-#04 Vogare Longa-
  
     

 

それでも、停止命令が続く間中、誰かしらが絶えずディビアーノさんのもとを
訪れては辞めるよう説得を続けた。
しかしディビアーノさんは一切耳を貸さなかったそうだ。
そこで矛先は私に一斉に向けられた。
「入社1年目のペアがのこのこ出て、隣にいるトッププリマに恥かかせたら、」
 あんたどう責任を取るつもり?」
壁に押し付けられ、ひっぱたかれたりもした。
どうしてそんなことをされるんだろう。
私はそんなに悪いことをしているのだろうか。
社にいる以上、個人の感情は捨てるべきなんだろうか。
何度も自問自答した。
そりゃ、ディビアーノさんなら涼しげに漕ぎきるだろう。
私のおぼつかないオール捌きじゃ、いつのまにかおいていかれるだろう。
それでも1日かかってでも漕ぎ切れれば今の私には上出来だろう。
それに来年のことを考えると、出たいという気持ちは消せなかった。
しかし日が進み、私への抗議は明らかな嫌がらせに変わった。
絶対に撤回しないディビアーノさんだけが出るのなら、まだ社の恥は
少なくて済むと判断されたんだろう。
まず4人部屋で相部屋のペアの子たちを皮切りに、社内で無視され始めた。
次に私のいない間に誹謗中傷を書いた紙が社内のあちらこちらに張り出された。
食堂では「偶然」水をかけられ、「偶然」足を出されて転んだ。
振り返るとみなが笑っていた。
時折ディビアーノさんが声をかけてくれたけど、もちろん大丈夫と答えた。
全ては自分の責任なのだから、このくらい耐えなくてどうする、と思った。
世間の風当たりはこんなものじゃなかったから。
でもある日、ふと通りがかったゴンドラ置き場で、
私のオールが折られていたのを見つけた。
それを見たとき、体の力がふっと抜け、私はその場にしゃがみこんだ。

もうやだ……

どのくらいの時間そこにいたのか、用務係のテデスコさんに声をかけられ、
私はゆらゆらと立ち上がり、そのままディビアーノさんの部屋に行った。
「どうしたの、そんな顔して」
ディビアーノさんは心配そうな表情で、自分の個室に迎えてくれた。
私は言われるままに椅子に腰掛け、定まらない焦点のまま言った。
「私、ヴォガロンガを諦めます。ヴォガロンガにはディビアーノ先輩が
 社の代表として出てください。私が出ては足手まといになるだけです」
そうして、深々と頭を下げた。
顔を上げると、ディビアーノさんはじっと私を見つめてた。
「それは、あなたの本心?」
「……はい、自分がどれだけ自分勝手だったのかということに気付きました」
「そう。わかった、ヴォガロンガには私が一人で出るわ」
「そうしてください」
「そしてあなたはその時間、どこでなにをするつもりかしら?」
いわれても、出ることしか考えてなかったので何も思いつかなかった。
「たぶん、ここにいると思います」
「そう、夢のような楽しい時間が過ごせるといいわね」
ディビアーノさんは淡々と言った。
その言葉は、時間が経つにつれ私の心を苦しめた。
"夢のような時間"

初めてヴォガロンガを見たのは丘の上からだったけれど、
舞い散る花びらと賞賛の中を進んでいくウンディーネはとても嬉しそうで、
私もあの中に入りたいと強く思ったものだ。
ウンディーネの仕事はとても大変だ。
それは入社し、仕事をするプリマを寄り近くで見ることができるようになってから
より強く感じるようになった。現実を知ったのだ。
けれど、そんなつらい日々の中にあって、ヴォガロンガの日は誰もが嬉しそうに、
ペアの子は必死に、それでも気持ちよさそうに漕いでいった。
ウンディーネに与えられた、唯一自分のために楽しめる日、ヴォガロンガ。
「どうしたの? 話は終わったんでしょう? 私、そろそろ寝ようと思うの」
「ディビアーノさん! 私出ます! つらくても、頑張ります!」
ディビアーノさんは表情を変えなかった。
私はじっとディビアーノさんの顔を見続けた。
ディビアーノさんはため息を一つついて、こう言った。
「おそらく、今の言葉をあなたは後悔するでしょうね」
けれどその時の私はどうしてそんなことを言われるのかが全くわかっていなかった。

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