自動車用内燃機関は生き残れるか

〜環境問題と内燃機関の未来〜


第7章 モータースポーツの未来

(1) 環境の敵

 自動車でスピードを競うモータースポーツ。
 現実離れしたスピードと迫力で人々を熱狂させ、楽しませてくれるモータースポーツだが、環境から見れば明らかに敵である。
 誰が見ても、それは間違いないはずだ。爆音を響かせ、燃料を無駄に消費し、排気ガスを撒き散らすレーシングカーが環境にいいわけがない。
 さらに化石燃料の枯渇が騒がれているにもかかわらず、ガソリンは垂れ流しているも同然。環境保全へ向かっている現代社会の流れから完璧に外れている。
 だが、モータースポーツが自動車の発展に大きく寄与してきたこともまた事実である。自動車がここまで急速に進化したのも、モータースポーツで培われた技術があったからこそなのだ。
 ターボチャージャーやDOHCなどのエンジン本体に関わることはもとより、ボディやタイヤなどの材質、燃料に到るまで、レースの厳しい開発競争が自動車の発展を支えてきたのだ。
 最近では、ブレーキロックを電子制御で防止するアンチロック・ブレーキング・システムや、クラッチペダルの無いマニュアル・ミッションと言える セミ・オートマティック・トランスミッションなどの技術が市販車に流れ込んできている。
 また、レースは様々な新技術をテストする場所としての機能もある。
 一頃、「レースは走る実験室」と言われたこともある。今や自動車の発展に、モータースポーツは欠かせないものなのだ。


(2) あるべき姿

 自動車が社会に不可欠なものである以上、同時にその発展を支えるモータースポーツも不可欠なものとなる。
 結論から言えば、モータースポーツは無くならない。
 前述の通り、自動車の発展に不可欠であり、そしてまたスピードに憧れを持つ人間はどんな時代にも必ずいる。
 モータースポーツが無くなるときは、自動車が消えるとき以外には無い。
 だが、もはやモータースポーツとはいえ、環境への問題を無視できる状況では無くなっている。
 では、これからモータースポーツはどうなっていくべきなのだろうか。
 結論はもう出ている。4章で述べた次世代動力の条件と同じ、つまり「環境に優しく、化石燃料から離れる」ことだ。
 モータースポーツが自動車あるいはバイクのレースである以上、同じ結論に辿り着くのは至極当然である。
 結論は同じでも、実際は異なっている。社会的責任のある量産自動車は、環境保護、公害抑制、代替燃料の開発に向けて確実に歩きはじめている。
 それに対し、レーシングカーはただ速く走れればそれで良いわけで、特に環境保護、公害抑制への取り組みは一般の自動車に比べれば遅れている。
 アメリカのF1も言われるインディカーレース(最近はCARTと言った方が良いかも知れない)では、ガソリンではなくメタノールを使用している。
 故にファン中には、F1と違って環境に配慮していると勘違いしている人も多い。だが、既に前項で述べた通り、環境保護に関してガソリンに対する優位性は全く無い。
 インディでメタノールが使用され始めたのは環境保護や公害に対する配慮からではなく、そのレースの特質から炎上に到る事故が多く、できるだけ火が点きにくくするためだ。 ガソリンより引火点、発火点の高いものを選んだ結果なのである。
 ただし、代替燃料としてのメリットはある。量産自動車には生成・供給の問題から普及はしないと思われるが、レースという限られた用途であれば生き残る可能性はある。
 レース界で成立する可能性のあるものがもう一つある。電気だ。
 純粋な電気自動車は、航続距離の問題から実用化はされないという見方が強いが、レースであればピットインして充電すれば済む。バッテリーそのものを交換するという方法も考えられる。 F1などのフォーミュラマシンでは不可能かも知れないが、モータースポーツの底辺に位置するレーシングカートを始め、FJ1600などの小型フォーミュラマシン程度ならば可能だろう。 特にレーシングカートは、小型で構造が簡単なので容易であろう。
 ハイブリッドシステムも可能性がある。これも既に紹介した通り、今年('98年)のル・マン24時間レースには、世界で初めてハイブリッドのレーシングカーが登場した。
 惜しくも、バッテリートラブルで4時間近く出走できないなどの泣きを見てしまい、予備予選を抜けることができず本戦出場は果たせなかったが、 これからのモータースポーツを考える上で、非常に意義のあるマシンだと思う。
 多くのメーカーが「勝つため」にマシンを開発し、出場してきたが、パノスは次世代への橋渡しとなるべく、全てが未知数のハイブリッドレーシングマシンを投入してきたのだ。 これは偉大な一歩であり、オーナーのドナルド=E=パノスには敬意を表する。
 パノス氏は、当初は電気自動車を送り込むことを考えていたと言う。現実的な可能性を検討してハイブリッドにしたということだ。電気自動車の電池の重量が、現実的という部分条件を欠いていたのだろう。
 ル・マンに参戦したのは世界へのメッセージを送るためだそうだ。一般に、環境に配慮した自動車は遅いとか性能が低いとか思われているが、そういった考えを覆したかったという思いも含まれているだろう。
 パノスQ9は、これからも開発を続け、ハイブリッドレーシングマシンが認められるレースであれば、積極的に参加していくそうだ。日本で行われる鈴鹿1000qレースにも出たいと言っていた。
 モータースポーツのあるべき姿。それはやはり、「走る実験室」に他ならない。
 パノスQ9の登場は、レースが再び「走る実験室」としての性質を持ってきたことを示しているのかもしれない。