- #04 Vogare Longa-
  
     

 

その日はどこまでも澄み切った快晴で、風も穏やかだった。
けれど沿道に集まった人たちの熱気が、体感温度を何度も上げていた。
私も同期の子たちと一緒に、その沿道の中にいた。
本当はこの場に来たくなかったけど、みんなにいやいや引っ張り出されたのだ。
名目は社のシングル以上の先輩たちを見るためだ。
けれど頭の中はひとつのことでいっぱいだった。

どうして私は外から眺めているんだろう。

その思いがどこまでも自分を打ちのめした。
これは、何かの罰だろうか。
それは、私のせいなんだろうか。
どうすれば、償えるのだろうか。
いつになったら、この苦しみから解放されるんだろうか。

気がつけば今日何度目かの涙。
「アレッサ、あんまり泣かないでよ。そりゃつれてきた私たちが
 悪いんだけどさ」
みんなが手をつなぎ、後ろから肩を押さえ、私に色々と話しかけて
リラックスさせようとしてくれた。
嬉しかったけれど、やっぱり心は晴れなかった。
ペアで、シングルで、そしていつかプリマで、
この「海との結婚」に出ることが、私の最大の夢だった。
その第一歩目から私は躓いた。
躓くどころか、この先歩いていける自信すらなかった。
あの日、ヴォガロンガに出なければ。
自然とうつむく顔を、隣の子が抱きかかえるようにして撫でてくれた。
「まだ先はあるよ。確かにペアで出る、って夢は叶わないかもしれない
 けれど、二度とこの祝典に出られなくなったわけじゃないでしょう?
 次は出る!って思って、頑張ろうよ。それで華麗にゴンドラを漕いでさ、
 みんなにため息つかせてやろうよ」
「ニコラ」
私は小さくうなづいた。
「始まるぞー!」
誰かの声を皮切りに、視線がいっせいに湾へと向けられた。
いよいよ始まる。

厳かにペアの隊列が進んできた。
私はその姿を見たくなくて、顔をそらした。
その気持ちを察してくれたのだろう、隣の子がより力を込めて
私の手を握ってくれた。
「やっぱり外から見るのって、悔しいよね」
そう言ってジュリアーニは苦笑いを浮かべた。
そうだ。
考えてみれば、みんなだってあの場にいられない悔しさを感じているはずなんだ。
汚名は徐々に薄れてるけど、やっぱりみんなこの祝典には参加をためらった。
色々あって、シングル以上が参加する、という結論を社は出した。
「私のことなんかほうっておいて、みんな出ればよかったのに」
「これは社の方針だし、それにペアの総意だよ。
 本当はシングルの中にもボイコットを考えてた人たちだっていたんだ。
 でも社としてはそろそろ私たちも表に出て、もう一度歩き始めなければ
 いけない。そう判断して今回のことになったんだ」
後ろからも耳打ちの形で話しかけてくれた。
「実はゴンドラ協会でも去年のヴォガロンガが問題になったらしいよ。
 どこから問題が提起されたのかはわかんないけど、
 みなの憧れであるべきウンディーネが聴衆の面前でよってたかって
 ペアをいじめぬいた。本来ならそれら恥ずべき行為をしたウンディーネは
 即刻処罰されるべきだ。この場合処罰対象は誰か一人ではない、
 ゆえに全ての水先案内業社に業務停止命令を出そう。
 そんなすごい案が出たらしいけど、さすがにそれはお客様に迷惑だからって、
 それならと代替案として提案されたのが、
 名誉挽回もかねて今回の祝典にうちの社員を良い位置に配置する、
 って案だったらしいよ」
「全社業務停止って、すごいねえ。
 でも誰なんだろうね、協会に訴えてくれた人って」
「さあね。で、関係ないけど最近、うちの事務方みな困ってるでしょ。
 あれって馬鹿にされてたアレッサをかばって毅然とした態度を取り続けた
 ディビアーノさんに興味を持ったお客さんからの問い合わせが増えてる
 からなんだって。なのにせっかくの指名もディビアーノさんはいないでしょ。
 しかも今どこにいるのか事務方も消息つかめてないから、
 対処に困ってるんだって」
ディビアーノさんはやっぱりすごい人なんだということを改めて思い知らされた。
と同時に、やはり追い出したという負い目がまたむくむくと顔をもたげた。
「あーあー、泣かないの。アレッサのせいじゃないよ。
 行き先も告げないで出て行くなんて普段のディビアーノさんらしくないもの。
 ディビアーノさんには自身の考えがあって出て行かれたんだよ」
そうこう話してる間に、隊列はシングルの隊列を終え、
プリマの列へと移行しつつあった。
「あ、あれ今姫屋の売り出し中のプリマ、明日香・R・バッジョさんでしょ?」
「さすが姫屋のトップになろうかって人はオール捌きが違うね」
「同じ姫屋の制服が並んでるのに明日香さんはぱっと見てすぐわかるもんね、
 やっぱりすごいなあ」
みんな、思い思いの感想を述べた。

次の瞬間、誰もが声を失った。

見まごうはずなんてなかった。
あの立ち姿とオール捌きは、他の誰でもない、ディビアーノさんだった。
しかも着ているユニフォームはペリクレのものだった。
「どうして? だってディビアーノさん、ペリクレ辞めたって」
誰にもその答えは出せなかった。

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