自動車用内燃機関は生き残れるか

〜環境問題と内燃機関の未来〜


第6章 内燃機関の明日

(3) 過ぎ去りし期待 メタノール自動車

 メタノールはアルコール系の無色透明な液体で、燃料としてもガソリンと混ぜるなどして古くから用いられてきた。 アメリカのインディカーレースでも用いられていることから、知っている人も多いと思う。
 一般的にクリーンなイメージが強いが、排出ガスはガソリンとほとんど変わらない。ススが出ないため、ディーゼルエンジンから見れば低公害とも言えるが、 基本的には代替燃料としてのメリットしかない。
 注目を浴びたのは第一次石油危機の頃。代替燃料の発掘を迫られた各国で研究が開始された。
 候補に挙がった理由としては、
  • アルコール系の液体であるため自動車用燃料として都合が良い
  • 既存のエンジン構造(オットーサイクル)を流用できる
  • ディーゼルのようにススがでない
  • オクタン価が高いため、圧縮比を上げて熱効率を改善できる
  • 燃焼性が高いのでリーンバーン化が可能
などが挙げられる。
 しかし、一方でデメリットも多い。ガソリンと異なって気化しにくいため、低温時の始動性が著しく悪くなる。
 また、腐食性が高く、燃料系やエンジンそのものにダメージを与えるほか、ゴム部品も劣化させるため、エンジンの耐久性に難がある。 そのため、メタノールが触れる個所を全てステンレス製にしたり、メッキ処理するなどの対策が必要になる。 さらに、アルコールは燃焼するとCOと水になるが、その水分は排気系統を腐食する。
 他にも表面着火を起こし易いという性質もあり、吸気管内で燃焼してしまうバックファイヤなどの異常燃焼を発生し易い。
 排出ガスも下手をすればガソリンや軽油よりも危険である。COと水に分解される過程で、 ホルムアルビデヒドという非常に毒性の強い発癌性物質が生成される。 それを含んだ排気ガスは刺激性が強く、メタノール車の後ろに立っただけで目がチカチカして涙が出てくるほど。メタノール自体の毒性も強く、多量に摂取した場合は死に至る。
 危険性の面ではさらに、燃焼時の青炎は目に見えず、燃え移らないと火炎の範囲がわからないという特質もある。爆発性も高い。 ただし、火災の際には水で容易に消せるため消化剤が不要で、輻射熱が少ないので近距離で消化活動ができる。
 数々の問題があるが、化石燃料以外の代替燃料エンジンで実用域に達しているのは、このメタノールのみである。 それはモータースポーツで使用されていることや、液体であることが大きい。
 ただし、モータースポーツに採用されているからといって、実用的であるとは言えない。 レーシングマシンの場合、耐久レース用などの一部を除く大多数は、あらゆる面で耐久性を度外視して造られている。 つまり、メタノールの強い腐食性に対しても、1レース約2〜3時間程度耐えられれば良いのだ。
 だが、量産車となると、少なくとも5〜6年はもたなければ話にならない。耐久性が技術的な面では最大の問題だ。
 また、メタノールそのものの性質というか、位置づけも普及させるのを困難にしている。メタノールの供給をバックアップする企業がないのだ。
 例えば、ガソリンなどの石油系燃料には石油会社が、天然ガスにはガス会社が、そして電気には電力会社が、それぞれ利益を享受することで、 それらを世界に供給している。だがメタノールの場合、強いて挙げても薬品会社くらいしかなく、燃料として供給される体制が全くないのだ。
 さらに、メタノールの単位容積当たりの熱量はガソリンの半分であり、熱効率が同じと考えれば、単位距離当たりの消費量はガソリンの2倍になる。 現在のメタノールの実勢価格は約70円位であるが、ガソリンの2倍消費するので価格も2倍の140円と同じことになり、優位性はなくなる。
 生成方法も問題だ。昔は木を乾留させて造っていたが、現在は水素と一酸化炭素を高圧加熱して造られている。 要するに、炭素、水素、酸素の化合物なわけだが、現在、炭素や水素の原料となっているのは、石油や石炭、天然ガスなのである。 これはつまり、代替燃料としての意味が無くなるということになる。
 昔ながらに木を乾留させて製造するという道も考えられるが、森林伐採の問題に突き当たる。
 コスト、技術、原料、供給体制と4つの門を閉ざされてしまったメタノール。 近頃、燃料電池に利用する案も出てはいるが、メタノールが燃料として普及するには、世界がよほどエネルギー危機にならなければ無理だろう。

資料-6.2 メタノールの長所と短所
長所 短所
  • 液体であるため、高圧ボンベなどの特別な貯蔵容器が不要
  • オクタン価が高いため、圧縮比を上げて熱効率を改善できる
  • 燃焼性が良いので、リーンバーン化が可能
  • ディーゼルのようなススが出ない
  • 火災の際には、水で容易に消せる
  • ガソリンよりも気化し難いため、低温時の始動性が悪い
  • 腐食性が高く、燃料系やエンジン本体、ゴム部品にダメージを与える
  • 腐食対策として、メタノールが触れる個所を全てステンレス製にするか、メッキ処理する必要がある
  • 表面着火を起こしやすく、異常燃焼しやすい
  • 猛毒のホルムアルビデヒドという発癌性物質を生成する
  • メタノール自体、毒性が強い
  • 燃焼時の青炎は目に見えず、炎上範囲がわかり難い
  • 燃料としての供給体制

*「エコカーは未来を救えるか」(三崎浩士・ダイヤモンド社)より


(4) 内燃機関の命綱となるか 水素自動車

クリーンエネルギーの有力候補

 低公害というと、電気とモーターの組み合わせばかりが思いつくが、内燃機関でも限りなく低公害に近いものがある。 燃料に水素を使用する水素エンジンだ。
 空気中の酸素を使った燃焼である以上、NOはどうしても発生してしまうが、 それ以外には水しか発生しない。電気以外では最もクリーンなエネルギーである。
 しかも、水素は水を電気分解することで生み出せる。地球表面の約7割は水であるため、基本的に無尽蔵。枯渇の心配も無用である。 まさに理想的な次世代エネルギーなのだ。
 一般的に水素は爆発性が強いと思われ危険視されているが、専門家によると都市ガスと大して変わらないと言う。
 危険性としては、無味無臭、無色の気体であるため、目視で検地するのが困難であることと、火花のように瞬間的に高温にさせられると点火し易いことなどがある。 密閉容器から放出されるときが最も危険とされている。
 その反面、発火点は軽油350℃、ガソリン500℃に対して、水素は580℃と高く、自然発火し難い。 また、比重が最も小さい気体で拡散性が高いため、外気に放出されると直ちに空気と混ざって上方に上がることから、低く滞留する石油燃料よりは点火され難い。
 それらの性質故に、点火される危険性が低く、例え火が点いても炎は極めて弱く、輻射熱も少ないため、火傷などの被害は出難いなど、意外と安全であると思わせる性状を持つ。
 考えても見れば、燃料というもの自体、読んで字のごとく“燃えるもの”なのだ。内燃機関というものは、それを燃焼させることで動力を得ているわけだから、ある程度の危険性は仕方がない。
 我々がガソリン自動車を特別危険だと思わないのは、それに馴れてしまっているだけで、危険が無いわけではない。
 そう考えれば、水素の危険性はほとんど問題にならないのではないか。とすれば、電気以外にこれ以上有力な次世代エネルギーは存在しないと言えるだろう。

資料−6.3 CO発生量比較
燃料名 代表分子 発熱量
(kcal/s)
CO発生量
(s/Q)
ガソリンとの比較
石炭 8100 3.53 1.56
軽油 1634 10400 2.33 1.03
ガソリン 818 10600 2.27 1.00
メタノール CH3OH 4770 2.25 0.99
天然ガス CH4 11900 1.80 0.79
水素 2 28700 0 0

*「エコカーは未来を救えるか」(三崎浩士・ダイヤモンド社)より
注 Q=7800kcal/l(ガソリン1g分の熱量)


希望を閉ざすもの

 水素での技術的なポイントは、燃焼技術と貯蔵・運搬方法である。
 現在の水素エンジンは、オットーサイクルをベースに改造されており、空気との混合気をシリンダーに送り込む予混合方式と、水素を直接シリンダー内に噴射する直接噴射方式がある。
 水素の場合、予混合方式ではと点火以前に表面着火するプレイグニッションや、吸気管内で燃焼してしまうバックファイアが起き易い。 その点、直噴式だと噴射時期でプレイグニッションは回避でき、また吸気管内は空気のみなのでバックファイアも起き難い。そのため、水素エンジンは直噴式になる可能性が高い。
 また、ガソリンの理論空燃比は15対1だが、水素が完全燃焼する理論空燃比は34対1であり、150対1までは安定して燃焼する。これは通常状態でも超希薄燃焼化が可能であるということで、 直噴式のメリットを活かすことができる。
 水素エンジンの研究は、開始から既に30年が過ぎようとしている。国内では武蔵工業大学の古濱庄一学長を中心とした研究チームが有名だが、ベンツ、マツダなどの自動車メーカーも開発を進めており、 エンジン本体の技術的問題が解決されるのは時間の問題だろう。
 ちなみに、水素は圧縮しても自己着火しないので、ディーゼルエンジンをそのまま流用することはできない。
 もう一つのポイントである貯蔵・運搬方法は、高圧ボンベ、水素の液化、水素吸蔵金属の3つが考案されている。
 高圧ボンベに貯蔵する方法は、天然ガスと同じようなものだが、ボンベ自体が1本60s前後してしまうことや、水素の密度の問題で実用性は薄い。 水素は単位重量当たりの熱量が天然ガスの2.4倍、ガソリンの3倍あるが、単位体積当たりの熱量が天然ガスの10分の3、ガソリンの3千分の1しかない。 液体燃料のガソリンとの比較は酷かもしれないが、走行距離は天然ガスの3割しか走れないことになる。
 また、ガソリン30g相当分を積むとすると、ボンベだけで750sを越えてしまう。これは満タン状態のガソリンタンクの30倍近くに当たる。(資料−6.4) もはや論外、高圧ボンベは有り得ないと断言しても良いだろう。
 水素吸蔵金属は、燃料電池の研究が進んできたこともあって注目されているが、問題も多い。 高圧ボンベと同程度に重いことは然ることながら、エンジンに噴射できるほどの高圧状態で取り出せないこと。出し入れに必要な周辺機器の大きさ。
 さらに、水素の出し入れに伴って、金属が微粒子化してしまうこともあり、それをエンジンが吸い込むとダメージを受けることもある。また、何らかの事故で局部的に高温化すると、水素ガスが漏れ出して爆発の危険性もある。
 以上のような理由から、武蔵工業大学が採用した水素を液化して貯蔵する方法が有力視されている。
 液化水素を先の例と同じ様にガソリン30g相当分に換算すると、タンクは約60sで水素は約8sで合計70sくらいだ。これは満タンのガソリンタンクの約2.5倍である。メタノールに非常に近い数値だ。
 しかし、燃費は考慮していないので、ガソリンと同等に走るにはもっと増やさなければならないだろう。それでも、ボンベなどに比べれば10分の1以下という軽さである。水素を液化するのにコストがかかるが、この方法が最も現実的だろう。
 だが当然、問題もある。熱が侵入すると容易にガス化してしまうため、タンクの断熱を厳重にしなければならず、粘度が低いため、漏洩防止に細心の注意を要するのだ。タンクの重量がかさむのは、そこに原因がある。
 水素エンジンを実現する上で最大のポイントが、貯蔵・運搬方法であることは間違いない。これが解決すれば、技術的な問題はほとんど無い。
 ところが、水素を燃料にするためには、これらの技術的な問題以上に大きな問題があった。

資料−6.4 ガソリン30g相当分の重量比較
燃料名 内容量 貯蔵容器重量
(kg)
全重量
(kg)
ガソリンとの比較
(倍)
容量(g) 重量(kg)
ガソリン 30 22 5 27 1
メタノール 62 49 8 57 2.1
水素 吸蔵合金   8.2 764 772 28.6
液化 115 8.2 62 70 2.6
高圧ボンベ 670 8.2 755 763 28.3
鉛電池 544     1360 50.4

*「エコカーは未来を救えるか」(三崎浩士・ダイヤモンド社)より


資料−6.5 マツダ水素ロータリーエンジン
SUISO5


資料−6.6 水素エンジン搭載保冷車
SUISO3 SUISO4


資料−6.7 水素自動車「武蔵8号」
SUISO1 SUISO2


立ちはだかる壁

 水素には、エンジンの燃焼や貯蔵がどうこう言う以前に、それ自体を生み出す方法が問題として根底にある。
 水を電気分解すれば水素はできると前述した。それは間違っていない。だが、その分解に要する電気をどうするかが、これからの時代では重要となる。
 現在の電力は火力と原子力で92%を占めている。しかし、火力発電は化石燃料が無くなれば、非常に乏しくなる。 原子力発電も高速増殖炉でウラン238を使用しなければ、資源が無くなっていずれは消えてゆく。無くならないと断言できるのは水力発電のみなのだ。
 太陽発電もこれから普及すると思われるが、その発電量は原子力、火力とは比較にならないほど微々たるものである。風力も同様だ。 これらは電気自動車や各家庭の電力補助程度しか使い道が無い。
 他に研究中だが核融合発電というものもある。人工的に太陽を作り出すとさえ言われるこの技術が実用化されれば、少しは可能性がある。
 しかし、電力が確保されたとしても、水素が生み出されるまでに費やされるエネルギー量は、電力の元となったエネルギーの70〜80%と、膨大なエネルギーが消費される。 そのエネルギーの50〜60%は電気を生み出すためではなく、水素を生み出すために消費されている。エネルギー効率から見れば、至極無駄と言える。
 水素を生み出すには、化石燃料をガス化して取り出す方法もあるが、わざわざ限りある化石燃料を水素に換えるなど誰が見ても無駄である。
 効率の面から見れば、発電した電気をそのまま使える電気自動車が最高である。
 しかし、内燃機関の実績が捨て難いということも、また事実なのだ。