FILE:006 <Walther P99>



 ――20:16
テュルフィング号 船首側デッキ


「銃声!?」

 夜闇に包まれた甲板に、時田君の驚愕の叫び声が響きわたる。
「うん。銃声。」僕はコクリと頷く。
「じゅ……銃声って、あの銃声ですか?」
「どの銃声か知らないけど、とにかく銃声だよ。」

「なぜっ!?」食いつくように問い掛けてくる時田君。
 お願いだから、奇麗な女の人以外はにじり寄ってこないで欲しい。
「なぜと問われれば、それが計画されていたから――と、答えるしかないね。」
 僕はひとりでウンウン頷きながら言った。まったく、事は素晴らしいまでに僕の予測通りに動いている。

「計画されていた? ……先生、一体なにをおっしゃってるんですか?」
 混乱しているのか、妙に顔を顰めて時田君は言った。
「またいつもみたいに、私を騙して楽しんでおられるのですか?」
「また人聞きの悪いことを。いつ、僕が時田君を騙して楽しんだっていうんだい?」
「――いつもです。」妙にキッパリと時田君は言っ切った。
「……」

「それで、どういうことなんですか。キッチリ分かるように説明して下さい。」
「いや、僕に訊かれてもねぇ。」僕はちょっと苦笑して応えた。
「そういうことは、彼に訊いてくれないと。」
「……彼?」突然出てきた代名詞に、時田君は惚けたように繰り返した。「彼って、誰です?」
「決まってるじゃない。」僕はなるべく表情を崩さないよう、心がけながら、言った。
「今回の船上ならぬ、戦場パーティの……主催者のことさ。」

 その僕の言葉が終わるか終わらないか。

バンッ!
 乱暴にデッキ(つまり、ここだ)へ続くドアが開け放たれ、武装した2人組の男が現れた。
「いたぞ、こっちだ!」
 最初に躍り出た男は相棒にそう呼びかけると、次の瞬間には有無を言わさず、手に持ったアサルトライフルを連射してきた。
 動きが洗練されていて、無駄が無い。流れるようなその殺人的動作は、一瞬で僕に悟らせた。
 こいつらは、昔の同業者だ――と。

ズガガガガッ!

 今度は時田君がクラッカーの破裂音と間違えたような、可愛い小激音ではない。
 どこからどう聞いても、立派な銃撃音だった。しかもフルオート(連射)。
 はやくも、殺す気満々といった感じである。
「なっ!?」驚愕に硬直している時田君の襟首を引っ掴むと、僕は素早く物陰に飛び込んだ。
「うわっ!」ズダンっと、乱暴に放り出された時田君が尻餅を付く。

 直後、先程まで僕らの立っていた場所に銃弾の雨が降り注いだ。
 木製の手すりが、みるみる粉々に撃ち砕かれて飛散していく。あと一瞬躱すのが遅れいてたら、間違いなく蜂の巣になっていただろう。
 僕らがとっさに身を隠したのは、何に使うのかは知らないが太いワイヤーロープが収まった、かなり大きな鉄製の箱の裏側だ。標準的なアサルトライフルの弾丸くらいでは、貫通するのはまず不可能。とりあえずは、安心だろう。
 ――と、そこまで考えて僕はある大いなる『過ち』に気が付いた。

 しまった! なぜ、時田君を一緒に助けてしまったのだろう!?
 彼がここで亡き者になれば、これまでの溜りに溜まった未払いの給料を払わずに済むし……
 あまつさえ、彼にこっそりかけておいた、多額の生命保険金がゲットできたと言うのに!
 くぅ〜! なんて言うか、損したっ!

「いつつつっ……」
 後悔に咽び泣く僕をよそに、時田君は打ち所が悪かったらしく、目尻に涙なんか溜めながらお尻を撫でている。
「君が綾波さんくらいの奇麗な女性だったら、喜んでさするの手伝ってあげるのに。」
 ボソッと呟くと、それでも聞こえたらしい時田君は、
「そんなこと言ってる場合ですかっ!」と、叫びだした。
 まったく。命を救ってもらっておきながら、酷い言われようだ。
 やはり、殺っておくべきだった。

「ま、そう慌てない慌てない。」僕はニッコリ偽善的に微笑むと、時田君を宥めた。
 下手にパニックになられても、こっちが困る。
「なに悠長なこと言っているんですか! 何者か知りませんが、相手は……相手はあんなに大きな銃を持っているんですよっ!?」
 そう時田君が言っている間にも、銃を持った男たちが、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。

「心配ない。」僕は懐から、 <漢のアイテム> を取り出しながら言った。
「銃なら、僕も持ってる。」
 鈍く光る、この無骨なフォルム。そして手にズシリと重い、この凶悪な存在感。
 まさにアイテム・オブ・ザ・漢。
 その名も、ガン!
 ああ、スリスリ。

「ちょっと、先生! なんでそんなモノ持ってるんですか!?」
 僕がうっとりしながら頬擦りしていると、時田君がぶち壊すように叫び出した。
「そんなモノとは失敬な。これにはちゃんと、 <ワルサーP99> という名前がある。ちなみに、愛称は <ぴきゅ> ちゃん。Pと9を組み合わせたんだ。可愛いでしょう?」

「だから、そんなこと言ってる場合かっ!」
 とりあえず、時田君の叫びを爽やかに無視すると、僕は愛銃を確認する。
 弾は勿論込めてある。それにチャンバー(薬室)にも、既に弾丸が1発装填されている。要するに、準備はいつでもOK! ……ってことだ。

ダダダッ!

 乱暴な足取りで近付いてくる足音。数は2つ。
 ひとりは少し遅れている。両者の距離は10mはあるか……。何にしても、彼らがここに辿り着くまで、もう数秒も無いだろう。
 そんなことを考えているうちに――

「先生ッ!」時田君の悲鳴が上がった。
 僕らの隠れている場所に、武装した男が姿を現したからだ。
 早速、頭を抱え込んでブルブルと震えだす時田君。まったく、僕の助手のクセに全く役に立たないんだから。こうなった以上、僕が動かなくては、このまま天に召されることになりそうだ。
 もちろん、時田君は地獄行きだが。

 相手はやはり、2人。確認する暇もあらば。
 一足早く現れた方の男のアサルトライフルが、なんの躊躇いも無く僕らに向け火を噴いた!
 瞬間――僕はそのライフルのバレル(銃身)を掴み上げ、銃口を逸らした。
 同時に、開いた左手で <ぴきゅ> ちゃんを2発発射。遅れて駆け寄ってくる2人目の男を打ち倒す。
 そして、撃たれた男が崩れ落ちるのを視界の端で確認しながら、掴んでいた1人目の銃から手を放し、素早く背後に回り込む。
 一瞬後には、僕の腕は男の首に完全に巻きつき、食い込んでいた。

 そのまま、瞬間的に腕に爆発的な力を注ぎ込み、男を締め落とす。
 プロレスなんかでいう、チョークスリーパー。裸締めだ。
 頚動脈を圧迫された男は、呆気なく失神して甲板に倒れ込む。技術と慣れさえあれば、本当に映画のワンシーンのように決められる、少ない技のひとつだ。

 首を折って殺した方が、後片付けは楽なんだけど……僕は、基本的に優しいのだ。
 だけどこのまま放置しておくと、またいつ復活してくるか分からない。
 とりあえず僕は、 <武器> と <装備品一式> 、ついでに <サイフ> を抜き取ると、失神した男を海に投げ捨てた。
 運が良ければ、助かる可能性はある――かもしれない気がする予感だ。
 秋の海は、ハッキリ言って死ぬほど冷たいだろうが、どうかがんばってほしい。合掌。ちーん。

 さて――
「時田君、時田君。」
「えっ?」
 呼ばれた時田君は、抱え込んでいた手を解き、面を上げた。
 一瞬状況を掴めなかったらしく、キョロキョロとせわしなく顔を動かす。

「いつまでそうしてるの。追加が来ないうちに、さっさと移動するよ。」
「えっ? ええっ!?」
 時田君は、ついにその胸に封じていた『おバカ』に目覚めてしまったのか、目をパチパチさせている。
 まだ何がどうなったのか、さっぱり分かってないらしい。
「まったく。そんなだから、君は時タンクなんて呼ばれるんだよ。」
 あまりの情け無さに、ため息を禁じ得ない。

「あの……先生……?」
 フラフラと力なく立ち上がりながら、時田君は呟くように言った。
「これは……一体……どうなったんでしょうか……」
「悪者なら、僕が片付けたから。とりあえずは安心だよ。」
 僕は、さっきの男から頂戴したサイフの中身を確認しながら言った。

 ゴソゴソ……

 おおっ!
 うふっ♪結構、入ってるじゃないかぁ。
 もう、いやだなぁ〜☆(←うかれている)
 どうせ、人を苛めて稼いだお金なのだろう。
 僕が有効に使ってあげることにしよう。
 ウム。

「ええっ!? せ……先生が、あ、やっつけたんですか!?」
 目を真んまるにして、時田君は驚いている。
「うん。」
 身元が分かるような、たとえば自動車免許証のようなものは、流石に入ってない。
 ま、相手もプロなんだろうから、当たり前と言えば当たり前だ。

「ああっ!」また時田君の叫び声が上がる。
「今度はなに? 海に美女でも浮かんでるのかい?」
「ひ……ひ、ひ、人が倒れてます!」
 時田君が震える指で指しているのは、僕がぴきゅちゃんで打ち倒した2人目の男だ。
「ああ。それなら、僕が撃ったからね。念のために2発打ち込んどいたから。」
「こ……殺し……死んでるんですか?」
 へろへろになった時田君が、必死に訊いて来る。なんか、見ていて面白い。

「いや。僕のぴきゅちゃんは、特殊な弾丸を使っていてね。普通、拳銃の弾って <鉛弾> っていうでしょう? でも僕は、金属じゃなくて、 <ゴム> の弾頭を使ってるの。暴徒鎮圧用だね。
 だから、打ち出されるのは硬質ゴム。殺傷力は落ちるけど、衝撃は上がるかな。」
「ど……どういうことです?」
 時田君が、またもや目をパチクリさせて訊いて来る。

「だから、ゴムの弾なんだからそう簡単には死なないってことだよ。ま、肋骨は確実に折れてるだろうから、どのみち動けないよ。放っておけば、もしかしたら死ぬかもしれないけど。とりあえず今は、多分気を失ってるだけだと思う。」
 ……っていうか、そうだと良いな。

 要するに、音速のパンチをぶち込んだようなものだ。
 細かいところでは全然違ってくるけど、まあ、感覚的にはそんなものだろう。
 衝撃で、確かに骨くらいは簡単に折れる。
 折れた肋骨が内蔵にでも刺さっていたら、まず死んじゃうだろうけど……
 鉛弾だと、確実に死んでいただけに、生きている可能性があるというだけでも、敵さんには感謝してもらいたいところだ。

「そうだ。その男も海に捨てとかないと。万一、ゾンビみたく復活されたら手間だしね。」
 僕は先程と同じように、武器と無線機などを没収し、時田君にバレないようにサイフも抜き取ると、男を海に還した。
 ドッパ〜ンと、景気よく海に飲み込まれていく男。
 もしかしたら……っていうか、助けが現れない限り確実に死ぬだろうが、プロを相手に情けは禁物。
 下手に敵に同情なんかしていたら、こっちが足元をすくわれて殺される。

「さっ、行くよ。時田君。」
 僕は <ぴきゅちゃん> をショルダーホルスターにしまうと、衝撃にまだ棒立ちしている時田君に声をかけた。
 それから、奪ったアサルトライフルの1つを肩に担ぎ、もう1つを手に装備する。
 無線機はベルトにかけた。

 なんか、仰々しい装備だ。
 アサルトライフル2つに、懐にはワルサー。腰には軍用無線機。
 ちょっと、気分はランボーって感じ。
  <ランボー3 碇のアフガン> ……なんちゃって。


こき――――


「……」

 ――ひょっとすると、今、僕はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。
 自分でもあまりにも笑えないジョークに、一瞬戦慄する。
 ちょっと自己嫌悪に陥りそうだ。

「あっ、待って下さいよ! 先生っ!」
 そんな僕をよそに、呆然と立ち竦んでいた時田君は、ハッと我に返り僕に走り寄ってくる。
「はあっ、はあっ……。せ、先生……これは、いったい……どういうことなんですか?」
 運動不足の時田君は、ちょっと走ったくらいでもう息が上がっている。

「え? 今のギャグのこと? ……あれは、その、なんだ。つまりだね。
  <ランボー3 怒りのアフガン> っていう古い映画があってね。それのサブタイトルの『怒り』と僕のファミリーネームの『碇』をかけて――」
 なんで不発に終わったギャグを、自ら解説しなくてはならないのだろう……。
 なんだが、何もかも忘れて自分も海にダイブしたくなってきた。

「誰がギャグの解説を求めますかっ! ……私がお訊きしているのは、あの武装して我々を襲ってきた連中のことですよ!」
 時田君が真顔で訊いてきた。
「その前にも、パーティ会場の方で銃声らしきものが聞こえてきましたよね? 一体、この船で何が起こっているのです? ご存知のことがあるのなら、どうか教えて下さい!」

「……知ってることなんて、何も無いよ。ただ、全ては僕の推理と予測さ。」
 何時に無く真剣な時田君に、僕は正直に応えた。
「では、その推測だけでも。」
 どうやら、納得のいく説明を受けるまで、時田君に引く気はないらしい。
「彼らは、このパーティの主催者に雇われたプロの傭兵だろう。」
「プロの傭兵……つまり、殺し屋ですか?」目を見開いて、時田君が言った。
「殺し屋っていうと語弊があるような気がするけど、この場合近いものがあるね。それでスッキリするなら、殺し屋と考えても差し支えないだろう。」

「しかし、なんでそんな連中がこの船に……」時田君は一瞬考え込むと、ハッと顔をあげた。
「まさか! まさかとは思いますが、綾波さんのストーカーの件と関連があるんですか!?」
「さあ。どうかな。関係があると言えばあるし……無いと言えば、全く無い。」
「どういうことです?」
「言ったでしょ? 僕にも詳しくは分からないよ。全てはまだ、憶測の域を出ていない。だから、聞きにいくのさ。」
「……えっ?」

「聞きにいくんだよ。その全てを。……この事件の首謀者にね。」



to be continued...


■初出

FILE 07「席捲 Walther P99」2000年04月21日

本作は上記の初出作品を加筆修正の上、著者が編集したものです。

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and Based upon and incorporating the GAINAX animation "EVANGELION".
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