自動車用内燃機関は生き残れるか

〜環境問題と内燃機関の未来〜


第3章 内燃機関の努力

(1) 無公害の真意

 無公害という言葉がある。これは文字通り「公害が無い」という意味で、 低公害を究極まで突き詰めたものだ。
 だが、完全無公害の自動車など有り得るわけがない。
 公害とは、大気汚染、土壌汚染、水質汚濁、振動、騒音など、 大きく5つに分けられるが、自動車はいずれにも関わっている。
 自動車は走れば音が出る。これは紛れもなく騒音である。電気自動車ならば、 エンジン音が無くなってかなり静かになるだろうが、高速走行時の風切り音やタイヤの音までは消せない。 そして、これには大抵、振動もくっついてくる。
 大気汚染は言わずと知れた、排気ガス。電気ならば排気ガスは無いが、 他にタイヤやブレーキパッドなどの摩耗による粉塵は出る。
 土壌汚染、水質汚濁は、直接自動車に関係ないようにも思われるが、 排気ガスでも土壌は汚染されるし、故障などでオイル漏れを起こして知らない間に撒き散らしながら走っているかもしれない。
 また、一時期大問題となったRVによる砂浜や森林地帯への乗り入れも、 土壌汚染と言っても良いものだろう。当然、自然破壊でもある。 もっとも、これについては技術がどうこうという問題ではなく、ドライバーのモラルの問題ではあるが。
 もっと言えば、自動車を生産するとき、廃棄するとき、ガソリンを造るとき、 電気自動車の電気を造るとき、タイヤ一本、ネジ一個を造るときにも、公害は出てしまう。
 よって、多少屁理屈っぽいかとも思うが、無公害な自動車など絶対に有り得ない。 前述のように、排出ガスの無い電気自動車は、無公害と考えられがちだが、全体でみれば無公害ではない。
 このレポートでは動力源にのみ視点を置いているので、電気自動車は無公害なのだが、 以上のようなことを考慮して、無公害という言葉は使わないことにした。


(2) ガソリンエンジンの低公害化への努力

 再三述べているが、ガソリンエンジンでまず問題となるのは、排出ガスである。
 この排出ガスを浄化する方法は、大きく分けて2つある。
 エンジンそのものを改良して燃焼段階で排出ガス発生を抑制する“事前処理方式”と、燃焼後に何らかの手段で浄化する“事後処理方式”である。
 事前処理方式は基本的に、燃焼室形状の最適化、燃料供給装置の改良、点火装置の改良の3つが挙げられる。
 これらはどれも、燃焼効率を上げて完全燃焼させることを目的としている。完全燃焼させることができれば、排出ガスに含まれる有害物質中、 CO(一酸化炭素)とHC(炭化水素)は発生しない。
 だが、完全燃焼とはいっても、本当に完全な燃焼をさせるのは技術的に事実上不可能であり、 この方法ではそれら有害物質の発生を全くゼロにすることはできない。
 それを補う形で排気再循環装置、三元触媒コンバーターなどの事後処理方式がある。
 排気再循環装置は、排気ガスの一部をインレットマニホールドに再循環させて、吸気混合気に含ませて一緒に燃焼させることで、NOの発生を減少させる方法だ。 つまり、排気ガスを数回燃焼させることで、限りなく完全燃焼に近づけようという装置である。
 三元触媒コンバーターは、エキゾーストマニホールドとマフラーの間あたりの排気管に取り付けられている。この内部には断面がハニカム状の小さな通路が無数にあり、 その通路の表面にコーティングされたプラチナ(白金)やロジウムなどの触媒作用によって、COをCOに、 HCをHOにそれぞれ酸化させ、NOをNとOに還元する。
 ただし、通常は3つの成分の浄化が常に同時に行われるわけではなく、燃焼が理論空燃比(15対1)より濃いときに発生するNOと、 薄いときに発生するCOとHCに高い効果を示す。それらの浄化が同時に行われるには、理論空燃比に保つ必要がある。
 だが、事前処理方式にしろ事後処理方式にしろ完全なものではなく、環境保護対策としてはまだまだ甘い。何しろ、基準となる排ガス規制そのものが甘いため、やむを得ないとも言える。
 ホンダが近頃、市販車の一部に導入しているLEV(Low Emission Vehicle)は、ガソリンエンジン低公害化の最先端を行っているものだ。排出ガスを国内規制の10分の1にまで押さえ込んでいる。
 これは、大気汚染が深刻なアメリカのカリフォルニア州で実施されているLEV規制に合わせて開発されたもので、アメリカ市場を重視しているホンダならではの技術と言える。
 構造的には、エキゾーストマニホールドを薄肉化して排気ガスが冷却される割合を減らし、さらに触媒を排気ポートに限りなく近づけて配置して、寒冷時でも触媒が容易に活性化できるようにしたものである。 要するに、排気ガスの熱を逃がさないことで触媒の活性化を早め、浄化しやすくしているのである。
 さらにホンダでは97年10月、第32回東京モーターショー開催直前に、ZLEV(Zero Level Emission Vehicle)を発表した。
 これはLEV規制よりさらに厳しいULEV(Ultra Low Emission Vehicle)規制値の10分の1という驚異的な低公害性を達成している。
 ZLEVの首都高速及び甲州街道走行試験では、大気中よりも排気ガスの炭化水素濃度が薄くなるという現象が確認された。言い換えれば、炭化水素に限ってのことだが、大気中の空気を浄化して走ったことになる。
 ZLEVの排出ガス浄化能力の高さが証明されたわけだが、この原因としてはその浄化性能も然ることながら、エンジンが吸う高さの大気に含まれる炭化水素量が異常に多かったこともある。 その炭化水素の濃い空気は、エンジン内での燃焼と触媒の高い浄化作用で、結果的に薄くなって排気されたというわけである。  それは奇しくも、我々が普段過ごしている周囲の空気が、いかに汚染されているかということを証明したことになるのだ。


(3) ガソリンエンジンの燃費改善への努力

使う燃料を減らせ

 1996年頃から、ガソリンエンジンの部分的負荷領域についての燃費を向上させる技術が、急速に実用化され始めた。 これは、燃費を向上させることでCO排出量を抑制しようという動きが出てきたためである。 言うまでも無いが、燃料消費を抑えれば、限りある燃料を少しでも永く残せるのである。
 希薄燃焼エンジン、筒内直接噴射(直噴)エンジン、ミラーサイクルなどあるが、 いずれも部分的負荷領域(特に低回転領域)におけるポンピングロスの低減を図ったものである。
 ポンピングロスとは、エンジンが空気(混合気)を吸うために費やすエネルギーのことで、吸気損失とも言う。
 竹筒の水鉄砲で遊んだことがあるだろうか。棒を押すと筒の先のから水が噴出す注射器と同じ原理のおもちゃだ。 水を中に入れるときには、バケツなどに溜めた水に筒の先端を入れ、棒を引く。すると、筒内の負圧によって水が吸い上げられ、中に水が入る。 この時、引く棒に抵抗が掛かるため、少し力を入れないと引くことができない。その抵抗がポンピングロスである。
 ガソリン、ディーゼルを問わず、エンジンは空気を吸わなければ燃料を燃やすことができないので、このポンピングロスは憑き物なのだ。
当然、ポンピングロスは無駄に力を費やしていることになる。この無駄な力を低減できれば、燃費も向上し、COも低減できるというわけだ。
 しかし、アイドリングやそれに近い低回転領域においてのみ、その燃費低減の効果が現れるということを見逃してはならない。 つまり、できるだけ回転数を上げずに走ることが必須であり、それはドライバーの運転の仕方次第なのだ。


希薄燃焼エンジン

 希薄燃焼エンジンは、呼んで字のごとく「希薄な燃料を燃焼させる」エンジンである。リーンバーンという方が一般的なようだ。 最初に実用化されたのは、トヨタの4A−FEである。
 リーンバーンエンジンは、1対20から1対25という従来は考えられなかった薄い空燃比で燃焼させる。 これによってどういうメリットがあるかと言うと、冷却損失と吸気損失が低減されるのだ。
 冷却損失とは、シリンダーが冷却されることで熱が逃げ、熱効率が悪化することである。熱効率が悪化すると燃焼が不十分となり、出力低下や有害物質が多く発生する。 これを燃料が薄い状態、つまり空気を多く吸入した状態で燃焼させると、燃えるものが少ないので燃焼温度が低く抑えられ、冷却損失も低減される。
 吸気損失とは、前述の通り空気を吸入するのに費やされる力、ポンピングロスのことである。主に抵抗となるのはスロットルバルブだ。 ポンピングロスは、ものを吸い込む入り口が狭いほど大きくなるが、リーンバーンでは空燃比が薄いので、より多くスロットルバルブを開ける必要があり、 その結果、抵抗が減って吸気損失が低減される。
 1気筒当たりの空燃比は1対20〜25と通常のエンジンよりも薄いが、実際に燃焼するのは1対15の混合気である。
 これは「層状吸気」と呼ばれ、空気と燃料を混ぜる際に、燃料と空気が1対15となる層と、空気だけの層に分かれるように吸気ポートなどを加工してコントロールしているのだ。 つまり、全体的な空燃比1対20〜25の混合気が燃焼するのではなく、あくまでも1対15の混合気層が燃焼するだけで、残りの空気は燃焼には関わらない。
 以上がリーンバーンにおける燃費低減の原理である。
 ただ、問題もあって、希薄燃焼させた排気ガスのNOXは、通常の三元触媒では完全に浄化できない。 空燃比が触媒の有効範囲を外れているためだが、トヨタはNOX吸蔵触媒を開発することで、実用上は解決している。
 先頃、トヨタは自社開発した「NO吸蔵還元型三次元触媒」というものについて、世界10カ国で特許を取得した。 これは、自動車の燃費向上とCO削減を推し進めるため、 今後増えるであろうリーンバーンエンジンや直噴エンジンのようなガソリンを希薄燃焼させるエンジンの排出ガス浄化に極めて有効な触媒である。


筒内燃料直接噴射エンジン

 直噴エンジンは、通常のエンジンが吸気ポート内で空気と燃料を混合し、その混合気を吸入するのに対して、 吸気するのは空気のみで燃料はシリンダー内に直接噴射する。
 代表的なのは三菱のGDI、トヨタのD−4、それらに一歩遅れて日産のNEO−Diといったところだろうか。 他のメーカーからは今のところ市販化されていない。
 これも希薄燃焼と同様に、空気と混合気を層状にするのがポイントとなる。この層を構成するのに渦流を発生させて、 混合気の層のみをプラグ周辺に集中させることで、効率良く燃焼するようにしている。
 渦流には縦方向に渦を巻くタンブル式と、水平方向に渦を巻くスワール式があるが、いずれも目的は変わらない。
 予混合方式である希薄燃焼エンジンは、吸気ポート内壁に燃料が付着するなどで、思い通りの空燃比にすることが難しい。 それが、直噴では吸気ポートを通るのは空気だけで燃料はシリンダーに直接噴射するため、想定した空燃比により細かく制御することができる。
 そのため、より薄い燃料を燃焼させることができ、進化したリーンバーンエンジンとも言える。燃費が低減される原理もリーンバーンエンジンと同じである。
 直噴エンジンは元々、戦時中に戦闘機用に米軍が開発していたものだった。現在の直噴とは異なり、プラグ近辺に直接噴射するというものだった。
 戦時中ということで「粗悪な燃料でも、プラグ近辺に噴射してやれば燃焼するはずだ」という考えだったが、単純に直接噴射するだけではプラグが燃料を被ってしまって失火しやすくなるため、 1954年にベンツが3千台を量産して以来、永らく実用化されなかった。
 今の直噴エンジンを実現できたのは、高度に発展した計測技術と、レーザーで燃焼の様子を観察できる可視化技術があったからだという。
 毎秒5千コマを撮る高速カメラだけでは、ガソリンエンジンの青い炎をとらえることができなかったが、ここ10数年間に次々と登場したレーザー技術や高速ビデオが、 それを可能にした。高速ビデオは撮ったその場で再生でき、開発時間を大幅に短縮した。それらの自動車とは直接的に関係のない技術の進展がなければ、現在の直噴エンジンは実現できなかっただろう。
 だが、直噴エンジンも希薄燃焼させるものであるため、NO浄化に問題がある。
 また、気筒数分のインジェクター(燃料噴射装置)が必要になるため、コストが割高になる。
 とはいえ、NO浄化の問題が解決されるのも時間の問題と思われ、直噴でも通常のエンジンと同程度の出力が出せることは実証済みなので、これからの標準的エンジンになる可能性は高い。


ミラーサイクルエンジン

 ミラーサイクルは、リーンバーンや直噴とは全く概念の異なるエンジンである。
 別名、高膨張比エンジンとも呼ばれるもので、希薄燃焼させるエンジンではなく、普通のエンジンに近い。 というか、構造自体はほとんど同じで、バルブタイミングの制御が異なる。代表的なのはマツダのミラーサイクルだ。
 アメリカのミラー氏が開発したためそう呼ばれるが、実はイギリスのアトキンソン氏が開発したアトキンソンサイクルがベースとなっている。
 アトキンソンサイクルは最近になって、世界初のハイブリッド自動車トヨタプリウスに採用されてから名を知られるようになったが、本当はミラーサイクルよりも古い。 ミラーサイクルは、それを改良したものだ。とは言え、両者に決定的な差があるわけではなく、基本的な考え方は同じである。
 膨張比を上げれば熱効率が向上するため、より完全に近い燃焼が可能になるが、それでは同時に圧縮比も高めならない。そうするとノッキングの問題が出てくる。
 そこでこのエンジンは、吸気バルブを閉じるタイミングを変えて圧縮工程の一部を削除して圧縮比を上げないまま、膨張比の大きいエンジンとすることができる。
 例えば、1500tのエンジンを例に取ると、通常は1500tまで目一杯吸気して圧縮する。 だが、アトキンソン/ミラーサイクルは、吸気バルブを閉じるタイミングを遅らせることで吸った混合気の一部をインテークマニホールドに戻し、 1500tでも1000t分(注:バルブを閉じるタイミングによって量は異なる)しか圧縮しない。 こうすることで、圧縮比を上げずに膨張比を高めることができるのだ。吸気量が少ないので、ポンピングロスも減らすことができる。
 早くバルブを閉じる「早閉じ」もあるが、トヨタのアトキンソンも、マツダのミラーも「遅閉じ」を採用している。理論的にはどちらも同じものである。
 だが、アトキンソン/ミラーサイクルは高出力を得ることが困難なため、自然吸気エンジンとして単体で利用するには非力過ぎる。
 そのため、従来は過吸機との併用が前提とされていた。マツダもスーパーチャージャーで過吸していたが、効率が悪かったらしく、予想より燃費の向上は計られなかった。
 それを考えれば、過吸して余分な燃料を押し込む必要が無い電気モーターの補助を得るハイブリッドシステムと組み合わせたことは、非常に巧みな手法と言える。


(4) ディーゼルエンジンの努力

日本の失望、欧州の希望

 現在、日本ではディーゼルエンジンが非常に敬遠されている。
 それはNOの排出量が多いためと、ディーゼルエンジン特有のPM(粒子状物質)が発生するためだ。
 ディーゼルエンジンがNOを低減できないのは、燃焼温度が低いことから触媒を使用できないためだ。 ガソリンエンジンの排気温度は1000℃以上だが、ディーゼルエンジンは高くても700℃と低いため、触媒を活性化することができない。
 PM、いわゆるススは、燃料が酸素不足の状況で“蒸し焼き”されることで発生する。これは、軽油がガソリンのように揮発する液体ではないため、霧化させにくいというのも原因の一つだ。
 また、それがはっきりと目に見える黒煙として排出されてしまうので、「汚い」というイメージが強い。
 ディーゼルが敬遠されるのは、うるさいとかスピードが出ないとかの性能的な部分もあるが、排気ガスの「見た目」が大きな理由である。 さらに、マスコミの手で、その印象の悪さのみが強調されてしまったことも相まって、ディーゼルへの風当たりを強くしている。
 ところが、日本国外、特に欧州ではディーゼルの評価は180°異なる。欧州では地球温暖化への危機感がかなり強く、CO削減に多くの力を注いでいる。
 そのため、燃費性能に優れ、CO排出量の少ないディーゼルは、「地球環境の味方」的なイメージで捉えられている。
 だが、このイメージの違い考える上で、日欧の交通環境を無視することはできないのだ。
 日本では、都市部を中心とした幹線道路や高速道路では酷い渋滞で、低速、低回転域での運転を強いられる。 そのため、低回転時の燃焼性能が低かった従来のディーゼルでは、不完全燃焼が多く、多量のPMが発生し、黒煙が問題となった。
 対して欧州では、渋滞は少なく、移動距離も長いため、高速、高回転域での運転が多く、常に完全燃焼に近い状態で使用できる。よって、PM発生量が少なく、黒煙もそれほど問題視されなかったのだ。
 ディーゼルエンジンの評価の違いは、交通環境の違いと言うこともできるが、何よりも渋滞を生み出す原因の多くはドライバーにある。つまり、ドライバーのマナーの違いと言っても過言ではないと思う。


生き残るための進化

 ディーゼルエンジンの燃焼方式には大きく分けて二つある。
 一つは、直接シリンダー内に燃料を噴射するいわゆる直噴式。
 もう一つは、シリンダー手前の小さな部屋(副室)に燃料を噴射し、その部屋で燃料の一部を燃焼させ、その圧力で残りの燃料をシリンダーに噴射する副室式である。副室式はさらに、予燃焼室式、過流室式、空気室式の3つに分けられる。ただし、空気室式は副室で燃焼させる方法ではない。
 軽油に揮発性ではなく、気化させ難いことから予混合方式が取れないため、それらの方式になった。完全燃焼できるかは噴射される軽油がどこまで細かく霧状になっているか、シリンダー内にむらなく噴射できるかに掛かっている。
 細かく霧状に噴射するには、噴射圧を高めることが必要である。そのため、最近の噴射圧は高圧化の一途を辿っている。これは近年の、材質や加工技術精度の向上によるところも大きい。
 ムラなく噴射させるためには、ノズル先端の噴射口を複数にして多方向に噴射できるようにしたり、ピストンヘッドにくぼみを入れて過流を発生させ易くするなどの方法が採られている。
 また、近年の電子制御技術の発展により、燃料噴射の制御もより細かくできるようになった。
 二段噴射というのもそれによって実現されたもので、一度軽く燃料を噴射して火種を作り、その直後に本来の量を一気に燃料を噴射して燃焼させるというものである。 そして、それら超高圧噴射、噴射時期や噴射量の制御を可能にしたのが、コモンレールと呼ばれるものである。
 コモンレールとは「共通の筒」という意味である。従来のディーゼルエンジンが各気筒ごとに燃料を噴射しているのに対して、共通のタンクに高圧状態にした軽油を蓄えておき、状況によって電磁弁で噴射を制御するようになっている。
 このシステムは、ガソリンエンジンのインジェクションとほぼ同じものであり、噴射時間や噴射時期の自由度は従来型よりも遥かに高い。
 コモンレール式は、燃焼制御範囲が広く、精度が高いため、燃費とクリーン性能を大きく引き上げることができる。もちろん、PMの発生も抑えられる。これは、低回転でも高圧噴射を維持できるためである。
 従来型は回転数に噴射圧が比例していたため、低回転で高い噴射圧をかけることができず、それが軽油の霧化を不十分なものとし、不完全燃焼となってPMの原因となっていたのだ。
 コモンレールの普及によって、国内でもディーゼルエンジンが再起する兆しが見えてきたが、今後の超長期規制を考えると、排出ガス浄化装置の実用化が重要となってくる。
 ディーゼルエンジンの排出ガス浄化装置には、NOを還元して無害な窒素に変えるNO触媒、PM中のSOF成分を酸化させてHOとCOに変換する酸化触媒、PMを捕捉するフィルターなどがある。
 NO触媒は、ディーゼルエンジンの特性から実現が困難とされている。リーンバーンで排気温度が低いのがその原因だ。ガソリンのリーンバーンエンジン用のNO触媒は実用的なレベルまできているが、 活性化する温度がずれていることと、ガソリンエンジンの上を行く超リーンバーン状態であるディーゼルエンジンには、そのまま流用はできない。
 可能性があるとすれば、トヨタが自社開発した「NO吸蔵還元型三次元触媒」だが、これは希薄燃焼時のNOを溜め込み、濃厚燃焼時に還元するというものである。 故に、常に希薄燃焼であるディーゼルエンジンに使用できるとは現時点では考え難い。
 逆に言えば、ディーゼルエンジン用のNO触媒が完成すれば、ディーゼルの排出ガスに関する弱点は克服できる。何故なら、酸化触媒やPMフィルターは実用化されているからだ。
 燃料の改質も重要である。硫黄分と芳香族炭化水素の低減や、ガソリンのオクタン価に相当するセタン価を上げるなどの方法がある。
 硫黄分はエンジン内部の摩耗を促進し、芳香族炭化水素はPM生成との関連が取り上げられている。セタン価は燃え易さに関係し、これらを解決するのはコスト的な問題のみで、 技術的にはそれほど問題はないという。
 ディーゼルエンジンがガソリンエンジンに対して優位に立てる点は、
  • 熱効率が高いため、燃料消費量が少なくて済む
  • 点火装置を持たないので、電気系トラブルが発生しにくい
  • 最高回転数が低いため、排気量当たりの馬力は小さくなるが、回転数変化によるトルク変動が少なく、低回転域で大トルクが出る
などが挙げられる。
 燃料の軽油がガソリンより安いというのもそうだが、これは日本の税制によるもので原価はほとんど変わらず、基本的には日本でのみ言えるメリットである。
 以上のようなメリットに加えて、コモンレールと排出ガス浄化装置、そして上質な軽油の3つが揃ったとき、代替燃料の開発が進まない現状においては、 最もクリーンな動力源としてディーゼルエンジンが一躍桧舞台に立つことになるのだ。そうなると、ガソリンエンジンさえも駆逐してしまうかもしれない。


(5) ドライバーの意識

 このレポートの “動力”という主旨からは少し外れるが、環境保護にはドライバーの努力も必要である。
 現在、自動車業界は環境対策と代替燃料の選別に躍起になっている。
 代替燃料に関してはユーザーがどうこうすることはできないが、環境対策には手を貸すことができる。扱い方次第で、燃費の向上やCOの削減は可能なのだ。
 日本自動車連盟(JAF)ではユーザーができる環境対策で10種類を掲げているが、重複すると思われる事項がいくつかあるので、ここではそれらをまとめて5種類にしてみた。
  1. 無用なアイドリングを止める
  2. 「急」の付く操作を止め、経済速度で走る
  3. 自主的に点検し、タイヤの空気圧を適正に管理する
  4. 無駄な荷物を積まず、エアコンの使用を控える
  5. 相乗りに努め、公共機関を有効に利用する
以上の5個条は、いずれも燃費向上やCO排出抑制に効果がある。
 @は都営バスが逸早く対応した。乗用車がアイドリング中に消費する燃料は、10分間で0.1〜0.3gだという。(資料−3.1)
 これだと大したことないと思うかもしれないが、10倍の100分だったらどうだろう。単純計算だが1〜3gを消費することになる。 さすがに100分間もただ単にアイドリングする人はいないと思いたいが、渋滞ではその可能性もある。確実に効果はあるのだ。空吹かしなど論外である。
 Aは、要するに円滑な交通環境を創ろうということ。自動車は一定の速度で走っているときが最も燃費が良い。
 そうするためには、走行を妨げる違法駐車や、流れを乱す急ブレーキを止める。急発進、急加速もエンジンに負荷がかかるので、燃費に良いわけが無い。
 また、MT車では、ある程度の速度が出れば高いギアの方が負荷が軽いので、シフトアップを早めにすると良い。高回転まで引っ張ると、濃い燃料を供給してシリンダー内を冷却するため、燃費は悪化する。
 B、Cは、エンジンに負荷をかけないようにする配慮。タイヤの空気圧が不足していると、転がり抵抗が増して負荷がかかる。重い荷物を積みっぱなしにするのも同様だ。
 エアコンは特に負荷が大きく、下手をすれば半分以下にまで燃費が落ちることがある。排気ガスだらけの都心で窓を開けるのは躊躇われるかもれないが、エアコンの使用を控えれば経済的にも救われるはずだ。
 最後にDの公共機関。はっきり言って、自動車に乗らないのが一番だ。公共機関以外にも、自転車というものもある。
 D以外は、全てドライバー次第である。しかし、ドライバーの環境保護に対する意識は非常に低いのが現状だ。
 人間は自分勝手な生き物なので、自分一人ぐらいは大丈夫だろうとか、他の人間がやってないのにひとりだけやっても無駄だなどという考え方を持ち、 さらに皆がそんな考えだから全く功をなさない。
 だから、いくら呼びかけても無駄だろう。いっそのこと、機械的に強制するのが最も効率的と言える。
 例えば、都営バスに採用された停止時にエンジンを切るシステム。停止してクラッチから足を放すとエンジンが切れ、再びクラッチを踏むとエンジンが始動するというものだ。 AT化が進んでいる現在の乗用車に導入するのは難しいかもしれないが、何とか他の制御系統(スロットルとかブレーキ関係)を利用してできないものだろうか。
 だが、技術の発展に環境保全を任せっ切りにするのではなく、ドライバー一人一人が環境を考えた運転をすることが、何より重要なのだ。

資料−3.1 アイドリング時の燃料消費とCO排出量
 アイドリング10分間当たり
燃料消費量(g)CO排出量(g)
乗用車(ガソリン)0.1490
小型トラック(2tディーゼル)0.08〜0.1258〜87
中型トラック(4tディーゼル)0.1394〜120
大型トラック(10tディーゼル)0.22〜0.30160〜220

*「環境白書平成9年版・総説」環境庁編より