作者別一覧
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五十嵐貴久
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井口樹生
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岩井俊二
(1)
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岩田隆信
(1)
TAKAHISA IGARASHI
五十嵐貴久
「リカ」
形態
単行本
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
幻冬舎
値段
¥1500
初版
2002-02-10
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
二〇〇一年の <第二回ホラーサスペンス大賞> における大賞受賞作。投稿段階で「黒髪の沼」とされていたタイトルを変更し、内容に加筆修正を加えた商品版。ちなみに選考員は、大沢在昌、桐野夏生、宮部みゆきの三氏。巻末に彼らそれぞれのコメントが二頁ずつあり。解説、あとがき等はない。
今回は手元にある資料の関係でハードカヴァー版を紹介しているが、本書は後に文庫化され新しいエピローグを付け加えた <完全版> として販売されている。これから手に取ろうと考える読者には、そちらの文庫版をお勧めしたい。
さて内容だが、出会サイトで知り合った女性との電子メール交換を趣味としていた男が、「リカ」という狂人の女に引っかかってしまう……という、もしかしたら現実に起こりうるかもしれない今日的な題材と、それによる恐怖を描いたホラー作品になっている。
主人公である本間たかおは、四〇代の会社員。家族がおり、一人娘と妻を大変に愛してはいるが、変化のない日常と家庭に退屈しきっているという、現代日本のどこにでも転がっていそうな中年サラリーマンである。
ある日彼は、大学時代の後輩から出会い系サイトを紹介され、騙されたつもりで面白半分に始めるが、次第にその魅力にとりつかれ、のめり込んでいく。そして何度かの成功と失敗を繰り返し味をしめた本間は、やがて知的かつ適度に遠慮深く、またメールのやりとりを楽しめる理想の相手「リカ」と出会う。
順調に付き合いを深め、メールのやりとりから電話をつかった肉声でのコンタクトに移行することになった二人であったが、この頃から「リカ」の奥底に隠された異常性が明らかになってくるのだった。「リカ」の言動は徐々に常軌を逸したものになっていき、遂に彼女は本間の居所を掴んで執拗なストーカー行為をはじめるようになる。
出会い系サイトに嵌まり込んでしまったばかりに、退屈はしていたが不満のない平和な自分の日常を壊されていく男。その悲劇と恐怖を、この作品は上手に描いている。出会い系サイトに関する取材も行き届いているようで、その辺りもなかなか面白い。
ただ、途中から路線が露骨にかわってしまっているのが残念と言えば残念。
ディティールにこだわり、一つ道を誤れば我々の身にも現実にふりかかってきそうなリアリティのある恐怖を序盤で丹念に描いていたのに対し、「リカ」の異常性を明らかにしてからのパートでは、ちょっと演出に走りすぎたB級ホラー的な恐怖を描くようになってしまっている。
特に終盤の「リカ」は、現実には存在しない超自然的な化物的雰囲気を漂わせている。この前半と後半の乖離がどう判断されるか。読者によっても違ってくるだろうが、個人的には少しチグハグに感じた。
得体の知れない異常者につけねらわれる恐怖か、誰の身にも起こりうる現実的・今日的な恐怖か。いずれかを徹底して突き詰めた方が効果的だったのではないだろうか。両者を上手く融合させ、相乗効果を期待できるようなものになっているならまだしも、片方が片方の良さを少なからず殺す結果になっているのは残念。一流のプロと新人との差だろう。
2005/03/10
TATSUO IGUCHI
井口樹生
「どちらが正しい?ことわざ2000」
形態
文庫
種別
参考書
部門
−
出版
講談社
値段
¥940
初版
1995-07-20
総合
−
ストーリィ
−
技術
☆
突然ですが問題です。
――第1問
「夢のまた夢」
の意味として正しいのはAとBのどちらでしょう。
A.到底かなわない望み
B.極めて儚いこと
――第2問
「目で殺す」
の意味として正しいのはAとBのどちらでしょう。
A.眼光するどいこと
B.色目をつかうこと
日本語には「ことわざ」や「慣用句」といったものが多い。語句の意味を深く考察することのできない学の無い我々は、ときにこれらの意味を取り違え赤面ものの誤用を平然とやってのけてしまう。
憧れの異性の前で格好をつけてみたは良いが、そのとき口にしたことわざの意味を取り違えて大恥をかいてしまった。逆に「頭が悪いやつだ」と軽蔑されなかったか心配で夜も眠れない……などという経験をしてからでは遅いのだ。
自分の国語力に自信が無い者はすべからく本書を購入し、これを熟読しなければならない。
特に上の2つの問題に正しい解答を返せなかった人間は、最優先事項としてただちにこれを検討する必要があるだろう。
そんなわけで今回紹介するのが、約2000もの慣用句やことわざ、4文字熟語について解説している「どちらが正しい?ことわざ2000」である。
冒頭でとりあげた問題も本書から直接引用したもので、こうしたクイズ形式で楽しく知識を習得できるような仕組になっている。読者はAかBのどちらが正しいのか考えながら、ゲーム感覚で理解を深めていくことが可能だ。
もちろん、巻末には五十音順にことわざを並べた「索引」が用意されているから、ここから意味の分からない言葉を検索して調べ物をすることも可能である。こうした「ことわざ辞典」のような使用も出来る、ということだ。
ちなみに、ページ数は400強と少し厚めの文庫本程度に落ちついている。それで1000円近い価格は少し高く感じられることもあるだろうが、上手い具合にまとめられている本書ならそれでも丸っきりの損ということにはならないだろう。
余談だが、当方はこれを100円の古書として購入した。使いこんだ形跡が全くなく、新品として普通の本屋に並べられていても違和感のない極めて良好な状態であった。ことわざ辞典を売る人間は、総じて本書をそのようにしか評価しないものなのだろう。
……冒頭クイズの答え?
それは本書を購入して直接確かめるべし、というのは少し陰険過ぎるだろうか。
第1問の正解はBの「極めて儚いこと」である。Aのような誤用が近年目立つが、本書いわく、本来の意味はBであるらしい。
露と落ち露と消えにし我が身かな難波のことも夢のまた夢――
豊臣秀吉の辞世を言い表した言葉だ。全文通してみれば分かるが、確かにBの意味で使われている。
第2問の答えも当然ながらB。目で殺すというのは「色目を使う」という意味で、流し目や悩ましげな視線で異性を悩殺することである。日本語には「視線で人が殺せたら……」というような表現があるため、それと混同してAと答えてしまったオポンチ者は罰として即座に本書を購入すべし。
2004/08/17
SHUNJI IWAI
岩井俊二
「ラヴレター」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
角川文庫
値段
¥438
初版
1999-03-25
総合
☆
ストーリィ
−
技術
−
初読がいつだったかは忘れたが、少なくとも3年以内のことだったと思う。それにも関わらず、裏表紙に書かれているアウトライン程度の内容しか記憶に残っていない。
面白くないことはなかったと思うのだが、数年で薄れてしまうような内容である。星はその辺りの事情も加味したもの。まあ、一読して損はないかもしれないよ、と他人に軽く勧められる作品ではあったかもしれない。……にしても、オチはどんな感じだっただろう。
実はこの小説、松田悟志という若い俳優が絶賛していると聞いて購入を決めた。新品で買って読み終えた後、同じくらい状態の良い古書が100円という価格で――しかも大量に!――出回っているのを知って脱力したという思い出深い作品でもある。
著者の岩井俊二は、そもそも「スワロウテイル」などの代表作で知られる映像作家。本書「ラヴレター」も中山美穂の主演で映像化されているらしい。1995年03月に角川文庫より単行本として刊行され、きっかり4年後に文庫化されたのが本書ということになる。
物語の内容は、ざっと以下のような感じになる。雪山で死んだ婚約者、藤井樹への想いを3年経っても引きずっている渡辺博子は、その感情に決着をつけるためか、樹が中学時代を過ごした小樽へ手紙を出す。ところが、返ってくるはずのない樹からの返信が博子の元に届く。これを驚愕と不審の両方で受け取りつつ、再び博子は手紙を送る。こうして奇妙な文通が始まり、そのやりとりを通して亡くした藤井樹という男を再確認していく。――雪が演出する透明な空気の中で、どこか残酷さを感じさせる物語でもある。
ところで松田氏は、この物語で感涙を流したそうだ。そういう人もいるかもしれない。そう長い話でもないし、読みやすいので興味があったら一読してみるのも良いと思う。
2004/01/27
中山美穂主演の、映画版「ラヴレター」がTV放映されたので観た。微妙に小説と異なる箇所が見られた(構成にも多少の変更あり)が、大筋は忠実に映像化されていたと思う。中山女史については殆ど何も知らないのだが、悪くない演技だった。DVDをレンタルして視聴するくらいなら、料金の元は取れるかもしれない。
追記:2004/02/17
TAKANOBU IWATA
岩田隆信
「医者が末期がん患者になってわかったこと」
形態
文庫
種別
ノンフィクション
部門
長編
出版
角川文庫
値段
¥600
初版
1998-11-25
総合
☆
ストーリィ
☆☆
技術
☆☆
それが小説であれ詩篇であれノンフィクションであれ、読了したとき内容の素晴らしさに「読んで良かった」と素直に思うことが出来る作品というものは確かに存在する。だが、「これは自分にとって読まねばならない本だった」と認めることが出来る書籍というのは長い人生の中でもそうそうお目にかかれるものではない。
だが、本書を読み終えてそう思った。自分はこの本を読むべくして読んだのかもしれない、と思わされた。初めてではないが、やはり久しく抱く類の感傷である。
――そのタイトルを見れば一目瞭然だが、本書は脳神経外科の専門医である岩田隆信氏が、自ら患ってしまった「悪性脳腫瘍」との闘いを綴ったノンフィクションである。
1997年1月、氏は突きぬけるような突然の激痛を頭部に感じる。以後、慢性的な体調不良に悩まされ秘密裏に頭部を検査。MRI写真で、自分の頭部にゴルフボール大の腫瘍が存在することを確認する。やがて様々な検査を経た後、それが悪性腫瘍の中で最も悪性度の高い <神経膠細胞腫> であることが分かる。
それは5年後の生存率が1パーセントと言われる最悪のガンであり、現代医学では治しようのない正真正銘の不治の病だった。
著者の岩田医師は、関東で5本の指に入ると言われた脳神経外科のドクターなのだそうだ。彼の仕事は脳内にトラブルを抱えた患者を相手にし1人でも多くの命を救うことであり、彼の使命は脳の病気、脳のガンと闘うことだった。
しかし彼が想定してきたのは、医師の立場から脳のガンと向き合うことであり、自らが脳のガンに犯され闘病生活を送るという形での闘いではなかったはずである。だが望む望まないに関わらず、彼は不本意にもその立場に陥ってしまったわけだ。
自らが研究題材としてきた脳のガンのことである。彼は自分の病気がどのような種のもので、どのような経緯を辿り、どのような結末に至るかを誰よりも熟知していた。自分の脳を撮影した写真を見るたび、自分がどれだけ死に近付いたかが分かる。
専門医故に抱く闘病上の特殊な恐怖。患者側に回ることで初めて知った困難や痛み。著者は専門家としての確かな知識と客観性を保ちつつ、だが迫り来る確実な死に対する患者として、その闘病生活を生々しく描いている。
彼の社会的地位や職業・職務へのこだわりは時に逃避や依存にしか見えないこともあるし、どちらかと言えば氏本人よりも彼を支え続けた規子夫人の人間的な強さの方が目立ったりもする内容だが、だからこそ不治の病と闘う岩田隆信という一人間の生き様が、その重みを伴って伝わってくるような気もする。
彼が死の恐怖、夢半ばにして倒れるという挫折感、父親や家族の一員としてのコンプレックスなどと闘いながらも、なぜ本書をまとめあげたのか。最後まで読み通した者は例外なくそれを知り、その意思に敬意を払わずにはいられなくなるだろう。
娯楽としては片付けられない内容であるため、万人に薦められる作品だとは思えない。触れてみれば確かに何かを得ることが出来るであろう、そんな1冊である。
2004/07/19
I N D E X