自動車用内燃機関は生き残れるか

〜環境問題と内燃機関の未来〜


追記

 本レポート執筆終了後に入手した事項について、追記する。 平成11年2月 郡司 和彦

(1) ネパールの電気自動車

 今や環境破壊は、ヒマラヤの麓に位置する山岳国ネパールにまで、その手を伸ばしている。
 その原因となっているのは、言わずもがな自動車である。その中でも、特に問題とされたのが、「テンプー」と呼ばれる三輪の小型バスだ。
 テンプーは、ネパールが'90年初頭に貿易を自由化してから、隣国インドによってもたらされた大量の工業製品の一つである。 車両も燃料も安価であったことから、一気に普及した。
 しかし、燃料が軽油、つまりディーゼルであったことと、多くがインドで使い古された中古車であったことから、排気ガス浄化に問題があり、首 都カトマンズにメキシコやバンコク並みの大気汚染が瞬く間に広がってしまった。
 これに驚いたネパール政府は、テンプーの輸入を禁止。'95年には環境省を新設した。だが、既に走っているテンプーは、 公共交通手段として欠かせないものになっているため、撤廃するわけにはいかず、大気汚染は改善できないでいた。
 この事態に大きな関心を持った欧米先進国は、環境関連の技術協力を決め、米国政府機関であるUSAID「アメリカ国際開発庁」や、 民間援助団体GRIによって電気テンプーが開発された。名前は「サファ・テンプー」。“サファ”は、ネパール語で“きれいな” という意味。
 性能は、一充電の走行可能距離は60〜70km、最高時速約40km、定員は12人。日本のバスやタクシーとは比較にならないほど、性能は低いが、 カトマンズは半径6kmほどの面積で、市内での速度は時速20kmほどにしかならないので、ほとんど問題は無いそうだ。
 また'98年の夏には、デンマーク政府から資金援助と共に、既存のテンプーをサファ・テンプーにする計画が提案された。 要するに、エンジンを取っ払って、モーターに載せ換えようということだ。
 この計画にネパール環境省は、上手くいけばテンプーを全て電気自動車化するつもりだと、大きな期待を寄せている。
 ところで、このテンプーの排ガス問題、どこかで聞いたことは、見たことは無いだろうか。
 そう、日本の「ディーゼル車の排ガス問題」である。


(2) 日本政府のアマイ考え

 去る'98年12月20日。今後の排出ガス規制についての要綱が、環境庁から発表された。
 これによるとディーゼル車の今後の規制は、2002年に現行の3割前後削減、2007年にはさらにその半分にまで強化するとしている。
 現在の規制値は、窒素酸化物について、車両総重量1.7t超2.5t以下の中量車で、0.7g/km(10・15モード)となっている。 これを2002年に0.5g/km程度に、さらに2007年には0.25g/kmにまで下げるとしているのだ。
 2007年の予定規制値0.25g/kmは、現行のガソリン乗用車と同じ数値であるが、だからと言って規制が甘いとは言えない。 第二章や第三章で述べた通り、ディーゼルエンジンは、燃料の性状もエンジンの性質も、ガソリンエンジンとは違うのだから。
 早稲田大学理工学部機械工学科の教授で、自動車排ガス研究の権威である大聖泰弘氏も、環境庁の打ち出した新規制値は“技術的に限界に近いレベル”だと言っている。
 だが、いかに“技術的に限界に近いレベル”まで規制したとしても、街中を走り回っているトラックが、全て新規制値に適合しているとは限らない。 ディーゼルに限らず街中を走っているクルマの排ガスは、基本的に無法状態である。
 極論だが、車検の時さえ規制をクリアしていれば、黒煙を吐こうが、窒素酸化物をばら撒こうが関係は無いのだ。
 また、「新規制値に適合していないから買い換えろ」と言うのも無理な話で、新規制値が適用されるのは基本的に、それが施行される前後に販売されるクルマに限られる。
 そのため、世の中のディーゼル車(特にトラック系)のほぼ全てが新規制値をクリアするのは、約20年後と言われている。
 ここに政府の環境問題に関する対応の甘さがある。
 規制を強化するのも良いが、それだけではなく、低公害車の導入を積極的に推進すべきである。ネパール政府のように。
 今、都内では公共車両(ゴミ収集車やバスなど)で天然ガス車が増えてきてはるが、まだまだアマイ。 タクシー会社や運送会社などにも働きかけ、低公害化に努力しなければいけない。
 そして、低公害化するついでに、化石燃料の枯渇も考慮して、電気自動車の普及に努めてはどうだろうか。
 言うほど容易くないのはわかるが、ネパール政府の取り組みと比べれば、どう見ても努力不足である。 たとえ、国土や環境、社会情勢の違いがあったとしてもだ。
 欧州では、2002年に施行される日本の新規制値と同じレベルの規制を、2000年に行うと言う。この2年の遅れはどこからくるものなのか。
 さらに、乗用車以外の車種、つまりトラックやバスなどの大型車は、技術的な問題を理由に1〜2年遅らせようという動きがある。
 日本で“技術的な問題”があるのなら、欧州で実現できるのは何故なのか。決定的な技術格差があるようには思えない。 日本の自動車メーカーでも、国内のみに クルマを供給しているわけではない。その多くは世界各国でクルマを売っている。 当然、欧州も含まれるのだから、2000年の欧州規制値に合わせる必要がある。それが可能であるのならば、日本でも2000年に新規制値を施行することはできるはずなのだ。
 日本の行政は何事においても、色々理由をつけて後手に回る事が多い。こういった問題は、クルマに関してだけのことではない。
 日本は小国ながら先進国となり、今や世界をリードする国の一つに名を挙げる立場にあるのだから、もっとしっかりして欲しいものだ。


(3) 環境保護の潮流

 さて、トヨタで初めて実用化されたハイブリッド自動車「プリウス」も発売から一年以上経ち、街中で見かけることも多くなってきたが、他のメーカーからは一向に出てこない。
 開発は各社で行われていると思うが、やはりコストの問題が大きいのだろう。折りしも、不況の真っ只中。ただでさえ売れないのに、生産コストの高いクルマを安く売らなければならないという矛盾を強いれば、 会社そのものが危うくなってしまう。
 または、プリウスの販売台数が伸びないのを見て、各社が警戒して出し渋っているとも考えられる。プリウスは、売るたびに赤字になるという説もある。 やはり、体力のあるトヨタだからこそ売り出せたものなのだろう。
 しかし、当のトヨタでさえプリウス以来、発表される新車にハイブリッドは採用せず、開発していると言う噂も聞かない。どうも、ハイブリッド自動車は販売上、鬼門として避けられてしまっているようだ。
 「どうせ、“次世代動力までの橋渡し”なのだから、次世代動力そのものを開発したほうが良い」という考えがあるかどうかはわからないが、現状では“最も環境に優しい実用的なクルマ”なのだから、 もっと普及しても良いと思う。
 私見だが、プリウスが売れないのは、価格はもとより、デザインにも問題があるのではないだろうか。斬新過ぎると言うか、奇をてらい過ぎている感がある。それが受け入れられないという人は結構いる。 そこで、カローラにハイブリッドシステムを搭載してみてはどうか。カローラも近頃落ち目だが、プリウスよりは売れると思う。システムとしては完成の域に達しているのだから、既存のクルマに自信を持って積極的に搭載して欲しい。
 ところで、どうやら第二のハイブリッドはホンダから出てきそうだ。
 第5章でも少し触れたホンダのハイブリッドシステム「IMA」を搭載したJV-X(第32回東京モーターショー参考出品)が、その後も熟成が重ねられ、市販を前提としたプロトタイプ「VV」として、今年(99年)1月に行われたデトロイトショーに出品されたのだ。
 VVは、3気筒1gのリーンバーンエンジンに、モーターとバッテリーを組み合わせたハイブリッド自動車で、市街地と高速道路を組み合わせた平均燃費は30km/gという驚異の低燃費を誇る。 JV-Xではバッテリーの代わりに、蓄えた電気を一気に放出するウルトラキャパシタが採用されていたが、実用性を重視して、プリウスと同じ方式に落ち着いた。 また、車体をアルミフレームと樹脂ボディにすることで軽量化し、パワーロスを低減する努力がなされている。
 アメリカ・ホンダでは、これを年間5000台以上は販売したいと考えているそうで、かなり自信があると見える。
 一部の州でLEV規制(第3章参照)のあるアメリカ市場を重視するホンダは、国産メーカーとしては排気ガス低減に最も前向きと言えるだろう。
 先日発表されたオープンスポーツカー「S2000」も、走りを求めるクルマでありながらLEV規制に対応させている。それでも、最高出力200PS、最大トルク22.5kg-mを過給器もなしに発生するエンジンは、現状では究極のエンジンと言える。さすがはホンダ、環境保護を考えても、走る楽しさを忘れてはいない。
 環境保護を求めれば、エンジンのパワーが犠牲になると言うのが、これまでの定説だった。日本が世界に誇る国産最強のスポーツカー「スカイラインGT-R」も、環境保護へと向かっている状況から、'99年1月に発表されたR34型を最後に消滅するのではないかと見る人もいるが、 S2000のようなクルマが実現できるのであれば、生き残る可能性はある。
 また最近、新しく発表されるクルマには大抵、直噴ガソリンエンジンを搭載したグレードがある。いよいよ、直噴ガソリンエンジンが実用的なレベルに達してきたということだろう。 パワー的にも、普通のエンジンとほとんど同じ位まで出るようになっているし、このままいけば、間違い無く標準化するはずだ。
 ディーゼルエンジンの方も、着々と環境対策が進められている。最近、動き出したのが燃料である軽油の改質。
 現在、軽油中の硫黄分の割合は、500ppmと規制されているが、10年以内に十分の一、つまり50ppmにまで強化する方向だという。 硫黄分が減少すれば、排気ガス中の粒子状物質や窒素酸化物を浄化する触媒が使いやすくなる。さらに大合併を果たしたダイムラークライスラー(のクライスラー側開発陣)は、専門メーカーとの共同研究によって、硫黄分ゼロの新しいディーゼル燃料を開発すると言っている。
 これにコモンレール方式(第3章参照)が加わって、きれいなディーゼルエンジンの可能性が高まってきた。クルマの未来は決して暗くはないのだ。
 何はともあれ、もうすぐ新世紀。環境問題の根は深いが、気持ちを切り替えて、少しづつでも解決していきたい。