- #03 Citta stellante -
  
     


一仕事終えて食事を採ろうと食堂にやってきた。
アテナは先に済ませたとのことで、一人である。
ホールを見回すとあちこちで談笑しているペアやシングルの少女たちの姿が目に入る。
出来れば考え事もしたいし静かに食事を取りたいと思うのだが、
さすがは大所帯のオレンジぷらねっとだ。
なんとか納得いく席を取って一息つく。
それにしてもである。
昨日一日アテナの練習に付き合ったのだが、実に考えさせられる結果だった。
予想通り、アテナは基礎は出来ているがまだまだ素人に毛が生えた程度の腕前だった。
あれだけ真っ白なキャンバスを見せられると、どこから塗っていったものか、
いや何を描いたものか、こちらとしても頭を抱えてしまった。
そもそも、後輩の指導というのは厄介だ。
前社でも何度か練習を見てやったことはある。
それでも前社にプリマは私くらいしかいなかったから、ぽつぽつでもタイミングよく
ブッキングされる仕事をこなしていたので、運悪く後輩の練習を見てやる時間は
余りなかった。よって指導官としての経験はほとんど皆無だ。
それに、仕事と割り切るからこそ客相手に愛想の一つも打てるというものだが、
生来の性格がそう人当たりの良いものではないと自分でも自覚しているから、
素で付き合おうものなら少しきつく当たってると思われるかもしれないといつも思っていた。
後輩相手に愛想を振りまいてもしょうがないが、こと同部屋の人間に対しては、
仲良くやっていかないと何かと居心地に差し障るだろう。
特に立場が下のアテナのほうがその感覚は強いだろう。
アテナは常にボーっとした表情で、全く何を考えているのかわからなかったが。
とはいってもそこは将来のプリマを教育するのだから甘やかすわけにも行かないし、
そもそもなあなあでプリマになれるほどこの業界も甘くない。
ただ付きっ切りの担当教官というわけではないから、他の人間に頼むのも別に構わないと
いわれているが、まだここに来て日が浅い私に顔馴染みなどいるわけもない。
人付き合いを嫌ってるわけではないがどちらかといえば一人でいるほうが気楽な性格で、
だからこの仕事を選んだのだが、しかしこれだけの大所帯の中で一人でいると妙な疎外感を感じる。
規模の違いに慣れてないからだが、一人を気取ってみても
さすがに周りでキャーキャーやられると、鬱陶しいやらなんとなくこの場に居づらいやら
という気になる。あの輪の中に自分がいるところなど想像もつかないが、
今のところ入ろうとは思わない。
「ここ、空いてるかしら。私もあの輪のそばにいるのはまだ無理なの」  
顔を上げて声の主を確かめる。
同期入社でやはり引き抜きを受けた、プリマのフランシスコ・ファーチェが
食事の載ったトレイを手にして私の目の前に立っていた。
彼女は私と正反対の、笑顔でこの世に生まれてきたような人間のようだ。
彼女は現状で私に声をかけてくる数少ない人間のうちの一人で、
あとは受付のコゼットと、ほとんどないのだがアテナだ。
彼女とは頻繁に話しているわけではない。
つまり彼女も引き抜かれた直後ということもあって、仕事片手にでは
まだ友人を作りきれていないというところだろう。
そういう意味で私とはなんとなくだが会話が成立している。その程度の仲だ。
まあこちらも無碍にする理由もないのでどうぞと前の席を指す。
「どう、あなたはここに慣れた?……なんて、訊くだけ野暮よね。
 本当、ここはすごいわ。自分が所属してた前の店が本当にちっぽけに
 見えちゃう。私、凄いとこに来ちゃったなあって思うよ」
根がおしゃべりなのだろう。ファーチェの口からは数少ない安住の地を得たと
ばかりに途切れることなく言葉が紡がれる。
しかしこの性格と人当たりだ。人付き合いが悪いとは思えないから、
どうしてわざわざ寡黙を囲っている私のところになど来るのだろう。
適当に聞き流し相槌を打っていたが、ふとそんなことを思った。
「あ、ごめん、私一人でしゃべっちゃってるね。
 やっぱり同じ境遇の同期ってあなたしかいないから、あなたを頼っちゃうのよね。
 それにあなた頼りがいがありそうな顔してるし、だから凄く話したい気持ちになるのよ」
予想外の言葉にバーニィは目が点になった。
私に話したくなる? この仏頂面が?
この子の目には何か歪んだフィルタがかかっているんじゃないだろうか。
そのことが頭に引っかかって、その後のことは良く覚えていない。
ただファーチェが自分に話しかけてくる理由だけはきっちりとわかった。
わかったことと納得できたこととはまた別に話だが。
当の本人は笑顔で食堂を後にしたが、私は最後まで調子が狂いっぱなしで
寝つきまで悪かった。いつも夜に送っている和宏へのメールもなんとなく
「困った」ばかり書いていた。本当に困った。
――ねえ和宏、あなたは私のこと"話しやすそうな人間"に見える?

翌日、プリマのお茶会があるとの手紙が社内の私のポストに届いていた。
主賓は私たち"引き抜かれ組"とのこと。私たちは半ば強制参加だ。
別に断る理由もないし、孤独を愛するわけでもないから顔は出す。
会の発端は一昨年の会社設立時、合併した二社のプリマを中心に
他社から引き抜かれたプリマを含めた全プリマが親睦を深め、
円滑にファミリィとしての輪を形成しようと企画したことだったそうだ。
そこから毎年プリマのお茶会は行われているらしい。
聞けばプリマに限らず、シングル、ペア、全てにおいて横のつながりを
大切にしようという空気がここにはあるそうだ。
どおりで、といっていいのか、あの食堂や社内のあちらこちらで
見受けられる女の子たちの笑顔の理由がわかった。
合併で出来た会社らしい、といえばらしいのかもしれない。
さすがにプリマのお茶会は食堂等で見受けられるようなはしゃいだものではないが、
立食なので自由に人が行き来し、あちらこちらで和やかな談笑が行われていた。
日ごろは仕事に追われて一同に会する機会が無いから、
そういう面でもこの会は皆に好評を博しているとのことだった。
会は3、4人の人間で進行されていた。
といっても誰かが何か余興をやるのでその進行をするといったことはなく、
とにかく談話に終始しようという趣旨の元、食事や飲み物のお代わりはどこにあるとか、
そういった細々したことに対応している。
おそらく後は会の終わりに締めの一言でも言うのだろう。
ファーチェは早々と笑顔の輪の中心にいた。
やっぱり明るいファーチェにはこの景色のほうが普通に見える。
私は持ち前の強面が影響してか、ぼちぼちという感じで近くのプリマと話をしていた。
その間、チョコチョコと目に付く人影があった。
次の社のトッププリマ候補、アルト・イングラッシアという小柄な"少女"だ。
ちなみに今のトッププリマはアレサ・カニンガムと明海・S・ジョーンズの二人だそうで、
会が始まって程なく仕事上がりのところを少しだけ顔を覗かせた。
そのときには皆が二人の周りに即座に集まった。
私とファーチェは後入りの礼儀として他者に率先する形で挨拶をし、二人との対面を済ませた。
そのあと二人はやはり仕事の疲れがあるようで早々に自室へと戻っていった。
話をアルトに戻そう。
彼女は17歳でプリマに昇格し、現在は19歳。私より二つ下になる。
トッププリマ候補なのにマスコット的な役割も担っているようで、
一番最初に偶然目が合ってお互い挨拶をしたのも束の間、
それ以降絶えることなくあちらこちらにお呼ばれして部屋の中をちょこまかと動き回っていた。
その姿はもうすぐ成人を迎えるにしてはちょっと幼い印象を与え、
なるほどマスコットだなあと微笑ましくなった。
「あ、バーニィって笑うとチャーミングね。もったいないな、そのほうが良いわよ」
不意の一言に声のした方を向くと、ファーチェが皿を片手に食事中だった。
「そう? いつも怖い顔してるつもりはないけれど」
「でももう少し笑顔のほうが良いよ、折角の綺麗な顔立ちなのに影が入っちゃってるもん」
「私もそう思うな。なんだかいつもどこか遠くを見てるようなそんな印象だもんね」
他のプリマも相槌を打つ。
「そうかしら」
私は頬に手を当ててみた。そこへ他のプリマが訊いてきた。
「そういえばバーニィさんっておいくつなんですか?
 なんだか凄く大人びて見えるから羨ましいな」
「そんなことないですよ。今21です。
 あ、さんづけなんてしないでください、バーニィでどうぞ」
「あ、私と同い年だ。じゃあどこでこの物腰の差は生まれてるんだろう」
ファーチェが一人盛り上がる。
「どこって言われても」
そしてバーニィの悩みをよそにファーチェは勝手にあれこれと思案を廻らせ始めた。
多分そうやって物事を次々に回転させていくところが、今のあなたを作ったんだと思う、
とは口にはしなかったがバーニィは判断した。
そうして、こうやって物事を冷めた感覚で判断するところが、今の私を作ったのだろう、とも。
けれどそんな風に考えるようになったのはいつのことだろう、と少し不思議に思った。
 そうこうしているうちに先ほどファーチェを囲んでいたプリマたちが
再びファーチェを肴に盛り上がろうとやってきて、
必然的に私も多くのプリマたちに自己紹介をすることとなった。
――和宏、ちょっと疲れた。
その日のメールはまたも弱気な内容になってしまった。まあ仕方ないか

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