「その決闘、ちょっと待ったぁ!」
桜の木から飛び降りてきた覆面の男の、その怪しさに、一同は飲まれてしまっている。
「この勝負・・・私があずかる!」
一方的に、そう言い放たれても、誰も異議を唱える者はいない。
いや、言えなかったのだ。
アスカやカテジナでさえも、なにやらただならぬ雰囲気に固唾をのんで見守ってしまう。
いち早く、正気に戻ったのは意外にもシンジだった。
「ねぇ・・・あの人・・アスカの知り合い?」
男の方を見たまま、口をあんぐりと開け、固まったままのアスカに真顔で訪ねる。
その声で、ハッと我に返ったアスカは、大口を開けていた恥ずかしさも手伝い、シンジに言葉を叩きつけるように返す。
「あぁんた、バカァ!?なんで、そうなるわけ?なんで、アタシがあんな変態と知り合いなのよ!」
「だって、アスカって、ドイツ人の血が混ざってるから・・・・もしかしたら知り合いなのかなぁって。」
そう言いつつ、なるべく眼をあわさないように、覆面男の方を見てシンジはさらに続ける。
「ほら・・・あの人の覆面って、ドイツの国旗だから・・・・きっとドイツの人だよ。」
アスカは、シンジを張り倒しつつ絶叫する。
「あ・・あんたねぇ!アタシがドイツ人とのクォーターだからって、全部のドイツ人と知り合いな訳ないでしょう!
第一!例えドイツ人だろうと、無かろうと!あんなヤツに知り合いなんていないの!解った?」
張り飛ばされた頬を押さえつつ、シンジはなるべく聞こえないように抗議の声を上げる。
「何も殴ること無いだろう・・乱暴なんだから・・・。それに、無意味に威張ってるっぽいトコなんて、アスカに似てるかなぁ・・・って・・・。」
小さい声で言うぐらいなら、最初から言わなければいいのに・・・・なんて思ってはいけない。コレがシンジの精一杯の抵抗なのだ。
もっとも、抗議するだけ、幾分勇敢なのかも知れない。
普段の状態ならいざ知らず、怒りのアスカに抗議するなど1−Aでは、もはやシンジぐらいのモノだ。
幼い頃からの慣れと言ったところだろうか?
「なぁんですってぇ!もう一回言ってごらんなさいよ!」
当然のように怒りに火が注がれるアスカ。
小さい声で言おうと、こんなに近くで言えば誰にだって聞こえる。まして、アスカは地獄耳だ。
「誰が無意味に威張ってるってのよ!アタシのは、確固たる自信に裏付けされてるのよ!どの辺が無意味に威張ってるか、言ってもらおうじゃないの!」
(いや・・・だからそういうところが。)
アスカとシンジのやりとりで、シュバルツの呪縛から解き放たれた1−Aの・・いや、その場にいる全員がそう思う。
だが、口には出さない。さっきまでやり合っていたセシリーさえも口に出すのをためらった。
無意味に攻撃など受けたくないのは、誰しも同じだろう。
「いや・・・あの・・・そういうところが。」
しかし、つい言ってしまうのが、シンジのいけない所だ。もしかしたら、習性になっているのかも知れない。
再度シンジを張り倒そうとする、アスカの手をガッチリと受け止める覆面の男。
一体いつの間に近づいてきたのだろうか?
「一つ、言っておく・・・。」
アスカの手を握る手に力がこもる。マスクの隙間から見える目は真剣そのものだ。
「な・・・なによ?女が男を殴るな、なんて・・・とか言うつもりじゃないでしょうね?」
その様子を間近で見ているシンジの脳裏に、入学式の朝に会った、バンダナの男のコトが甦る。
シンジは、その時の展開を思い出し、そっと心の中で覆面男に合掌を送る。
「そんなことはどうでもいいっ!・・・・さっきから聞いておれば、変態変態と・・・・。」
ドズッ!
鈍い音が響く。覆面の男の脳天にアスカの肘が振り下ろされたからだ。
「そんな怪しいマスク被って、しかも、木の上から降ってきて変態じゃないとでも言うつもり?笑わせて・・・えっ?」
アスカは、目を見張った。
確かに、覆面男の脳天に直撃させたはずだったアスカの肘は、何故かシーブックの脳天に炸裂していたのだ。
声もなく、崩れ落ちるシーブック。
「ああっ!?シーブックッ!」
さっきまで、自分の隣にいたはずのシーブックが、いつの間にか、アスカに肘を喰らい倒れているのだ。
驚くのも無理もない。
慌てて駆け寄るセシリー。白目をむいているシーブックは、当然のごとく無反応だ。
「ハッハハハハハハ!未熟、未熟ぅ!」
桜の枝から、ぶら下がりながら笑うその姿は、まさしく変態と言われても仕方ないモノだ。
「逆さ吊りで高笑いする覆面男のどこが変態じゃないって言うのよ?」
アスカは、冷たく言い放った。
その場にいる者全員も同じ気持ちだ。
「まだ言うか!変態ではない・・・忍者と言ってもらおうか!」
シーン・・・・・・・・・・
一瞬時が止まったかの様な錯覚を覚える。
「あんたバカァ?”忍者”ってのは、忍んでるから忍者なんじゃない!
あんたのどこが忍んでるのか、教えてもらいたいモノね!」
静寂を破り、叫ぶアスカにシンジが口を挟んだ。
「でも・・・さっきアスカの攻撃をかわしたときに使ったアレ・・・移せ身の術って言うんじゃないかな?それって、忍術だよね?」
「あんた一体どっちの味方よ!」
「いや・・・その・・・どっちの味方とか・・・そういうんじゃなくって・・・。」
シンジが自分の迂闊さを呪いつつ、どうやってアスカの気をそらそうかと考えた瞬間。
「その通りッ!あれぞ、ゲルマン忍術よっ!」
必要以上に大きな声で、しかも誇らしげな声。
シーン・・・・・・・・・・
二度目の静寂が辺りを覆う。
「・・・・・ほら・・・ゲルマン忍術だって。やっぱりドイツから来た忍者みたいだね・・・・・・。」
シンジの少し間の抜けた声だけが、満開の桜の間に聞こえる声だった。
「フッ・・・名乗るのが送れてしまったな・・・・私の名はシュバルツ・ブルーダー。お察しの通りドイツ忍者だ。」
ようやく逆さ吊りの状態から、降りてきた覆面男は、そう名乗った。
「では、君たちの勝負の方法だが・・・。」
「ちょっと待って。なぜあなたが仕切るのかしら?私は、あなたに勝負を預けた覚えはありませんよ。」
セシリーは、静かに、しかし怒りを込めて抗議した。
横から出てきて大きい顔をされるのも気にくわなければ、
シーブックを身代わりにして、アスカの攻撃を避けたことも気に入らないのだ。
この辺は、アスカと違い少し人間ができているというか、状況を把握していると言ったところであろう。
もし、この立場にアスカが置かれたら、「なぜシンジが殴られていたか。」などはこれっぽっちも考えずに、単純に殴った人間を攻撃することだろう。
「さ、部外者は、放っておいて・・・・。」
セシリーが、さも「これ以上関わるのはゴメンだ」と言わんばかりに、アスカに話しかけようとした時。
「この勝負は、私があずかると言ったであろうっ!」
「うわあっ!」
気絶している、シーブックでさえ起きるほどの怒声。
「わ・・・解りましたわ。(な・・・なんなの、この人・・・。逆らうと、何するか解らないわね・・。)」
「な・・・なんでもいいから早く決めなさいよ。(どんな勝負だろうと、アタシが勝つに決まってるんだから!)」
考えてることに差異はあるものの、どうやら、決闘の方法をシュバルツに一任することには、双方納得した様子である。
「君たちは、今日は花見に来ていたようだな・・・・・。そう!花見といえばっ!」
「まさか、宴会芸で勝負を決めろなんて、言わないでしょうね?」
少し離れたところから、事の成り行きを見守っていたカテジナの冷たい声。
ピタッとシュバルツの動きが止まる。
覆面のせいでよくはわからないが、汗を流しているようだ。
「む・・・うむう・・・・この私が、そんなことを言うわけがないだろう。」
喋り方にも先ほどまでの覇気がない。
よく見ると、覆面から除く目は、キョロキョロと、眼球だけで、辺りを見回している。
ふと、目の動きが止まる。落ち着きを取り戻したようだ。
「花見と言えば・・・そう。華やかなものだ!
どちらが、よりこの満開の桜に、ふさわしい華やかさを持つ者かを競ってもらおうではないか!」
ビシッと、指さす先には、カイの持っているカメラ。
「幸いにも、カメラをたしなむ者がいるようだ。華やかな者、美しい者を鑑定する目には長けているはず・・・・審査員には、ふさわしいだろう!」
これこそ花見にふさわしい、決闘方法ではないかっ!」
なぜか、拳法のようなポーズを決めながら、シュバルツは言った。
シーン・・・・・・・
三度目の静寂。
「それって・・・・ただの美人コンテストじゃないか・・・・。」
気絶から復帰したばかりなので、今ひとつ状況を把握しきっていないシーブックだったが、
それでもその呟きは的を得たものだった。
『美人コンテストかぁ・・・アスカは好きそうだな。あ・・・そういえば、綾波はどうしたんだろう?
さっきまでは、カラオケの本見てたはずなんだけど・・・・・。こう言うことに興味ないのかな?』
ふと、シンジは、レイの姿を求めて、周りを見渡す。
カラオケセットのそばで、マイクを握ったまま眠っている。
どうやら、レイもしっかり酒を飲んでいたらしい。カラオケをセットしに行くところで、力尽きたのだ。
『寝てるんだ・・・・その方が幸せだな・・・。』
シーブックの呟きが引き金となり、俄然、異様なやる気を見せ始めた、
アスカと、セシリーの方を見ながら、シンジは心の奥で呟くのだった。
『なんか・・・とってもイヤな予感がする・・・。あぁ・・・・逃げたいなぁ・・・。』
しかし、シンジには解っていた。
ここで、逃げても、結局あとでアスカに殴られるのだ。
それならば、「なにも起こらないかも知れない」現状にとどまるのが最善に思えた。
『なにも起きませんように・・・。』
果たして、シンジの願いは届くのだろうか・・・。
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