intermission <Decadent>


 誰が言い出したのかは知りませんが、こういう言葉があります。
「事実は小説より奇なり」。
 まさにそれを地で行く展開です。先生によって次々と明らかにされていく、この一連の事件の真相。それは私の予想を大きく越えた信じられない真実でした。
 そして、この事件の鍵を握る中心的人物――綾波レイ。
 色鮮やかな青のパーティドレスを優雅に着こなしたその彼女の右手には、先生が明かした驚愕の真実を証明するかのように鈍い光を放つ拳銃が握られていました。
「パーティドレスに拳銃は似合いませんよ。そう思いませんか綾波さん?……いや、この呼び方は正しくないか。」
 先生はこの事件の真犯人である綾波さんに、ワルサーと言ったでしょうか。自分のピストルを突き付けながら続けます。
「――そうだろう、アスカ。」

 先生のその言葉に、綾波さんの躰がピクリと震えました。これまでの鉄仮面を被っていたような無表情が消え驚愕に目が見開かれます。
 先生のおっしゃった、恐らくは女性の名前でしょう。『アスカ』。この名がもたらした効果は劇的でした。
 しかし綾波さんがここまでの反応を示したという事は、何でしょうか。彼女は、実は綾波レイではなくアスカという名だったということなのでしょうか。
 それに、先生と彼女はなにやら顔見知りとでも言うかのような雰囲気です。
 これは一体なにを意味するのか。二人の間になにがあるのか。私には見当も付きません。
「いつから気が付いていたの、シンジ。」
 アスカさんとお呼びすべきなのかは分かりませんが、彼女は震える声で先生に問い掛けます。今まで碇先生と呼んでいた筈ですが、それがファーストネームでの呼びかけに変わっていることからしても、やはり彼らは知り合いだったとみて良いようです。

「憧れていたそのブルーアイを時が流れたくらいで忘れる筈も無い。はじめて目があった、その瞬間からさ。」
 先生の言葉に、綾波さん――いえ、アスカさんは更に驚いたようです。私も彼女ほどではありませんが、やはり驚きを隠せません。先生の言葉が本当なら、アスカさんが綾波レイを名乗って私たちの事務所に現れたその時から、先生はほとんど全てを察していた事になるからです。
 やがて、彼女は観念したように自分の変装を解いていきました。取り払われた銀髪のカツラの下から流れるような美しいブロンドがあらわれます。どうやら、目には深紅のカラーコンタクトをしていらっしゃったようです。コンタクトを外したその瞳の色は実に見事なブルーでした。
 綾波レイだと思っていた女性は、実は存在しなかった。彼女の正体は、先生と因縁のある女性、アスカさんだったのです。無茶苦茶です。
 しかし、先生は全てを知り全てが罠だと知りながら、何故この船にやってきたのでしょう。
 先生は、一体なにをお考えなのでしょうか。そして、ここで一体なにを成そうとしているのでしょうか。そんな私の思考を、その悲痛な叫びが衝撃的に遮りました。

「その銃で私をどうするつもり。また、撃ち殺すの?……三年前の、あのときのように!」
 今……アスカさんは、なんと?
 三年前――、あの時――、撃ち殺す!?
 思わず先生に視線を向けてしまいます。確かに私はここまで来る間、先生が命を狙ってくる敵傭兵を何人か殺すのをこの目で見ました。今でもまだ信じられないし実感も湧きませんが、先生は躊躇いも無く人間を殺めたのです。
 ですが、あれは正当防衛でした。それに先生が訳も無く女性を撃ち――殺すなどとは思えません。いくら先生でも、です。
 それなのに、アスカさんは言うのです。三年前、私を撃ち殺したと。
 やはり、二人の間には過去に深い深い因縁を生む出来事があったようです。そして、どうやらそれは先生がアスカさんを撃ち殺したということに起因するのではないでしょうか。
 もちろん、アスカさんは今生きてこの場におられるのですから、結果的に一命は取りとめたのでしょうが――彼女の言い分を受け容れるとすれば、先生は殺すために彼女に向けて発砲したという事になります。

「そんなこと、できるわけないだろう。」
 先生は哀しい瞳をアスカさんに向けながらおっしゃいました。その言葉と同時に、彼女に向けていた銃をおろします。やはり、先生には女性を撃つ事など出来ないのです。
 私のような男性にはともかく、あの人は女性にはめっぽう弱いですから。
「だったら何故! なぜ、あの時――ッ!」
 アスカさんはそこまで叫ぶと、途中で言葉を切りました。何か言いかけたことを、のみ込んだような感じです。一体、なにを言いかけたのでしょうか。
 そんなことを考えていると……
「あぐっ!」
 ――そう。彼女は目にも留まらぬ早さで私に近付き、乱暴に私の腕を捻じり上げたのです。
 背中に回された肩と肘の関節が、悲鳴を上げます。それは先生のように、人体を破壊する事を前提とする体術に秀でた者の洗練された動きでした。
 もしかしたら、アスカさんは昔先生と同じ仕事をされていた方なのかも知れません。例えば私たちをこの船で襲ってきた傭兵か、あるいは軍人、特殊部隊の隊員のような。

「戦場を離れて平和ボケでもしたの? 随分と甘ちゃんになったものね、シンジ。だけどね、例えあなたは撃てなくても……」
 アスカさんはそう言うと、私の関節を極めたまま先生に銃口を向けました。これでは例え先生が反撃しようにも、私がアスカさんの盾になってしまい、動けません。
 非常に危険な状況でした。
「――私は撃てるわ!」

 言葉と共に、私のすぐ側で大きな爆発音がしました。
 アスカさんが先生に向けて、発砲したのです。
 そのあまりの迫力に、私は思わずギュッと目を瞑ってしまいました。比較的、耳から近い場所に銃口があったせいか耳鳴りがします。
 暫くしてようやく目を開けた時に見えたのは、左肩から鮮血を流し床に片膝を落とした先生の姿でした。どうやら、アスカさんの撃った弾丸は先生の左肩に命中したようです。近くにあるリムジンのボディや窓には飛び散った血が付着していますし、今この瞬間も肩からおびただしい鮮血が溢れ出し、冷たい駐車場の床に血溜まりを作っています。
「碇シンジ、船長室に来なさい。そこで全ての決着をつける。それまでこの男は私があずかっておくわ!」
 アスカさんは先生にそう言い残すと、ショックで口も利けない私を引き摺り出口へと歩き出しました。
 彼女は銃を持っていますし、手も捻じり上げられていますから抵抗する事はできません。相手は女性ですが、私が思うに彼女も戦闘の訓練を受けたプロなのだと思います。とても敵いっこありません。

「時田君!……時田君、行くなっ。」
 連れ去られていく私に、先生が叫びます。自分は酷い傷を負っているというのに、それでも心配してくれているというのでしょうか。
 ああ、何という事でしょう!
 日頃、私を苛めたり、悪質イヤガラセをしたり、罠に嵌めたり、騙したり、あまつさえ隙あらば命を狙ってくるような先生ですが――やはり、心の底では私のことを気遣ってくれていたのです。
 先生は意外とシャイだから、きっと素直になりきれずについ意地悪をしてしまうのでしょう。そう思えば、先生も意外と可愛いものです。小学生のようなものです。
 真実が分かって、私は感激しました。ならばこそ、です! そんな先生の心遣いを考えれば、ここで私が泣き言を言って迷惑をかけるわけにもいきません。私は怖かったのですが、勇気を振り絞って叫び返しました。
 こんなことを言えば、アスカさんを激昂させて殺されてしまうかも知れません。ですが、私は言ったのです。
「先生、私のことなら気になさらないで下さい!」
「いや。君は別にどうでもいいが、君に預けた <マガジン> や <手榴弾> だけは置いていってくれ!」

 ――なんですと?

「せ、せんせぇ〜!」
「それからグレネード・ランチャーも。あれって、入手が難しいんだ。」
 ……前言撤回です。あの人は正真正銘、純度一六〇%、人の皮を被ったオニです。きっと人の血は流れていないに違いありません。良心など欠片も無いのです。
 あんな人のことを、ほんの少しでも『かわいい人』などと信じてしまった自分が許せません。
 私の身を案じるより、私に持たせている装備品のことを気に掛けるなどオニです。悪魔です。魔王です。諸悪の根源です。
「あ〜れぇ〜!」
 結局、私はなんの抵抗も出来ないまま、アスカさんに攫われてしまいました。
 これが先生なら、きっと――
『わぁ〜い♪ 美女に攫われるだなんて、らっぴー☆ さ、攫われたからには、僕はもう君のものだ。欲望の赴くまま無茶苦茶にしてくれ。』
 ……とか言って、いかがわしい期待をするに決まっていまが、私にはそんな非常識な思考はマネできません。
 ああ、不幸です。こんなことなら、事務所で留守番をしておくべきでした。
 人質にとられてしまった私は、いったいどうなってしまうのでしょう。このまま、やはり殺されてしまうのでしょうか。
 ――それよりどっちかと言うと、先生が私をちゃんと助けに来てくれるかどうかの方が、かなり心配です。  あの人のことですから、なんか私のことなんか忘れて、さっそくトンズラを決めこみそうで怖いのです。しかも、冗談ではなく本気でそれをやってのける超非常識人間ですから。あの方は。
 ああ、先生。天然ボケとギャグは別の機会に回して、ここはなんとか私を助けに来て下さい……。





 そこは、牢というには相応しくない豪勢な個室だった。
 だが、やはりそこは船室。たった一つドアを除いては他に出入り口は皆無。窓すら付いていない。唯一の出入り口であるドアのロックさえ完璧なら、確かにそこは人を軟禁するための牢として機能するだろう。
「あなたには悪いけれど、ここで暫く大人しくしていてもらうわ。」
 私は、シンジの助手である時田という男性を部屋に入れると言った。
 彼はあくまで人質だ。いや、シンジの意識をあくまでこちらに向けさせるための保険と言っても良い。
「さっきも言ったけど、妙な気は起こさない様にね。大人しく従ってくれさえすれば酷いことはしないから。その代わり、抵抗すればこちらも力に訴えるしかないの。忘れないでね。」
 こう言っては何だが、かつての私たちは義のある傭兵だったと思う。どんなに高額の報酬を約束されても、自分達の正義と合致しない任務には絶対に携わることはなかった。人質をとって、あまつさえそれをネタに脅迫するなどということはやったことがない。
 私たちを裏切り、変化の兆しを作ったのは間違い無くシンジ……だが、私はそれを言訳にして、自らを醜く変えてしまったのかもしれない。

「安心して下さい。私に抵抗の意志はありませんから。」
 時田シロウという名の男は、静かにそう言った。
 分かっている。この男はシンジとは違う。単独で私たちと事を構える胆力はない。人畜無害な一般人である。
「そう。それは殊勝な心がけね。私としても物分かりの良い人質は助かる。」
「――いえ。本来、人質なんて要らないんですよ。」
 私の言葉に、時田はそんなことを言い出した。
「私を人質に取られることが無くたって、先生は必ずあなたに会いに来ます。たとえ船内にいる敵が数十、数百を数えてもです」
「なぜそんなことが断言できるの」
 この人は、昔の私になんとなく似ている。仲間に絶対的な信頼をおいていた、あの時の私に。
「先生は、あなたに本当の意味で会うために、ここに来たんだと思います。……あなたと先生との間に何があったのかは知りませんが、先生はそれに決着をつけに来たのです。ならば、目的を果たすまであの人は死にません。そして逃げもしないでしょう。――先生は、必ず来ます」

 碇シンジ。この世で、最も頼りない男の名だ。
 いつもフラフラへらへらしていて。グウタラで、怠惰で。面倒なことには極力巻き込まれない様、いつもコソコソとしている男。それが、碇シンジである。
 だけど不思議に、誰もが絶望し、希望を見失ってしまうような局面において最も信頼でき、もっとも頼りとなる男。極限において、最も強い男。それも、碇シンジだった。
 そして、その碇シンジはアスカ・ラングレーにとってもはや過去の幻の存在となってしまったが、それでも今、この時田と男にとっては現実の存在である。
 彼にとって、絶対的信頼をよせることのできる唯一の存在なのだ。碇シンジという男は。
 ……碇シンジは、変わっていない。
 哀しいことに、何も変わっていない。変わってしまった筈なのに、切ないほど変わっていない。
 では、本当に変わってしまったのは誰なのか。
 私はそこで無理矢理に自分の思考を断切った。これ以上踏み込めば決意が鈍る。彼と戦えなくなるような、そんな気がしたからだ。
「先生は必ず来る、か。……フッ、そう願いたいものね。」
 私はそう言うと、一方的に時田という男との会話を打ち切った。そそくさとドアを閉め、厳重にロックする。これで彼は完全な幽閉状態になる。単独で抜け出すことは不可能。
 ――さあ、シンジ。あなたを信じる助手が待ってるわよ。はやく来なさい。
 この船が、全ての記憶と共に沈んでしまう前に。
 私は、最後の決戦の場所となる船長室に向かった。





「うみゅ〜。ちべたぁ〜〜い!」
 やはり冬も間近に迫ったこの時期、こんなに大きな氷を素手で掴むのには無理があったか。
 恐ろしいまでの冷たさに、指先の感覚があっという間に無くなってしまった。
 これは射撃に大きく影響するだろう。
「あ〜、冷たかった。おててがジンジンするの〜。」
 ……どうやら、思わずオツムが幼児化してしまうほどの冷たさだったらしい。我ながらよく耐えたものである。
 当初の予定通り厨房に辿り着いた僕は、手早く食糧を掻き集めると去り際にトラップを仕掛けてトンズラすることにしていた。それで現在、そのトラップを鋭意製作中というわけだ。別に氷で遊んでいた訳では無い。
 ま、トラップといってもそんなに大した物じゃないけどね。手榴弾と爆薬を使った、ごく簡単なものだ。
 まず、こうして業務用のドデカイ冷凍庫から、かき氷に使うようなこれまた大きな氷の塊を取り出す。レンガをふたまわりほど大きくしたような、長方形の巨大な氷塊だ。これを二つ、並べる様にしてトレイに載せる、と。

 さて、ここからがこのトラップのミソだ。
 はい、皆さん御立ち会い。まず、取り出しましたこの『破片式手榴弾』のピンを抜きまっす。手榴弾というのは、この安全ピンを抜き取ってポイッと捨てると爆発雷管の撃針を抑えていたレバーが外れて、自由になった撃針が雷管を突く。これによって信管が作動、爆発を引き起こすという仕組みになっているんであります。
 だからピンを抜いてしまったこの手榴弾は、暫く放っておくと爆発してしまいま〜す。ですが、ここでアッサリ爆発させてしまっては僕が昇天してしまいます。それは断固イヤです。
 ですので、こうして手榴弾とそのレバーをトレイに載せた二つの氷塊で挟むように固定するのです。こうしておくと、手榴弾&レバーは氷によってガッチリと押さえつけられてしまいます。つまりこの氷が溶けてレバーが自由になるまでは、撃針が雷管を刺激することも無く、よって爆発もいたしません。そう、氷が溶けるまでは、ね?

「――さて、準備完了。」
 後は簡単だ。この手榴弾とそれを固定している氷を、トレイごと電子レンジに入れる。そしてモードをレンジそのものが加熱するオーブンモードにして、作動タイマーを三分に設定し……おもむろにスイッチをON。これで三分したらレンジが動き出すはずだ。
 あとは、厨房に設置してある船内内線をオープンにして……
「あ〜れぇ〜!た〜しけてぇ〜〜! フゥ〜ジコちゃ〜〜ん!
 と、まぁ、こんな具合でいいだろう。
 相手はセキュリティも当然おさえているだろうから、今の内線がこの厨房からかかってきたことが分かる筈。一応確認のために人を寄越すに違いない。
 ま、相手もプロだ。どこにいようが三分もあればここに来れるだろう。
 タイミングがキッチリ合うかどうかは不明だが、とりあえずその頃にはレンジで温められた氷が溶けて手榴弾が爆発する予定だ。そして一緒に置いてあった爆薬が誘爆し、砕いたワイングラスなどで作った鋭利なガラス片を高速でばら撒きながら部屋ごとフッ飛ぶ。
 シロウトにでも考え付きそうな超カンタンなトラップだが、決まれば二〜三人は葬れるだろう。僕はその混乱に乗じて客室で一眠りする、と。
 我ながら、酔ってしまうくらいにみごとなプランだ。フッ……。

 ――さて、跡も濁したし。早速、柔かなベッドに向けて飛び立つこととしよう。あまり長く居座っては本当に爆発に巻き込まれてしまう。それはシャレにならない。時田君にも劣る、人間として最低のキング・オブ・愚行だ。
 しかし、なんだな……。さっきから黙っていれば、ズキズキズキズキと。何の遠慮も無く撃たれた左肩が非常に痛む。
 流石の僕も、国際法で人体への直接的射撃が禁じられている五〇口径をまともに食らったのは初めてだ。ま、同じ五〇口径でもハンドガンから発射されたものは、ライフルのそれとは全く威力が違うわけだけど。
 それにしたって、掠めただけだったのに時が経つに連れ鬼のように痛くなってきた。ちょっと頭がクラクラする。傷口は一応縛っておいたが、出血も止まらない。
 ちくしょ〜!
「痛い。とても痛い。こりゃ早く手当てしないと本気で拙いかもしれない。」

 思ったより傷は深いらしい。筋も骨もやられず、奇麗に弾が抜けていってくれたのは不幸中の幸いだったが……ああ、こんなことならカッコつけるんじゃなかった。
 正直言えば、アスカが僕に向けて発砲しようとした時、タイミング的には躱すことは容易だった。だけど僕はあえて放たれた弾丸を避けず、そのまま撃ち抜かせた。
 あれはせめてもの謝罪のつもりだったんだけど、それにしても痛いものは痛い。
 漢の道は、痛く険しいものだということだね。ハードボイルドは辛い。
 ヨロヨロと壁伝いに歩きながら、僕はゆっくりとだが、確実に客室に向かい歩を進めた。
 同じ客室でも、どうせなら特等船室が広くていいだろう。シャワーも浴びたいし……。
 お目当ての特等船室は厨房から結構離れた場所にあったのだが、幸運なことに敵兵に出くわすことはなかった。途中で壁が微かに揺れた様な気がしたのは、僕のトラップが作動したのだろう。だが、そんなことを考える余裕も無いほど、肩の痛みは益々増していった。
「はぁ……はぁ……着いた……」

 ようやく特等船室のひとつに潜り込んだ時には、もうヘロヘロだった。膝に力が入らない。左腕にいたっては、なんだかゾッとするような痺れを感じる。嫌な感じの痛み方だ。
 右肩に担いで来た重い荷物を放り出すと、僕はベッドに倒れこんだ。鮮血と共に傷口から体力が抜け落ちていったかのようだ。酷く疲れを感じる。呼吸も荒い。
「ぐ……はぁ……やっぱ……運動不足だった、かな?」
 傭兵時代や特殊部隊にいたころは三〇kgのベルゲン(軍用リュック)を背負って五〇kmを超える険しい山の行軍も平気でこなしてたのに。
 射撃訓練や体術、筋力トレーニングは時田君に隠れてコッソリやっていたけど、それでも不十分だったらしい。
 柔かなベッドに身を沈め、このまま眠りに付きたい欲求にかられるが、それを精神力を振り絞って退けると、僕は運んで来た荷物を紐解いた。中には武器や爆薬、特殊部隊用の数々の装備品が詰め込まれている。その中には、厨房から失敬して来た食糧も含まれていた。

 バナナを頬張りながら、 <ガン・ショット・メディカル・キット> を取り出す。
 これは友人のミリタリーマニアが誕生日にくれたものだ。彼はプレゼントといえば何故かミリタリーグッズしかくれない。だから、どうせなら軍用メディカル・キットにしてくれと頼んだのだ。
 その彼が満面の笑みと共にくれたこのキットは、アメリカ海軍特殊部隊 <SEAL> が使っている本物だ。ガン・ショット・メディカル・キットの名が示す通り、銃で撃たれた傷――銃創の応急処置用である。一体どこから入手して来たんだか。
 気を抜けば眠ってしまいそうなボケた頭を振って、意識をハッキリさせると僕は治療に移った。
 まず専用のチューブで乾燥して固まった血塊を吸い出し、アルコール・パットの洗浄液で傷口を洗浄&消毒。なんかそれぞれ使い方がやや違うような気がするが、まずはOKだ。あくまで気のせいということにしておこう。
 後は <止血剤> と痛み止めの <モルヒネ> を投与。最後に止血用圧迫包帯で止血及びテーピングを施す。
 特殊部隊の装備品にしては、妙に色々揃っていると思うかもしれないが、隊員たちは、特に銃創など戦闘で受ける怪我については下手な医者より上手く処置できる。それだけの医学的専門知識は身につけているものだ。
「よし……こんなもんで……いいだろ……」
 ドアに指向性爆薬と炸裂弾を組み合わせたブービートラップを一応仕掛けておくと、僕は眠ることにした。どのみちこのままじゃ戦えない。体力を回復させるのだ。



to be continued...


■初出

FILE 13「愛憎 Love Is the Plan the Plan Is Death」2000年05月01日
FILE 14「銃創 Who Dares Wins」2000年05月29日

本作は上記の初出作品を加筆修正の上、著者が編集したものです。

<<INDEX Copyright (c) 2000-2004 by Hiroko Maki
and Based upon and incorporating the GAINAX animation "EVANGELION".
NEXT>>