- #04 Vogare Longa-
  
     

 

これは、何かの罰だろうか。
それは、私のせいなんだろうか。
いつになったら、この苦しみから解放されるんだろうか。



練習で外に出てる間中、そこかしこで陰口を叩かれているのはうすうす感じてた。
私は学校にも通ってたけど、ノートが破かれたり教科書を隠されたりもした。
「いくら会社がひどいことしかたからって、別にアレッサに責任はないでしょう!」
「ありがとう、ネディ」
減っていく学校の友人。けれどネディはいつも通り応対してくれる。嬉しかった。
けれど社内に戻れば、またぴりぴりした空気に包まれる。
掲示板にある1枚の張り紙。

『有限会社ペリプロ・クレプスコラーレ 3ヶ月の水先案内業務停止を命じる』

停止以来誰の顔からも笑顔が消えた。ウンディーネにとっては致命的だ。
もちろん業務停止中だから笑えなくても支障はない。
一応練習はできることになってるけど、
街中を漕げるわけがなかった。
外に出れば街中の好奇の目にさらされ、陰口を叩かれる。
だから実質練習もできなかった。
前社長が起こした、地元ならびに周辺企業との癒着。
移動時の専属契約を結び利益を得ようとした行為が、
ゴンドラ協会の定める自由競争の原理に反したと今回の沙汰が下った。
スキャンダルが発覚してからは社へ一斉にキャンセルコールが鳴った。
謝り続ける事務方の人々。電話は3日3晩鳴り続けた。
私たちウンディーネも外を歩く時は私服でごまかさないと歩けなかった。
でも私たちペアやシングルはいいけど、
顔を知られているプリマの先輩たちはそんなごまかしじゃきかない。
傍目からもとても肩身の狭い思いをしていたように見えた。
そして耐え切れず社を辞めたり、
この機に乗じて引き抜きをかけてきた会社に移った人も少なくなかった。
問題を起こした先代社長は逮捕された。
癒着の際の現金の授受がさらに発覚したためだった。
業務停止命令を受ける前後で新任社長はマスコミを通じて一般市民に、
さらに朝礼で社員全員に謝ったが、
何よりイメージが大切なこの商売だ。
一度ついた”汚れたウンディーネ”という汚名、
そしてスキャンダルによって失墜した社の信用は
簡単に払拭・回復はしない。
そうでなくても競争過多のこの業界だ。
創業以来、社はこつこつやってなんとか中堅どころを維持してきた。
そんな状況を先代社長が打開しようとして、
野心を燃やした気持ちは理解できるけど、
その結果、私たちは陸に上げられた。
もうすぐヴォガロンガの季節。
ウンディーネにとっては大事な行事。
なんせシングルへの昇格試験も兼ねてるのだから。
もちろん今年入社、ペアの私はまだまだ未熟で受かるとは思ってない。
でも街中が喚起に包まれるあの中を漕いでみたかった。
ウンディーネになる前からの夢の一つだった。
でも今年、ペリプロ所属のウンディーネは全員が見送りを決めた。
ヴォガロンガの日は業務停止期間を終えたあとのことで、
私は大丈夫だと思っていたのだけど、
先輩方を筆頭にみな様子をみるべきだと自主規制をした。
「でも漕ぎたいんです!」
「入社1年目だから出たい気持ちもわかるけどさ、今年は我慢しなよ。
 これから先だってずっとあるんだしさ、ね」
先輩たちはそう言ってくれたけど、来年はもっと大切な年なのだ。
だからその前にきちっと漕げる技術を持ちたかったし、
今までの成果を確かめる意味で、私にはヴォガロンガはどうしても必要だった。
「どうしても出たいんです、今年出ないと来年に間に合いません、お願いします」
「気持ちはわかるけど、今は無理」
必死で先輩たちに頼み込んだ。そしてみなに断り続けられた。
お前は現実をわかってない、と厳しく言われたりもした。
世間が自分たちをどう見てるか、わかってないとは言わせない、
そう言われてうなづくしかなかった。
確かにみな、厳しい目で見てる。
でも。
「出してあげましょう」
「ディビー!」
私はその言葉を最初気のせいだと思った。
「あんた本気?」
「ちょうど私も出ようって思ってたし、この子には大きな覚悟もあるみたいだし」
「あんた、出るつもりだったって、今のうちの状況わかってる?」
「自分がうちの看板プリマだっていうことわかって言ってるの?」
「確かに出れば周りから笑いものにされるでしょうね。
 けれど私たちはウンディーネ。
 水の上に出て漕ぎ続けるしかないでしょう?
 あなた、頑張るのよ。ヴォガロンガは長くて大変だから」
わが社のトッププリマ、私の憧れ、ディビアーノ・ベッキーニさんは、
いつもの凛とした態度と笑顔で受け答えた。
途中から私に向けられた笑顔に、私はただただうなづくしかできなかった。
ディビアーノ先輩が一緒に出てくれる?
場が解散になったあと、部屋で一人すごいことになったとおののきながらも、
ヴォガロンガに出られる、という喜びが現実味を帯びた気がした。

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