8月18日 闘え!夜行列車

フランクフルト、小雨模様の中、列車はホームに滑り込んだ。
 昨夜からの騒動でちんたは意気消沈。3時間程度しか寝ていない夜汽車疲れもあって、ぐったりしてしまっている。

 それで着いてみたら雨かい。

 プラハで3日ほどほげほげしたこともあって、全然自転車に乗っていないのである。できれば夜汽車で朝、フランクフルトに着いたらそのまま走り出してしまいたかった・・・というのが今日のもくろみであった。雨は小雨。やむかどうかは非常に怪しい。止んだとしても、昼過ぎになってから止まれても・・・ねぇ。
 まぁ、どっちにしろ、4日ぶりのドイツなのでやらなくちゃいけないこともある。まずはドイツマルクを調達しなければいけない。これは駅構内をよ〜く探すと銀行の支店があり、そこでユーロのT/Cをマルクに替える。今回、T/Cを使うのは初めてだ。現金を手に入れたら今度は地図だ。フランクフルト周辺の地図を持っていないのだから。これも駅の中にある本屋で手に入る。駅の本屋は新聞も売っていて、さらに大きな駅になると各国新聞の衛星版なども置いてあったりする。日本代表は朝日新聞と日経。じつは昨日、かなり高い金(当社比)を出して朝日新聞の衛星版を買っていた。夜行列車の中で読もうと思って。それが気づいてみたら例の騒動で鞄をひっくり返したときにどこかにやってしまったのか、紛失してしまった。うう、あれで何日か楽しむ予定だったのに・・・あの畜生(車掌)め・・・。駅の本屋ではドイツ語の新聞ではそういうことをしている人はいないのだけれども、衛星版はやはり高いからなのか、新聞を立ち読みしている人が多い。いいのか?ちんたも赤信号みんなで渡れば式に図々しく新聞を立ち読み。ちょうどロシアの潜水艦が沈んだ・・・というニュースの頃であった。後日、あちこちで出会う日本人に、「最近のニュースって何かあった?(←長旅中の人はえてして知らない)」と聞かれた人に、「なんか潜水艦が沈んだらしいよ」と教えてあげたのだけど、考えてみれば潜水艦が沈むのは当たり前といえば当たり前で、かえってきょとんとされてしまうことが多かった。 


 まだ雨は止まない。
 これもまた駅内にあるマクドナルドで朝食を取ることにした。朝マックはフランクフルトも日本も同じ。ソーセージエッグマフィンセットを注文。新聞の天気予報を読んだり、ハンドヘルドPCを取り出して記録を付けたり。隣の席では360度どっから見てもドラッグやってますみたいなのが二人ほど。
 10時頃までうだうだしていたのだけれど、天気がどうなるかいまいち確信が持てず、もう、ぐったりモードだったので、決断。本日の宿はフランクフルトに取ることにした。駅構内の電話からYHに問い合わせてみると、部屋があるとのこと。それじゃ、やっぱり泊まりましょう。
 YHに着いたのはお昼。フランクフルトのYHは非常にわかりやすいところにあって、川沿いにあり、さらに近所に教会があるのでどこから見てもたいていわかる。やっぱり「歩き方」に載ってる街は楽だなぁ。途中、川沿いでなにやらイベントなのかフリーマーケットみたいなのが開かれていたけれど、もうお金使えないよ症候群にかかってしまっているちんたはパス、パス。YHにまっしぐら。思い返してみればずいぶん久しぶりのYHである。9日のグラボウのYH以来か。さすがに大都市なだけあってフランクフルトのYHは設備がとてもきれい。キーもカード式だ。ただ、この日は日が悪かったのか、このYH、妙にうるさい。同じフロアにあるホールではロックコンサート大会?みたいなのをやっているし、その下ではなにやら会議なのか講演会なのかたびたび拍手が起こっている。そうそう、うるさいと言うほどでは無いのだけれども、このYHの近所には教会が3軒もある。それぞれが何時に鐘を打つことにしているのかわからないけれども、なんだか20分ごとにどこかしらの教会が鐘を鳴らしていて、いったいぜんたい、ここら辺の教会はどういう基準で鐘を鳴らしているのだろうと首を傾げることしきり。 


 シャワー浴びると人心地着く。うーん、さっぱりしてみると意外と疲れていないことに気がつくっていうか、疲れがとれたのかもしれないけれども、とりあえず動きたくてうずうずする。昼を過ぎてからだんだん天気が好転してきて、青い空がのぞくようになってきた。とりあえず、部屋でほげほげしているのもなんだし・・・・ちょっと出歩きましょうか。大きな荷物は部屋に置いたまま、自転車で近所を軽くポタリングすることにする。ま、散歩ですな。お隣の街に行ってみたり、川沿いを上ってみたり下ってみたり。ポタリングではあるものの、やっぱり自転車でうろうろするのは楽しい。フランクフルトは大きな街ではあるんだけれども、自転車で動くと結構すぐに外に出てしまう。有名なルフトハンザ航空の本社を始め、高層ビルが建ち並ぶいかにもフランクフルトといった風景の所から、ものの10分も自転車を漕いでいると、川面を望む静かな森になったりする。自転車道もちゃんと整備されていて、すれ違う自転車も多く、さらにロードレーサーも多い。石畳ばかりロードレーサーなど皆無だったチェコや旧東独圏と比べると明らかに違っている。単に天気がいいからそう見えるだけなのかもしれないけど、やはり道とか、川とか、その他諸々のつくりが明るく見える。どことなく枯れたような雰囲気が無い。ほぼ10日ぶりに訪れる旧西独地域、「ああ、そういえばこうだったよな」と改めて思い出す。
 3時間ほど漕いだ後、YHへ帰投。部屋に戻ると、今晩の同宿者が何人か。あいさつを交わす。

 日本人かな?と思って声をかけた男の子は韓国人だった。見分けが着かないもんだね〜。彼は韓国の大学生のようで、もう10日ほどヨーロッパを回っているんだとか。おそらくはユーレイルパスを使っているらしいのだけれども、10日にしてすでに6カ国近く動いているようでそのフットワークの軽さに驚く。自転車乗りの目で見ちゃうからかな。ちんたさん18日目にして3カ国がやっと。ハンブルグで出会ったトーマスに言わせると「アジア人に取っては英語覚えるのは大変だよね〜」ということだったけれども、どう?英語は得意?と聞くと

 「いや、全然です。大変です」

 とのこと。確かに大変らしくて、タダでさえ英語の下手なちんたと会話しているので相乗効果でお互いよけい会話が読めなくなっている。お互い「英語下手でごめんね」なんて謝り合っている。
 本日、二段ベッドの上に陣取っているちんたの、その下のベッドに位置することになったのはオランダ人のおじさん。YHでは意外とおじさんの一人旅というのを見かける。自転車で旅しているというのをなんだかとても喜んでくれている。自然、話は「オランダはいいよね〜、自転車道がちゃんとしててさぁ」みたいな話になる。結構、そういうことって誇りにしている部分もあるのか、オランダ人、そう言われると結構うれしそうで誇らしげ。 


 夕食はYHの前を流れるマイン川のほとりで食べる。実は、YHの裏手に回ればレストランがたくさんあったのだけれども、ちんたさん、観光客のくせに出不精というかなんというか、表にある川しか目に入らず、川っぺりにあるインビスでハンバーガーを1個。これが本日のお夕食。チェコからドイツに来て、いきなり物価の格差を反映したような食事事情。今日はビールは我慢しようかな、と。夕暮れのマイン川のほとりでハンバーガー(それもレンジで温めるだけの実に粗末な・・・)をむしゃむしゃ食べるちんた。

 とんでもないことが起こったのはその晩のことだった。

 ふと気になって確認しに行っただけだった。時刻は夜の9時を回っていた。YHの受付で「自転車は玄関の前の車止めに止めときな」と言われたので、そこに止めてあった。が、やはり気になるので、せめて取り外しできるメーターやらライトやらのパーツ類は外しておこうかな、と自転車を見に行って気がついた。

 すでにやられている。

 メーターとライトとリアフラッシャー。台座ごともぎ取られていて、残るはひねられた跡も悲しげな残骸が残るのみ。・・・つーか、もうちょっと上品にお盗りになられてもよろしいんじゃございませんこと?フレームやタイヤの方はこれでもかというくらいにロックしてあったので無事・・・はぁ、良かった・・・って良かったじゃねぇ!怒り心頭、その場で沸騰、とにかくYHのフロントに駆け寄る。ホントは「てめえがあんな所に置けなんて言うからやられちまったじゃねぇか!」と怒鳴りあげたいところであるが、ここでYHのフロントを敵に回しても損するだけだ。努めてにこやかに「ガレージないの?あるんなら入れさせてほしいなぁ」とお願いする。すると奥の方から鍵を持ち出してきた。ガレージあるんなら最初っから出せや、ぼけが・・・と言いたいところであるがこれもまた我慢の子。引き続きにこやかに「警察はどこかなぁ?」と聞いてみる。地図を広げながら教えてもらうとどうやら歩いて10分位の所にあるらしい。とりあえず、出るかどうかは別として盗難証明を取らないことには保険も下りないので盗難証明はきっちり警察から取っておきたい。 


 警察に行く道は思いっきり治安が悪そうな徒歩10分。警察に行く途中でさらに強盗とかにあったらしゃれにならんな、とか、手間が省けるなとか考えながら歩く。
 駆け込んだ警察の窓口で「英語が話せる人は居ますか?」と聞くと意外と警察官というのはあほうなのか、たいていの人が英語を解すこの国において、この警察署の(その日夜勤だった)警官はほとんど英語がしゃべれない。奥の方からようやく、一人、英語可という警官が出てきてくれた。ここまでのやりとりだけでも、おいおい、警察、意外と応対が冷たいな、というようなことを感じる。
 この警察の窓口は玄関ホールに作られていて、要は部外者は玄関ホールからは一歩も入れない作りになっている。警察官とは窓口というかカウンター越しに応対をするのだけれども間にはがっちりと窓ガラスがはめ込まれていて、インターフォンでやりとりをする。窓の下には書類をやりとりする引き出しがある。ちなみにちんたさん、この構造は非常になじみがある。パチンコの景品交換所とまるで同じ。ただし、ガラスの向こう側は3割り増しで厳しく、冷たい。

 「どういう状況なんだ、説明しろ」

 盗難証明書を発行してもらうのは、意外と簡単にはいかないようだ。考えてみれば警察なわけで、被害届にも取り調べみたいなことがあるのは当然で、必要不可欠のことだろう。しかし、え?それを英語で説明するんですかぁ?ちんたさん、思わぬ壁に直面。どうにかこうにか「言われるままにYHの前に自転車を止めておいて、気がついたら盗られていた」を説明する。すると今度は紙とペンを持ってきて「それをこれに書け」という。うへぇ、今度は英作文の問題ですか?どさくさでなんとかなっちゃう英会話より英作文の方が(ちんたにとっては)難易度がさらに倍、ってなもんで、さらに悪戦苦闘。基本的には中学生程度の英語力で間に合うはずなんだけれども、それさえままならないちんたさん。もう、気分は全統模試・・・なんですが、苦労の末に書き上げました。単語や文法の間違いについてはこの際見逃してもらいましょう。書き上げた調書をふんふんと見て、警察官、一言。

 「現物の自転車持ってこいや、検分するからよ」

 な、なんだと?今からYHに戻って自転車もってこいって言うのか!?やだよ、往復で30分くらいかかるって言うのによ、おまけにこえーじゃんかよ、この辺りよ。

 「心配するな、俺は夜勤だから朝まで居る。時間は気にするな」

 いや、そういうことじゃなくって、あんたが気にしなくても、俺は気にするぞ。しかし、そうしないことにはやはり盗難証明はどうしてもでないらしく、腹をくくって、もう一度YHまで往復。再度警察に向かうときには自転車に乗っていくわけなんだけれども、これがまたライトを盗まれているだけに夜道の運転がこえーのなんの。20分くらい経って、先ほどの警官の前で自転車を見せる。台座からもぎ取られているので、どうみても盗まれた以外のなにものにも見えず、さすがにその警官も一目で納得した模様。

 「しかし、こんなもの盗もうと思えばすぐ盗めるじゃないか」

 いや、そりゃそうだけど、じゃあ、俺が悪いのかこら。

 「メーターなんてすぐこうやって外せるんだろ?」

 よく知ってるじゃねーか、よけいなこと言わなくっていいから早く盗難証明出せってばよ。

 「こんなんじゃ、保険屋も保険金なんか出さないぜ」

 いいから、早く書けってばよ、君の仕事は盗難証明を書くことだ。もちろん心の中でではあるが、そうつぶやく。あ〜だこ〜だといいながら(おそらくはめんどくさいのだと思う)、なんとか納得したようで、奥のオフィスに引っ込んでいった。
 それから玄関でひたすら待つこと20分。やっと盗難証明が発行された。すでに最初に警察署を訪れてから1時間半以上経っている。ちくそー、(被害者であっても)警察のお世話になるのがこんなにめんどくさく、気分悪いとは思わなかったぜ。
 ま、とりあえず、盗難証明はもらえたし、さっさとYHに戻ろう。 


 慣れない警察官との応対でYHに戻る頃にはくたくた。今日はやめておこうと思ったのだけれども、くたくたなのでまぁいいか(?)ということで、YHのバーでビールを購入。たまたまそこに同室のオランダ人おじさんがいたので声をかけてしばらく話し込む。
 「ライト盗まれちゃったべさ」
 というとやたらに驚いて同情してくれた。ちんたさんは警察官ともごたごたあったし、なによりもくたくただし、とりあえず盗まれたことそのものについてはもうなんだか吹っ切れちゃった感じがする。ま、それほど大した被害じゃないしね。オランダ人と話すのはオランダが自転車天国なこともあってとりあえず話のネタはそこから入ればいいのが楽ちん。平らで楽ちんでいいよね、とか、やたらたくさんの人が自転車に乗ってるよね、とか。
 今思うと、よくあの英会話が通じていたなぁと思う。ヨーロッパの人たちはみんな非英語圏の人にやさしいなぁということをつくづく感じる。
 夜中の12時頃になっておじさんは寝ると言って部屋に戻っていった。
 んじゃ、俺も寝るべぇかな、とうろうろしていたわけだ。 


 すると2階のバルコニーに日本人らしき集団が。7人?8人?わいわいとやっている。なにやら日本語も聞こえるので日本人なんだろう。ちょっと仲間に入れてもらうことにする。なにげにちんたさん、ヨーロッパに入って3週間が経つが、日本人とちゃんと話をするのは初めて。途中、英語圏の人やドイツ人とはいろいろな人と話したりはしているのだけれども、やっぱりどこかで寂しい、というよりフラストレーションのようなものがあったことは否めない。そんなこともあって、正直なところ、久しぶりに日本語で会話ができたのがうれしかった。へたれ?まぁそこら辺がちんたさん海外旅行初体験の所以たるところだな。
 そこに集まっている面々はやはりというかなんというかほとんどが学生。ちんたさんこの中ではぶっちぎりでおじさん。社会人なんかちんたの他にもう一人(先生をやってるんだそうだ。でも新卒なので若い。女の子)しかいないんでやんの。先生はこの日にフランクフルト空港からドイツ入り。1週間ほどのお休みがあるんだそうだけど、まだこの先の旅程をぜんぜん考えていないらしい。「歩き方」を広げながらあーでもないこーでもないと言っている。ライン川を下るのかそれとも上るのか〜、とか言いながら。旅程を決めてないのはともかく、今にも破れそうなサンダル履きでなんだか近所のコンビニに行くようないでたちで国際線に乗ってきているところが肩の力抜けまくり。

 やはりというかあたりまえというか、その輪の中では自転車で旅しているのは自分一人。

 「そんな自転車バカ見たの人生の中で二人目です。」

 などとありがたいお褒めの言葉をいただいてしまった。
 フランクフルトは特に観光スポットとして何があるってわけではないのだけれどもフランクフルト空港に乗り入れるエアラインが多いために、自然と日本人も集まるらしい。それが今日のこのYHの状態と言うことか。今日フランクフルト入りした人や明日フランクフルトから帰国という人もちらほら。ヨーロッパ入りのエアラインも様々で全日空、ルフトハンザといった高そうなエアラインの人から、マレーシア航空(←調べた中では一番安かった。が、これ、クアラルンプールで10時間以上トランジット待ちがあるんだよね)の人まで。中華航空なちんたもどっちかというとそちら側。プーとはいえいい年した大人が最安値価格帯のエアライン使っているところがとっても恥ずかしい。

 エアラインといえば、「機内食のナイフとフォークをくすねるか?」という話題がえらく盛り上がっていた。も、持って帰るかぁ?と思ったのだけれども、意外に持って帰る派が多い。曰く、

 「スーパーでパンとハムとか買って食べるのに必要、つーか必須」

 ということであった。特に大阪から来ていた女の子は強くそれを主張していたな。

 「絶対、いるねん」

 そ、そうか?でも、直行便ならともかく、乗り継ぎの時にそのくすねたナイフとフォークで金属探知器鳴らしちゃったらめっちゃくちゃかっこわるいな。
 深夜2時頃にそろそろ寝るべ、と解散。結局、先生の明日の行き先は決まらないままだったようだ。明日からどこに行くんだろう?
 久しぶりにちゃんとしゃべれてちょっと満足のちんた君。
 思い返せばなんか今日はいろいろありすぎた一日。警察署に行っていたことすら、もう、はるか昔の気分。   




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