「はいはい・・・・って、なによこれ〜!!!!!」
アスカ達が見たモノは、一体何処から、そしていつの間に持ってきたのか、たくさんの水着だった。
可愛らしいデザインのモノ、大人っぽいモノ、きわどいモノ。さらには何故か、スクール水着までが置いてあった。
もちろん、全種類各サイズ揃っている。
「まさか・・・着替えろというのは、水着にという意味か?」
カテジナは、壁に掛かった水着に視線をやりながら、呆れたような声を上げる。
「別にこれを着る必要はないと思いますけど・・・?好きなのを選べばよろしいのではなくて?」
セシリーは冷静だ。学園祭でのミスコンでの経験からか、水着に着替えろと言う指示には抵抗がないらしい。
「ははぁん・・・読めたわ!あんた、スタイルに自信がないから、着替えるのがイヤなんでしょう!」
先ほど勝つ自信がないと言われたお返しのつもりなのだろう。
真っ先に不満の声を上げたクセにことさら露出度の高い水着を体に当て、備え付けてある鏡を覗き込んだあと、
カテジナを上から下までジロジロと見たあと、フンッと小さく鼻を鳴らす。
「あぁ・・・そう言うことでしたのね。今から棄権しても、別に臆病者呼ばわりなんてしませんけど?」
セシリーは水着を真剣な表情で物色しながら、冷たく言い放つ。自分の勝利を信じて疑ってない様子だ。
そのやり取りをよそに、ちずるは、目を付けたいくつかの水着を手に抱えている。
カテジナとしては、
暖かくなってきたとは言え、まだ風も薄ら寒い春先に水着に着替えろとは、
あんまりではないかと言いたかったのだが、
そこまで言われては引っ込みがつかない。
特にアスカに鼻で笑われたのが疳に障ったらしく、アスカの方を殺気のこもった目で睨み付ける。
霊研での一件以来、カテジナは何かと好戦的なこの新入生が気に入らないのだ。
「いいわ・・・やってやろうじゃないの・・。でも、その前に・・・。」
アスカに向けて、相変わらず何処から出しているのか判らないタイヤを投げつけた。
身構えるアスカだったが、しかし、タイヤはアスカを僅かに掠めただけで、更衣室を形作っている壁に激突する。
元々急ごしらえで作られたモノだけに脆い。壁はあっさりと倒れてしまった。
「きゃあっ!」
すでに着替えようと上着を脱ぎ始めていたちずるは悲鳴を上げて、しゃがみ込んでしまった。
「ちょ・・・何考えてるのよっ!このノーコンッ!」
怒声をあげたのは、アスカ・・・・・ではなかった。
「コホン・・・・私としたことが・・・。」
『私は、クロスボーン財閥の娘・・・・威厳と優雅さを忘れてはいけませんわ・・・。』
セシリー・フェアチャイルドは、何事もなかったかのように言い直す。
もちろん今度は、『大財閥の娘』に相応しい威厳と優雅さを兼ね備えた物言いで。
「何をなさいますの。更衣室を破壊するなんて・・・あいにく、私たちには露出趣味はございませんのよ?あなたと違って。」
この娘の家では、『威厳と優雅さ』を、『高飛車で、挑発的』と読み替えるのだろうか?
カテジナだって、そんな趣味があるはずもない。不愉快そうにアゴで、タイヤをぶつけた壁を指し示した。
「露出趣味などではない。アレを見なさい。」
示す先には、壁の下敷きになり白目をむいたビーチャ達。手にはしっかりカメラを持っている。何をしていたかは一目瞭然だ。
「あんたちっ!なにやってんの・・・・」
アスカの声をかき消して、凄まじい悲鳴が響く。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
すでに上着とシャツを脱ぎ、上半身は下着だけになっていたちずるの悲鳴だ。
シャツを胸の部分に当て、悲鳴を上げながらビーチャとモンドにストンピングの雨あられ。
羞恥のため頬は赤く、ちょうどシャツを抱きしめるような格好で胸元を覆っている。
上半身だけ見れば恥じらう乙女そのものだ。
ただし、普通の乙女は恥じらいながらストンピングなどは打たないだろう。
それともアスカや、カテジナあたりに比べると普通と言うべきか。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!きゃぁぁぁぁぁっ!」
ドズッ!ドズッ!と鈍い音がする。
壁の下敷きになった時点で気を失っているビーチャ達は防御することすら出来ずに、顔面を踏まれ続ける。
自業自得とはいえあまりに哀れなその光景に、思わず止めに入ったのはセシリーだ。彼女もまた普通なのかも知れない。
「もうその辺でお止めなさいな。きっと私の美貌につい魔が差したのよ。
私にはシーブックという恋人がいるのに・・・・あぁっ!?なんて罪作りなの!私は!」
いや・・・やはり普通ではないかも知れない。
「それよりとっとと壁なおしなさいよっ!このままじゃ着替えられないじゃないのっ!」
「ちょっと・・・あなた、まだやる気なの?」
呆れたようにカテジナはため息混じりに言う。
水着を撮られることぐらいは承知の上だからいい。しかし着替えを盗み撮ろうというのは許せることではない。
例えそれが未遂に終わったとは言え、「それ」が目的であると判った以上付き合ってやる義理は何処にもないのだ。
ただ、水着をウッソに撮って貰いたかったという若干の心残りはあったが。
「当然でしょ?今年の新入生に本当の美がなんなのか教えて差し上げなくては。」
「せっかく着替えかけたんだし・・・・・。」
「勝てる勝負を降りるバカはいないわね。」
それぞれが別の理由で続行の意志を口にした。
カテジナは更にため息をもう一つ付くと冷淡な口調でこう言ってのけた。
「好きにするといいわ。私は降ろさせてもらうから。」
勝てる(と彼女は思っている)勝負に不戦勝では面白くない。アスカは、引き止めるための挑発を始めた。
「はんっ!やっぱりなんだかんだ言って逃げるんじゃない。負け犬!」
だが、カテジナはアスカの挑発にも、もう乗ろうとはしなかった。
「なんとでも言うのね。バカバカしい。」
カテジナは、もはやピクリとも動かないビーチャ達の、カメラを取り上げるとフィルムを引き出して、ダメにしてしまう。
「フンッ。」
鼻を鳴らすと、そのまま立ち去ろうとした。
「待ちなさいよ。」
肩を掴むアスカの声。振り返るカテジナと視線がぶつかり合う。
「まだ何か用?」
「別に負け犬には用はないんだけど、あんたが壊したんだからなおしてから行きなさいよね。」
負け犬の所をことさら強調して挑発するアスカの言葉を無視し、
黙って壁(と言っても薄い物なので、簡単に持ち上がるのだが)を持ち上げ、
元のように「壁」としての役割を果たすように外側から押さえ始めた。
「それじゃ、敗残者は放って置いて、着替えましょうかぁ。」
更に聞こえよがしに敗残者の部分を強調する。
壁は元々薄い。だから3人の会話は壁を支えているカテジナの耳に逐一届いていた。
「あ・・・セシリー先輩、其の水着にするんですか?」
「シンプルイズベスト。本当に美しいという自信があると、かえってこういう水着にするものなのよ。」
「なによ!それって当てつけな訳ぇ?」
「ア・・・アスカ・・・セシリー先輩は別にあなたのことを言ってる訳じゃ・・。」
また壁を壊されてはたまらないと、なだめにかかるちずる。
「でもこの勝負って二人とも気分が楽でしょ?」
「どうして?」
「ま、一位はアタシに決まってるとしても最下位だけはないんだから。」
「あなたが一位かどうかはともかくとして・・・・それってどういうコトかしら?」
「不戦敗の負け犬が最下位だからに決まってるじゃなぁい♪」
アスカの言葉に壁が震え始める。カテジナが怒りに体を震わせていることは想像に難くない。
「あらぁ?壁が震えてるわねぇ。ちゃあんと押さえてくれないと困るんですけどぉ。
それともなぁに?負け犬さんは自分が壊した物の後始末すら満足にできないのかしらぁ?」
自分は普段壊した物の責任など取ったこともないクセに言いたい放題である。
それはそれ、これはこれ。きっと心に棚でもあるのだろう。
「いいわよ。やってやろうじゃないの・・・・。」
「3人とも着替え終わったから、もう帰っていいわよぉ、負けジナせんぱぁい♪
あ・・・間違えちゃったぁ。カテジナ先輩でしたっけぇ?」
「やってやるっていってるのよ・・・・・。」
「はぁ?全然聞こえないんですけどぉ。」
「やってやろうじゃないの!絶対貴様などには負けるものかぁ!」
水着に着替え終わったカテジナを見ながらアスカは内心ほくそ笑んでいた。
『ふふん、勝てる勝負を不戦勝にしちゃう手はないわよね。
みんなの前で、正々堂々叩きのめして上げるわ。』
美人コンテストの水着審査で、どうやって叩きのめすのかはともかく
アスカの頭には「自分が負ける」と言う発想は相変わらず微塵もない。
先ほど縛り上げていたビーチャ達の縄を解くと、
「さ、こっちの準備は整ったわ。さっさと、舞台に行って、変態仮面に始めるように伝えてきなさいよ!」
アスカに尻を蹴飛ばされつつ、ビーチャ達はシュバルツの元に走った。
『シクシクシク・・・・こうなったらせめて水着の写真だけでも・・・。それに終わったあとの着替えだってあるんだからなぁ!』
まだあきらめないとは、ある意味見上げたものなのかも知れない。伊達で去年一年、盗撮を繰り返し、悪評をばらまいてきたわけではないようだ。
単に懲りない性格とも言うのかも知れないが。
とにかく、二人は、シュバルツに準備OKを伝えに行くのだった。
「さぁ!準備は万端整った!それではさっそく勝負を始めるとしようか!」
舞台の上では相変わらずハイテンションな変態仮面・・・もとい、シュバルツ・ブルーダーが、戦いの開始を告げた。
一方で舞台の下では、シンジたちを初めとするギャラリーが不安と若干の期待感で見守っている。
「それではさっそく行ってみるとしよう。エントリーナンバー1ッ!セシリー・フェアチャイルドォ!」
プロレスの入場コールと間違えているかのような、そんな呼び出し方だ。
セシリーが舞台に上がると、ギャラリーから男女問わず、ため息と歓声が漏れる。
自信があると言うだけあって、見事なプローションだ。
白い上品なワンピースが美しい金髪と見事に調和して、見る者はため息を付かずにはいられない・・・そのような感がある。
さすがは昨年の「ミス・ロンドベル」と言ったところか。シーブックが妬まれる理由も判るというものだ。
撮影班兼審査員のレコアたちが、次々にシャッターを切る。
「続いては、エントリナンバー2!南原ちずるぅ!」
ちずるもセシリーと同じくワンピースだ。ただし、セシリーのように大人びたモノではなく、花柄をあしらった可愛らしいモノだ。
『もうちょっと大人っぽいモノの方が似合いそうなのに・・・。ちずるってセンスねぇなぁ。』
もし聞こえていたら半殺しにされそうなことを考えてしまう豹馬であった。
ただ、豹馬の言うところの”大人っぽい”は、”色っぽい=露出度が高い”と言う安直なモノである。
だから本当の意味での似合う似合わないの問題ではなく、露出度高い=似合う、低い=似合わないと言う発想になるのだ。
この論法が判れば、これまた半殺しだろう。センスが無いという意見と合わせれば、豹馬は全殺しだ。
『あれ?そう言えばちずるの持ってた札って、確か4だったはずなんだけどな?』
エントリーナンバーが入れ替わってることに少し疑問を持つが、
考えても解るわけでもないし、意味のあることとも思えなかったので、豹馬はその疑問を頭から追い出した。
「さぁて・・どんどん行こうかぁ!エントリーナンバー3!カテジナ・ルースゥ!」
カテジナは黒のビキニだ。大胆なカッティングがシンジ達の目を釘付けにする。
一番見せたかったウッソが居ないと言うことが、カテジナには残念でならない。
『まあいい。レコアが綺麗に撮ってくれることだろうし。』
チラリと、レコアの方に目をやり、カメラを構えていることを確認すると、視線を真っ直ぐに戻し、自信ありげな笑みを浮かべる。
「こうやって見るとさぁ、ウチの学校って結構レベル高いよなぁ・・・。」
豹馬は舞台に目を釘付けにしつつ呟く。シンジやシーブックも舞台に目をやったまま頷いていた。
『やっぱり綾波もでれば良かったのに・・・・。セシリーさんの着てる水着なんて結構似合いそうだよな。
アスカはどうせ派手な水着だろうから、並んだりすると結構対照的で絵になると思うんだけど。』
「最後に、エントリーナンバー4!惣流アスカラングレェッ!」
アスカの登場を告げる声でシンジは、想像から現実に引き戻される。
そしてシンジはアスカの姿に言葉を失った。いや、シンジだけではない。その場にいる全員が言葉を失っていた。
あまりの美しさに声も出なかった・・・・のではない。
何を思ったのか、アスカは優勝者に送られるはずのマントと杖(そう言うモノも用意されていたらしい。)を水着の上に着用して出てきたのである。
マントが前も覆っているため、部分的にしか見えないが、赤い水着らしいと言うことは見てとれる。
どうやらこの演出効果を狙ってちずると順番を入れ替えたのであろう。
いや、演出効果と言うよりはむしろ、真打ちは最後に登場という単純な考えなのかも知れない。
「ちょ・・・ちょっとあなたねぇ!まだ勝負さえ始まってないのに何考えてるの!」
「アタシが勝つに決まってるんだから、別にいいじゃない!」
「そう言う問題じゃないでしょう!大体私の何処があなたに劣っているというの!」
「そんなの全部に決まってるじゃない!」
「なんですってぇ!」
いち早く立ち直り、くってかかるセシリーとアスカの激しい口論が始まった。その勢いはまさに掴みかからんばかりだ。
『結局こうなるのかぁ・・・・。』
ギャラリーは・・・特にシンジはステージ上の、主にアスカにあきらめの視線を向ける。
やはり男心としては水着の競演というのをもう少し見ていたかったらしい。
「「いい加減にしないかぁ!」」
掴みかからんばかり・・・ではなく、実際に掴み合いを始めたその瞬間、カテジナとシュバルツのデュエットで大音声が響く。
特にシュバルツの声はマイクを通しているため、思わず一同耳を押さえてしまう。
元々ハイテンションにでかい声が、更に増幅されたのだ。
例え塞いでいてもかなり耳に・・と言うより頭に響いてきたため、そのショックで何人かは倒れたようである。
同時に怒鳴ったカテジナなどは、無防備にその声の直撃を受けたため、失神こそしていないもののかなり辛そうだ。
もちろん嫌でも騒ぎは収まっている。その事を確認すると、咳払いを一つしてからマイクを改めて握り直す。
「では、改めて仕切り直しといこうか。それでは・・・。」
シュバルツの言葉も終わらぬウチに、いつの間にか回復したらしく、女性陣はまたも口論を始めていた。
「だから、そのマント脱げって言ってるでしょ!」
「うっさいわねぇ!そんなに欲しかったら勝負に勝ってから言いなさいよ!」
「だから今からその勝負をするんでしょう!勝手に勝利者面しないで頂きたいわね!」
「お前ら、まだそんなことで・・・。」
「人の話を聞かんかぁ!!!!」
先ほどよりも更に大きな声での一喝で、騒ぎは収まった。いや、騒ぎが収まると言うよりも騒げなくなった。
全員耳を押さえてうずくまっているからだ。
「わ・・・わかったから・・・・取りあえず、マイク使って怒鳴るのはやめてくれないかしら?」
頭を振りながら、珍しくアスカがあっさりと折れる。どうやらよほど耳に堪えたようだ。
普段ならぶん殴っているところであろうが、そうしてしまうとまたも怪しげな術で、シンジを殴っていたなんて言うことにもなりかねない。
彼女にしてみれば、断腸の思いで我慢をしたのであろう。こめかみにはくっきりと青筋が浮かんでいる。
「それでは、審査の方法を発表しよう。」
「審査って、これって要はただの美人コンテストでしょ?」
ちずるが恐る恐るシュバルツに問いかける。なにやら嫌な予感でもしたのであろう。明らかな警戒の色が見てとれる。
「確かに華やかさを競うとは言った。だが、白鳥が水面下では必死に足を掻くのと同じようにその華やかさという物には
たゆまぬ努力が必要なのは言うまでもない。」
なにやら、急に美についての講釈をたれ始めたシュバルツを「悪いモノでも喰ったか?こいつ」という表情をしつつも、
一体何を言い出すのかという好奇心と不安で、次の言葉を待つ一同。
注目の中シュバルツは更に言葉を続けた。
「そう!すなわち美とは!華やかさとは!心・技・体の全てをその日頃の鍛錬によって勝ち取った者にこそ相応しいといえるだろう!」
なにやら微妙に雲行きが怪しくなってくるのを、その場にいる全員が感じ取っていた。
それに何より、心と体はわかるとして、技というのが・・・。変に深読みをして顔を赤くする者も出る始末だ。
周りの雰囲気に気が付いているのかいないのか、シュバルツは更に続ける。
「そこでだ・・・・お前たちには、これと同じことをやって貰う。」
言い終わるのと同時に、背中に差してある刀を抜き放ち、舞台の上から跳躍した。
「うわぁ!?」
思わず頭を抱えてうずくまるギャラリーたち。レコアだけが、カメラでその姿を追っていたのはさすがジャーナリスト志望と言うところか。
ズズッ・・・ズドォォォォン!
何か大きな物が倒れる凄まじい音に、思わず振り返ってみると桜の木が見事に切り倒されている。
「さぁ、お前たちもやって見せろ!刀はそこに置いてある!」
足元を見ると、いつの間に置かれていたのだろうか?人数分の刀が置いてある。
「居合い切りなんてできる訳ないじゃない!」
イヤな予感的中とばかりに、ちずるが抗議の声を上げた。
当然だろう、誰が美人コンテストで、木を切り倒すなどと想像するであろうか。
「明鏡止水・・・・静かでやましさの無い澄んだ水のような心だ。」
「はい?」
「要するに・・・だ。身も心も美しい者が技を持って、木を切り倒す、と言うことだ。まさに、これこそ究極の美人コンテスト。お前たちにも解るな?」
「そんなの解るわけないじゃないっ!」
「それ以前に誰の桜だと思ってるの!」
ちずるとシュバルツの問答に割って入って来たのはセシリーだ。
そう。この桜はクロスボーン財閥が今日の花見のために植えた物・・・すなわちセシリーの物だ。
なるほど、この怒りはもっともな物にも思える。
「そんなことはどうでもいいっ!」
「いいわけあるかぁ!」
「しかしだな、セシリー・フェアチャイルドに南原ちずるよ。他の二人は、もう始めているのだぞ?」
「なんですってぇっ!」
悲鳴を上げて、桜の方を見ると、今にも刀を抜こうとしている二人の姿があった。
「あなたたちぃぃぃぃぃっ!」
セシリーはオリンピックにでも出れそうなスピードで、カテジナとアスカを止めに走った。
「ハァ・・・ハァ・・・・・な・・何を考えてらっしゃるのかしら?これはウチの桜なのですよっ!」
「あんたバカァ?これはね、勝負でしょうがっ!ゴチャゴチャ言ってるんじゃないわよ!」
「馬鹿馬鹿しいとは思うが、そこの一年生に負けたと言われるのはゴメンなのでな。」
二人とも、いともあっさりセシリーの抗議をはねつけた。もはや、美人コンテストで木を切るハメになっていると言う怪現象よりも
勝負の決着を付けるという一点にのみ、思考が固定されているからだ。
「さぁ、納得したところで改めていくわよ。」
アスカの言葉が開始の合図になったかのように、二人同時に抜き打ちで桜に切りつける。
だが、刀は桜を切り倒すどころか、幹に食い込みすらしない。
「きぃぃっ!何であの変態仮面にできて、アタシにできないのよっ!」
アスカはメチャクチャに刀を振り回して、何度も切りつける。しかし、何度やっても結果は同じだ。
そのうちに、おかしな角度で当たったためだろう。ガキン!と言う音がしたかと思うと、刀は回転しながらセシリーの足下に突き刺さる。
「きゃあぁ!?ちょっと、危ないじゃなありませんことっ!」
さすがに真っ青な顔だ。それはそうだろう、一歩間違えば串刺しだったのだから。
「うっさいわねぇ!ちょっとすっぽ抜けただけでしょぉっ!」
「謝るぐらいしたらどうなの!もう少しで死ぬトコだったのよ!」
「当たってら謝ってるわよ!」
「当たってたら死んでるって言ってるでしょう!それより、いい加減マント取りなさいよ!」
「そんなに欲しけりゃ、力尽くできなさいよ!」
だんだん論点がずれてきている上に、雲行きまで怪しくなってくる。
先ほどから幾度も繰り返されたこのパターン。学習するという言葉とは縁遠いことこの上ない。
シンジ達は、おそらく来るであろう、シュバルツの怒声に備え耳を押さえて、地面に伏せていた。
しかし、今回のシュバルツは黙っていた。その視線は真っ直ぐカテジナに向かっていた。
「どうやらやっと気付いたようだな・・・。」
そのカテジナはと言うと、桜に何度か切りつけたあとに、何かに気付いたようで刀を確認し始めていたのだ。
「これは・・・!?」
そう呟くと、セシリーのそばに突き立ったままの刀の方に向かった。ちなみにアスカとセシリーは相変わらず口論の真っ最中だ。
「やはり、こちらもか・・・。」
二人を相手にせずに、刀を手に取り確認し、またも呟く。
だが、口論中のはずのアスカがめざとくそれを見つけ、カテジナにも絡みだした。闘争本能暴走中である。
「あんた、人の得物に勝手に触ってなにしてるのよっ!変な細工しようとしたって、そうはいかないんだからねっ!」
「この刀にそんなことをしても意味など無いわね。見なさい。」
カテジナの刀と、アスカの刀・・・二本の刀を差しだしてくる。
「これは・・・!?」
「細工なら初めからされているという訳よ。」
二本の・・・・いや、おそらくセシリーとちずるの刀もそうだろう。その刀は・・・刃の部分全てが錆び付いていたのだ・・・。
「あんたねぇっ!」
刀をひったくると、アスカはシュバルツにもの凄い形相で詰め寄ってくる。
セシリー、カテジナの二人に向いていた、闘争本能をそのままシュバルツに向けてきているからだろう。
「こんな錆びた刀でどうやって木なんて切るって言うのよ!ふざけるのも大概にしなさいよっ!」
『普通は錆びてない刀でも、木なんて簡単には切れないんじゃないかなぁ?』
さすがに思うだけで、口にはできないシンジであった。言ってしまうと、万が一シュバルツから更に矛先がこっちに向いてはかなわない。
おそらくシュバルツへの怒りも合わせて更に膨れ上がった感情の爆発を遠慮なくぶつけられては、
いくら殴られ慣れてるシンジでもたまらないと言った所だ。
「この未熟者がぁ!」
スラリと背中の刀を抜き放つシュバルツ。
「私の刀を見るがいい!」
見れば、シュバルツの刀も確かに錆びている。
「解るか、明鏡止水の心があれば、例え刀が錆びていようと関係ないというわけだ。」
『う・・うそつけぇぇぇっ!!!あんたの何処が一体「静か」なんだぁ!』
誰しもが心の中で絶叫した。声に出さないのは、話の腰を折るとまた怒鳴るからだ。
明鏡止水の心を持っていれば云々というのはともかく、シュバルツが「静か」であるというのには、とうてい納得などできるはずもない。
「解ったら、さっさと行くがいいっ!」
シュバルツが「明鏡止水」かどうかはともかく、実際錆びた刀で木を切っているのだからアスカも引き下がらざるを得ない。
舌打ちをしつつ、引き下がるアスカ。収まりがつかないらしく、たまたま目に付いた十三を殴り倒してから桜に向かう。
「うをっ!?なにすんねん!っと・・・いえ・・なんでないです・・。」
十三の抗議の声を一睨みで黙らせると、改めて桜の木の前に立った。
カテジナも刀を抜いたまま黙って別の木の前に立っている。
ちずるも、なぜかその気になったようで、あぁでもないこうでもないと言いながら、切る時のイメージを掴もうとしているようだ。
一人セシリーだけが、納得いかないと言う表情で腕組みをしている。
それはそうだろう。なにが楽しくて、自分の桜を切らないといけないのか。と、言うよりも他の者が切ることだって許した覚えはないのだ。
だが、それもちずるの一言を聞くまでだった。
「一人脱落。もし、切れなくても最下位ってコトにはならないわね・・・。」
挑発目的ではなく、純粋にホッとしたため出た一言だったのだが、セシリーにとっては同じコトだ。
仮にも、昨年の「ミス・ロンドベル」が不戦敗などと言われたら・・・まして、ここには写真部新聞部兼任のレコアがいるのだ。
セシリーもついに刀を手に取るのであった・・・・。
「なぁ・・・オレ達の計画と・・・違ってきてないか?モンド・・・。」
「うん・・違うね・・・。ビーチャ。」
なにやらもの悲しそうな二人であった。
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