逃げたい・・・・そんなシンジ、豹馬の心をあざ笑うかのように、事態は進んでいく。
写真部が陣取っていた場所が片づけられ、どこから持って来たのか、どんどん舞台の準備が整えられてきている。
「ねぇ、シンジ・・・あんたは当然、アタシを応援してくれるわよねぇ?ま、応援なんて無くてもアタシの勝ちは決まってるけど。」
「豹馬、私、絶対優勝するからね♪ちゃんと応援してちょうだいね♪」
呆然と、その様子を見ている二人に無邪気に掛けられる声。
「「が・・・がんばってね・・・。」」
激励と言うには、あまりにその気の無い声。作り笑いが、少し引きつっているのも彼らの心中を察すれば致し方ないことである。
「さぁ、君たちも手伝いたまえ!ぐずぐずしていると、日が暮れてしまうではないか!」
妙にハイテンションなシュバルツの声は、彼らの疲労感をさらにひどい物にしていった。
「うーん・・・・ここは・・・一体どこだろう・・・?」
ウッソは、山の中腹当たりで完全に迷っていた。
勘に任せて良い景色を求めて彷徨っていたのはいいが、途中で完全に来た道を見失ってしまったのだ。
「おっかしいなぁ・・。方向感覚には自信があったのに・・。」
方向感覚のみならず、勘なども人より鋭く、また幼い頃自然に囲まれている環境で育ったウッソにとっては
山道とは言え、こんなに簡単に迷うなどとは経験のないことであった。
「最近、調子狂っちゃうコト多いからなぁ・・・・これも、みんなあいつらのせいだ。」
とりあえず責任を転嫁してみる。
別に、現状が変わるわけではないのだが、そうすることによって、ウッソの気が晴れるのだ。
ウッソは、最近良くないことや気に入らないことがあると、シンジやアスカのせいにして、気持ちを落ち着けるという傾向にあった。
元々、責任の転嫁癖があるウッソにとって、あの二人はまさに格好の相手だといえるだろう。
なにしろ、ウッソの心の中では、シンジ達に出会ったのがケチの付き始めと解釈しているから遠慮なく責任を押しつけることが出来るのだ。
もっとも、責任を押しつけると言っても、ウッソが心の中で行っているだけなので、特に何がどうなるというわけでもないのだが。
ぶつぶつと、文句を言いながらも、辺りを見回しながら歩みを進めるウッソだが、足下への注意は怠っていたようだ。
ムギュッ!と何かを踏みつける感覚。しかも、注意を払っていなかったため思い切り踏んでしまったようだ。
「ん?今何か踏んだような・・・・・うわぁっ!?」
ようやく異常に気付き、飛び退いたウッソに黒い影が飛びかかってきた!
「う・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
「・・・今、何か聞こえたような気がしたのだけど・・・・。」
カテジナは、ふと顔を上げ呟く。
耳をよく澄ましてみるが、それっきり何も聞こえる様子はない。
”決戦”を前に少し気分が高揚しているのだろうか?それともウッソがいないことを気にしているのだろうか?
はたまた、この期に及んで、まだ、参加する事に戸惑いがあるのだろうか?
少し気にはなるものの、精神的に不安定になってるがゆえの錯覚だと結論付け、頭の中から追い払う。
そんなカテジナの様子が気になったのか、ちずるが声をかける。
「どうしたんですか?カテジナさん。」
少し、怪訝そうに訊ねたちずるに、軽く首を振りつつ答える。
「何でもないわ。気のせいだったみたい。」
少しだけ引っかかりを残してはいるものの、今はこの企画への参加に集中しようと考えた。
バカな企画だとは感じていながらも、一度自分の意志で参加を決めたのなら真剣にやろう・・・。ウッソが喜ぶと聞けば尚更だ。
良くも悪くも、この生真面目さがカテジナの性格といえるだろう。ただし、価値観などは少々ずれているようだとは、友人であるレコアの証言である。
『ウッソ・・・早く戻ってこないかしら・・。』
既に準備の整った舞台に目をやりながらウッソのことを考えてしまうカテジナであった。
「さて・・・準備も万端、整ったようだな!」
相変わらずのハイテンションで、シュバルツが舞台の上に立っている。
ドイツカラーの三色覆面に、軍服。背中に背負った忍者刀。
それだけでも充分怪しいのに、司会らしくしたつもりなのであろうか?その上、毒々しいまでに赤い蝶ネクタイまでつけている。
思わず吹き出しそうになるのを、みんな必死で押さえているのはシュバルツの目が血走らんばかりに据わっているからだ。
「準備が整ったはいいが、一体どんな審査をするというの?」
もはや、すっかり気持ちは切り替わり、やる気満々のカテジナが問いかける。
カテジナにその据わった目を、ギョロッといった風に向けると、そのまま動きが止まる。
なにやら息も荒くなり、危ない人のようだ。思わずカテジナは後ずさる。
「どんな審査をするか?だとぉ!」
「そ・・・そうよ。どんな審査をするか、もう決めてあるんでしょ?」
ビリビリと辺りを振るわせるほど大きな声に、思わず耳をふさぎつつも問うカテジナ。
シュバルツの声のせいか、舞台のそばの桜から落ちる花びらが少し増えたような気さえする。
「な・・・なによ。」
シュバルツの動きは止まったままだ。
それもそのはず、審査方法など何も考えてなどいなかったのだから。
そもそも、コンテストというのも勝負方法を聞かれたときに思いついたモノだ。審査方法など考えてなどいるはずもない。
『うぬ・・・どうしたものか・・・。まさか今更何も考えていない、などとは言えぬ・・・。何かいい考えは・・・。』
己の動揺を悟られまいと、心を落ち着けようとするシュバルツ。大きく深呼吸を始め、なにやら忍者独特の印を結び始めた。
こんなコトをすれば、焦っていますと全身でアピールする様なモノなのだが、本人に自覚はない。
『絶対こいつ何にも考えてない・・・・・。』
全員の一致した思いだ。そして、その思いを口にする者が一人。
「あんた、何にも考えてないんでしょう?思いつきで物を言われたら、迷惑するのよねっ!」
シュバルツを非難するのは、思いつきで行動することにかけては、誰にも負けないアスカだ。
ビクッと、肩を震わせるとシュバルツは精一杯見開いた目で、今度はアスカを睨み付けた。
ただならぬ雰囲気にアスカは、思わずファイティングポーズを取ってしまう。
だが、シュバルツの方は、肩を震わせたまま動きがない。彼には、アスカに構っている暇はないのだ。
イヤな空気だ。ビーチャ達はそう考えていた。
このままでは、せっかくの彼らの計画がパーになってしまう。
かといって、殺気立ったアスカをなだめる勇気も彼らにはない。
『怒りだした惣流・アスカ・ラングレーは、目に入るモノ全てに攻撃をくわえる』と言う、
当たらずとも遠からじな風評は、彼女が入学してから、まだ日がそんなに経っていないのにも関わらずほとんどの生徒が知るところである。
そして、そのアスカは、今シュバルツの異様な雰囲気に当てられ、なにやら興奮状態にある。
ビーチャは、シュバルツに審査案を話したいのだが、あの場にノコノコ入って行くほど、度胸は据わっていなかった。
が、アスカの注意を逸らす出来事は、いつもの如く、いつもの者から発せられる。
「アスカだって思いつきで行動してること、多いよなぁ・・・。」
場の雰囲気を考えずに思わず口をついてしまうシンジの呟き。
当然アスカの耳に、届かないわけがない。
「シィンジィィ・・・・・。」
しまったっ!?と、慌てて口を塞ぐがもう遅い。
アスカは、シンジの胸ぐらを掴むと、締め上げながら怒鳴り散らす。
「アタシの何処が思いつきで行動してるってのよ!このアタシは、いつでも緻密な計算に基づいてモノを考えてるってのが、あんたには、わかんない訳ぇ!?一体、何年アタシの幼なじみやってんのよっ!!」
引きつった微笑みを浮かべつつ、アスカから目を逸らしてシンジは考える。
『何年も、一緒にいるから尚更わかるんじゃないか・・・。』
さすがに、今度は口には出さなかったシンジであった。
『今だ!』
素早く、状況を把握したビーチャは、急いで舞台に駆け上がりシュバルツに耳打ちをする。
「美人コンテストって言ったら、水着でしょ。やっぱ。」
もちろん、水着の方が写真が高く売れるだろうと言う打算があっての提案だ。
「ふむ・・・いささか月並みではあるが、良かろう!お前の提案、受け入れることにする!!!」
何も考えていなかった割には、大いばりだ。当然のことながら、注目を集めることとなる。
『提案、受け入れるって・・・やっぱり何も考えてなかったのか・・・。』
一同の冷たい眼差しを受けたシュバルツは激しい動揺を見せる。
「な・・・なんだ!その目は!私が実は何も考えていないとか!この男からの提案は、渡りに船だったとか!
そんなコトを考えているとでも、思っているのかぁ!」
思わず、ベラベラと本当のことを喋ってしまうシュバルツ。
「あんたバカァ!?思ってるに決まってるじゃない!この偽ドイツ人!」
シンジに向きかけていた怒りが瞬時にシュバルツに向けられる。
手を腰に当て、ビシッと指さす”いつもの”ポーズで、一同が思っていても口に出さなかったことを、高らかに言い放つ。
別に、偽ドイツ人という確証が特にあったわけではない。
アスカはドイツ人の血が入っているため、この男が「ドイツ人でござい。」などと名乗ること自体、腹立たしかったのだ。
それでもさっきまでは、シュバルツの異様な雰囲気に押されて我慢をしていたのだが、
先ほど一度臨戦態勢に入ったため、もはや恐れはなくなっているようだ。
一方のシュバルツはというと、偽ドイツ人呼ばわりされたコトにショックが隠せないようだ。
またもなにやら、印を結んでブツブツと呟いている。端で見ているとアブないコトこの上ない。
「あんたが偽ドイツ人じゃないって言うんなら、証拠を見せてみなさいよ!」
『ホントに偽ドイツ人なんじゃないか・・・。いや・・・って言うか、ドイツ人と思えって方が無理があるよな・・・。』
一同の思いの考えを代弁するかのような、アスカの追い打ちだ。
「証拠・・・とは・・・?」
激しく汗をかき、目を血走らせたまま力無く問うてくる。
「何か身分証明が出来そうな物とかは持ってないわけ?パスポートとか。」
なるほど、パスポートになら、国籍が載っているわけだ。
アスカは、自分で言っておきながら、覆面姿のまま飛行機に乗ってるシュバルツを想像し、思わず吹き出しそうになる。
「それはできん!忍者は身元を証さぬ物だ!」
これまた、ごもっともな意見だ。おいそれと、自分の素性が解ってしまうモノを見せる忍者など聞いたことがない。
「そうねぇ・・・・じゃあ、例えば・・・ドイツ語が喋れるか・・とか。」
人差し指をこめかみに当て、少し考え込む仕草を見せつつ案を提示する。
ドイツ語を喋らせれば、ドイツ人かどうか解る・・・・安直ではあるが、有効な手だろう。
ただ喋れるだけでは、ナチュラルな発音は出来ない。もし喋れたとしてもそこで見破ろうという、アスカのアイディアだ。
「ドイツ語を喋れるか?だとぉ!?」
「まさか・・喋れないってんじゃぁないでしょうね?」
予想を上回る好反応だ。アスカは、この男がドイツ人ではないと確信した。
「な・・・何を言う!喋れるに決まってるだろう!」
「じゃあ、喋ってごらんなさいよ!」
シュバルツが口を開きかけた瞬間、素早くアスカは釘を差す。
「言っとくけど、単語一つ言って、はい、喋れました。何て言ったら殺すわよ。例えば・・・・バームクーヘンなんてもってのほかよねぇ?」
何故かシンジの方をチラリと見る。いじわるそのものの目だ。
「そんな昔のこと持ち出さなくてもいいだろぉ!」
シンジは顔を真っ赤にして抗議した。
幼少の時知り合って間もない頃、日英独と三ヶ国語を喋れるアスカ相手に
ドイツ語ぐらい喋れるとつい見栄を張ってしまったときに、思わず口走ったのが「バームクーヘン」だったのだ。
『あ・・・・危ないところだった・・・・。』
どうやら、シュバルツは幼かった頃のシンジと同じコトを言おうとしたらしい。
びっしょりと、冷や汗をかいているため、もはやマスクはピッタリと顔に張り付きなにやら呼吸もしづらそうな状態だ。
「なに、焦ってるのよ?あんた・・・・まさか・・・・。」
シュバルツの動揺を素早く見抜いたアスカが迫る。
「な・・・なんのことだ・・・・。」
「そうよねぇ・・・・まさかバームクーヘンだとか、ハンバーグだなんて言うつもりは無いわよねぇ・・・・。ドイツ人なんだしぃ。」
わざと語尾を伸ばし、横目でシュバルツを見る。嫌みったらしいことこの上ない。しかも、実に嬉しそうだ。
「そ・・・・そんなことはどうでもいい!さぁ、少女達よ!闘いを始めようではないか!」
必死に誤魔化そうとしてるがありありと出ている。当然アスカは追撃に入った。その様子は、やはりこの上なく嬉しそうだ。
「喋れないなら最初からそう言って謝ればいいのにねぇ。つまんない見栄張るのだけは一人前ってトコ?底が知れるってモノねぇ。
潔くないって言うか、何て言うかぁ。忍者だって名乗るんなら、潔く自害でもしますぅ?それとも、忍者って言うのも嘘なのかしらぁ?」
もう、ここぞとばかりに捲し立てるアスカ。偽ドイツ人呼ばわりに続き、偽忍者呼ばわりまで始める有様だ。
シンジは、かつて自分も同じコトでいびられたことがあるのを思い出した。
『あの時は1ヶ月ぐらい延々と言われたんだっけ・・・・・しかもその間ボクのことをバームクーヘンなんてあだ名で呼んでたんだっけ・・・。』
子供にありがちなイヤなあだ名の付け方だ。ちなみにこの時は、おやつ3ヶ月分献上で、その呼び方をやめて貰っている。
ふと、シュバルツの方を見れば、目に涙さえ浮かばせているではないか。よほど悔しかったに違いない。
その姿を、自分の過去と思わずオーバーラップさせてしまったシンジはアスカを止めようと口を開きかけた。
しかし、それより早くカテジナの怒声が響く。
「いいかげんにしなさいよ!あなたたち!」
開きかけた口を閉じ、カテジナに向き直るアスカ。シンジが相手なら、失神させることができそうなほどの睨みようだ。
しかし、さすがに相手はカテジナだ。カテジナはその視線を避けることなく、アスカを真っ直ぐ見据える。
「なによ・・・アタシは今からこの偽ドイツ人の正体を暴くんだから、邪魔しないで貰いたいわね。」
「あなた・・・勝つ自信がないんでしょ?」
唐突に言い放つカテジナに一瞬たじろいでみせるモノのすぐに反撃に転じようとした。
「な・・・な・・・な・・・なんですってぇ!!」
もう誰彼構わず噛みつくといった風である。
一度はシュバルツいびりを止めに入ろうとしたシンジだが、今はただオロオロとうろたえるばかりだ。
「なるほどね・・・勝てないから、暴れて勝負自体を無かったことにする・・・。プライドを守るためとは言え、潔いとは言えませんわね。」
カテジナに続いて、セシリーもアスカを”口”撃し始めた。
「ち・・・違うわよ!アタシのドイツ人の血が、ニセモノを許すなって叫んでるのよ!」
「だから、今はそんなことはどうでもいいって言ってるのよ。」
風向きが変わり、シュバルツへの追求は止んだように思える。
シュバルツは追求が止みそうな気配に、端で見ていてもハッキリと判るほどに安堵の表情(と、言っても覆面越しなので正確なことは判らないのだが)を浮かべていた。
地獄に仏とはこの事だろう。彼の目には、カテジナ、セシリーが女神のように映ったかも知れない。
シンジも、かつての自分を思わせるようないびられ方をされていたシュバルツが、窮地を脱したことに他人事ながら安堵していた。
「さぁ・・・気を取り直して・・・・・。」
アッという間に立ち直ったシュバルツが、仕切ろうとしたその時
「そんな追求、後でじっくりやればいいことじゃない。」
カテジナの発したこの言葉で、シュバルツは凍り付いた。女神が一転、鬼に見えた瞬間だ。
「それもそうね。さぁ・・・もたもたしてないでさっさと審査始めなさいよ!」
その場にいる者はみんなあきれ果てて言葉も出ない。イヤ、正確には、怖いので口を挟まない者が大半であったが。
「ささ・・・準備はできてますぜ。出場者のみなさんはこちらにどうぞ〜。」
もめ事が収まったのを見計らって、ビーチャが出てくる。どことなくイヤらしい笑いを浮かべてるように見えるのは、気のせいか。
設置された舞台の裏側、ご丁寧に天井まで付いた囲いへと参加者を連れていく。
「取りあえず、この中で着替えて下さいね。」
「え・・・?着替える・・?」
「何に着替えろって言うのよ?」
口々にもっともな疑問を投げかけるが、ビーチャは(やや品のない)笑顔を崩さないまま、
「ほら・・・みなさん多少の差はあれど、普段着みたいなモノでしょ?せっかくのコンテストに、それじゃぁあんまりだってんで、こちらでご用意させて貰ったんですよ。」
なんとなく納得がいかないモノがありつつも、ここでこれ以上ごねてしまうと、下山するのが夜になってしまいかねない・・・・そう考え、渋々ながらも、ビーチャに従うコトにした。
「んじゃ、早めに着替えて下さいね〜。」
「はいはい・・・・って、なによこれ〜!!!!!」
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