風祭文庫・乙女変身の館






「卒業」
【前編】



作・風祭玲


Vol.181





ヒラリ…

桜の花びらが舞う朝の並木道をセーラー服を着た一人の少女が歩いていく、

おろしたての制服に、真新しい鞄を手に持って

彼女が静かに学校へと続くその道を歩いていると、

サワッ…

一陣の風が悪戯っぽく吹くと、

舞い降りた桜の花びらとともに

軽く少女のスカートを持ち上げた。

「きゃっ」

それに気づいた少女は軽い悲鳴を上げると、

フワリと広がっていくスカートを思わず押さえ込んだ。

「!!」

そのシーンでハッと目を覚ました俺は

反射的に布団をけ飛ばすようにして飛び起きると、

思わずあたりを見回したが、

しかし、そんな俺の目に飛び込んできたのは

予備灯に照らし出された薄暗い自分の部屋だった。

「…は……ユメ…か……」

あのシーンが夢であったことを悟った俺はそうひとこと呟くと、

パタン

白いシーツが灯りに照らし出されている敷き布団の上に仰向けになって倒れた。

チッ・チッ・チッ

頭元にある目覚まし時計の針は

起床予定の時刻までまだたっぷりと時間があることを指している。

「はぁ……」

大きなため息を吐くと、

俺は意味もなく自分の胸に手を持っていった。

そして手が胸の先端に触れたとたん、

ジン…

っとその部分が微かに痛んだ。

「うっ」

その痛みに思わず俺は声を漏らすと、

それから逃れるようにして俺は身体を横に向きを変え、

そして、両手を肩に回すようにしてギュッと身体を抱きしめた。

トクン…トクン…

規則正しく鼓動を打つ心臓の音が体中に響き渡って来る。

俺は生きている…

しかし、俺のこの身体は突如大きく進路変え別の方向へと進み始めていた。

一瞬、

サァァァァァァ…

時間が流れる音が頭の中に響き渡った。

「いやだ、女になんかなりたくない…」

隠して置いた言葉が頭の中に響き渡った。



俺の名は春日友之、受験を目前に控えた中学3年生で、

性別は当然、男…………のつもりだった。

いや、少なくとも3学期の始業式の朝までは自分の性別が男であることに

何も疑問を持つことなく生きてきた。

そう、自分の性別なんてまるで空気か水くらいの価値でしか見ていなかった。

でも、そんな俺の性に関する価値観が一変した事件が起きたのは、

そう3学期の始業式の朝のことだった。

いま思い返せば新年が明けた元日、初詣からの帰り、

妙に身体が重く感じたのがそもそもの”兆し”だったかも知れない。

それ以降、寝込むほどではないにせよ、

体の中から湧いてくるモヤモヤ感は拭いきれず、

それどころか、徐々にその不快感は強まってきたのだった。

そして、その日は起きた時から妙に体が火照る上に気だるく、

また下腹部に腹痛とは違う痛みを伴った違和感があった。

「どうしたの?」

朝食にあまり手をつけない俺の様子を心配したお袋が心配顔で尋ねてくると、

「……いや…なんか食欲がないんだよなぁ」

そう返事をしながら俺は湯気が上がるホットミルクに口を付ける。

「…まさか風邪じゃないでしょうねぇ…

 もぅすぐ受験なんだから自分の身体はちゃんとしておきなさいよ」

お袋は俺の体の変化を大して気に留めずによく使われる注意をすると、

「判っているよ…」

そう返事をする俺もこの体調の変調が、

後で自分の人生を大きく変えることになるとは考えずに返事をしていた。



『……で、あるからして……』

毎度おなじみ校長のくそ面白くない長話を立ちながら聞いていると、

具合の悪くなった女子生徒が一人・二人と倒れたり、座り込んだりし始めた。

「…やれやれ、女というのは大変だな…」

俺はそんな彼女たちの様子を横目で眺めていたが、

「ふぅ〜っ」

そう言う俺の自身も他人のことを心配するほどの余裕は既になくなりつつあった。

腹部の違和感は痛みへと変わり、さらにそれは徐々に強くなり始めていた、

それどころか、

グワァァァァン…

っと言う耳鳴りと目眩は俺を容赦なく襲いはじめ、

立っているのがやっとの状況になりつつあった。

「おいおい、マジで貧血かぁ…」

そう思っていたのはまだ余裕が残っていた時のことで、

あっという間に身体を立たせることが困難な状況に陥ってしまった。

「う゛〜っ、マジでやばいぞ…」

口水が噴き出してくる口を手で隠しながら

腰を下ろそうとしたとき、

「ん?、春日っ、

 どうした、顔色が悪いようだが大丈夫か?」

たまたま傍を通りかかった担任の三島が俺の異変に気づくと声を掛けてきた、

「あっ…大丈夫です…」

俺はそう言おうと口を動かそうとしたとき、

ゴォォォォ…

まるでジェット機が頭上を通過していったような強烈な耳鳴りと共に、

グイッ!!

強烈な力が俺の身体を後ろへと引っ張った。

「おっおいっ!!」

と叫ぶ三島の声を最期に俺の意識は消えた。



「…………!?

 あ…」

ジワリ

と沸き上がるように俺の意識がある一線を越えると

同時に俺は目が覚めた。

ぼー…っと天井の蛍光灯を眺めながら直前の記憶をたぐっていると、

「ゆうくんっ!!」

お袋の声がするのと同時にお袋の顔が俺の視界の中に飛び込んできた。

「…おっ、お袋…?」

俺は起きあがりながらお袋に声を掛けると、

「ダメよ起きあがっては、そのままジッとしてなさい」

お袋はそう言いながら俺を制する。

「俺…どうしたんだっけ?」

直前の記憶が蘇らないので思わずお袋に訊ねると、

「ゆうくん、学校で倒れたのよ」

とお袋は俺に説明をした。

お袋の話では学校の朝礼で倒れた俺はそのまま保健室へと連れて行かれたものの、

しかし、なかなか意識が戻らないのでこの病院に搬送された上に、

倒れてから3日間も意識を失っていたとのことだった。

「う〜む、風邪を侮ると恐ろしいなぁ…」

俺はまだ自分が風邪をこじらせたものと考えてそう呟くと、

上体を起こそうと身体に力を入れた。

「だめよ、寝てなくては」

俺の行動に驚いたお袋はそう言って制しようとするが、

「大丈夫大丈夫」

俺はお袋の警告を振り切って起きあがったとき、

ジンッ

両胸に軽い痛みが走ると同時に、

ガサッ

俺の股間に何かが当てられている感覚も走った。

「うっ…なんだ?

 怪我でもしたのか?」

俺は自分を体を見下ろしながら不思議に思っていると、

「…あ…」

お袋は俺に何かを言おうとして口を閉じた。

「?」

俺はそんなお袋の様子に不思議そうに見ると、

「あら…春日さん、目が覚めたのですね」

と声が俺の横から飛び込んできた。

声のした方を見ると白衣姿の看護婦が、

「あっ、もしもし…」

と病室内の電話を掛けると何やら話し始めた。

やがて看護婦は電話を切ると、

「では、春日さん、

 先生がお待ちしていますので、診察室の方へ行ってください」

とお袋に指示をした。

「はい」

そう返事をしたお袋に連れられて俺が向かったのは、

どう言うワケか婦人科の医師の前だった。

「春日友之くんですね…

 どう体調は?」

30台半ばと思える女医はカルテにペンを走らせながら俺に体調を訊ねると、

「あっあのぅ…ここって…女性の…」

俺は率直な疑問を女医にぶつけた。

「えぇそうよ…」

女医は俺を見ながらあっさりと答える。

「……えっえぇっと…」

女医の予想外の反応に俺が戸惑っていると、

「ふむ…」

ちょっと何か思案顔になった女医は、

「……そうねぇ…

 まずは何で君はココに連れてこられたのか…

 それを説明しなければならないかな」

女医はそう言うと、

「友之くんは男性と女性を判断するときって何処で判断する?」

と尋ねてきた。

「え?、

 それはやっぱり…

 ………アソコ…ですか?」

女医の意外な質問に俺は一瞬驚いた後、

その答えに恥ずかしくなったのか顔を赤らめながらそう答えると、

「うん、確かに性器の形で判断するのが一般的ね、

 でも、100%性器の形がその人の本当の性を指しているとは限らないのよ」

と大きく頷きながら俺にそう言った。

「え?、違う場合ってあるんですか?」

初めて聞く女医の話に俺が身を乗り出すと、

「まぁ…まれに判断を間違えるケースというのが有ってね」

女医はあくまで冷静に俺の質問に答えた。

「間違える?、男と女をですか?」

「そうよ」

「あるんですか?そんなことが…」

「まっ、男と女の境目はきっちりと隔ててられていなくて、

 その中間って言ったらいいのかな…」

「両性具有ってヤツですか?」

「うん、そう言う人もいるね…

 ただその他にも女性なのに男性に見える性器を持った人や、

 男性なのに女性に見える性器を持った人もいます」

「はぁ?」

「半陰陽と言ってね、まぁ半陰陽にも真性と仮性があって、

 真性はさっき言った両性具有のことを指すんだけど、

 でも、仮性は性器の形と身体の性とが不一致の状態のことを言うのよ」

と女医がそこまで言ったとき、

俺の脳裏に何故女医がそう言う説明をするのかが読めた。

「半陰陽…ってまさか僕が…ですか?」

女医が言おうとしている結論を俺が言うと、

一瞬、

女医の目が俺を見据え、

「そう、春日君、あなたの場合は身体の性は女性なのに

 性器が男性に近い形をしていたので、

 男性と間違われたケースに該当するわね」

と俺がいま置かれている状態を説明した。

ガァァァン…

『女?…俺が?』

俺は女医の言葉が容易には信じられなかった。

「春日君の場合は特に活動が停止状態だった卵巣が、

 ここに来て急に活発に活動を始めたので、

 それで体のバランスを崩したのね」

「じゃぁ倒れたのは」

「そうねぇ、卵巣から大量に分泌され始めた女性ホルモンがトリガーになって、

 眠っていた子宮が活動を始めた。

 うん、世間一般で言う”初潮”と言うのが

 3日前の朝、春日君、君に訪れたわけなの。

 もっとも一般的な女の子ならもっと弱く静かに来る所なんだけど、

 どうも遅れてきた分、強く来たようね」

と女医はカルテに目を通しながら説明をした。

「初潮…ってことは…」

女医の説明に俺はそう訊ねると、

「そう、春日君、君の身体の中には正常な卵巣もあれば子宮もある、

 性器をキチンと整形すればもぅ普通の女の子と何処も変わらないわよ」

と女医は答えた。

「俺が…女…だった…」

俺はそれ以降の女医の説明には半分うわの空でその言葉を繰り返していた。

そして、一瞬お袋や学校の事が頭に浮かぶと、

「先生…このことは…お袋達には…」

と説明をする女医の言葉を遮るようにして尋ねた。

「え?

 あぁ、このことは当然、君のご両親や学校側には話をしてあるわ。

 問題は春日君にどういう形でこのことを説明しようかといろいろ考えたんだけど、

 春日君は運動部にも所属していたと聞いていたし、

 また、普通の男性と育てられてきたと聞いたので、

 こうしてストレートに話をしてみたの」

女医は俺の顔を見ながらそう答えた。

「そうですか…」

そう返事をする俺はなおも信じられなかった。

しかし…

ジワッ

胸が再び熱っぽく痛み出した。

『これって、おっぱいが出てくるときの痛み…?』

以前、女の子の胸が膨らみ始めた時の話を聞いたことがあって、

そのときに聞いた話とこの痛みがよく似ていた。

無意識に胸をさすり始めた俺の様子を見て女医は、

「胸が膨らみ始めているみたいだね。

 これまで眠っていた分、春日君の身体は一気に女の子になっていくと思うから、

 おそらく半年程もすれば文字通り女の子と見分けがつかなくなっている思うわ」

と説明をした。

「俺が…女に……!?」

病室に戻った俺はハラハラしているお袋の姿を眺めながら、

「はぁ…

 本来ならここで大パニックになるべきなんだろうけど、

 なんだろうなぁ…

 この妙な落ち着きは…」

と呟いた。

「ごめんね、ゆうちゃん…

 まさかゆうちゃんが女の子だったなんて…」

申し訳なさそうにお袋が頭を下げると、

「そんな…お袋が謝ってもどうにもならないよ…

 ただ、コレまでの僕が全部否定されたような気がして

 なんだか力が抜けたなぁ…」
 
と俺は肩を下げると窓の外を眺めた。

「……あっあのぅ…それでね、学校なんだけど…」

恐る恐るお袋が俺に訊ねると、

「あっ、そうか…

 どうしようか?

 あの医者の話じゃぁ

 半年もすればこの身体は完全に女の子の体型になると言うし

 第一、女の子じゃぁ男子校の東城には行けないよなぁ…」

俺はそう言いながら手を頭の後ろに組んだ、

そう、俺はガキの頃からサッカーをやっていて、

中学の部活は当然サッカー部、

だから進学先も全国大会の常連になっている東城に決めていたのだった。

「そう…ね…

 で、担任の三島先生と話したんだけど、

 卒業までもぅそんなにないでしょう
 
 だから卒業式までは男子生徒のままで登校しても構わないって…」
 
「そう…」

このときの俺はいまで振り返ってみても、

”自分の性が否定された。”

それだけでも十分に大事なのに、

そんなこと事をあまり考えず、

ただ何となく決めていた進路の行き先が消失してしまった。
 
そっちの方に気を取られていたようだった。

でも、それが良かったのかも知れない、

そうじゃなかったら事の重大さに押しつぶされていただろうから…

その日一日様子を見た俺は翌日退院した。



ピピピピピ…

いつの間にか寝てしまったのか目覚まし時計の音で目を覚ますと、

既に夜が明け月曜日の朝がやってきていた。

「おはよう…」

着替えた俺が下に降りると、

「あっあら、ゆうちゃんおはよう…」

お袋から妙に気を遣った返事が返ってくる。

「別に良いよ、そんなに気を使わなくっても…」

俺はそう言いながらテーブルにつくといつもと同じように朝食を食べ始める。

「じゃっ行ってきまーす…」

そしていつも通りに俺は登校していった。

「!!」

普段なら大して気に留めなかった女子生徒の制服姿が妙に気になる。

「本当なら、俺…あれを着なきゃぁいけないのか」

などと思いながら教室のドアを開けると、

「おぉ…」

教室内にどよめきが広がった。

「なっなんだよ…」

予想外の展開に俺は声を上げると、

「おぉぃホームルームを始めるぞ席に着け!!」

担任の三島がそう言いながら入ってきた。

そして俺の姿を見るなり、

「春日、もぅ、体の具合はいいのか?」

と尋ねた。

「はぃっ」

俺はそう返事をして急いで席に向かおうとすると、

「じゃぁ、コレが終わったら先生の所に来いや、

 ちょっと話があるから…」

と三島が俺にひとこと言うと出席を取り始めた。

「よぅ、始業式に倒れるなんてお前らしくないじゃないか」

「3日間も入院なんて、美人の看護婦さんでもいたか?」

などと近くの男子から次々と声を掛けられるが、

「うるせー、色々とやっかいな問題を抱えちまったんだよ」

と俺は答えると、窓から見える空を眺めていた。



「大変だったな…」

「はぁ…」

俺を連れて三島が先にイスに腰掛けると、

「で、志望校はどうする?

 東城は無理なんだろう?」

と早速進路を尋ねてきた。

「元々お前は東城一本だったから、

 ここに来ての進路変更は大変だと思うが、

 願書の受付まであまり間がないからな…」

トントンと手にしたボールペンで机を叩きながら三島は俺にそう言うと、

「はぁ…そうですよね…」

そう返事をする俺の心の中には、

自分の進路が消失したことによるある種の虚脱感があった。

「とにかく決まったら、俺のところに相談に来い」

三島はそう言って、

ポン

と俺の肩を叩いた。



「はぁ…何処にすっかなぁ…」

昼休み、図書室で俺は学校紹介の本のページをめくりながら考えていると、

「ユウ…何見ているの?」

と言う言葉が俺の背後から響いた。

ドキッ!!

慌てて振り向くと幼なじみの佐藤理美が俺の後ろに立っていて、

俺が開いている本をのぞき込んでいた。

「あら、いまさら学校の紹介なんか見ちゃって、

 第一、ユウは東城一本でしょう?」

と彼女は俺に話しかけた。

「行けないかも知れないから、次の候補を探しているんだよ」

憮然とした態度で俺が答えると、

「なに言ってんの!!

 しっかりと推薦を貰っているのに行けないことはないでしょう…」

と言いながら俺が見ているページを覗き込むなり、

「あれ?

 これ、女子高のページじゃない、

 なによユウ…アンタ女子高に行くの?」

と理美は笑いながら俺から本を取り上げると

シゲシゲとページを眺めながらそう聞いてきた。

そんな彼女の言葉に俺はちょっとムッとしながら、

「あぁ、お前が受ける学校ってどういうトコなのか、

 ちょっと見ておこうかと思ってね」

っとタメ口半分に答えると、

「悪かったわねっ!!

 どうせ私はユウみたいに推薦をもらえるほどの取り柄はないですよ(ベェ…)」

理美は俺に向かって怒鳴るとさっさと図書室から出て行ってしまった。

「やれやれ…」

俺は頭を掻きながら開いたまま置かれている本に視線を落とすと、

ある一つの学校の名前とデータが目に入ってきた。

「…桜花女子…

 そうか…ココには女子のサッカー部があるのか」
 
俺は視線はいつの間にかそこに釘付けになっていた。



放課後、

グランドの横を歩いているとサッカー部が練習をしている様子が目に入ってきた。

部活は去年の終わりに事実上退部しているので

ひと月以上ボールを蹴っていなかった。

意味もなく俺は連中の練習を眺めていると、

そんな俺の様子に気づいたのか、

「先輩〜ぃ」

っと声を上げながら数人が駆け寄ってきた。

「おう!!」

俺はそれに応えるようにして片手を上げる。

「受験勉強はかどってます?」

身体から湯気を立ち上らせながら聞いてくると、

「なんだそれはイヤミか?」

俺はニヤケながら返事をする。

「いえいえ、そんなつもりは、

 でもたまには体を動かしてみませんか?」

と言いながら一人がポンと足下のボールを俺に向かって軽く蹴った。

「そうだな…」

ポンポンと弾みながら俺に向かってくるボールを眺めながら、

俺はそう呟くと上着を近くのフェンスに掛け、

「オラッ、行くぞぉ!!」

と叫び声を上げるとボールを思いっきり蹴った。


ドカッ!!

俺が蹴ったボールがゴールネットに吸い込まれのを見届けると、

「はぁ…さすがは先輩ですね…

 それなら、東城に行ってもスグにレギュラーですよ」
 
と一人が息を切らせながら話しかけてきた、

「そうだな、東城に行けたらいいな…」

俺は肩で息をしながら空を見上げた。

「ありがとう…良い運動になったよ」

俺は後輩達にそう言うとグラウンドを後にした。

「先輩〜っ、期待してますよ」

彼らからのエールがいまの俺には堪える。

しかし…俺の心の中にはある確信が芽生えていた。

「やっぱこれが一番俺らしいや」



「桜花女子に行く?」

その日の晩、俺は親父とお袋に自分の進路を告げた。

「しかし、ゆうちゃんの成績で大丈夫なの?…」

お袋は心配そうにそう言うと、

「確率で言うと半々って所かな…

 でも、桜花にはサッカー部があるんだ、だから…」

そう俺は桜花を選んだ理由を説明すると、

「お前はそれで良いのか?」

と親父は俺に聞いてきた。

「うん、たとえこの身体が女の子になったとしても、

 春日友之と言う人物はコレまでと同じように
 
 サッカーボールを蹴り続けて行きたいんだ」

と俺は答えた。

「そうか…ならお前の好きにすればいい」

親父はそこまで言うと後は何も言わなかった。



「桜花女子?」

翌日、登校した俺はスグに担任の三島の所に行って報告をすると

「しかし、そこはどうかなぁ…」

三島は頭を掻きながらお袋と同じセリフを言うと、

「えぇ…でも、サッカー部があるのは桜花しかないんですよ」

俺はそう答えた。

「そうか、どうしてもサッカーからは離れられないか」

「はい…これだけは俺が俺であるという証ですから」

俺の返事に三島はしばらく考えた後、

「わかった、春日の気持ちがそこで良いなら俺は何も言わないがな」

「お願いします」

俺はそう言うと三島に頭を下げた。

「いや、一番大変なのは春日、お前だろう…

 普通なら受験どころではないはずだからな
 
 とにかく受かるように勉強を頑張ることだな」

「はいっ」

三島の言葉に送られて俺は職員室を後にした。



しかし、俺はそれからほぼ毎日の様に俺は後輩相手にグラウンドを走り回っていた。

その一方で身体の女性化は確実に進んで来ているらしく

俺の足は彼らより確かに遅くなっていた。

「もぅ、この辺が限界だな…」

そう思いながら校門の所に来ると一人の人影が門柱の所に立っていた。

そして俺の姿を見つけるなり、

「受験生の身分でありながらサッカーに興じているなんて、

 それって余裕?」

と話しかけてきた。

「なんだ、理美か、お前には関係ないだろう」

突っ慳貪に俺は彼女にそう言って彼女の前を通ろうとしたとき、

「ユウ、東城行くのを止めるんだって?」

と理美は俺に向かってそう言った。

「何でそれを…」

俺は足を止めて聞き返すと、

「先生達の話…ちょっと聞いたのよ、

 ねぇユウ…

 入院してからこっちちょっと変よ、

 あたしに何か隠していない?」

と尋ねた。

「別にぃ…」

俺は意に留めない返事をすると、

「それってあたしに言えないことなの?」

理美は俺の目の前に回り込むなり、

いつになく真剣な表情で俺を見つめた。

「………(ふぅ)」

俺は鼻から大きく息を吐くと、

「理美が俺のことを心配してくれるのは嬉しいけど、

 いま俺の前に立ちはだかっている問題は

 俺自身で解決しなければどうにもならないんだよ」

と答えると、

「……ってことはあたしには言えないことなの?」

「え?」

「幼なじみのユウのことがすっごく心配しているのに、

 相談すらしてくれないんだ…」

理美は視線を下に落とすと肩を振るわせ始めた。

「おっ、おい、泣くことはないだろう…」

予想外の彼女の様子に慌てた俺は、

「判ったぁっ!!……

 このことは誰にも言うまいと思ったけど、

 お前が俺のことをそんなに心配してくれているとはなぁ…

 その替わり、絶対に誰にも言うなよっ!!」

と俺は鬼気とした迫力で理美に迫ると念を押した。



「えぇ!!っ

 それってホントなの?」

ハンバーガー屋の中で理美の声が響いた。

「わっバカ…声が大きい」

シー

慌てた俺は人差し指を口の前に立てた。

「あっごめん…

 でも…

 そんな…

 ユウが女の子だったなんて…」

理美は唖然とした面もちで俺を眺めていた。

「まぁな…

 俺も驚いたよ、

 医者からいきなり”君は本当は女の子なんだよ”って言われたんだから」

紙コップのコーヒーを啜りながら俺がそう答えると、

「そっそうね…

 もしもあたしだったら…

 どうかしちゃうかも…」

理美は神妙な表情でトレイの上に視線を落とす。

「そんなにかしこまることはないよ、

 どうもこう、パニックになるタイミングを逃しちゃったみたいで、

 変に落ち着いちゃっているんだよ…」

と言いながら俺は肩をグリンと廻した。

「で、志望校はどうするの?」

「うんまぁ、とりあえず決めておいた」

「何処?」

「桜花女子…

 ココには女子のサッカー部があるから、

 何とかやって行けそうな気がするんだ」

と俺は答えると、

「そうなんだ…

 …ごめんね…

 ユウにとってはまさに一大事なのに、

 あたしがわがまま言っちゃって…」

そう言って理美は頭を下げると、

「いや、礼を言うのは僕の方かもな、

 理美にこのことを話して大分楽になったよ…」

そう言うと俺は空になったトレイを持って立ち上がった。

そして、

「いいか、

 このことは、クラスの他のヤツには誰にも言うなよ、

 当然、サッカー部の後輩にもだ、

 いま変な騒ぎになったらエライ事になるからな」

と理美にクギを刺した。

「うん…判った」

理美も俺に続いて立ち上がると、そう返事をした。



その日から俺は桜花の合格率を少しでも上げるための受験勉強に専念した。

そして2月に入ったころに人生で2回目となる生理が来た。

「う゛〜っ、

 俺の身体ってこんなに生真面目な奴だったとは…

 なにも、しっかりと生理痛まで引き起こすことはないだろうに…」

と生理の処置をしながら正確にリズムを刻む自分の身体を恨んだ。

その頃から俺の身体の女性化はさらに進む速度を上げ、

胸の痛みは小さくなったが、

その替わり乳房の膨らみが目立つようになり、

また、身体の線も徐々に女性らしく変化していた。

「う〜む…

 医者が言っていたよりもスピードは速いなこれは…」

風呂上がり俺は膨らんできたバストを持ち上げながら、

俺は女性化していく自分の身体をしげしげと眺めていた。

俺の身体からはコレまで鍛え上げてきた筋肉が消え、

さらに肌も柔らかくなってきていた。

「はぁ〜、

 こうして女の子になっていくんだな…」

その時の俺が出来ることは

ただ、桜花に受かるための受験勉強と

女へと変化していく自分の身体を見届けることだった。

そして、ついに桜花受験の当日がやってきた。



つづく


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