、炎と地面タイプのやつ持ってることが多いから。そんなにレベルも高くないし、大体はオスカルの『なみのり』でも余裕で一発なんだ。オレの残りのメンバーのうち、草タイプとか電気タイプじゃ相性悪いしな。」

「なるほど。でも、あの状態で混乱技はちょっとね。いくら慌ててたにしても、せめて『でんじは』あたりにしとけばよかったのに。」

「その、……ピチュカは『でんじは』、覚えてないんだ。ついでに言うと、他の電気技もだけど」

「えぇっ?!」
 ミオは唖然とした。『フラフラダンス』を覚えているだけでもとんでもないのに、まさか、『でんじは』どころか、電気技の1つもないピカチュウ、などというものが存在するとは。

「オレ、バトルもだけど、コンテストにも挑戦してるからさ。ピチュカは、かわいさコンテスト専用の子なんで、『あまえる』とか、それ用の技しか覚えさせてないんだ。……君は、コンテスト出たことないの?」

 ミオはうなずいた。「今まで、別に興味なかったし。」

「コンテストはいいぜー! まあ、オレのピチュカを見てやってよ!」

 淡い黄色の小さなピカチュウを、ミオはあらためてよく観察し、冷静に感想を述べた。

「……レベルをさしひいても、体格はあまり大きくないし、骨格もきゃしゃだ。確かにバトル向きじゃないね」

 一瞬、がっかりした表情を浮かべた少年だったが、続く言葉に彼の顔はぱっと明るくなった。

「でも、確かにこの子はきれいだし、すごく可愛い。」

 小さなピカチュウの毛並みをなでるミオのまなざしが、柔らかくなごむ。

「……ピンとした耳も、ぱっちりしたつぶらな瞳も、すごくかわいらしい。
 そして、なんといっても、この毛なみのつや……! よく手入れされてるし、まるで、真珠みたいにしっとりと光ってる。こんなに毛並みのいいポケモンなんて、めったに見かけないね。」

 それを聞いた少年は、たちまち相好をくずした。

「そうだろぉ〜?! オレ、究極のポロックレシピめざして、苦労したんだぜぇ〜?! やっぱ、ピカチュウはかわいさコンテストだよな〜! ピカチュウはかっこよさコンテスト向きだ、なんて、世の中間違ってるよな!」

 もう可愛くてしかたがない、という感じでピカチュウにほおずりする少年の表情はゆるみっぱなしだ。ミオは少々あきれつつも、思わずほほえんでしまった。だいすきクラブの連中の言葉ではないが、「ポケモン好きに悪人はいない」というのは本当かもしれない。

「あ! でも、君のボスゴドラも、すんげえ迫力だったぜ!! たくましさ部門コンテストなら、アピールをちょっと練習すれば、今のままでもノーマルランクなんか軽そうだし、磨きをかければ、そうとういいセン行けそうだぜ! なんだったら、ちょっとポロックのレシピでも作ってやろっか?」

 ミオはほほえみながら首を振った。
「でも、コンテストって結構楽しそうだね。この子なんかどうかな?」

 ボールを開くと、ミオのお気に入り、ハブネークのサファイアが現れた。午後の日差しに、つややかな鱗が瑠璃と金に輝き、真紅の瞳が少年を見つめる。

「お!? ……へぇー、ハブネークか!! 初めて見たーっ!!
 ひょー、かっこいいぃ……!! オレ、ハブネークをじかに見るの初めてだけど、すげぇキレイだし、なかなか強そうじゃーんっ!! ねえ、キミ、ハブネーク余分に持ってたら、あとで交換してくんない?」
 少年は、目を輝かせながらミオに言った。

 ミオはにっこり笑ってうなずいた。自慢のポケモンをほめられてうれしくないトレーナーなど存在しない。まして、その良さをなかなか理解してもらえないことの多い種類ならなおさらだ。

「それじゃ、キンセツの町がすぐ近くだし、ポケセンまで行って一休みしようぜ! 交換もしたいしさ!」

 少年は早速立ち上がりながら、人なつこい笑顔で言った。
 ……第一印象は最低だったけれど、案外憎めない性格のようだ。結構いいやつかも知れないな、とミオは思った。

「オレ、サトチ! サトチ・ルビー・モジリ!よろしくな! ……立てるか?」 少年は、手をさしのべながら言った。

「大丈夫。あたしはミオ、……あっ、」 立ち上がろうとしてふらついたミオの体を支えようと、少年が思わず手を出し、……

「……!!」
「ひょえっ?!」

 ……図らずも、ミオの胸のあたりに手をつく格好になってしまったその刹那、2人とも凍りついた。

 

 次の瞬間。

 少年は慌てて手をひっこめ、後ろに飛びすさったかと思うと、引きつった笑顔のまま、冷や汗を流しながら、後じさりをはじめた。
「キミ、……キミは、……」

 彼は、自分の不注意を呪った。ゆったりした、体形が隠れてわかりにくい服装だったとはいえ、気づかなかったなんて……! 

  「……」  無言のまま、ゆっくりとミオは顔をあげた。その表情は、今にも爆発しそうな険悪さだ。

「……『あたし』って、……『ミオ』って、……」 細い襟首、きゃしゃな肩、そして、あの感触は……

「…… ぷに、って……」

  「!」  ミオの頬にさっと紅がさし、拳がぎゅっ、と握り締められて震える。

「……キミ、女の子だったのかーっ!?!」

 ばきっ、という乾いた音が、117番道路にひびきわたった。

 

 風のうわさでは、その日の夕方、キンセツのポケモンセンターに、キノガッサの胞子とラグラージのマッドショットの泥にまみれ、ボロボロになった少年が、ボスゴドラに背負われてかつぎこまれたとか、紅と黒の服の少女に蹴り込まれたとかいうことだが、……それはまた、別の話。


---あとがき---

 この物語は、炎丸さんが、掲示板で「サトチ(キャラ)君×ミオちゃんな妄想が!」とか書いてらっしゃったのに触発され、創作意欲がもりもりして、つい書いてしまったものです(笑) 責任とってね〜(爆) ……それにしても、結局彼ってば、どうころんでもギャグキャラクターになる運命なのか……??(笑) 途中まではま〜だ良かったのにねぇ〜。

 ゲーマーの皆さんにはツッコミどころ山盛りだと思います。(^^;)「混乱したならボールに戻せよ!」とか(笑)「ピカチュウの混乱技なら『てんしのキッス』もあるだろ!」とか(笑) どっちも途中まで忘れてましたが(爆) その他もろもろとか。
 もっとも、ボールに戻るのってある程度「指示に従って」戻ってると思うんで、実際にああなったらちょっと戻すのは大変なんじゃないかな、という解釈ということで。 あと、登場するポケモンの技については、すべて本ポケの覚えている(いた)技となっております。 ピチュカたんは、ポケセンプレゼントのタマゴをピカナさんからいただいた子なんで、ちゃんとフラフラダンス、覚えてるんですよ〜。 

 さて、念のために申し上げておきますが、「やじピカ」のサトチ・シルバー君はあくまでミカンちゃん一筋ですから、性格は一緒でも別人の、ホウエン在住、コーディネーター志望のサトチ・ルビー君ってことで。 ちなみに外見は、紅碧主人公♀の服装をゆったりした男の子用(金銀主人公風)に仕立て直した感じで(笑)イメージしてください。 ついでに、バンダナじゃなくて帽子でお願いしますね。 (……とか言ってましたが、結局イラストではバンダナならぬ三角巾をかぶせちゃったりして(^^;) でも一応、普段は帽子なんだ、ということで〜。)

 ミオは……ああいう服装だし、アルスさんに設定をお送りして記念画描いてもらったときに、「そのままだと女の子に見えなかった」とか言われた過去がありますからのぉ(笑) バトル中のしゃべり方はアレだし、きっとわりとハスキーな声なんだな(笑) とは言っても、間違えたりするのは、サトチ君クラスの大ボケ野郎くらいでしょうが(笑)

 それでは、最後までごらんいただいて、ありがとうございました〜。

 (5.6 冒頭にミオの外見描写等を少々追加。 やはり、小説なんだから、多少は?文章で勝負しないとね(^^;))

 (5.17 どうも、読みながら「プルをボールに戻せ〜!」と心の中で叫んでいた方が多かったようなので(笑) 戻せない理屈をごしゃごしゃと後付け(^^;)。 だって、戻せちゃうとミオの見せ場がなくなっちゃうんだもんよ〜(笑))

 (6.2 最後にミオ&サトルビ君のイラスト追加。)

 (10.10 「戻しビーム」を、ドードリーさんのアイデアをいただいて「誘導光」に変更しました。多謝!! 冒頭にミオの外見描写等さらに追加、ほかちこちこ直し。)

 (2005.5.30、7.25、9.23 あちこちちこちこ直し)


SDミオとサトチ。 まだ怒ってる?

SDミオとサトチ。 ミオまだ怒ってます(笑)


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