FILE:007 <2nd Inpression>


 武装した傭兵らしき男二人を葬った僕たちは、デッキを出ると、船の底部に向かって歩いていた。
 もちろん、思わぬところから <敵> が現れるかもしれない。時田君には分からないだろうが、僕は周囲に常に気を配っていた。
『こんなこともあろうか』と、この船が <戦場> になるであろうことを計算した上で、船内を隈なくあちこち歩き、内部構造を理解していたのは、やはりプラスとなった。
 罠を張るに適した場所。待ち伏せに有効なポイント。全ては、頭の中に叩き込んである。
 時田君は、厨房忍び込んで『つまみ食いをするため』と思ったらしいが、船に入って早々、用意された個室にも向かわず船を探索したのは、そのためだ。
 ――しかし、なんだ。
『こんなこともあろうかと』
『こんなこともあろうかと!』
 ……知性を感じさせる、実にいい言葉だ。僕に怖いほどピッタリである。

「先生、先生。」
 悦に入っている僕を邪魔するかのように、時田君が話し掛けてきた。
「ん〜、なに? 時田君。」
「先生、拳銃をもってましたよね。あれは、一体。」
「 <ぴきゅ> ちゃんのこと?」
「名前は知りませんが、とにかく先生の持っていた拳銃のことです。」
「あのさあ、時田君。僕の昔のこと、全く知らないわけじゃないんでしょ?」
「――!?」時田君は、その言葉に不意をつかれたようだ。身を強張らせて立ち止まる。「それは、その……先生の……」
 思い出したくもない最悪の記憶だが、僕と不幸にも時田君と出会ってしまったのは、今から二年前の話だ。
 彼の家族がちょっとしたトラブルに巻き込まれた時、偶然その件を調査していた僕が助けることになった。結局、時田君の家族――彼のお兄さんは、その件で命を落としたが、時田君自身は助かった。
 その事件の際、彼は僕のナイスなグレートさに感動したらしく、お願いだから弟子にしてくれと頼むもので、仕方なく事務所でコキ使ってやることにしたのだが……あの件で、時田君はほんの少しだが、僕の昔の顔を垣間見たはずだ。だから、ぼんやりとだが、僕が昔戦場を駆け回っていたことくらいには気付いているだろう。

「ま、時田君が知っても仕方の無いことさ。」
 時田君は、それ以上僕のことについて訊くことはなかった。
「しかし、一体この船はどうなってしまったんでしょうか?」
 今度は話と雰囲気を変えるように、時田君は言う。
「ま、連中に占拠されちゃったんだろうね。」
「連中と言うと……先生の言われた、プロの傭兵たちですか?」
「うん。」
「しかし、一体彼らはどこから現れたのでしょう。ここは海上ですから、外から忍び込んだとも思えませんし。」
「最初からいたのさ。この船の乗組員……クルーとしてね。」
「ええっ、クルーが傭兵?」
「はぁ……。ってことはなに。時田君、全然気がつかなかったの? クルーだけじゃないよ。パーティスタッフも、招かれた乗客も、そもそもこのパーティ自体がそうさ。本来は無い存在なんだよ。」
「え、それはどういう?」時田君はキョトンとして訊いた。
「――鈍いなぁ。欺瞞だよ。このパーティは偽物ってことさ。合併する企業同士の顔合わせなんて、大嘘。彼らは全員、この事件を引き起こした黒幕が集めた <サクラ> だろうね。」

「なっ!?」時田君は驚愕に慄いている。まぁ、当然の反応なのかもしれない。
「と言っても、乗客はたぶん傭兵とは関係ないよ。ただの一般人だと思う。アルバイトとか言って集めたか、民間人をランダムで招待したか。或いはパーティ会場を探している団体に、そうとは教えず無料で貸し出したか。ともかく彼らもまた利用された気の毒な人間さ。」
「では、彼らは……?」ようやく状況を理解したらしい時田君は、蒼白になって呟いた。
「そう。今頃、クルーの仮面を脱ぎ、プロの兵士に様変わりした連中に監禁されているだろうね。」
 彼らが行動を起こすとすれば、一番都合がいいのはパーティが始まった後だ。そうなれば自動的に人質となる人間がパーティ会場のメインホールに一同に集う。そして一個所に集まった獲物に程好く酒が入ったところで銃器を持ち出し、そのままホールごと閉鎖すればいい。他の時間帯なら、いちいち全ての客室を回って各部屋から乗客たちを連れ出さなければならない。そんな面倒は連中もかけたくないだろう。
 そういうわけで、パーティ会場で襲うのがベストなのだ。僕が時田君を連れて、途中で会場を抜け出したのも、だから偶然じゃない。傭兵達が動く時間帯を予測して、彼らが行動に出る前に会場を離れることにしたわけだ。

「どうしますか、先生。彼らの目的が何かは分かりませんが、私たちでどうこう出来るとは思いませんし。やはり、どうにかして警察に連絡をして……って、ああッ!」
 時田君が、突然叫び出した。落ち込んだり叫んだりと、忙しい男だ。
「綾波さん……綾波さんを忘れてましたよ!」
「ん、彼女ね。」
「ん、彼女ねって、先生! 仮にも彼女は、我々のガードを必要としているクライアントなんですよ。」
 素っ気無い僕の返事に、時田君は激昂したように言う。
「ああ、だいじょうぶ大丈夫。彼女に関しては全く心配無い。」
 手をヒラヒラさせて、僕は言った。
「どういう意味です、先生?」
「連中の狙いは彼女じゃないってことだよ。乗客たちを監禁するのは彼らをどうこうしようって理由からじゃない。彼らにウロチョロされたら邪魔、だから閉じ込める。ただそれだけの単純な動機からだ。」
 僕は時田君を一瞥すると、続けた。
「それに、この <パーティ> が仕組まれた偽物、虚構だったという僕の仮定が真実だったとしたら……今日、その <パーティ> に出席すると言っていた <綾波レイ> という女性は一体、何者なんだろうね?」

「先生、それは!?」
 時田君は、僕のその言葉に劇的に反応した。が、それも束の間。
「シッ!」僕は右手をかざして、時田君の言葉を遮る。
 僕の輝かんばかりの超感覚は接近する敵の気配を察知していた。遠くから近付いてくるカツカツという微かな足音。時田君もようやくそれに気が付いたのか、顔を強張らせた。
「先生……」ヒソヒソと声をかけてくる時田君。「ど、どうしましょう……」
「う〜む。どうしたもんかね。」
 足音から判別するに相手は男性。三人組みだ。場所や状況にもよるが、僕は六人くらいまでは <性別> と <人数> を足音から正確に判別できる。それ以上になると、誤差が出てしまうが――それでも的中率は結構高い。
「よし、時田君。この先の通路で待ち伏せて、タイミングを見計らって飛び出して。」
「ええっ、私がですかっ!?」思わず声を上げる時田君。
「シッ! 時田君、静かに。」
「あ……すみません。」時田君は首を竦めて、あやまった。

「大丈夫だよ。時田君が注意を逸らしている隙に僕が瞬殺してみせるから。」
「ほ……本当に大丈夫なんですかぁ?」疑惑の視線で、僕を見詰める時田君。
「何故に疑うかなぁ。さっきだって、二人を一瞬で倒してみせたじゃないか。」
「いえ、それは直接見たわけでは無いので、何とも言えませんが……先生のことです、人にはとても言えないような超ド汚い手段でだまし討ちしたんじゃないんですか?」
「あのね……」恩知らずな時田君の言葉に思わず脱力する。「君は僕をなんだと思ってるの。」
 まるで、テロリストにも劣る畜生のような言われっぷりだ。
「ま、とにかく時田君。とりあえずテキトーに死ぬ気で頑張ってくれ。」
 ポムッと時田君の肩を叩くと、僕はニッコリと微笑みかけた。
「わ、分かりました。酷く心配ですが、他に手段が無いのなら仕方がありません。やってみます。」
 手段なら他に幾つでもあるのだが、それは言わないことにした。その方がおもしろそうだからだ。

「はい。とりあえず、これを持って行って。」
 僕は、さっきの二人組から奪った二つの無線機の内、片方を時田君に渡した。
「これは……」
「軍が使うタイプの標準的な無線機だよ。 <交信> から <盗聴機発見> まで何でも出来る万能型さ。買うと高いから壊さない様にしてね。持って帰って事務所の備品にするんだから。」
 ――我ながらセコイ話である。
「こんな難解そうなもの、私には使えませんよ。」時田君は困惑気味にそう言った。
「誰も使いこなせなんて言わないよ。相手はあの時田君だしね。周波数は合わせておいた。いい? タイミングが来たら僕が合図を入れる。それを受け取ったら飛び出して、敵の注意を引くんだ。一人でランバダでも踊れば十分だろう。」
「踊るんですか?」
「別に踊りじゃなくてもいいけど、とにかく相手の気を一瞬引きつけるんだよ。その隙に僕が後ろから襲い掛かって有無を言わさず昇天させる。」
「血も涙も無い、先生にピッタリの鬼のような作戦ですね。」
 また時田君が、良い子ちゃんのようなことを言い出す。
「殺られる前に、殺る。食える時に、食う。――戦場の鉄則だよ。」
「はぁ。」納得がいかないのか、時田君は複雑な顔をしている。
「じゃ、頼んだよ。もう時間が無い。」そう言うと、僕は時田君の肩を強引に押し出した。
「あうぅぅぅ……」
 ヨロヨロとよろめきながら、時田君はシブシブ所定の場所に小走りに駆けて行った。

 大まかな作戦はこうだ。
 まず、場所。ここは一本の直線通路に別の直線が直角に交わる、要するに <T> 字路だ。僕は、その交差点の角に身を隠してスタンバイしている。時田君は、敵がやってくる向かい側の通路の影にスタンバイ。
 敵が交差点、つまり僕が隠れている地点に差し掛かったら、ヘロヘロと姿を露わにして踊る。
 すると敵の注意は前方の時田君に集中する筈だ。その隙に僕はガラ空きの背後から敵に襲いかかり、殲滅する。……はっきり言って完璧すぎるプランだ。自分の才能が怖い。
 僕が自分の才能にフラフラと酔っていると、狙い通り、オバカな傭兵達がノコノコとやってきた。
 大方、この船を巡回してパーティ会場にいなかった人間を捜しているのだろう。僕らのように、彼らが占拠した時ホールにいなかった人間もそれなりいるはずだ。トイレに行っていたり、飲み過ぎて部屋に戻ったり、別室で早くもビジネスに入っていたり。理由は幾らでも考えられる。さっきデッキで倒した連中も、恐らくそんな乗客を探しまわっていたグループのひとつだろう。

 カツコツカツ……
 三つの足音が結構速い速度で近付いてくる。もう息遣いが感じられるほどに接近しているようだ。殺気のような、穏やかでない敵意をビンビン肌で感じる。パーティの余興にしては十分すぎるスリルだよ。本当。
 僕は気配を完全に消し去ると、タイミングを待った。
 ――よし、今だ。
 今まさに三人が交差点に差し掛かろうという瞬間、僕は時田君に合図を送った。これで時田君は予定通り飛び出して注意を引きつけてくれる筈だ。それをじっと待つ。
 二秒ほど経っただろうか。通路の向こう側から、『ち……チワッ、時田っス!』とか言う、訳の分からない声が聞こえてきた。思わず、吹き出しそうになる。
 時田君、敵に挨拶してどうするつもりなんだい。しかも、今に限ってなぜに体育会系?

 込み上げてくる笑いを必死で堪えながら僕は素早く通路から躍り出た。見ればペコペコと挨拶している時田君を三人の傭兵たちが今まさに撃ち殺さんとしている。そのまま見過ごすことも考えたが、時田君にバケて出てこられると迷惑なので、やはり助けてやる事にする。
 彼らは一人を前に、のこりの二人を後方にと、三角形の頂点を形成するようなフォーメーションをとっていた。もっとも有効な戦術が一瞬で弾き出される。
 まず、右側の男の頭首に腕を絞め込ませて首を捩り折った。今回は手加減できる状況に無い。
 同時に左側の男に後ろからムエタイ式に近いハイキックを見舞う。刈るような左足が銃を構える無防備な男の左耳の下部、首の付け根あたりに唸りをあげてメリ込む。ゴキリという確かな手応え。頸椎骨折だ。
 蹴りを放ちながら、開いている左手は懐から抜いた <ぴきゅ> ちゃんを構え、躊躇無く引き金を絞っていた狙いは、三人目の先頭に立つ男だ。弾丸は後頭部に決まった。下手すれば頭蓋陥没したはず。よくても脳震盪で気を失うだろう。

 きっかり二秒後。三人の傭兵達は一発の弾も撃てず、更には僕の顔を見ることすらないまま地面に崩れ落ちていた。ま、実際に相手を仕留めるのに掛かった時間は一秒くらいだろうけど。
 実際、拳銃を三連発する方が早そうに思えるが、そうでも無い。僕のぴきゅちゃんはゴム弾だから当たり所が悪ければまったくダメージを与えられない事もある。それにこのブローバックというのが結構なタイムロスになるのだ。相手が一流だと銃声に対する反応速度も超人並みになってくるから、体術と組み合わせた方が早い場合だってあるのだ。今回の場合が、まさにそうだ。
 ――それにしても、よかった。思ったより戦闘のカンも、鍛練を続けてきた躰も鈍ってはいないようだ。もう暫く躰を温めれば傭兵時代と同じように完全に動けるようになるだろう。
 ここに集められた傭兵は一流に近いなかなかの手練たちのようだ。だけど、当時一流の前に『超』を幾つか付けて呼ばれていた僕にとってはまだ甘く見える。幾らでも付け入る隙はあるということだ。
「それとも、わざわざ僕に練習相手をくれているのかい?」
 或いは、これは彼が用意したゲームなのかもしれない。
 この日本で数年埋もれた僕が、平和ボケして腕を鈍らせてしまっていないか確かめたいのかい? だったら教えてあげるよ。そのために、僕はわざわざここに来たのだから。

「せ、先生……」よろめくように時田君が近付いてきた。顔が青ざめている。
「あ、時田君。ご苦労様。珍しく君が予定通りに役に立ったよ。」
「え、はぁ。」
 適当に相槌を打ちながら、時田君はまるで幽霊を見るような目付きで僕を見詰めている。
「ん、どうかした?」怪訝に思って訊いてみた。
「あ、いえ!」
 ビクッと身を震わせて、思わず後ずさる時田君。その顔に浮かんでいるのは恐怖だ。
 なるほど、この顔には見覚えがあった。僕は何度も何度もこんな表情をした兵士を見下ろしてきた。それは、圧倒的な力を持つ者に対する恐怖と絶望の表情だった。
 僕と、カヲル君と、そしてアスカ。三人は気が付いた時には戦場にいた。そして三人の実力は、多分、実力主義の傭兵社会でもずば抜けていたのだと思う。
 その僕らを敵に回した敵兵は、いつも今の時田君のような表情を浮かべていた。
 絶対に勝利できない相手を見上げる恐怖の視線。そして、確実に訪れるであろう『死』を予感した絶望の表情。

「だから、言っただろう。時田君が知っても、仕方の無いことだって。」
 そういう世界もこの世にはあるんだ。
「あ、……はい。」
 時田君は、なんとか気を落ち着けると言った。
「ですが、それでも……知ってよかったことがあります。」
「へぇ。」これはまた、ずいぶんと興味深いことを言い出す。「……なに?」
 僕は微笑みながら訊いた。
「あなたの側が、この戦場において最も安全な場所だということです。」



to be continued...


■初出

FILE 08「戦場 2nd Inpression」2000年04月22日

本作は上記の初出作品を加筆修正の上、著者が編集したものです。

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and Based upon and incorporating the GAINAX animation "EVANGELION".
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