『勝負あったわね・・・・。』
昨年の「ミス・ロンド・ベル」である、セシリー・フェアチャイルドは、勝負の方法を聞き、勝利を確信した。
昨年の学園祭で得た栄光が、鮮やかに甦ってくる。
『あぁ・・・また一つ、栄光を手にしてしまったのね・・・・。しかも、いたいけな新入生の心まで虜にして・・・。』
チラリと、シンジ達の方を見る。
『あぁ・・・でも、ごめんなさい・・・。私にはシーブックという人が・・。』
まだ勝負は始まってもいないのに、早くも勝負の余韻に酔い始めるセシリー。
終わってもいないのに余韻とはおかしな話だが、勝負方法が”これ”に決まったときに彼女の中では、勝負はすでに終わっているのだろう。
一方のアスカは、セシリーがチラッとシンジの方を見たのが気に入らない様子だ。
ツカツカと、セシリーに歩み寄ると、厳しい表情で言い放つ。
「シンジは、あんたなんか眼中にないんだからね!・・・ねぇ、シンジィ?」
後半部分は、シンジに向き直りながらの発言だ。
シンジに対しては、にっこり微笑んではいるものの、当然のように目は笑っていないし、声にも殺気がこもっている。
「そんなことないよ、セシリーさんって美人じゃないか。」
などと言おうものなら、桜の花も血で赤く染め上がるほどの惨劇が起こるに違いない。
「う・・・うん。」
もちろんシンジもそこまでバカではない。それでなくても、さっき怒らせかけているのだ。
少し、目をそらしながらアスカに答えた。
「な・・・なんですってぇっ!」
セシリーは妄想から一気に引き戻された。いや、それだけではなくプライドも傷つけられたようだ。
アスカの発言は、なんとなく自分の心を見透かされたようで気恥ずかしかった。さらに追い打ちをかけるようなシンジの発言。
自分の容姿に、少々自信過剰気味のセシリーにとっては、かなりの屈辱だったに違いない。
現に、美しい白い肌は、ピンク色に染まり、ブルブルと体を震わせている。
「シーブック!」
「は、はいっ!」
セシリーの鋭い声に思わず直立不動で答えてしまう。
「あんなコト言わせておいていいわけ?ねえ?」
「え・・・な・・・なにがだい?」
セシリーの迫力に飲まれそうになりながらも、何とか平静を装おうとするシーブック。
「あの一年生よ!あなた、自分の恋人がこんな侮辱受けて黙ってるわけ?」
「え・・・侮辱って・・何が?」
セシリーのいってることが今ひとつ飲み込めないようだ。
「あんな女全然大したこと無いとか、お嬢様だと思って調子に乗ってるとか、さんざん言われたのよ!あの一年生達に!」
「いや、そこまでは言ってないんじゃないか?」
大量の汗をかきながらはっきりと指摘する。
「シーブックッ!」
「は・・・はい・・・。」
さらに、語気を強めるセシリーに、少し気圧される。
「あなたがそんなに冷たい人だとは思わなかったわっ!」
「え・・あ・・いや・・・。そんなつもりは・・・。」
どんどん、しどろもどろになっていくシーブックを見ながら、シンジは彼に軽い親近感を覚えていた。
『なんか・・・・ボク達のやりとりに少し似てるなぁ。でも・・・・シーブックさん。あなたは、殴られないだけ、幸せだと思うな・・・。』
答えたときに、目をそらしたのがいけなかったのだろう。頬に手形を付けながら、シンジは思う。
『はは・・・。桜を見に来て、紅葉付けてるよ・・・。ボク・・・。』
そっと頬に手をやり、涙ぐむのであった。
ビーチャ・オーレグは考える。
『へへ・・・こりゃぁ、いいや。うまくやりゃあ新学期早々の大儲けができるかも知れねぇ。これを見逃す手はねぇな・・・。』
グルッと、周りを見回し、この場にいる人間の確認を改めて行う。
「確か・・・オレ達写真部が審判なんだよな・・・。おい、モンド。ちょっと耳貸せ。」
ニヤリと笑いながらモンドを呼び寄せる。
ビーチャがモンドに耳打ちをすると、モンドの顔もビーチャと同じような笑顔になった。
二人は頷き合うと、シュバルツの元へ向かう。笑いをこらえきれないと言った表情で。
「なるほど・・・君たちの言うことも、もっともだ。」
うんうんと、うなずくシュバルツ。
ビーチャと、モンドは顔を向け合うと、
『上手くいったぜ!』
と、またも頷き合うのだった。
「で・・・・なんで、私たちまでこのバカな勝負に、参加しなくてはいけないのだ?」
”3”と書かれた番号のバッジを付けたカテジナは、ビーチャの胸ぐらを掴んだ。
「へへへ・・・こういう催しは人数多い方が盛り上がるってもんでしょ?」
少し、引きつりつ弁解めいた発言をするビーチャ。後を受けて、モンドも答える。
「それに、カテジナさんがこの勝負に勝てば、ウッソも喜ぶんじゃありませんかね?」
「そうそう。自分の好きな人が、綺麗だって人に認められて喜ばない男はいないってね。ウッソだって、きっとそうだって。」
ウッソが喜ぶと聞いてから、カテジナの胸ぐらを掴む手が若干ゆるんだのを確認し、ビーチャが後を続けた。
顔色を見ると少し余裕を取り戻したのが解る。もう一押しだ。
「それに・・・ウッソもカテジナさんを撮りたいんじゃないかなぁ?」
モンドが、何喰わぬ顔で言った一言が、決め手になった。
「ま・・・まぁ、ウッソが撮るというのなら・・・こんなバカげた勝負に参加するのも悪くないわね。」
少し照れたような表情になったカテジナは、ビーチャを離す。
「ふぅ・・・。」
ようやく解放されたビーチャは、胸をなで下ろした・・・・のも、つかの間。再び胸ぐらを掴まれる。
いや、捕まれるどころではない。今度は、そのままつり上げられた。
「で?肝心のウッソはどこにいるの?」
「あ・・・あぐぅ・・・が・・・。」
みるみるうちに青くなっていくビーチャの顔。何か言おうにも、締め上げがきつくて声も出ない。
返答がないから、ますます締め上げる・・・・。悪循環だ。
カテジナにとっては、勝負自体よりも、ウッソに見せる方が重要なのだ。ウッソがいないことに腹を立てるのも無理はない。
ただ、八つ当たりをされているに近いビーチャには、いい迷惑どころの話ではないのだが。
「あ・・・あの・・・ト・・トイレとかに行ってるんじゃないですかねぇ?きっとすぐ戻ってきますって。」
喋れない状態のビーチャに代わって、モンドが口を開く。もちろんウッソがどこに行ったかなど知ってはいない。
ただ、多分そうであろうと当たりを付けて喋ってるだけだ。
「・・ぐ・・・あ・・・・。」
そろそろ窒息しそうだ。パクパクと口を開ける様はさながら金魚のようである。カテジナはしばらく、ビーチャの顔を睨み、次いでモンドの顔を睨んだ。
射抜くような視線に、機嫌を損ねてしまったか?と、少し怯えるモンドだったが、
「ふぅ・・・そうね・・・。それにビーチャの首を絞めたところで、ウッソが戻ってくるのが早くなるわけでもないし・・・。」
と、八つ当たりであったことに気付き、ビーチャの首を解放した。
「だ・・・大丈夫か?ビーチャ!」
駆け寄るモンド。ビーチャは咳き込みながらも、足りなくなった酸素を補給するためにぜいぜいと荒い息を吐いた。
さぞや苦しかったのであろう、目には涙さえ浮かべている。
ビーチャを、締め上げていたことなどすっかり忘れたかのように、
そわそわしながら、ウッソの姿を求め、辺りを見回すカテジナを恨めしそうに見上げながらビーチャは呟いた。
「か・・・川の向こうに・・・花畑が見えた・・・。」
「よぉ、ちずるも出てみたらどうだ?」
ビーチャとカテジナのやりとりを見ながら豹馬が振り返ると、
そこには、すでに”4”という番号が書かれたバッヂを手にした南原ちずるが、にっこりと微笑んでいるのであった。
「やれやれ・・・・言うまでもなくその気だってか?」
豹馬は肩をすくめつつ苦笑する。
「そういえば、綾波は出ぇへんのか?」
ふと思いついたように、十三は、レイに話しを振ってみたのだが、レイは未だ夢の中のようだ。時々何かむにゃむにゃと寝言を呟いている。
「どうせ勝負するんやったら、人数は多い方がおもろいもんな。」
「ま、それもそうだな。」
十三の言葉に豹馬も賛同する。
「よっしゃ、いっちょ綾波を起こして参加させるとするか!」
「んじゃ、さっそく・・・。」
「ちょ・・・ちょっと待ってください!豹馬さん、十三さん。」
豹馬たち五人のグループの知恵袋、北小介だ。
「なんだよ?小介。」
「綾波さんを起こすのはやめた方がいいと思います。」
「なんでやねん?」
豹馬たちを制止する小介に不満げな顔を作る二人。一方の小介の顔には、不安感を満面に浮かべている。
「こんなのタダの遊びみたいなモンだろ?それなら人数は多い方が・・・。」
「それは違いますよ、豹馬さん。」
豹馬の言葉を遮り、メガネの位置を直しつつ小介は言葉を続ける。
「考えても見て下さい。惣流さんは綾波さんが絡むと異常な対抗心を燃やして来るんですよ?
それでなくても、今はテンション高そうなのに・・・。」
そこまで言ったところで、ちらりとアスカの方に顔をやり、二人にもそれを見るよう促す。
アスカは闘志満々の様子で、出場が決まった者たちを見つめている。はっきり言って、とても”美人コンテスト”に出る雰囲気ではない。
武闘大会とでも勘違いしてるかのような闘志だ。これがマンガの世界ならばオーラでも見えるところだろう。
いや、豹馬たちには、うっすらとソレが見えたような錯覚さえ覚える。
「あ・・あいつ何か勘違いしとるんとちゃうか?殴り合いを始めるわけとちゃうで・・・。」
「こ・・・こえぇ・・。」
「これで解ったでしょう。あの火に油を注ぐことは避けたいんですよ。
もし、惣流さんが負けるようなことがあれば・・・・・十中八九彼女は暴れるでしょう。」
うんうん、と小介の言葉に無言で頷く二人。話す小介に、聞く二人。お互いにじっとりと脂汗をかいている。アスカの大暴れを想像してしまったに違いない。
「綾波さんが出場したとして・・・その順位が惣流さんより上。そんなことになりでもしたら・・。」
「わ・・・・わかった。綾波はこのまま寝かしておくことにしようぜ。」
「どっちにしても負けたら暴れる事には変わりはないでしょうけどね。せめて惣流さんの勝つ確率を上げないと・・・。」
小介は力無く呟く。
「な・・・なぁ・・・ちずる・・・出場・・・・今からでもヤメねぇか?」
せめてちずるの出場を止めて、トラブルの拡大を防ごうと、ちずるに提案する。
「大丈夫よ。私勝ってみせるから。」
その気になっていたちずるには豹馬の真意など届くはずもない。
「誰もそんな話はしてねぇぇぇぇっ!」
なにやら、勘違い気味の闘志を漲らすアスカ。自信満々に、見下すような視線でアスカ、カテジナをを見るセシリー。真っ向からにらみ返すカテジナ。無邪気にはしゃいでいるちずる。それぞれ出場の思惑は違うが、アスカ同様気合充分だ。
「なぁ・・・誰が勝っても、誰かが暴れそうな気がするのは・・・・オレだけか?」
ポンッと、後ろから肩を叩かれた豹馬が振り返ると、そこには涙を流しながらウンウンとうなずくシンジの姿があった。
「そうか・・・・お前も・・・そう思うのか・・・。」
シンジと、豹馬は「逃げたい・・・。」と心の底から思い始めていた。
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