9 30

夕方、藤澤が来る。
ご相談があります。と彼は言う。

藤澤には言ってはならないことを僕は言う。
おい、時間あるんだろ?飲んでかないか?
僕の遊びたい気分はまだ続いている。

飲みながら彼の相談を聞く。
彼の相談はたいていは依頼で、でも、今回の依頼は悪くはない話だった。
こんな話もあるかと思いながら聞いた。

そういえば、雨は降り続いている。
明日も降るのか?


9 29

昨日の雨は、まだ続いている。

はじまったばかりの秋の時間がどんな時間になるかの予感はない。

寝れなくても横になり、目をつぶっているといいよ。違うから。と妻が言う。
何気なく言うそんな妻の言葉に妻の優しさを感じたのは何年ぶりなんだろう?
この2週間ばかり、僕は眠れなくなっていた。

夕方、藤澤から電話が入る。
先生、大丈夫ですか?と彼は言う。
いつもは碌なことを言わない奴だけど、その言葉に嬉しい気分を抱いたな。

そういえば、生にメールを書いた。
焼肉食いに行こうよと誘ってから、連絡を入れてないので、やっぱり食いに行こうと連絡を入れた。
他愛のない返事でもどこか嬉しい。

おそらく、僕の秋はこうして始まっている。


9 28

夕食の途中で携帯が鳴り、生徒が行ってもいいですかと聞いて来る。
断る理由はないので生徒を待つ。

40分ほどで生徒が来る。
随分遠方からだけど、こんな時間でも用事があれば来るもんだな。
僕なら明日にするだろうに思うことでも人は来る。

生徒が来てしまうと、何だか遊びたくなって遊んでゆけよと僕が言う。
いいんですか?と驚いた顔で生徒が言う。

彼女は、はい、これと言ってビールを出しててくれた。それを飲んで彼女とおしゃべりをして遊んだ。
何だか、遊びたくて仕方がない時も僕にはあるらしい。

冗談ばかりを会話に入れた。冗談ばかりを彼女は聞いていた。
この時間は楽しかった。
人との会話に笑い転げたの何日ぶりなんだろう?
僕は、僕のひとつきの話をし、彼女はそれを笑って聞いていた。

先生と彼女が言う。
目の奥にまだ疲れがあるね。
ああ、これは残骸だよと僕が言う。
残骸はあったとしても痛みは伴わない。


夏が始まり夏が終わる。
雨音を聞きながら、僕の夏の時間も終わったかとキーボードを叩く。

遅い秋が来る。

9 27

僕はカレンダーを眺めている。
休日を探している訳ではない。

母は8月26日に入院し、ちょうどひとつき過ぎた9月26日に手術を受けた。
もう、入院期間はひとつきになる。

ひとつきを点滴で母は過ごした。
口から入れる食事の量は一日にスプーン一杯ほどで、これでは衰弱が痛々しい。

食事が出来ないということが入院の主な理由なので、結局は手術になる。
入院なので、看病の必要はないけれど、見舞いは続けた。
病院を日常にするということは慣れるものではなく、見舞いに意味があるのかと思うことがある。
母は重度の認知症でもある。

それでも入院したばかりの頃は、呑気に僕はしていた。
入院が2週間を過ぎた頃から、僕は呑気でいられなくなった。

どう見ても母の衰弱は激しい。
手の皮膚は透け骨は骨格標本のように見える。
会話は出来ず、体は動かず、微かに動く右手と首だけが生きてる証のように思えて来る。

愛おしい人をなくす予感ほど辛いものはない。
なくしたくなくともなくすしかないく、それが自分の意思と無縁であれば、誰かを恨むことも出来はしない。
受け入れたくない現実を受け入れる辛さに精神が時々悲鳴を上げるのが分る。

大事な人とは何なのだろう?
それを時々考えることがある。

昨日、今日と母を眺めた。
手術が成功かどうかは経過次第なので、まだ分らない。
そうでも母の寝顔は悪くはなく、その寝顔を見ながら成功と願うしかない。
手術の成功が母を救う訳ではなくともそう思う。

このひとつきの後半は本当に辛かった。
人生でこんな辛さを味わったことはない。
仕事を前にして手が動かず、作業は進まず、停滞した仕事は停滞のままでいる。
仕事を依頼してくれてるお客様には、すいませんと書くしかない。

今朝、起きた妻が何でこんな時間に起きてるのと僕に聞く。
時刻は午前6時半。その時、僕は気が付いたのだけど、このしばらくを不眠で続けていたらしい。
僕は眠ることさえ出来ずに日々を過ごしていたかと驚いた

昨日と今日の二日間で、これも終わったと知る。

さっき、深夜の町を走ってきた。
体は大丈夫。おそらくハートも大丈夫。
もう大丈夫と言ってくれないかなと僕は書かない。

さて、仕事です。

9 20

母親が入院して3週間が過ぎた。従って、僕の病院通いも3週間になる。
病院通いがこれだけ続くと、日常の中に病院が入り込んで来る。

休日が欲しい。
休日にしようと考えても休日はなく、カレンダーを眺めては、いつ休みが出来るんだろうかと考えてばかりいる。
こんなことを考えるのは疲労のせいだろうと思っていると、今日来ていたIさんが先生何だかお疲れですね。と言う。
ああ、人にも分るんだな。
なるほど、余程疲れた顔で僕はいたらしい。

仕事場が家にあるということは、仕事と休みの切り替えが難しい。
これは仕方がないので、我慢するしかないか。
そう、我慢するしかない。

9 16

このところ僕の身には良くないことが続いている。
思いがけないことは連鎖するみたいで、気分はひどく落ち込む。
誰か大丈夫と言ってくれないかな。

今日、滋賀県からリードを作りたいとひとりの男性が来る。
制作に問題はなく制作は無事に終わる。
男性は車で来たけど、後部座席に秋田犬が2頭いた。
大きな秋田犬が2頭も座席にいると大きな車も小さく感じる。
秋田犬は何だかものすごい存在感を放つ。
それでも愛着を抱くのはここに来た秋田犬のすごさだろう。
滅多に犬に何事かを感じたことなどはないけれど、
今日、感じたよ。

9 15

昼、シャッターを上げようとして、15日は休日と気が付く。
休日で雨が降っている。生徒の来る予定はない。
唐突に本日は休業にしようと思いつく。
休業です。

休みの日が僕にはない。
先の休みはいつだったかと考えたけどよく分らなくて、お盆は休みではなかったのは確かで、
その前もかなりの期間休みがないので、久しぶりの休みだな。などと思っていた。
そんなことを考えていたら、お客さんが来る。
お客さんが来てしまうと僕の内部で仕事の気配が漂い始める。


9 10

クラフトとは・・・・という事を僕はよくここに書く。又は言う。

クラフトとはつまりは作り方を考える作業で、思考錯誤を繰り返すことだ。
僕の教室はクラフトが出来る人を作る教室で、だから呑気に遊べる教室ではない。
(外部からは呑気に遊んでいるみたいに見えるけらしい。)
僕の教室はそうで、作り方を教えて欲しい人はここに来ない方がいい。

それでも時々そんな人が来る。
作り方を聞けば作品が出来るという人で、そんな人はどこか他所へ行ってくれたらいいのだけど、
間違った感じでここにいる。

昨日、革の染色を教えて欲しいと革屋さんが来た話を書いたけど、実は革の染色は難しい。
聞きにきた革屋サンは何も知らない人だから、染色は聞けば出来ると思っている人で、難しいということさえ知らないでいる。
染色は革と相談しながらする作業だけど、知らない人は人に相談をする。
相談すべき相手が違うのだけど、何でも聞く人は聞けば出来ると思っているので人に聞く。
聞いてばかりいるので、いつまでも出来ないままでいる。
聞くのを止めて、革に相談して失敗すればそれで出来る人になるだろうにと諦めた感じで僕は思う。

9 9

突然という感じで若い女性が来る。来るなり持っているブレスの説明を始める。
どうにも長さが合わないので、穴を開けて欲しいと言う。
これはあるブランドの品で、そのブランド名を声高に言う。
それを聞きながら、だからどうなんだと言いたくなるし、多分、僕は言っただろう。
だからどうなんだ?
ブランド品だろうと100円ショップで買った品だろうと作業代金は同じだよ。
客は驚くけど、これは本当で、作業に違いがある訳ではないので同じになる。
持参したブレスの場合、バックルの穴開けなので、代金が必要なのかさえ分らない。
そんな話をする。大体さ、このブレスの革代ってと言いながら原価を教える。
すると、えっとお客は驚く。ブランドの革っていいんじゃないの?
それはいいだろうさ。僕の使う革と同じだからさ。でも原価はそんなもんなどと言いながら僕はポンチで穴を開ける。
開いた穴を見て、すごいと驚く。何がすごいかがさっぱり分らない。
誰が開けても穴は穴で同じに決まってるじゃないか。
作業は無料で女性は帰る。

客が帰ると革屋サンから電話が入る。教えて欲しいことがあるけど行っていいかと聞く。
いいよと僕は答える。
革屋サンが来る、革を持参して来る。20×100センチほどの黒のヌメ革を持参して来る。
革の床面を見せ、トコノールという商品名の品を見せる。
これで、床面を黒にしたいけど、これってどう使うの?などと聞く。
黒のヌメ革は表面が黒に染色してあるけど床面は染色してないので染色したいと言う。
この革屋サン、トコノールという商品を30年ばかり店頭に置いて販売している。で、使い方を客である僕に聞く。
あのね。瓶に使い方って書いてあるだろ?読めよ。これは言うだけ無駄で、彼は読もうとしない。

ところで、その床面にトコノールで黒に染色するの?
違うの?
違うよと言って僕は染色法を教える。
教えた染色には仕上げがいる。ついでにその仕上げも教える。仕上げに使う品も教える。
あっ、それないな。
無論、それは店頭にある。僕がいつも買っているからだ。

会話も辛くなる場合がある。
仕方がないので、実際に作業を見せる。
見せると理解したみたいで礼を言い、さっさと帰る。
彼が上手く染色できたかどうかを僕は知らない。
因みに、この講習は礼を言って終わりになる。

革屋サンって本当に何にも知らない。店頭に置いてある道具の使い方を知らなければ、染色の仕方を知らない。
染料を知らなければ、染料の違いを知らない。仕上げを知らなければ、仕上げ剤の違いも知らない。


今日は場違いな人が来たなと僕は溜息をつく。
ブランドはいいと信じている若い女性はブランドの店に行けばいいだろうにここに来る。
革屋さんは知ってるべきことを知らずにそのまま過ごしてここに来る。
あのね。僕はそんなに暇ではないよ。
因みに、ブレスに穴を開けた女性からも革屋さんからも代金を貰っていないけど、それでも時間は消費される。
やっぱり、場違いな人には来て欲しくない。


 7

9月に入り1週間が過ぎた。

僕の身に8月の後半から碌なことが起きていない。
おそらく、顔色を変えたことが3度はある。

まず、僕は風邪をひいていた。風邪をひきながら母の入院に立ち会っていた。
母は救急車で病院に運ばれ、現在も母の入院は続いている。
次にDVDに保存してある番組のすべてを失くした。
原因はリモコン操作の単純なミスで、どこかぼけていたせいだけど、これには本当に落ち込んだ。
それから28日の水害が来た。
水害自体は軽いものだったけれど、ネットが出来なくなった。
ネットが出来ないのは構わないにしろ、メールソフトの使用が5日間停止してしたのは困った。
仕事への影響が少なからず出たから、これには焦りを感じた。


いろいろなことが起きる。
9月、さらに何かが起きる確かな予感がある。
誰か、大丈夫と言ってくれないかな。