7 29
昨日と今日はとても暑かった。
午前11時から午後7時までの屋外でのイベントで、摂取した水分と汗の量が同じならどれだけの汗が流れたんだろう?
昨日の夜に「一心」に8人がいた。
今日の夜は僕の工房に8人が来て僕を入れれば9人になる。
どうやったら9人が入れるかと僕の工房の狭さを知ってる人は思うだろうけど、実際に9人がいて9人が飲んだり食べたりしておしゃべりを続けた。
記念撮影をして解散したのは9時半だった。
こうなると、本当にここはどういうとこなんだと考えるれど、そう考えるのもいつものことだ。
記念撮影した写真を眺め、毎年撮影するけれど、毎年誰かがいなくなるね。と僕が言う。
これは怖い話だけど、本当の話だ。
今日の円頓寺ではいろんな人に会いいろんな話をした。
久しぶりにSという会社のY君に会い、久しぶりに円頓寺商店街のIさんに会いいろいろと話し込んだ。
区役所のAさんに会い、会うのは2何年かぶりだったので懐かしさがこみあげたものだった。
「一心」の主人が来て奥さんが来て板前さんが来た。
僕の生徒は盛況なイベントで汗まみれになって動いている。
僕はほとんどノータッチですべてを任せてしまっているので、時々、デジカメのシャッターを押しながらそれを眺めているだけだ。
生徒さんたちは大変だったろうな・・・・・・・・。
7 25
昨夜、帰宅したら11時を過ぎていた。
NHKから帰宅したのは9時で、それからN野さんと「しゃしゃんぼ」にいて、彼女を名古屋駅の改札口に送って帰宅したら11時を過ぎていた。
その2時間の半分は歩いていた。
最近、そうやって身体を動かしているのだけど、さすがに暑く服を脱ぎたくなる。
月曜日に東急ハンズにいた。
徒歩でそこへ行き徒歩で帰宅した。
1時間以上の散歩をしていたみたいなものだったけど、さすがに暑かった。
その深夜に僕は5キロを歩いたり走ったりした。
この暑さの中で、一般人がそんなに身体を動かしていいのかと考えたけど、まあ、大丈夫。
さっき、5キロばかりを歩いたり走ったりしていた。
それからシャワーを浴びて爽快な気分になり、Aにメールを送信した。
Aがある取材を受けてその取材記事を読んだからだ。
Aの写真も掲載されていた。
Aの記事を読んだのは何度目になるんだろな?
忘れているかも知れないけれど、最初は6年前の雑誌「装苑」の記事だ。
そこに19歳のAがいて、今日、25歳のAがいた。
7 21
日曜日が来た。
今日のナゴノでの体験教室が今月6日目の体験教室になり、今月の予定がようやく終わった。
月に6回となると、僕が主催者でなくてもさすがにくたびれる。
そのナゴノにいてタルとおしゃべりしていたら、タルのお客さんが来たので僕は自宅に帰り昼食を食べた。
午後になるとふたりの生徒さんが来て作業をしていたらY君が来た。
次にN野さんが来て、N君が来た。
5時を過ぎるとタルがナゴノから帰って来たので、工房は人があふれた。
ナゴノスペースの近所にフルーツショップがある。
夕方、ナゴノでタルの後片付けを手伝っていたら工房にいるはずのY君が来て、ジュース、ジュースと言う。
これには驚いたけれど、どうやらそのフルーツショップはフルーツを絞ってジュースにしてくれるらしく、先生は何がいいです?と聞いた。
どれも美味しそうなのでなんでいいよと答えてタルと一緒に帰宅するとN野さんだけがいた。
5人分のジュースを絞るのは時間がかかるらしく、しばらくしてN君とY君が5本のジュースを抱えて帰ってきた。
5人が贅沢なジュースを飲んだ。
これは美味かったし、あんまり飲む機会はなさそうな気もしたけれど、飲んでしまうとまた機会があれば飲むだろう。
ジュースを飲み終えるとN野さんが帰りタルが一緒に帰った。
そうしているとU君が来て、4人でしばらくお喋りをした。
今日は人が多かったしお客さんも何人かが来た。
家族連れのお客さんが買い物をして、遠方からわざわざオーダーを入れに来てくれた若いお客さんがいた。
贅沢と書けば、Y君が贅沢なチーズケーキをお土産に持ってきた。
生徒全員でそれを食べたけど、あれは美味かったし、濃厚な味がしたものだった。
こんなことを書いていると、ここはどういうところかと悩んでしまう。
工房ではあるのだけど、他にもかなりの数の意味がありそうな、そんなところなんだろう。
7 20
昨日の夕方にりょうが遊びに来ていた。
いろんな話を聞いた。
夕食前に妻が外出したのでりょうと一緒にCOCOでカレーを食べた。
COCOでは年に一度ぐらいは食事をすることがある。
僕は僕の定番のカツカレーを食べてりょうは夏野菜カレーを食べた。
食事が終わるとりょうは自宅に帰り、ひとりの僕はひとりで過ごした。
今日の午前はナゴノスペースにいた。
タルの講習を手伝い帰宅して昼食を食べると僕の生徒が来た。
生徒が帰り、僕は着替えをして妻と妻の母親と一緒に車に乗った。
通夜だった。
妻の叔母が死去して何時間が過ぎたんだろう。
よく会う機会があった人で、どこか陽気な人で、よくおしゃべりをした人で、僕の母親とひとつの年齢の違いのある人で、
つまりは、よく知ってる人がいなくなった。
母親と息子という関係を考える時がある。
父親と息子の関係の真逆の関係が母親と息子の関係のような気がしている。
7 17
夜、仕事帰りのN野さんが来た。
NHKビルから自転車で来たらしく、作業を終えると自転車を名古屋駅の駐輪場において帰宅するらしく、
なんだか慌ただしい。
暑いよと彼女は言って、梅雨が明けたよと言った。
梅雨が明ければ夏がはじまり今日は本当に暑かった。
関東のどこかでは39度を超えたと言われて、今度のイベント開催日がそんな気温になったらどうしようかと心配した。
生徒がいなければ冷房を入れる気が僕にはないけれど、今日は妻が冷房を入れた工房でなんかの作業をしていた。
なんかの作業を終えても工房にいたのは、工房が家の中では一番涼しいからだ。
僕は、さらに涼しい隣の喫茶店で冷たい珈琲を飲んで「週刊ポスト」を読んだ。
「週刊ポスト」を読むために週に一回の喫茶店通いをしてるのだけど、この週刊誌には面白い記事はない。
まあ、習慣で週刊誌を読んでいるもたいなもんだ。
先週が忙しかったせいか、昨日の休日の気分が今日に続いて、なんかのんびりしていた。
そいえば、先日、Oさんがお中元に明太子を送ってくれた。
立派な明太子をビールを飲みながら生で食べた。
明太子を生で食べるというのは生涯ではじめてかも知れないけれど、随分と贅沢な気分になった。
そういえばの続きだけど、
N野さんは自転車で帰ると言うので僕も自転車で途中まで一緒に走った。
どこへ行くのと聞くので酒屋にビールを買いに行くよと言えば、買い置きはしないのとN野さんが聞いた。
買い置きはしないな。
ビールもお酒も買い置きはしない。
ついでに書けば煙草も買い置きはしないことにしている。
7 16
深夜、5キロばかりを歩いたり軽いジョギングをして、それからストレッチをして何本かのダッシュをした。
還暦過ぎの坐骨神経痛を持病にしている男性の足にはきつい気もするけれど、そうでもなく1時間ばかりそんなことをしていたら、
汗がすごく出て、気持良くなった。夏は汗を流すに限るのだ。
最近はそんなことをして過ごす深夜が多くなった。体力が欲しいと本気で考えているからだ。
最近のデジカメはハイビジョン動画が撮れる。
撮れたらメールに添付してそれを送るということも出来る。
ところで、メールに添付された動画の容量はどのくらいが限界だろうかと考えて、自分宛てにテストをしてみた。
いつも個人的に使用するメールソフトはヤフーメールで、ヤフーメールの容量は25MBまで添付OKと書いてあったので、動画をカットして24MBにして送信した。
これは数秒で送信が出来、数秒で着信が出来た。
出来たのだけど、24MBの動画はハイビジョン動画の場合、9秒だった。
9秒の動画を送る意味は、ほとんどない。
分割して送る方法もあるけれど、どうにも面倒だ。
ハイビジョンではなく通常の動画サイズにすると、実は3分ほどの動画が送れた。
どっちがいいんだろう?
そんな意味のなさそうなことを考えていたのは、休日のせいだな。
動画で思い出したけど、ユーチューブで「革工房うえすと」を検索すると、面白いというか驚いてしまうというかそんな動画がある。
これをアップしたのはN君で、N君は、時々そうしたことを突然にする。
これには、本当に驚いた。
その動画のことだけど、不思議なんだな。
動画は僕のこととか僕が考えていることを実に的確に表現している。
その的確さに驚いたのだけど、N君は僕を的確に見抜く勘を持ち合わせているのか、僕という個人を考え尽くす作業をしたのか?
N君みたいな人はあんまりいないよ。
7 15
ナゴノスペースに3日続けていて、今日は3往復した。
最初は歩いて、それから自転車で走り、最後は車になった。
この最後の車には2代目のY君が同乗して、りょうのワークショップの後片付けを手伝った。
今日の夕方のことで、帰宅すると工房には3人の男性とふたりの女性がいたことになり、7時を過ぎて解散した。
明日は休日という気分があったので、少しの開放感を感じた。
今週は、ナゴノの4日間とNHKの1日があったせいだ。
ナゴノスペースでシューズボナンザのS君としばらくおしゃべりをした。
僕たちがナゴノスペースを利用するには、ナゴノスペースに常設された「シューズボナンザ」と「群」という編集室にお世話になるしかなく、
これが、いつも僕には気になることだった。
それで、僕は機会があればコミュニケーションを重ねることにしている。
ナゴノスペースという施設の利用には人との関係が良好であるということが前提になるものだ。
来週の土日はタルがナゴノを使ってワークショップをする。
これは「シューズボナンザ」にも世話になるということで、これには感謝をしなくてはいけない。
久しぶりにIさんが来た。
今度の「円頓寺なつまつり」と「名古屋城宵まつり」についての確認をして、ついでとばかりに次に制作する財布の素材を探していった。
Iさんはイベントをする場合の強力な助っ人だ。
7 13
午前中はAのアシスタントをしていた。
火曜日にも同じことをしていたので今週は2度目になり、考えてみればAは贅沢なアシスタントを持っている。
ナゴノスペースにいた時間に区役所では「円頓寺なつまつり」の打ち合わせがあったはずで、僕はそれを欠席した。
Aを優先した訳だ。
欠席をしたけれど、その時間に区役所から新任の部長さんがナゴノスペースに来てくれてたので、いろいろと話をした。
おしゃべりのような会話で、実際にそうだった。
昼過ぎには、区役所のM君が会議の資料を持参してくれたので、これには助かった。
Aの出張講習に参加した女性は19人だった。
ナゴノで何人がクラフトをしたんだろうかと考えるけど、今週だけで20人を超えるはずになる。
今月は何人だろうな?
ナゴノスペースという空間は無名の空間で、無名となると利用しづらいところがある。
普通に考えれば,誰も来ないのでワークショップは無理になり、展示会にも適さない。
そうなると、僕たちが利用する方法しかなさそうな感じにもなる。
ナゴノスペースを1年半利用した結論は、そういうものになる。
火曜日にAと一緒に昼食を食べたように、今日もAと同じことをしていた。
違っていたのは、僕の工房には生徒がいたということだ。
生徒さんには悪かったけれど、腹は空いていたので仕方がない。
7 10
一日中、Aが僕の傍にいたというべきか僕がAの傍にいたというべきか、ずっと一緒にいてずっと同じことをしていた。
午前はナゴノスペースにいて、僕がAのアシスタントをしていた。
昼食は小さなテーブルをはさんで同じものを食べて違うものを飲んだ。
午後は同じようにそれぞれのオーダーの仕事をこなす作業をして、夕方になるとNHKの準備をしてNHKではAが僕のアシスタントをした。
帰宅すると夜の9時を過ぎていて、疲れ切ったAはようやく帰路についた。
お疲れさまとしか書きようがないな・・・・・・・・・・。
お疲れ様と書いて、今日、区役所からM君が新任の部長さんを連れて挨拶にきたのを思い出した。
僕も挨拶しながら、今度の金曜日も半分ぐらいは今日と同じようになるなと考えていた。
今週の土日もナゴノを使い、来週の土日も使うことになる。
それが過ぎれば円頓時商店街のなつまつりがあり、これに二日間参加する予定が入っている。
NHKはいつもの月とは違って今月は3回の講習がある。
そうやって計算すると、僕の今月は随分と忙しく、来月には「名古屋城宵まつり」の5日間がある。
こうなると、忙しいというよりは体力を心配しなくてはいけない。
7 9
U君は突然に来る。
彼が来るとN君も来るけれど、これは偶然らしく、ふたりが驚いている。
まだ冷房を入れずにいる。
出来たら冷房は入れたくないのは、冷房を入れると身体がだるくなるせいだ。
扇風機を回して過ぎてくれないかと今年の夏を願うけど、無理なんだろうか?
土曜日に来た女性の生徒さんが、突然に友達がオリンピックに行きますよ。と言い出す。
オリンピックはもうすぐはじまるけど、そう言われてしまうと驚いてしまう。
オリンピックに行くと言っても選手としての参加ではなくトレーナーとして同行するということだけど、
それを聞いてしまえば、オリンピックも身近になる。
6月の陸上の日本選手権の女子100メートルで福島に次いで2位に入った土井杏南のオリンピック参加が決定した。
走るか走らないかは分からないけれど、走って欲しい。
そういえば、女性200メートル走で福島に次いで2位に入った市川華菜の参加も決定した。
彼女にも走って欲しい。
まあ、僕の希望は勝手な希望だけど。
7 7
新しいパソコンを使いはじめて1週間ほどが過ぎた。
変更したメールソフトにも慣れたってことは、パソコンにも慣れたってことにもなる。
1週間はとても早く過ぎる。
NとY君のふたりと一緒に「一心」にいたのは1週間前で、そのY君が来て鞄の制作を始めた。
彼には鞄制作ははじめての作業になるらしい。
いろんな生徒がいろんなものを作っている。
気が付いたら7月も1週間が過ぎて、もうすぐイベントの続く夏が来る。
イベントではないけれど、今月は「ナゴノスペース」という空間で6日間を使ってのワークショップがある。
これjは来週からはじまり、それが終わると円頓時夏まつりが来る。そのあとには名古屋城宵まつりが来る。
いろんなものが来る。
先日、ナゴノスペースでのワークショップは35回目だったか36回目だったかの使用申請書を書いた。
そんなに使用したんだな。と思う。
それだけの回数のサポートを僕はしたことにもなる。
ナゴノスペースへの往復は100回を超えているんじゃないかとも思う。
そのナゴノスペースに来たワークショップのお客さんは、どのくらいの数になるんだろうかと想像することもある。
その数だけのレザークラフトの作品がそこで出来たってことにもなる。
何事も持続することだ。と実感するべきだ。
7 6
五味康介の小説「薄桜記」がBSのドラマに登場するらしい。
面白そうだけど、見ないだろう。
意外だけど、「薄桜記」には柳生連也が登場する場面がある。
堀部安兵衛と出会う場面で、時代は高田の馬場での決闘直後になる。
意外に感じるのは、連也の生きた時代と安兵衛の生きた時代が違うせいだけど、
史実では連也死去と高田馬場の決闘は同じ年になる。
連也は柳生兵庫介の息子で、祖父は島左近になる。
先日、劇画なるものを30年ぶりに読んでいた。
題名は「柳生兵庫介」といい、柳生兵庫介の生涯を描いた3巻の劇画で原作は津本陽の小説。
小説も面白かったけれど、劇画も面白いものだった。
劇画には江戸時代初期の剣豪がだいたい出てくる。
江戸時代初期は戦国の最晩年のようなものだから、人物もそんなような描き方がされている。
堀部安兵衛は忠臣蔵の中心人物のような人物なので、柳生兵庫介とは1世紀の時代の違いがある。
柳生兵庫介は尾張柳生の総帥だった人で、連也がそれを引き継ぐ。
連也の生きた時代は、すでに戦国の余韻はなく、その晩年は元禄泰平の時代になっている。
泰平の時代に剣豪はいらない。
時々、柳生連也は人を斬ったことがあるかと想像するけど、これは分からない。
斬ったという伝承はあるけれど、伝承というものは事実を伝えている訳ではない。
なるべくなら、斬ったという過去がなかったことにして欲しいけど、これは無理かも知れない。
7 4
ディスプレイを換えてからユーチューブをよく眺めている。
柴田淳ばかり眺めている。
年に一度ぐらいはひとりの女性を見て美しいと感じる時がある。
綺麗というよりは美しい女性という表現が似合いそうで、美しいと感じてしまうと眺めてばかりになる。
奇麗な女性とか美人だなと思う女性は多くいるけど、美しいとなるとそんなにいない。
最近、もう51歳だと実感する場合がある。
そう実感して、いや、61歳だったよと認識を改める場合がある。
時々、自分の年齢を忘れてしまっている。
いいのか悪いのか、そもそも、年齢はどうでもいいものなのか?
7 2
月曜日は休業中の看板を掛けて、シャッターは下ろしている。
そんなことは無視して客が入ってくることがある。
まだ、やってます?と今日の客は聞いた。
25年前に何度か来たことがあるそうだ。
25年前となると、そう聞きたくなるものかも知れないけれど、そう聞かれてしまえば、少しむっとする。
ここの名前さえ知らず、要件を話し始める。
お客はお客が欲しいものをオーダーに来たのではなく業者だった。
あるブランドのカタログを見せ、こんなの出来ますかとカタログの鞄を指で指し、卸価格にして欲しいようなことを言う。
あのね、業者も一般も同じ価格にしているよと僕は言って、
品には下代を付けているので、価格を下げることはできないよと付け加える。
業者も来るけど、たいていは取引をしないことにしている。
だいたい、複数の仕事をしない。
それから、いろいろ話して彼は帰った。
帰り際に名刺をくれたので、僕も名刺を渡した。
ここって、サイトありますか?と彼は聞いた。
それは本当にここに飛び込んで来たような感じにさせた。
業者が帰ると、月曜日にいつも来る人がいつものように来て、先生ってきびしいね。と言う。
業者とのやり取りを聞いていたらしい。
下代なんて言葉、久しぶりに聞いたなと彼は言う。
でもね、と僕は、客は笑って帰って行ったよ。と続けて言う。
業者は業者の利益を計算して取引をする。
業者の利益は僕とはどのような関係もないので、僕はそれを無視する。
クラフトはビジネスライクであってはならないというのが僕の持論だ。
持論によれば、業者はたいていは無視される。
月曜日にいつも来る人に、なんで休みにばかりに来るんだと聞けば、
休みでなきゃゆっくり出来ないよと彼は答える。
彼はもう一月ばかり、月曜日にここにいて、実にゆっくりしている。
僕はゆっくり出来ないので、彼を外っておいてメールを書いている。
そういう人も、ここには来る。
彼が僕にタメ口を使ったら、僕は彼を追い出すだろうけど、そうはしないで隣の喫茶店に誘って珈琲を一緒に飲んだ。