6 20

隣に古い喫茶店がある。週に2度ばかりここでコーヒーを飲んだりして過ごしている。
古い喫茶店なのでマスターも古い人で、ママさんも古い人。
椅子は古くテーブルも壁も古く、お客も古い人ばかりが集まる。そんな店だ。
僕が夕方にここでコーヒーを飲むのは大抵は誰もいないので、至って静かなせいだけど、今日の店内はそうではなかった。
4,5人の客がいたなどというのは珍しいことで、今日はその珍しさがあった。
そういえば、お客といっても常連しか来ない店なので、みなどこかで見かけた顔をしている。
で、彼等が声高に話をしている。マスターもママさんも声高に話している。
声高なので、よく聞こえるのだけど、これがパチンコの話。
機種とかメーカーとかの話で、パチンコの評論会の気配さえしている。
古い人が、つまりは老人というか老人に近い人たちがパチンコの機種の漫画めいた名前を連呼している。
この光景は、何だか僕には異様な感じがした。パチンコが異様ってことではない。

そういえば、こんな光景はこの店ではよくある。パチンコの好きな人が集まる店でもあるのだろう。

6 19

時々、こんな鞄が作りたいと言い、鞄の写真を持参して来る人がいる。
大抵は雑誌の切り抜きなどで、ここに来ればそれが出来ると思い込んで来るらしい。
何でも制作していいよ、などと僕が言うので、何でも出来てしまうと考えるらしい。
制作するのは生徒自身なんだけどね。

欲しくもないものを作るのは楽しいことではない。
楽しくなければ作業は続くものではなく、続かなければ覚えることもない道理になるので、生徒には好きなものを作らせようとするのだけど、
時々、どう対応したらいいかと悩む人も来る。

教えることで作品が出来てしまうのなら、教室など必要ではないだろうと僕は考えている。
逆に書くと、教えて貰えば、それで作品が出来ると考える人は、教室へ通うことなどは止めた方がいい。

何かを作るということは思考錯誤を繰り返すということで、これが分らない人には、
教室は無駄で、教室で過ごす時間は無駄になり、さらに何かを無駄にしてしまう。

6 16

14と15にクリマがあって、その15日のクリマに出かけてみた。
ポートメッセが会場で、その会場に僕の生徒が大勢でブースを借りていたので、その応援のようなものをしてきた。

いろんなブースを覗いた。覗きながら、誰もが楽しんでいるのが分った。
クリエートすることに楽しんでいるというよりは人生を楽しんでいる感じがして、それはいい。

6 12

長く続いた疲労感も和らいでいるのが分る。
特別何かをしたのではなく、睡眠時間をひたすら多く取ることだけを続けただけ。
ただ、こんなことを書いているよりは、どこかで検査を受けた方が、やはりいいのか。


25歳の僕を知っている友人は、僕をとても見ていられなったと言う。
秋葉原事件の犯人が25歳と聞いて、自分の25歳を思い浮かべそんな友人の台詞を思い出した。

なにもなかった。
25歳の僕には何もなかった。
そうであれ、膨大な未来があるという自覚だけはあり、未来は生きてゆくに足るものだという思いはあった。
その思いで生きていたし、生きても来た。そうやって現在の自分というものを存在させている。

若いということが何かと書けば、それは挫折する時代だろう。
若いということは無知と同意語で、それゆえに挫折を繰り返す時代のことをいう。
だから、若さには未来を与える。
膨大な未来はそれ自体が天がくれた大地に似て豊かなものだと思い、そして、生きろ。

6 11

日曜日、午後の生徒が帰った後で、僕はPCのモニターを眺める。
ヤフーのトピックスに秋葉原の通り魔事件の死者が7人と書いてある。
えっ?何?
時計を見ると午後7時を少し過ぎている。急いでテレビの前に行きチャンネルをNHKに合わせる。
なんだ?

僕は、この事件を発生から7時間ばかりを知らないままでいた。
知って衝撃を受け、衝撃は水曜日の今日でもまだ続いている。


6 8

梅雨らしい。

最近、疲労感が強く、どうにもだらだらと仕事を続けてる。
仕事の停滞はいろんな人に迷惑をかけているのだけど、この気力のなさは尋常ではない。
思い切って、休養を取り続ければいいのだろうけど、貧乏性のせいか、それがなかなか僕には出来ない。
いろいろとごめん。

もうすぐクリマがあるせいで、生徒の出入りが激しい。
今回のクリマには10人を超える僕の生徒が参加する予定で、だから、僕も遊びに行こうかと予定を立てる。

クリマってどう面白いんだろう?

Y君が僕の好物のおはぎを持参して作業に来る。
彼と昔話していると、いろいろと接点が多いので驚いてしまう。
接点とは距離のことで、彼の子どもの頃の生活圏と僕の昔の生活圏は驚くほど近くにあった。
見える範囲と書いてもいいくらいで、話ながらの驚きは愉快でした。