FILE:009 <Ever Green Holy Night>
「では、この一連の事件の黒幕とは……」
時田君が、震える声で、僕に確認を迫る。
「そうさ。」僕は小さく頷くと、静かに続けた。「ストーカーの存在を作り出し、事件と被害があったと狂言。僕らの事務所に依頼人として現れ、碇シンジをこの罠に導くことが出来た人間はたった一人しかいない。」
「それでは――」
「君の考えている通りだよ、時田君。この事件の黒幕はまさに今、君の背後に立っている人物。」
僕はホルスターからワルサーを抜き放つと、背後に振返り、時田君の後ろに立つ女性に銃口を向けた。
「綾波レイさん。あなただ。」
そこにはいつの間に現れたのか、青のパーティドレスに身を包んだ綾波嬢の姿があった。
これまでと違うのはその顔に笑みが張りついていないこと、そしてその右手に拳銃が握られていることだ。
「えっ、綾波……さん」
時田君が驚愕に目を見開く。それはそうだろう、これまで守るべきクライアントだと思っていた女性が客船襲撃の主犯だと暴露されたわけだから。
「いつのまに!?」
慌てて振返る時田君は、彼女の手に握られている拳銃に、ピタリと動きを凍り付かせた。
「完全に気配を殺して近付いてきたからね。シロウトの時田君が気付けないのも無理はないよ。香水の香りがなければ、僕も背後を取られていたかもしれないくらいだ。」
「そ、そんなまさか……」
「信じられないかもしれないが、時田君。彼女がこの事件の真犯人であることは紛れも無い事実だ。」
当惑する時田君に、僕は冷たいようだがハッキリとそう言った。
できれば、認めたくなかったのだろう。時田君の躰がビクンと震える。
「――彼女は、架空のストーカーの存在を作り上げ、被害者の若い女性として僕らの事務所を訪れた。そして何食わぬ顔で用意していた盗撮写真を差し出す。予め誰かに頼んで撮ってもらったか、あるいはタイマー付のカメラで自ら撮っておいた偽の盗撮写真をね。」
僕は拳銃を彼女に突き付けたまま、罪状認否を迫るように真相を明かしていく。対する綾波嬢も氷のような冷たい表情で、時田君に向けて銃を構えたまま沈黙している。何を考えているのか、その表情からはまったく窺い知ることはできない。
「彼女は偽盗撮写真を見せて僕らを信用させると、その依頼を受託させることに成功した。晴れて碇シンジという名の専属ボディーガードを手に入れたってわけさ。それに、抜かり無く三日後にオーストリア移住という小話を挟むことで、事務所の調査方針を護衛色の強いものにさせることも忘れない。実に――心理効果をついた、実に知能的なシナリオだ。」
だが、この心理トリックに気付くことさえできれば、逆を辿ることにより、船上パーティに裏があるのではないかという疑惑に行き着くことが可能となる。
何か罠を仕掛けるなら閉鎖された自由な空間、公海上の豪華客船ほど都合のいい場所はないからだ。
「ま、僕らに対する直接的な仕掛けはこんなところだが……話はまだ終わらない。」
銃口を向けられているせいか、それとも驚愕の真実のせいか、時田君は冷や汗を流し蒼白な表情で呆然としている。それとは対照的に如何なる感情も面に出さず、ただ静かに銃を構える綾波嬢。そのコントラストを確認するように両者間で視線を往復させると、僕はゆっくりと続けた。
「一方で、彼女は獲物を狩るための罠の準備も怠らなかった。まず、この <テュルフィング号> をチャーターし世界中から一流の傭兵や始末屋を掻き集めると、彼らをクルーに偽装させて船内に配置しておく。更に合併する企業の顔合わせということで大パーティを演出するための出席者も集めた。もちろん、これはサクラだろうけどね」
反論するつもりが無いのか、綾波嬢は相変わらず無言のままだ。
「――さて、罠の準備も万全。後は護衛役の僕らをこの船に誘き寄せればいい。結局、計算通りに間抜けな <何でも屋> はパーティ会場でもクライアントを護衛するためこの船にノコノコやってきた。そこに殺人集団が待ち構えている必殺のワナが展開されているとも知らずに。ま、実際は知ってて乗り込んできたんだけどね。」
「そんな……嘘でしょう、先生?」
時田君が小さく首を左右させながら、信じられないという表情で僕に問いかける。
「ウソも何も、今のこの状況が全てを語っていると思わない、時田君。」
僕は不敵な笑みを浮かべながら、綾波さんの構える拳銃を見詰めて言う。
「貴女もそう思うでしょう、綾波さん。」
つまり、それがこの事件の真相だった。綾波レイはこの船を占拠する傭兵団とグルであり、あまつさえ彼らの雇い主ですらある。ストーカー事件と船の占拠は全て僕という人間を殺すためのワナだということで一つに纏まる。パズルは完成だ。
「――見事な推理です。碇先生。」
暫くの沈黙の後、薄暗い駐車場に彼女の透き通った声が木霊した。
「名探偵も顔負けですね。感服いたしました。……流石です。」
「お褒めに預かり恐縮です、お嬢さん。」
僕は彼女に向けて優雅に一礼してみせた。勿論、彼女に向けた銃口はそのままで。
「しかし、よもやこの段階で既に何もかもお見通しだったとは。正直、驚きました。」
表情は相変わらずだったが、彼女は本当に驚いているようだった。少なくとも声音から皮肉は窺えない。
「それはどうも。」僕は微笑みを返す。
「いったい、私のシナリオのどこに落ち度があったのでしょうか?」
本人は完璧だと思っていたのだろう。僕が事の真相に行き着いていたことに純粋に興味を覚えたようだ。彼女は微かに小首を傾げながら訊いた。
「簡単なことですよ。碇シンジを敵に回した。それが貴女たちのミスと致命的敗因です。」
僕のトボケた返答に彼女は上品に笑う。まるで、こんな異常な状況下でのやり取りを楽しんでいるかのようだ。
「おっしゃいますね、先生。」
この論理で行けば、僕に勝負を挑んだ時点でその人物の敗北は決定することになる。つまり、なんだ。僕って無敵!? ってことだ。我ながら格好良い台詞を決めてしまった。これは持ちネタの一つとして今後も使っていこう。
「それにしても、僕をおびき寄せて殺するためだけに、よくもまあこんな手間を掛けたものです。」
僕は駐車場に視線を巡らせながら言った。周りにはズラリと黒塗りのリムジンが止められている。テュルフィング号のチャーターといい、かなりの金が掛かっていることだろう。
「あら、客人は最大限の贅を以ってもてなすのが礼儀というものではありませんか。」
綾波嬢は、相変わらずの鉄仮面のまま言った。
「最大限の贅ですか。確かに、僕一人を殺すには傭兵一〇九人は些か贅沢だ。」
と、そこで思い出す。
「そう言えば時田君に教えくれた、クルーの数一〇九人。これは正確な数なんですか?」
「ええ。時田さんには真実をお伝えしましたわ。」ニコリともせずに、彼女は言う。
「そうですか。……ま、そんなことはどうでもいいとして。」
僕は小さくため息を吐くと、彼女の瞳を正面から見詰めなおして言った。
「――綾波さん。あなたのような方が、なぜそんなものをお持ちなんです? 良家の令嬢には、そんな物騒なものは似合いませんよ。」
時田君に向けられた彼女の拳銃を顎で指す。
「最近は何かと物騒ですから。これも護身のためです、先生。」
彼女の言葉に些か呆れながら、僕はその大型拳銃に目を向ける。護身用にしてはAE使用のIMI製マグナムオートは大袈裟すぎる。世界中探しても、こんなハンドキャノンを護身用に持ち歩く女性はいまい。
不毛な問答に、僕はいささかの疲労を感じ始めていた。楽しめるうちは茶番に付き合うのも悪くないが、タネの知れたマジックショウというのはそもそも退屈なものだ。久しぶりに戦場の空気を嗅いで緊張したこともあるだろう。おまけに時田君も脅えていることだし。そろそろ、この茶番劇にケリを着けるべきかもしれない。
「どちらにしてもパーティドレスに拳銃は似合わない。そう思いませんか、綾波さん?」
僕はその紅い瞳を見詰めながら言った。それから間を置かず小さく首を左右させて、自らの弁を否定してみせる。向かい合った彼女は、静かに僕の動向を見詰めていた。
暫くの沈黙を挟み、僕は再度口を開いた。何もかも変わらないまま、全てが永遠に続くと無邪気に信じていた、あの時の三人を思い起こしながら。
「――いや、この呼び方は正しくないか。そうだろう、アスカ。」
今度こそ、彼女は表情を動かした。しかも劇的に。
空気も凍り付くような冷たい仮面が溶け、その下から驚愕の表情が露わになる。
「なぜ、それを……」
僕はその間も、ただ静かに彼女を見詰め続けていた。
「いつから……」
作っていた綾波レイの声色も崩壊し、彼女本来の澄んだ声に変わる。
「いつから気が付いていたの、シンジ」
綾波嬢――いや、かつての戦友アスカ・ラングレーは、震える声でそう問い掛けてきた。この声を聞くのも、実に三年ぶりだろうか。今となっては何もかもが懐かしい。
「カラーコンタクトなんかしたって、僕の目は誤魔化せないよ。」
僕はウインクすると、彼女に向けて朗らかに言った。
「かつて命を共にした戦場の友だ。そして、その特徴的なブルーアイズ。時が流れたくらいで忘れられる筈も無い。はじめて目が合った、その瞬間からさ。」
その言葉に、その青い瞳が見開かれる。
「はじめて――そんな、そんな時からもう……!」
アスカは心底驚いたようだ。それはそうだろう。彼女は完璧なプランを用意して、相手を騙しきっていたつもりだったのだ。
「プラチナブロンドのカツラを被っても、香水を変えても、紅いカラーコンタクトでその青い瞳を隠しても、特殊メイクで顔を付きを変えても、眼を見れば一発さ。どんなに化けても何に隔たれていても君を見間違えるものか。それに――」
「それに……?」
アスカは微かに小首を傾げて訊いて来る。そう、その動作だ。事務所でも彼女はその動作を何気に繰り返していた。
「染み付いてしまった、無意識のクセはどうやっても隠し切れないよ。」
僕は悪戯っぽく微笑んで見せた。
アスカは一瞬顔色を変えると、観念したのかおもむろに髪に手をやった。そして短く切り揃えられたシルバーブロンドを掴むと乱暴に引っ張る。すると銀の髪が頭から外れ、代わりにその下から流れるようなブロンドが下りてきた。
アスカの髪は、サラサラと光の流れる河のような、長くて奇麗な金髪だった。昔とちっとも変わらない。
続いて彼女は目に指先を当てて、器用にコンタクトレンズを外していった。俯き加減だった顔が再び正面を向いた時には、その目には深紅に代わる深い青の瞳が湛えられていた。
顔の印象を劇的に変えるための特殊メイクのせいで、まだいささかの違和感は残るものの、そこには三年前に失ったアスカの美しく成長した姿があった。
「ひさしぶりだね、アスカ。」
僕はかつての戦友に、寂しく微笑みかけた。
「――そうね。」
期待するほど僕は無邪気ではなかったが、表情を見る限り彼女は再会を喜ぶ気はまったくないようだった。南海の青い珊瑚礁を映したようなその瞳には暗く冷たい光が宿っている。僕に真っ直ぐに向けられたそれは明らかな敵意だった。
「それで、その銃で私をどうするつもり?」
アスカは自分に向けられた僕の拳銃に目を向けると訊いてきた。その声には如何なる感情も篭っていない。
沈黙する僕に、彼女は冷たく言い放った。
「また撃つつもり? 三年前の、あの時みたいに。」
時田君が息を呑むのが分かる。僕は何も応えることが出来なかった。
「どうしたのよ。あの時は撃てたんでしょ。同じ女を一度殺すのも二度殺すのも同じことじゃない。」
厳しい口調で僕を苛む彼女の瞳は、深い哀しみに揺れていた。
――見たくなかった。もう二度と見たくないと思ったから、だからあの時、僕は彼女を撃ち、そして彼らの元を去った。三人が争い合うことに耐えられなかったから。彼女をこれ以上苦しめたくなかったから。
なのに今、目の前に立つアスカはこんなにも哀しい顔をしている。もう哀しい顔はさせないと、そう誓ったのに。そのために全てを捨てたのに。
なのに、また同じことが繰り返されようとしている。何故……
「さあ、どうしたのシンジ。やりなさいよ。心臓はここよ。今度はしくじらないように、撃つなら確実に狙いなさい!」
ピタリと定められた僕の銃口を睨みながら、アスカは言った。
「さあ、殺りなさい。撃ってみなさいよ!」
時田君は、そんな危険なやりとりを続ける僕らを、ただ呆然と眺めている。
「できるわけ……」僕は、ようやく喉から声を絞り出した。「そんなこと、できるわけないだろう?」
掠れたようなその声に、アスカは敏感に反応する。
「仲間だった君だよ。」僕は、ワルサーをゆっくりと下ろしながら言った。「この世で誰よりも大切に想ってた人なんだ。」
「よくもそんなことが言えたものね。」
アスカは目付きを鋭くし、空いた左手で僕を真っ直ぐに指差すと叫んだ。
「私たち裏切って逃げ出した男が。仲間だった私を殺そうとした男が!」
どこか湿り気を帯びた、生ぬるい空気がまとわりついてくる。
沈黙が胸に重い。高級車の群れと薄暗い閉鎖された空間の中で、僕ら生をもつ者は明らかに異質な存在であった。
――公海上を漂う豪華客船テュルフィング号。今宵、そこで行われる筈だった華やかな船上パーティは一変、恐怖と混乱渦巻く戦場へと様変わりしていた。その最もたる象徴が、この鈍い光を放つ黒い拳銃である。
それは <ワルサーP99> という名の、殺人を目的とした道具だ。
そして今、僕はその銃口を青いパーティドレスを着た女性にピタリと向けていた。
「どうしたのよ、シンジ。撃ちなさいよ。」
銃口の向きから求められる弾丸の発射線上に立つブロンド女が、青い目でこちらを睨みつけながら挑発的な言葉を浴びせかけてくる。
アスカ・ラングレー。それが彼女の名だ。
「何を躊躇ってるの? あの日は、自分から撃ってきたっていうのに」
僕が、3年前のあの日、この手で撃ち殺した女だ。
「せ……先生……」混乱した表情で、時田君が僕と綾波さんの間で視線をさ迷わせる。
彼の左胸には、アスカの構えるデザートイーグルの銃口が真っ直ぐに向けられていた。この至近距離では、撃たれれば弾は心臓を易々と突き破り、背中にコーヒーカップの口ほどの大きさの穴を開けて貫通していくだろう。間違いなく、即死だ。
分が悪すぎた。時田君が人質に取られているし、なにより、ここでアスカと戦ってはこの船に来た意味が無い。事の真相に行き着くまでは――手は出せないのだ。
「こんなこと、何度も言わせないでくれ……」
僕は構えたワルサーをゆっくりと下ろしながら言った。
「僕に、君を撃てようはずも無い。」
その言葉に、アスカはキッと僕を睨み付ける。
「だったら、なぜっ!」
憎悪にも似た視線が、僕の射抜く。それも、あの時すでに覚悟していた事だ。
「だったら何故、あの時――!」
そこまで言うと、アスカは口惜しげに言葉を止めた。
「くっ……」彼女は舌打ちすると、素早く時田君との間合いを詰め、彼の肘関節を決めた。
「あぐっ!」時田君が思わず悲鳴をあげる。
「戦場を離れて平和ボケでもしたの? 随分と甘ちゃんになったものね、シンジ! だけどね、例えあなたは撃てなくても……」
その言葉と共に、アスカは銃口を時田君から僕に向け直した。
「――私は撃てるわ!」
そして躊躇なくトリガーを絞る。
大口径を発射する爆発的な発射音と共に、弾丸は僕の左腕を掠めるように抉っていった。
「クッ……!」
痛みより、躰を激しく揺さ振られるような衝撃が襲ってくる。
小さな肉片と共に血飛沫が派手に飛び散って、近くの黒塗りのリムジンに降り掛かった。
バシャリと傷ひとつ無いボディや後部窓ガラスに、鮮血がぶちまけられる。
「なっ!?」
その光景に一番驚愕していたのは、発砲したアスカ本人だった。一瞬、目を見開いて肩を抑えてうずくまる僕を見詰める。が、次の瞬間にはそのショックから立ち直ると、僕に向けて言った。
「碇シンジ! 船長室に来なさい。そこで全ての決着をつける。それまで、この男は私があずかっておくわ!」
そう叫ぶと、アスカは関節を極められて動きを封じられている時田君を連行して行く。
「さあっ、来るのよ!」
「と、
時田君ッ!
」
僕は、連れ去れらて行く時田君の名を叫んだ。
「
先生っ!
」
時田君も、救いを求める視線を投げ掛けつつ、その叫びに応える。
「時田君! 行くなっ!」
「先生っ、私のことなら気になさらないで下さい!」時田君が、半分泣きながら僕に叫びかける。
「いや、君は別に
どうでもいい
が、君に預けた <マガジン> や <手榴弾>
だけは
置いていってくれ!」
「せ……せんせぇ〜〜(涙)」
「それから、グレネード・ランチャーも! あれって、入手が難しいんだ!」
僕は無駄だとは知りながらも、時田君の来ているタクティカル・ベストに狂おしく右手を伸ばす。
「先生のひとでなし〜〜っ!」
何やら涙をちょちょ切らせながら、時田君は情けない叫びをあげる。
だが、それも束の間のことだった。出口へ向けてゆっりと後退して行く彼らは、やがてドアに辿り着くと、それを潜って……消え去った。
し――――ん
静寂が訪れる。
「……いってもーた。」ポツリと木霊する自分の声が、なにかワビシイ。
「時田君はいても邪魔なだけだから、拉致されようが誘拐されようが全然構わないんだが……」
問題は、彼に着せていたタクティカル・ベストだ。あれには、ぴきゅちゃんの予備マガジンやら、C4プラスティック爆弾やら色々詰め込んでおいたのだ。それを失ってしまったのは、かなり痛い。
いや、困った。これは大いなる戦力低下だ。由々しき問題だ。
「ま、いっか。武器なら、まだトランクに幾つか積んであるし。邪魔な時田君との
<手切れ金>
と思えば、あれぐらいの装備の損失は安いものだ。」
僕は、爽やかに忘れ去る事にした。
しかし――
「いつつ……」僕は撃たれた左肩を押え込むと、激痛にうめいた。
撃たれ方にもよるのだが、撃たれた瞬間は殆ど痛みを感じない。いや、痛い事は痛いのだが、襲ってくる衝撃の方が上だ。
だが、暫くすると呼吸が苦しくなってきて、気分が悪くなってくる。
この辺は、刃物でプスリと刺された時と似ている。撃たれたり、刺されたりしたにもかかわらず、実感が湧かなかったり、それに気付かなかったりするのはそのためだ。
だからと言って、処置をしないままだと下手すら意識を失ったり、死んじゃったりするのだ。
いやいや、大変である。と言うか、死ぬのはイヤだ。
「イタタ……痛いよぅ……い〜た〜い〜」
僕は血の止まらない左肩を抑えたまま、ゴロゴロと転げまわった。
「うう……シクシク。アスカ、酷いよ。撃つなら時田君にすればいいのに。」
傷を見るに、弾丸は幸運にも肩を掠めるように当たっただけらしい。
肩の筋肉を少し抉られてしまったが、弾は貫通している。とりあえず止血と応急処置をしておけば、後で病院にいくだけでOKだろう。
だが、長くは持たない。早めにケリを着けて帰らないと、最悪の場合、ホントに死んじゃうかも!?
「い〜や〜だぁ〜!」
とりあえず、またゴロゴロと転がってみる。しかし、利き腕である左腕をやられたのは不運だった。
ま、僕は左右両方の腕で完璧な射撃ができる、いわゆる両利きだから問題ないけど……。
なんにしても、痛いのは壮絶にイヤだ。
「はぁ〜あ。それにしても、これからどうしようかなぁ。」
とりあえず、メインの制御室に行くか? あそこを占拠されたままと、隔壁を閉鎖されたりして色々イヤガラセを受けそうだし。それとも、給電室を破壊して停電させるか?
もちろん、注文通りまっすぐ船長室に向かうのもOKだ。
いや、ここはパーティ会場にのりこみ、人質を救うか?
もし美人がいたら、優先的に保護することで恩を売り、あわよくば……デヘッ♪
――ってなことになるかもしれないし。
「それより、なんか眠くなってきたな……」
色々動き過ぎたようだ。思えば、この船に乗り込んでからかなりの運動をこなした様な気がする。
ああ……なんか、思い出しただけでも眠くなってきた。
「よし、決めた! とりあえず客室に行って、フカフカのベッドで寝よう!」
眠って体力を回復させる。やはり、人生これに限る。
ご招待に応じるのは、その後だ。寝る前にちょっとした食糧を摂取すれば、流しちゃった血も補給できるし、傷口からの出血そのものも止まるだろう。
うむ。我ながら完璧なプランだ。
「と、その前に……」
痛む左肩を庇いながら、トランクを再び漁る。予備のマガジンを持っていかれてしまったから、ぴきゅちゃんはもはや役に立たない。弾の入っていない銃など、骨董品にも等しい存在だ。戦場では無用の長物。
「と、なると、こいつだな。」
僕はぴきゅちゃんのような、ゴム製の弾頭を飛ばすのでは無く、実弾を発射できる拳銃を取り出した。
いや、もともと <ワルサーP99> だって、実弾を発射するやつなんだが、ぴきゅちゃんは僕がオリジナルの改造を施したカスタムモデルなのだ。
僕が手に取ったのは、二挺のハンドガン。
ひとつは、ぴきゅちゃんと同じくオートマチック。もうひとつは、4インチバレルのリボルバータイプだ。両方ともフレームからグリップまで、真っ黒の無骨な銃である。
まず、オートマチックの方は、
<H&K USPタフネスグレード>
。
これのカスタマイズパーツで、
<BLKタクティカル・ユニット>
という連射用パーツも用意してある。このユニットをフル装備すると、マガジンを通常の2倍長くできる。つまり、装弾数が倍増するわけだ。こうなると40S&Wという大口径の弾丸を、フルオートで撃てる、もはやサブマシンガンに近いハンドガンである。
ま、僕のような精密射撃を得意とするタイプには、フルオートの機能なんて本来不要なんだけど。
第一、フルオートで撃つならさっき敵から奪ったアサルト・ライフルやサブマシンガンを使えばいいし。
ま、気分の問題だね。
とりあえずカスタムパーツを色々つけておけば、なにやら
強そう
な気がしてくる。
――僕は気分から入る人間なのだ。
あと、リボルバータイプは、
<スマイソン>
という銃だ。
リボルバーとは、日本の制服警官が携帯しているような、シリンダーを回転させるタイプの銃で、僕は個人的に『決闘用』と位置づけている。
何故なら装段数はオートマチックとは比べるまでもないが、弾詰まりを起こしても、リボルバータイプならシリンダーを回転させる事で、次の弾丸を問題なく発射できるから。
オートマチックでは致命的な障害でも、リボルバーなら無視できるわけだ。これは、大きい。
それで、スマイソンという拳銃自体の話だが……。
これがまた面白い。アメリカのデイビス社がS&W社のKフレームにコルト・パイソンの銃身を組み込んだカスタム・リボルバーなんだよね。パイソンの銃身精度は素晴らしいけど、独特のトリガーメカニズムは慣れないと相当使いにくい。そこで撃ち慣れたS&Wのフレームに、パイソンの銃身を移植すれば理想の357マグナム・リボルバーができるのではないか……という無茶な発想から造られたと聞く。そんな冗談のような、だが実在の銃。それが、その名も <スマイソン .357マグナム> だ。もっとも、これが『スマイソン』と呼ばれていたのは昔の話で、今は両メーカーの頭文字を組み合わせて『スモルト』と呼ぶのが普通だ。傭兵たちももっぱらこちらの呼称を用いる。
僕が使っているスモルト――スマイソンは、フィンガーチャンネル付ラバーグリップを装着した、オリジナルカスタムだ。まぁ、スマイソンの存在自体がカスタムガンみたいなものだけど。
非常に珍しい銃だから、当然希少価値も高い。多分、日本で持っているのは僕だけだ。
僕は、USPとスマイソンをそれぞれショルダー、ヒップのホルスターに装着すると車庫を離れた。目的地は厨房である。
まず、ここで食糧を調達。それから客室のひとつに失礼して、惰眠を貪る。これが、今後のおおまかなプランだ。さっさと船長室に行かないと、人質に取られている時田君が『あんなこと』や『こんなこと』をされたりして、下手したら死んじゃう可能性も無きにしもあらずだが……。
ま、いいだろう。
時田君だし。
――と、いうことで時田君のことを忘れる事にすると、僕は朗らかに厨房へ向かった。
正直、状況はかなり厳しいものがあるが、なんとかなるだろう。なにせ、僕は主人公なのだから。
フッ。
to be continued...
■初出
FILE 11
「再会 Deash and Rebirth」
2000年05月01日
FILE 12
「招待 Decadent」
2000年05月−日
本作は上記の初出作品を加筆修正の上、著者が編集したものです。
<<INDEX
Copyright (c) 2000-2004 by Hiroko Maki
and Based upon and incorporating the GAINAX animation "EVANGELION".
NEXT>>